沈黙の魔女 ――数式が指した、ひとつの影:バーニー転生者の平穏なモブ戦略 作:イッチニッチ
白髪交じりの面接官たちが、バーニーの平凡な成績と、モニカの論文に記された彼の古いノートを照らし合わせ、容赦のない追及を重ねていた。
「ジョーンズ君。君はこの成績を維持しながら、これほど先進的な術式を書き殴っている。……実力を意図的に隠しているのではないかね?」
「とんでもありません。そのノートは、モニカが歴史で赤点を取りそうだったから、予習用に貸しただけです。術式については、ただの妄想の産物で討論会でも教授たちから否定されています。」
バーニーはいつも通りの覇気のないトーンで、真っ直ぐに事実を説明した。
「その後、彼女がわずか三日ほどでその中身を完全に読み込み、僕が空白にしていた核心部分まで独力で埋めて、無詠唱魔術を完成させたんです。彼女は本物の天才ですよ。僕はその想定以上の才能に、ただひたすら振り回されている側なんです」
天才少女を裏から操る狡猾な少年――大人たちが作り上げた最悪な人物像は、バーニーのあまりにも必死で理路整然とした弁明によって、急速に瓦解していった。メアリー・ハーヴェイをはじめとする選考委員たちは、彼のリスクを避けたがる姿勢に大きな矛盾がないと冷静に判断する。
ミネルヴァ内部から寄せられた不穏な報告の数々も、天才少女の隣に常に佇んでいるバーニーへの、周囲の生徒たちが抱いた歪んだ嫉妬から生じた情報だった可能性が高いと認められた。
「……ふふ、面白いわねぇ。もしあなたが、本当にモニカちゃんを利用して名声を得たい悪党なのだとしたら、話が合わないのよ。そんなに狡猾な子なら、全力で自分の名前を前面に出してアピールするはずだもの。……ところが実際のあなたは、自分の存在が知られることを、まるで世界の終わりのように嫌がって逃げ回っている」
メアリーは気さくな笑顔のまま、けれど魂の底を見透かすような占星術師の瞳で、バーニーをじっと見つめた。
「バーニーちゃん。あなたが本当に求めているものは、最高位の魔術師の座でも、歴史に刻まれる名誉でもなくて……ただの『平穏』、なのかしら?」
「――」
バーニーは、明確な答えを返さなかった。だが、その張り詰めた沈黙こそが、大人たちにとっては事実上の肯定となった。メアリーたち選考委員は「バーニーがモニカを利用して名声を得ようとしている」という疑惑をひとまず退け、彼を無罪放免とした。
長時間の事情聴取によって精神的にすっかり消耗しきったバーニーだったが、重い扉を開けて選考会場を出ると、別室で待機していたモニカが、まるで待ちかねたようにすぐさま彼のもとへ駆け寄ってきた。
「バ、バーニー……っ! あの、魔術理論は……大人たちに、認められましたか……っ?」
モニカは自分の選考結果よりも、バーニーの頭脳が公式に認められたかどうかを気にしており、その瞳を嬉しそうに輝かせて尋ねてくる。
「認められるわけないだろ。というか、認められたら俺の学生生活が終わるんだよ。ほら、それよりまた服のボタンが掛け違えられてるぞ。じっとしてろ」
「あ、う……ふぁい……っ」
バーニーは呆れながらも、いつものように彼女の襟元を整える「義務的介護」を行った。モニカにとっては、選考会の奈落のような緊張から戻ってきたバーニーの、いつもと変わらず自分を案じて身の回りを世話してくれる姿勢そのものが、何よりも心強い日常の延長であり、最高の安心となっていた。
しかし、バーニーはそこで、ずっと引っかかっていた問いを口にする。
「なぁ、モニカ。なんでお前の公式論文に、僕のノートの内容が記載されてるんだ?」
「それは……わたしが、無詠唱魔術を完成させるうえで、バーニーの理論が、絶対に、必要不可欠だったからです……っ」
モニカはバーニーの制服の袖をぎゅっと握りしめ、消え入りそうな、けれど確固たる意志の籠もった声で語った。
「公式には、わたし単独の功績に、されてしまっても……誰にも消されない、論文の、一番深い場所に……『二人の名前』を、残したかったから、です……っ」
それは、あの大討論会で世界によって理不尽(モニカ視点)に否定された「二人の繋がり」を、自分だけの力で確かな形として歴史に刻みつけるための、彼女なりの執念の証明だった。
(俺がどれだけ世界の陰に逃げ回っても、別の場所から外堀を埋めて俺の名前を歴史に刻もうとするな、この怪物ロリは……!)
バーニーは、あまりにも重すぎる天才少女の情念の深さに、心の中で改めて深く頭を抱えるしかなかった。
事情聴取と質疑がすべて終了した直後、選考委員の係員から、モニカへ最終段階となる実技試験への移行が厳粛に伝えられた。
その言葉を聞いた瞬間、モニカの小さな身体に再び強い緊張が走り、ガタガタと震え始める。
「……大丈夫だ。俺も一緒に行くから」
バーニーがその隣で静かに声をかけると、モニカは目に見えて落ち着きを取り戻していった。バーニーにとっては、自分はあくまでただの「付き添い」にすぎないと考えていた。だが、モニカは彼の袖を強く掴みながら、真っ直ぐにその瞳を見つめて懇願する。
「そ、そばにいてください……絶対に、離れないで……っ」
「いるよ。試験が始まるまで、ちゃんと隣に立っててやるから」
バーニーが即座にそれを受け入れると、モニカは彼を自分の世界に繋ぎ止めるようにして、再びその隣にぴったりと寄り添った。彼が隣にいるというその事実こそが、彼女にとって絶対的な精神的支柱となっていた。
実技試験の会場は、魔術師組合本部が所有する、広大な森林の演習場だった。
そこは、上級魔術師たちが総出で張り巡らせた強固な多層防御結界が輝く空間。特等席からは、〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイをはじめとする現任の七賢人や、魔術師組合の重鎮たちが、冷徹な採点眼を携えてじっと見下ろしている。
「ひっ、あ、う、……っ」
国家最高峰の魔術師たちから一斉に見られることで、モニカは再び強い恐怖に襲われた。
いつも通りの自衛手段として、現実の光景を脳内で数字へと変換して精神を安定させようとする。しかし、四方八方から押し寄せる大物の圧力のせいで、彼女の純粋な計算式に不自然なノイズが生じ、思考がどんどん乱れていく。精神的に完全に追い詰められ、膝から崩れ落ちそうになったその瞬間、隣に佇む「温かい変数」が、彼女の細い背中をそっと支えた。
「モニカ、前を見ろ。お前が戦うべき敵はあそこの大人たちじゃない、対戦相手だ。意識を試験そのものに向けろ」
バーニーは平坦な声で、けれど確実に彼女の鼓膜へと届くように言葉をかけた。
モニカはバーニーの制服の袖を命綱のように強く掴みながら、その言葉に導かれるようにして、少しずつ正面へと視線を戻していく。
バーニーにとっては、これは単にモニカを試験中に倒れさせないための、義務的な介護に過ぎなかった。ここで彼女に卒倒されては、付き添いである自分まで大騒ぎに巻き込まれるからだ。だが、極度の緊張状態にあるモニカにとって、バーニーが隣にいて声をかけてくれるというその事実こそが、世界で唯一、自分を正気へと繋ぎ止める絶対的な精神の支えとなっていた。
視線を戻したモニカの瞳に、演習場の対面から歩み寄ってくる対戦相手の姿が映り込む。
「おや、そこにいる三つ編みのお嬢さんが、噂の新しい妹弟子かい?」
重厚な足音と共に現れたのは、一分の隙もない魔法兵団長としての軍服を身に纏い、芝居がかった優雅な笑みを浮かべた青年だった。
ルイス・ミラー。
ギディオン・ラザフォード研究室の卒業生にして、現・第二魔術兵団長。のちに七賢人〈結界の魔術師〉となる、極めて強力な魔術師としての登場だった。
「……ひぃっ、……っ!?」
ルイスが放つ、演習場の空気を一瞬にして支配するような圧倒的な存在感と魔力の重圧。
彼はモニカを「可愛い妹弟子」と呼びながら、親しげな態度を見せる。しかし、その社交的で華やかな笑顔の裏には、相手の魔術や本質を冷徹に見透かすような強烈な圧力が確かに存在していた。
(出たな、ルイス・ミラー……! 原作知識上、関わってはならない最凶の地雷フラグ……!)
バーニーは背中に冷や汗を流しながら、強い警戒心を抱いて完璧なモブの仮面を必死に構え直した。