かつて『リノウチ』と言う土地で行われた大規模戦闘である『リノウチ大空戦』。
多くのパイロットや航空機が失われていく中、レオナもその空戦に参加した。
「ちぃ、くそっ!」
九七式艦上戦闘機を操る彼女は、そこでエンジンから火を吹きながら着陸を余儀なくされた。
直前に彼女は多数の零式艦上戦闘機五二型に追い回され、機体をズタボロにされた直後の出来事であった。
「?」
キャノピーをこじ開け、油まみれで手が汚れながらも彼女は生還を果たして毒吐きながら機体を降りる。
ただただ疲れ切った体で今にも倒れそうになる中、彼女は不思議な光景を目にした。
「もう大丈夫よ」
「っ!っ!っ!っ!」
そこでは地面に倒れたパイロットに話しかける一人の女性と、その周りで胸骨圧迫を行っている複数の男女。
その近くには多数の人々が地面に敷かれた薄い布の上でやや乱雑に、しかし整然と川の字になって寝転がっていた。
「気をしっかりして」
「血圧低下」
「不味い、ショック症状だ」
彼らは私服を纏っていたが、少々ここら辺では見慣れない格好をしていた。
「血圧維持して、トリアージ切っちゃって」
「分かりました」
女性が指示を行うと、男が頷いて寝転がった人々の手元にあったタグを切っていく。
そこには敵も味方も、パイロットも民間人も関係なく並べられており、道路一杯になりそうなほど人でごった返していた。
全員が包帯やガーゼを当てられており、大半がその包帯から血が滲んでいた。
「新しい負傷者です!」
「トリアージは?」
「黄色です」
「じゃあ軽傷者はあっちの建物に連れて行って」
テキパキと仕事をこなす彼女を見て、レオナは思わず呟いた。
「貴女は…?」
「ん?」
話しかけられたと思ったのか、その女性は振り返ってレオナを見ると、彼女は背後にあった破損した九七式を見て推察をした。
「貴女も負傷者?」
「え?」
レオナは驚いた様子で首を傾げると、短髪黒髪が特徴的なその女性はレオナの手を握った。
「こっち来て。診てあげる」
「え、あ、私は…」
「ダメよ。目に見えない傷を負っていると、手遅れになるわ」
その女性は強い決意をした様子でレオナを見ると、彼女は空いていた店に座らせて診察を行う。
「…脈拍に問題はなさそうね」
「ああ…不時着をしただけだ」
上空では無数の戦闘機や爆撃機が飛び交う中、墜落した戦闘機によって発生した負傷者が呻き声をあげていた。
「うぁぁ…」
「痛ぇ、痛ぇよぉ…」
ベッドの上では包帯を巻かれ、一部は腕から先がない状態の飛行服を着た男がおり、おそらく墜落した飛行機の中から引き摺り出されたのだろう。
「…」
レオナはその惨状を見せられ、少しギョッとなってしまう。
「…よし、問題なさそうね。少し擦り傷がある程度だわ」
すると診察を終えた彼女は安堵した様子でレオナを見る。その後、アルコールを染み込ませた脱脂綿が当てられて一瞬悲鳴を漏らすが、その後に絆創膏が貼られた。
「それじゃあ、早く安全な場所に避難してちょうだい」
「待ってくれ」
レオナはそこで診察を終えて去ろうとした女性に話す。
「助けてくれた礼をしたい。何か手伝えることはないか?」
「…そうね」
話しかけられた女性は、レオナを見た後に少し考えてから言う。
「じゃあ、外に並べている重傷患者を安全な建物の中に移動させたいの、手伝ってくれる?」
「ああ、分かった」
レオナは頷くと、そこで聞いた。
「ところで、君はなんと呼べばいい?」
「アヤナ。そう呼んで頂戴」
「ああ、分かった」
レオナは名前を知ると、その後に彼女や彼女の知り合いであるという看護師達の指示に従って負傷者を担ぎ運んでいった。
それがアヤナとの出会いの始まりだ。
彼女はこのリノウチ空戦で突然頭角を表した優れた医者であった。
敵味方関係なく、全ての人々を救済しようと努力した姿は、一部で報じられ『リノウチの聖女』などと言われるほどの活躍を果たしていた。
その反面、治療を行なった患者の足元を見て診察料を決めてくるので『銭ゲバ医師』『守銭奴医師』などと散々な言われようもあった。
しかし彼女がこのイジツの中でも特段優れた医療技術を持っていることは明白であり、多くの富豪は彼女の名声を頼って、彼女が根城にしている空の駅までわざわざ訪れるほどであった。
「はーい、この薬を一日二回。毎日二錠飲んでくださいね」
診察を終え、薬を処方された患者はありがたく受け取って診察料を支払ってから空の駅を後にする。
この空の駅『ラマシ』を拠点に彼女が運営する病院の『トンボ医師団』は毎日多くの患者が航空機に乗ってやってくる。
「また新しい患者です」
「はいはい、こっちに通しちゃって」
そこで看護師としてこの病院で働いているユウジがバインダーを片手に話しかけてくる。
現在、この病院には多くの医師・看護師が常駐し、さらに入院施設も備えていることで多くの患者に対処ができるようになっていた。
基本的に行うのは救急医療であり、負傷した用心棒などを相手に治療していた。
「お久しぶりです。調子はどうですか?」
「はい、おかげさまで…」
新しい患者は淋病持ちであり、過去のカルテを参照してアヤナは漏れそうになるため息を抑えて抗生物質を処方する。
「淋病は薬を飲まないと治りませんから、しっかり飲んでくださいね?」
「はい、分かっています」
そこでやや背筋を伸ばして患者は答えると、診察室を後にしていく。
「忙しいもんですね」
「まあ、ここにいる医者の中で私が一番若いから働けってことでしょ」
苦笑気味に午前中の診察で大量に患者を捌いたことを受けてユウジが苦笑気味に言うと、アヤナはそれでも慣れた様子で疲労をそれほど表に見せずに休憩として緑茶を飲む。
「さて、午後からはまた飛ぶはずだったわね?」
「ええ、今回はタネガシに飛行予定です」
「ああ、また巡回診察ですか…」
そこで呆れてため息を吐く彼女。しかしこの空の駅を改装した病院に勤めている医者の中で最も若いのも彼女であるため、拒否権はなかった。
「まあ、パイロットからしてみれば飛行時間が増える上に、ついていく我々もいい研修になりますんでね」
「だから研修目的でこっちに通わせているんでしょうに」
彼女はそう言いながら席を立つと、診察室を出て廊下を歩く。
「こんにちわ」
「よう、足は大丈夫かい?」
そこで松葉杖をついて歩く一人の男に話しかける。彼は用心棒で空賊との戦闘で撃墜された後、救援部隊に拾われてこの病院で治療を受けていた。
「ええ、おかげさまで何とか」
アヤナにそう答えた患者の男は、会釈をしてから廊下を歩いていく。他にもこの病院には多くの患者が訪れ、薬の処方や手術による治療を受ける。
「先生!」
「どうした?」
そこで病院の中を駆け足で走ってきた看護師にアヤナは首を傾げると、彼女は言う。
「
「ああ…」
その瞬間、アヤナとユウジは眉を顰めて嫌な顔をした。
「とりあえず、なるべく人目につかない場所で診察して」
「分かりました」
そしてアヤナが指示を出すと、看護師も警戒した様子で廊下を後にするとやや面倒そうにアヤナは歩く。
「やれやれ、面倒な相手が来たものね」
「腕っぷしには自信があります」
「ええ、頼りにしているわ」
ユウジが自信ありげに言うと、アヤナもそれを頼りにして他の看護した対応しているであろう病院の外に出る。するとその駐機場には零戦二一型が複数駐機していた。
「あら、あいつら新しい機体に変えたの?」
「そのようですね…統一された装備に換装とは…」
そこで新しい装備品を揃えた彼らを前にアヤナは病院に併設された格納庫で話す。
「はいはい、退いてもらっていいかな?」
格納庫では複数の男達が屯して看護師達に一部怒鳴り込んでいる中、アヤナの静かな声が響き渡った。
この声には脅迫しようとしていた彼らも背筋が凍ってたちまち黙り込んでしまう。
「今日はどこをやっちまったんだい?」
「み、右足だ…」
「みせなさい」
そこで格納庫に並べられたパイロット達は、全員が呻き声をあげていた。
「全く、空賊なんてちゃちことするからよ」
「うるせえ!俺たちは生き残るので精一杯なんだよ!」
そこで診察を行い、淡々と重軽傷者の判別と治療を行なっていくアヤナに反論するように叫ぶ男。
そう、彼らは空賊。
彼女の評価を落としている中に、この空賊であっても金さえ払えば治療を施すことが挙げられる。
空賊だろうと用心棒だろうと、命の価値は平等であるという彼女の思想が表に出ているのだが、それをよく思っていない人間が大勢いることも確か。
今、このイジツでも指折りの医療技術を持っている彼女であるから許されている行為であり、空賊も下手な闇医者よりもずっと安心して治療ができる彼女に対し信用をしていた。
だからこの病院の周辺で戦闘は行わず、また病院を襲うなどもってのほかであることが空賊達の暗黙の了解であった。
「で、今回は何を襲ったの?」
「言うかよ」
「あそう」
無愛想に答える空賊の団長に、アヤナは治療を終えて担架で運ばれる空賊を前にバインダーに診察料を書いていく。
「じゃあ診察料はこれくらいね」
そして提示された金額を見て驚愕した。
「嘘だろ…?!」
それは今までの診察料の倍以上の金額であったのだ。
「ふざけんな!こんな金額払えるか!」
「前まで九七式とかバラバラに使ってたのに、今は零戦に乗ってる時点で羽振りいいんでしょう?」
「…」
そこで指摘をされ、急いでいたがために自分たちの機体を乗り換える暇がなかったことを悔やむ。
もし仮にここで支払いを踏み倒したとすると、二度とこの病院で診察を受けることはできない。そうすると、今後負傷をしてもまともな治療を施してもらうことはできなくなる。
基本的にここ以外で空賊が治療をしてもらえる場所というのは、ここよりも断然格が落ちた病院や診療所となる。
無論、死にたくなんて誰も思わないわけで、彼らはおとなしくこの要求に従う以外に方法がなかった。
「チッ、足元見やがって」
「事実を言ったまでよ」
毒吐きながら多額の報酬を支払わざるを得なくなった空賊に、アヤナは毅然とした態度で返していた。