視界に広がる炎と飛び散る燃料。
「…やられたか」
その操縦席に座る一人の老人、その脇を飛び去っていく一機の航空機。
この老人の駆る機体は堕とされた。
どんどん生き残っていた高度計が0に近づいていくと、機体は遂に衝撃と併せて地面と擦れて、炎を纏って墜落した。
「…」
着地した機体で何とか生き残たその老人は、燃える機体の操縦席に座ったまま空を見上げる。
遂に終わったかと思いながらその老人は燃える機体の中でゆっくりと目を閉じる。
ッーー!
その直後、目の前を赤みがかった煙が覆い、一瞬で目の前の火災が鎮まった。
「…誰だ?」
その老人は怪訝な表情でキャノピーの外を見ると、そこでは一人の女性が片手に赤く塗られた消火器を持って仁王立ちしていた。
「ここら辺に軍属だったユーハング人がいると言うお話を聞きましてね」
その女性は言うと、聞いていた老人は怪訝に彼女を見た後に背後にある機体を見る。深緑色に塗装された機体には白縁の赤色の円形のマーキングが施されていた。
「っ!?お前は…」
その塗装を見て老人は驚愕した顔を浮かべると、女性は微笑んで老人に話しかけた。
「初めまして、ユーハング人」
医師アヤナの仕事というのは多岐に亘る。
パイロットの治療、定期検診、契約者との巡回診察etc…。
とにかくやることは一杯であった。
「はい、この薬を飲んでくださいね」
「分かりました」
そこで結核治療のための抗結核薬を処方すると、患者の家族は大切にそれを受け取ってから家に戻っていく。
今まで不治の病であるとされた結核を治療する術を持っていたことも彼女達の元に多くの患者が訪れる理由でもあった。そして貧乏人からは少々、富豪からは莫大な診察料を取って治療を行なっていた。
「今日はこんな所かしら?」
「そろそろ午前中の業務は終わります」
アヤナは言うと、ユウジは頷いたので彼女は座っていた椅子を立ち上がって施設を歩く。
「今日は私だけで行こうかしら?」
「やめて下さい。貴女がいなくなったらどうするんですか」
彼女は言うと、格納庫に仕舞われた零式輸送機を見る。
イジツの各地を巡って診察と治療を行うために購入後に改装を施した機体で、白色に塗装された目立つ機体である。
廃墟となっていた空の駅を改装して作られたこの病院は複数の医者、看護師が常駐しており、いつでも医療を施せる準備が整っていた。
「で、ユーハング人の所在は?」
「患者からの又聞きですが、何人か確認は取れています」
ユウジは答えると、アヤナは頷いた上で格納庫にやってくる他の面々を見る。
「さて、今日も行きますか」
そこで彼女達は輸送機に乗り込もうとした時、滑走路に複数の機体が着陸してくる。
「お?」
整然と二列横隊になって順々に着陸してくる四機の機体。いずれも灰色に塗装された機体で、着陸をすると直後にキャノピーが開いた。
「おう、お前達か」
「悪い、給油させてもらいに来た」
その部隊は全員がキ100、五式戦闘機で組まれており、四機編隊は他にも続々と着陸をしてくる。
「また買ったの?」
「ああ、ここで稼いでくれた大金叩いてな」
そう言い、機体から降りてきた彼らは給油作業を始める。
ここは多くの航空機が離着陸を行うので、最低限の給油作業を備えており、着陸した編隊はさまざまなハゲかけの塗装などを備えたまちまちの機種で構成されていた。
「へえ、随分と買ったのね」
「所詮中古機ばかりさ。ただまあ、全部まとめて持っていくがな」
「北方に?」
「勿論」
そこで着陸した機体は主に戦闘機ばかりであるが、九七式や零戦、二式など様々な機体が着陸してくる。
「おいおい、まさか燃料全部持っていく気?」
「そろそろ給油機が来るだろう?大丈夫だって」
そんな事を言いながら彼らは旧作業を行なっていくと、給油と整備を行った機体から次々と離陸を行っていく。
「おお凄い、キ102までアイツら仕入れたんだ」
そこで離陸していく機体の中でユウジが興奮気味に離陸していく双発機を見る。
「何その機体?」
「五七ミリ機関砲を装備した軽爆撃機ですよ。屠龍ほど作られたわけではないんですけどね」
「へぇー」
話を聞き、感心した様子で彼女は見上げていると、パイロットが話しかけてくる。
「取り敢えず、複製されていた設計図や新造パーツは購入した。あとで輸送機が運んでいくはずだ」
パイロットは言うと、アヤナは質問をした。
「最近の変化は?」
「そうだな…」
聞かれてパイロットは違和感を口にする。
「中古市場の価格が変わっている」
「中古?」
「ああ、最近になって飛燕の価格が一気に上がってきている」
「運用に金がかかる金食い虫なのに?」
液冷エンジンを搭載した戦闘機だが、そもそものエンジンの性能が悪い分、誰も使いたがらない機体として中古市場でも安売りされる機体であった。
「誰かが買い漁っているって話だ。買った店主の話じゃあ、余っていた機体をまとめて買われたそうだ」
「その動きは追いかけられるの?」
「犯罪の影に金と女。向こうに着いたら、分析官に一応言っておくさ」
そう答えると彼は給油作業を終えてエンジンに点火してから最後に離陸して行った。
「へえ、中古市場がねえ…」
「飛燕を大量に買うなんて、いったいどこの物好きかね」
そんな事を呟きながらアヤナは輸送機に乗り込むと、輸送機は離陸をしていく。
いくつかの企業や個人と契約を行い、航空機に乗り込んで目的地に向かうアヤナ。今回の目的地はラハマ。
「はい、お薬打ちますからね〜」
「嫌だぁあっ!注射嫌だぁあっ!!」
泣きながら駄々を捏ねる子供達。注射器を持っていたアヤナに対しギャン泣きである。
「予防接種をしないと病気に罹るんだぞ」
そんな子供達をあやすようにレオナが言うと、孤児院の子供達はそれでも注射を前に怯えていた。
「あらあら、すっかり怖がっちゃって」
そんな子供達を前に一人の女性が微笑ましく話しかける。
「ちょっとザラさん」
「あら、ごめんなさい?」
少々豊満でグラマラスな体型の女性にアヤナは怪訝に言うと、彼女は申し訳なさそうに答える。ただし、誠意は感じられない。
「はい、ちょっと痛むよ〜」
「うぅっ…」
アルコールで拭いた後に注射器を刺すと、シリンダーを押し込んですぐに抜いて絆創膏を貼る。
「はい、よくがんばりました」
そう言いウエハース菓子を渡すと、子供達は嬉しげに受け取って去っていく。
「すまないな。いつも頼んでしまって」
「大丈夫よ、しっかりお金貰っているわけだし」
そして子供達の定期検診を終えてアヤナにレオナが話しかける。
「この後は?」
「えーっと、取り敢えずアレンの診察とチカの経過観察って所かしらね」
「忙しいな」
「まあこれも仕事ですし」
そう言ってからカルテを書いていくアヤナ。
都市の規模としてな田舎であるラハマ。良質な岩塩が採掘されるこの地では、まだ他の都市と違って人が多く暮らしていた。
この地でアヤナは空飛ぶ医師として契約者からの電話に答える形で飛行機に飛び乗って契約者の元まで走る。
「どうしたって契約者の多いラハマによく来るんだけどね」
「コトブキの面々が多いからな。アヤナの場合は」
そう言うと、次に彼女は医療鞄を持ってラハマの街を歩く。
「今度の仕事は?」
「ナサリン飛行隊という用心棒と一緒にする事になっている」
「へえ、まあ怪我だけはしないようにね」
アヤネはまた用心棒として新しい仕事に赴くというレオナ達を軽く労うと、次にラハマに停泊している羽衣丸を見上げる。
オウニ商会所属の飛行船で、アヤナとも契約を行った会社である。
「じゃあ、私はここら辺で」
「ああ、気をつけてくれ。最近じゃあ、街にまで空賊が襲いにかかってくるからな」
「へーい」
レオナは言うと、彼女は頷いて去っていく。
今回のラハマでの患者は少し奇妙な性格を持つ患者でもある。
「ふむ…」
触診を行い、足の状態を確認する。
「どうかな?僕の足は動かそうかい?」
「だいぶ回復はした。でも飛行機に乗ったら事故を起こすでしょうね」
そこで診察を終えてアヤナは顔を上げると、灰色に近い白髪が特徴的な青年を見る。彼の名前はアレンと言い、この世界に開く穴の研究を行う研究者でもあった。
「そうか、そりゃあ残念だ」
診察結果を聞き残念そうにする彼は、その後にアヤネに言う。
「僕とて流石に命を失いたくはないね」
「ええ、無駄死になるわね」
聴診器で呼吸音と心音を確認し、脈拍や他の診察も行っていく。
彼とはレオナの紹介で知り合った仲であるが、少し前に乗っていた航空機を撃墜された事で負傷。依頼を受けて治療を行っていた。
「はい、これで今日の検診は終了」
「ふう、これでまた少し気が楽になるね」
「あら、それはどう言う意味かしら?」
診察を終えてアレンと話しながら機材を傾けていくと、彼女はそのまま部屋を出る。
「おっと、ケイトか…」
そして部屋の前で立っていた女性を見て一瞬驚きの声を漏らしてしまうアヤネ。彼女は契約を結んでいるコトブキ飛行隊の隊員であるケイト。今し方診察を行ったアレンの実妹である。
「今日はありがとう」
「気にしなくても大丈夫よ」
定期検診とリハビリのために家を訪れており、ケイトはアヤネのことをよく知っていた。診察を終えて玄関まで見送りに向かうと、アヤネはケイトに言う。
「アレンには、酒はあまり飲みすぎないように言っておいて」
「分かった」
頷くと彼女は家を後にする。
そして診察を終えて街を歩く彼女は、ラハマの街並みを見つめる。
「げっ!」
その時、自分を見た途端に嫌な様子の声を漏らした声がした。
「おやおや、これはキリエさんじゃないか」
「先生…」
そこで気まずそうに目線を逸らす女性、キリエ。アヤナは途端に彼女の肩に手を回して言う。
「この前、定期検診飛んだんだって?」
「だって仕事があったんだもん!」
反論するようにキリエはアヤネに言う。
「仕事があるからって、健康じゃなできない仕事だってのに何やってんのよ」
「あいでっ!」
軽く頭を叩いて叱責すると、彼女は去る。
「じゃあね、また無茶するんじゃないわよ」
「はーい」
キリエは気まずそうにアヤネに返して見送った。