俺の好きなキャラだけ集めたバトル・ロワイアル   作:Melo13131

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第10話 目を見ない男

 四隻目の漁船も、同じだった。

 

 ルルーシュ・ランペルージは、船尾の機関室の蓋を閉め、油で汚れた指先をハンカチで丁寧に拭った。燃料タンクは空だった。空になっているだけではない。燃料パイプが、根元のところで、刃物ですっぱりと切断されていた。切り口はまっすぐで、錆がほとんど浮いていない。最近の仕事だ。

 

 H-9の港には、小さな漁船が五隻、ロープで岸壁に繋がれていた。夜明けとともにここへ辿り着いてから、ルルーシュはその一隻ずつを検分して回った。どの船も、同じ場所を同じように切られていた。残る一隻は船底に穴が空いていて、半ば沈みかけている。

 

「念の入ったことだ」

 

 ルルーシュは、岸壁の先の海を見やった。朝の光を受けた波は穏やかで、沖へ向かってどこまでも続いているように見える。だが羂索の説明によれば、海岸から二百メートルほど先には、目に見えない壁がある。この島からは、どうやっても出られない。

 

 だとすれば、船を潰す必要などないはずだった。結界が完全なら、燃料を満タンにしておいたところで、船は二百メートル先で止まるだけだ。それをわざわざ一隻ずつ切って回ったのは、なぜか。

 

 可能性は二つ。結界が、船のような大きな物体に対しては、何らかの点で完全ではないのか。あるいは、羂索という男が、ありうる選択肢を最初から一つ残らず潰しておかなければ気が済まない性格なのか。

 

 後者だろう、とルルーシュは判断した。教室で、あの男はルルーシュの左目に宿るものを、見もせずに言い当ててみせた。全員よく調べてある、と言った。そういう男は、船の燃料パイプも切る。

 

 腕時計は七時五十一分を指していた。

 

 ルルーシュは岸壁の、網小屋の陰に戻った。壁にもたせかけてあったデイパックの横には、黒い金属の塊が横たわっている。短機関銃。予備の弾倉が三本。デイパックを開けてこれが出てきたとき、ルルーシュは、羂索の悪趣味な笑い声が聞こえたような気がした。体力も腕力も人並み以下の自分に、引き金を引くだけで人を薙ぎ倒せる道具を渡す。お前はそれで何をする、と問われているのだ。

 

 答えは決まっていた。ルルーシュは自分で撃つつもりはなかった。撃つのは、駒の仕事だ。

 

 問題は、その駒がまだ一つもないことだった。

 

 ギアスは、同じ相手には一度しか使えない。目を合わせなければ効かない。この島には二十三人しかいない。つまり、ルルーシュの手の中にあるのは、二十三回きりの命令権だ。無駄撃ちはできない。一度命じたら、その相手には二度と命じられない。誰に、何を、いつ命じるか。それを誤れば、この島で自分は、機関銃を抱えただけのひ弱な学生にすぎない。

 

 砂利を踏む音がしたのは、七時五十五分だった。

 

 ルルーシュは網小屋の陰に身を伏せ、短機関銃を引き寄せた。港へ下りてくる坂道を、一人の少年が歩いてくる。暗い色の制服。気だるそうな顔つき。デイパックを片方の肩に引っかけ、両手は空いている。武器は持っていないように見えた。

 

 ルルーシュは記憶を探った。遠山キンジ。出発のとき、羂索に名前を呼ばれて、面倒くさそうに立ち上がった男だ。

 

 キンジは坂の途中で足を止めた。岸壁を見渡し、漁船を見渡し、それから網小屋のほうへ、まっすぐ顔を向けた。

 

「そこ、誰かいるよな」

 

 ルルーシュは息を詰めた。

 

「靴の跡。岸壁の上、船の近くを何度も行ったり来たりしてる。で、最後にその小屋の裏に向かって、戻ってきてない」

 

 キンジは、ポケットに両手を突っ込んだまま言った。

 

「撃つなよ。俺は丸腰だ。見りゃわかるだろ」

 

 ルルーシュは数秒考えた。隠れ続ける意味はない。相手はすでに位置を知っている。そして、丸腰の相手に対して、こちらには機関銃がある。

 

 ルルーシュは立ち上がった。短機関銃の銃口を、キンジの胸に向けたまま。

 

「動くな」

 

「動いてねえよ」

 

 キンジは本当に動かなかった。銃口を向けられても、顔色一つ変えない。ルルーシュは、その落ち着き方が気に入らなかった。素人の落ち着き方ではない。

 

「両手を出せ。ゆっくりだ」

 

 キンジは溜め息をついて、ポケットから両手を出した。右手に、何か小さな箱を握っている。ルルーシュが引き金に指をかけるより先に、キンジはその箱を軽く振ってみせた。

 

「トランプ。俺の支給品。これで撃ち合いでもするか?」

 

 ルルーシュは、思わず小さく鼻を鳴らした。

 

「……ずいぶんと引きが悪いな」

 

「昔からだ。慣れてる」

 

 キンジは箱をポケットに戻した。それから、ルルーシュの顔に視線を上げ、そして、ほんのわずかに下にずらした。

 

 ルルーシュの眉が動いた。

 

 キンジは、ルルーシュの目を見ていなかった。顎のあたり、首輪の少し上。視線はそこで止まっていて、そこから決して上へ行かない。

 

「俺の目を見ないんだな」

 

「ああ」

 

 キンジは、あっさりと認めた。

 

「教室で、あの羂索ってのがあんたの目のことを何か言ってただろ。俺には意味がわからなかったけど、あんたの顔色が変わったのはわかった。ああいう言い方をされて顔色を変えるってことは、図星だったってことだ。つまりあんたの目には何かある。だから見ない」

 

 ルルーシュは、銃口を向けたまま、じっとキンジを観察した。

 

 この男は、あの混乱の中で、自分の表情の変化を見ていた。国信という少年の首が弾け、虎杖という男が羂索に飛びかかり、教室中が悲鳴と怒号で満ちていたあの場で。ただの気だるげな学生ではない。

 

「何者だ」

 

「武偵」

 

「ブテイ?」

 

「武装探偵。まあ、警察と探偵の間みたいなもんだ。銃も持てるし、逮捕もできる。ただし、人は殺せない」

 

「殺せない?」

 

「武偵法九条。武偵は、いかなる状況でも人を殺してはならない。破ったら終わりだ」

 

 ルルーシュは、その言葉を頭の中で転がした。人を殺せない、訓練を受けた人間。観察眼があり、銃口を向けられても動じない。そして、この島で、ルルーシュの目を警戒した上で近づいてきた。

 

「武偵は、お前一人か」

 

 キンジは一瞬、答えるのをためらった。

 

「……あと二人いる。アリアと、レキ。どっちも俺より腕は上だ。どっちも人は殺さない」

 

 ルルーシュは、内心で指を折った。

 

 三人。訓練を受けた、人を殺さない、戦える人間が三人。互いを知り、互いを信頼している。ばらばらに一人ずつ手に入れるより、一人を手に入れれば、残りの二人がついてくる。

 

 駒としては、これ以上ない。

 

 ルルーシュは、左目に意識を向けた。目を合わせさえすれば。「俺に従え」と一言命じれば、この男は二度と逆らわない。仲間の二人も、この男が連れてくる。

 

 だが、目を合わせなければならない。

 

「顔を上げろ」

 

 ルルーシュは言った。銃口を、わずかに持ち上げる。

 

「話をするときは相手の目を見るものだ。それとも、武偵というのは礼儀を教わらないのか」

 

「教わってる。けど、撃たれるほうがまだましだと思ってる」

 

 キンジの視線は、顎のあたりから一ミリも動かなかった。

 

「撃つなら撃てよ。そいつで撃たれたら、俺は死ぬ。けど、あんたも損するぞ。俺が死んだら、アリアとレキは絶対にあんたに協力しない。あんたが何者で、何をしたいのか知らないけど、たぶん、それは一人じゃできないことだろ。一人でできるなら、こんな港でボートいじってない」

 

 ルルーシュは、長いあいだ黙っていた。

 

 撃つことは簡単だった。引き金を引けば、それで終わる。だがそれは、ルルーシュが最も嫌う種類の解決だった。手に入れられるはずだった駒を、自分の手で盤上から取り除く。愚か者のやることだ。

 

 かといって、力ずくで目を合わせさせる方法もない。この男の腕を捻り上げ、顎を掴んで無理やり顔を上げさせるだけの腕力は、ルルーシュにはない。それができる人間がいれば、そもそもギアスなど要らない。

 

 ルルーシュは、ゆっくりと銃口を下げた。

 

「いいだろう。目を見なくてもいい」

 

 キンジの肩から、ほんの少しだけ力が抜けたのがわかった。

 

「俺はルルーシュ・ランペルージ。お前たちと同じく、この殺し合いに乗るつもりはない。目的は、羂索を倒し、この島を出ることだ」

 

「島からは出られないって言ってたぞ、あいつ」

 

「言っていたな。だが、あいつが言ったことが全部本当だと信じる理由もない」

 

 ルルーシュは、背後の漁船を顎で示した。

 

「見てみろ。あの船は全部、燃料パイプを切られている。結界が本当に完全なら、そんなことをする必要はない。つまり、羂索は念を入れる男だ。念を入れる男は、念を入れなかった場所を恐れる。どこに念を入れて、どこに入れていないか。それを調べれば、穴は見つかる」

 

 キンジは、ルルーシュの顎のあたりを見たまま、しばらく黙って考えているようだった。

 

「……で、あんたは俺に何をしろって言うんだ」

 

「協力しろ。お前は仲間の二人を探す。俺は、そのための頭を貸す。この島の地図、放送の内容、誰がどこで死んだか。それを組み合わせれば、生きている人間がどこへ向かうかは、ある程度読める」

 

「頭を貸すかわりに?」

 

「俺を守れ」

 

 ルルーシュは、臆面もなく言った。

 

「見てのとおり、俺は腕力には自信がない。この銃も、撃てば当たるだろうが、撃ち合いになれば俺は負ける。お前たちが盾になり、俺が考える。それが一番効率がいい」

 

 キンジは、呆れたように息を吐いた。

 

「正直だな」

 

「嘘をついても、お前は信じないだろう。俺の目を見ない男に、嘘は通じにくい」

 

 ルルーシュは、自嘲するように口元を歪めた。

 

「ただし、一つだけ言っておく。乗っている連中は、止まらない。止めるには、どこかで誰かが、引き金を引かなければならない。そのとき、お前たちは撃てない。だから、俺が撃つ」

 

 キンジの表情が、初めて硬くなった。

 

「それは駄目だ」

 

「なぜだ。お前たちの法律は、お前たちを縛っているだけだろう。俺は武偵ではない」

 

「俺の目の前で人が死ぬのが駄目なんだよ」

 

 キンジは、ルルーシュの顎から、手に握られた短機関銃へと視線を移した。

 

「あんたと組むなら、条件がある。俺の前で、人を殺すな。乗ってるやつでもだ。止めるなら、殺さずに止める方法を考えろ。あんた、頭いいんだろ」

 

 ルルーシュは、キンジの顔を見つめた。

 

 甘い、と思った。この島で、その条件はいつか必ず破綻する。人を殺すことに躊躇いのない連中が、あの教室には何人もいた。殺さずに止められる相手ばかりではない。

 

 だが、今ここでそれを言っても、この男は頷かないだろう。

 

「わかった」

 

 ルルーシュは言った。

 

「お前の前では、殺さない」

 

 キンジは、ルルーシュの言葉の細部を吟味するように、しばらく黙っていた。お前の前では。その限定に気づいたのかどうか、ルルーシュにはわからなかった。キンジの視線は、相変わらず顎のあたりに留まっていて、その目の奥を覗くことはできなかった。

 

「……とりあえず、それでいい」

 

 キンジは、やがてそう言った。

 

「行こう。アリアとレキを探す。レキは狙撃手だから、たぶん高いところにいる。アリアは……あいつはたぶん、じっとしてない」

 

「高いところ、か」

 

 ルルーシュは地図を広げた。島の北東には山頂の展望台があり、北西には灯台、中央北寄りには鉄塔がある。

 

「候補は三つ。ここから一番近いのは展望台だが、そこは狙撃に向きすぎている。狙撃手を探している人間が真っ先に向かう場所だ。お前の仲間が賢ければ、避ける」

 

「レキは賢いぞ」

 

「なら、鉄塔か灯台だな」

 

 ルルーシュは地図を畳み、デイパックを背負った。短機関銃のストラップを肩にかける。重さがずしりと肩に食い込み、顔をしかめた。

 

「持とうか」

 

「結構だ。これは俺の支給品だ」

 

 キンジは肩をすくめて、先に坂道を上りはじめた。ルルーシュはその数歩後ろをついて歩いた。前を行く背中は、無防備に見えた。今ここで撃てば、確実に殺せる。ルルーシュはそう考え、そう考えた自分を冷静に眺めた。撃たない。この男は、生きているほうが価値がある。

 

 坂の上で、キンジが一度だけ振り返った。視線は、やはりルルーシュの顎のあたりで止まっていた。

 

「なあ。あんたの目って、結局何なんだ」

 

「知りたいか」

 

「……いや、いい。知ったら、見たくなりそうだから」

 

 キンジは前を向いて、また歩き出した。

 

 ルルーシュは、その背中を見ながら、左目の奥にこもる熱を静かに押さえ込んだ。

 

 この男は、今は目を見ない。見ないと決めて、実際に見ずにいられるだけの意志がある。だが、人間の意志には限界がある。疲れれば緩む。追い詰められれば忘れる。仲間の死体を前にすれば、何もかもがどうでもよくなる。

 

 いつか必ず、この男は俺の目を見る。

 

 そのときのために、この一回は取っておこう。

 

 八時十二分。ルルーシュ・ランペルージと遠山キンジは、港を後にした。

 

 背後の岸壁では、燃料パイプを切られた漁船が五隻、波に揺られて、互いの船腹を小さく打ち合わせていた。

 

 残り、二十三人。

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