俺の好きなキャラだけ集めたバトル・ロワイアル 作:Melo13131
零時を少し回った頃、廃校の校門を出た桐山和雄は、最初の四つ角で立ち止まった。
ポケットから百円玉を一枚取り出し、親指の爪の上に載せる。月明かりが、硬貨の縁を白く光らせていた。
表なら、乗る。裏なら、乗らない。
弾かれた硬貨は、闇の中で回転しながら高く上がり、桐山の手の甲の上に落ちた。桐山は、覆った掌をどけた。
表だった。
桐山は硬貨をポケットに戻し、デイパックを開けた。中から出てきたのは、桐山の背丈に迫るほどの大剣だった。鍔には骸骨の意匠が彫り込まれ、刀身は分厚く、月の光をほとんど跳ね返さない。常人なら、持ち上げるだけで息が上がる重さだった。
桐山はそれを片手で持ち上げ、何度か振ってみた。一振りめは、重さに振られた。二振りめで、重心の位置がわかった。三振りめには、刃筋が一度もぶれなかった。
桐山は大剣を肩に担ぎ、夜の中へ歩き出した。表情は、最初から最後まで、一度も動かなかった。
*
九時十分。
斑目貘は、F-9の商店の、埃で曇ったガラス窓越しに、その少年を見ていた。
二百メートルほど先の、道が二股に分かれるところだった。学生服の少年が、肩に途方もなく大きな剣を担いで立っている。少年はポケットから何かを取り出し、親指で弾いた。小さな光が宙に上がり、少年の手の甲に落ちた。少年はそれを見て、右の道を選んだ。
こちらへ続く道だった。
貘は窓から離れ、商店の奥の、レジ台の陰に腰を下ろした。棚にはほとんど何も残っていなかった。缶詰がいくつかと、日に焼けた駄菓子の袋と、乾電池と、カセットコンロのボンベが二本。貘がここへ来たのは、朝の放送のすぐあとだった。まだ誰も来ていなかった。ここは島の中心街の名残で、道が四方から集まる。人の流れを見るにはちょうどいい場所だった。
桐山和雄。出発のとき、羂索に呼ばれて立ち上がった顔を、貘は覚えていた。整った顔で、何の表情もない少年だった。国信という少年の首が弾けた瞬間、教室のほとんど全員が何かを顔に出した。怯え、怒り、吐き気、あるいは愉悦。桐山は何も出さなかった。何かを隠しているのではなかった。隠すものが、最初から何もないように見えた。
そして今、あの少年は、道を選ぶのにコインを使った。
貘は、左手の指先で、レジ台の縁をとんとんと叩いた。
逃げる、という選択肢を、貘は最初に捨てた。商店の裏口から出ても、見通しのいい道が続くだけだ。あの剣を片手で担いで歩ける人間から、自分の足で逃げ切れるとは思えない。貘の体は、階段を三階分駆け上がっただけで息が切れる。
隠れる、という選択肢も捨てた。あの少年は、道の分かれ目でわざわざコインを投げた。どちらへ行っても構わないのだ。構わない人間は、行った先を丁寧に調べる。取りこぼしがない。
戦う、というのは論外だった。デイパックに入っていたのは、黒い小さなスタンガンだけだ。あの大剣の間合いの内側まで、生きて入れるとは思えない。
残るのは、一つだけだった。
賭ける。
貘は、レジ台の下から、黄ばんだ注文伝票の束を引っぱり出した。ボールペンのインクがまだ出ることを確かめ、伝票の裏に、細かい字で書きはじめた。
一、羂索は首輪を起爆するとき、ボタンもリモコンも使わなかった。手も動かしていない。起爆は機械の操作ではない。あの男の「意思」が、何かを通って首輪に届いている。
二、羂索は「全員よく調べてある」と言った。胴元は、客の手札を覗く。首輪が送っているのが位置と生死だけだと、信じる理由はない。首輪の前で喋ったことは、全部あの男に聞かれていると思え。
三、この伝票を読んでいるアンタへ。この島の勝負は、最初から胴元に有利に組まれている。胴元に勝ちたければ、胴元がまだ賭け金を張っていない場所を探せ。
書き終えると、貘は伝票を一枚だけ千切り取り、レジの引き出しの、紙幣を入れる仕切りの下に滑り込ませた。残りの束は棚の奥へ戻した。
遺言のつもりはなかった。保険でもない。次にこの店に来る誰かへの、ちょっとした置き土産だ。自分が勝てば、自分で回収すればいい。
九時十六分。ガラス戸の向こうに、学生服の影が立った。
貘は立ち上がり、戸を開けて、外へ出た。
「やあ」
桐山は、店の前の、三歩ほど離れたところで立ち止まっていた。大剣は、まだ肩に担がれたままだった。桐山の目が、貘の顔を見た。顔を見て、手を見て、デイパックを見て、また顔に戻った。その視線には、好奇心も敵意もなかった。値札を読むような目だった。
「桐山クン、だよね。俺は斑目貘。教室で見たでしょ」
桐山は答えなかった。
「さっき、分かれ道でコイン投げてたよね。見てたよ」
貘は、両手をポケットに突っ込んだ。右のポケットの中で、スタンガンの冷たい角が指に触れた。
「アンタさ、嘘がないね」
桐山の表情は、動かなかった。
「俺ね、人の嘘を見るのが仕事みたいなもんなんだよ。嘘ってのは、隠したいものがあるから出てくる。欲しいものとか、怖いものとか。それがあるから、目が泳ぐし、指が動くし、声が揺れる。アンタには、それが全部ない」
貘は、小さく笑った。
「嘘がないってのは、ホントもないってことだ。アンタ、自分で何も決めてないでしょ。道も、この殺し合いに乗るかどうかも、コインに決めさせてる」
桐山は、やはり何も言わなかった。だが、肩の大剣を、ゆっくりと下ろした。切っ先が地面に触れ、砂利がかすかに鳴った。
話を聞く気がある、と取るべきか。それとも、振りかぶる前の構えと取るべきか。貘には、判別がつかなかった。この少年の体は、何の予告もしない。
「だからさ、提案」
貘は、声の調子を少しも変えなかった。
「俺を殺すかどうか、そのコインで決めない?」
桐山の目が、ほんのわずかに貘の顔に留まった。
「表なら、俺を殺していい。裏なら、俺を殺さずに、このまま行って。投げるのはアンタ。俺は何も触らない。イカサマのしようがない。アンタがいつもやってることを、もう一回やるだけ」
沈黙が、店の前の道に落ちた。遠くで、鳥が一声鳴いた。
貘は、自分の心臓の音を数えていた。十一、十二、十三。
五分と五分。貘にとって、これは悪い賭けではなかった。何もしなければ、生き残る目はほとんどない。それを半分まで引き上げられるなら、張る価値はある。勝負の場で、自分が張れる一番いい目に張る。それが賭けだ。
ただ、と貘は思った。立会人がいないのは、少しだけ寂しい。
十九、二十。
桐山は、ポケットに手を入れた。
取り出したのは、さっきと同じ、百円玉だった。桐山はそれを親指の爪の上に載せ、何の前置きもなく、弾いた。
朝の光の中で、硬貨はきらきらと回転しながら上がっていった。貘は、その光を目で追った。回転は速く、表と裏の区別はつかなかった。頂点で一瞬だけ止まったように見えて、それから、落ちてきた。
桐山の左手の甲に、硬貨が落ちた。右の掌が、それを覆った。
掌が、どけられた。
桐山は、手の甲を見た。貘からは、硬貨の面は見えなかった。
桐山は、硬貨をポケットに戻した。
それだけだった。何も言わなかった。だが、下ろされていた大剣の切っ先が、砂利の上から、わずかに浮いた。
「……表か」
貘は、笑った。
右のポケットの中で、指がスタンガンのスイッチを探り当てていた。賭けに負けたら払う。それが勝負だ。だが、払う前に、胴元の懐に一度くらい手を突っ込んでみるのも、嘘喰いのやり方だった。
貘は、ポケットからスタンガンを引き抜きながら、一歩、踏み込んだ。
桐山の体は、そのときにはもう動き終えていた。
貘の目に映ったのは、黒い刃が下から上へ走る、一本の線だけだった。音はほとんどしなかった。右手に握ったスタンガンが、手首ごと、どこか遠くへ飛んでいくのが見えた。痛みは、まだ来なかった。
二本目の線は、横に走った。
貘の体は、膝から崩れ、商店のガラス戸にもたれかかるようにして、ずるずると地面に座り込んだ。胸から腹にかけて、学ランより熱いものが広がっていく。息を吸おうとしたが、うまく吸えなかった。口の中に、鉄の味が満ちた。
見上げると、桐山が立っていた。大剣の刃から、赤いものが細い糸になって地面に垂れていた。桐山の顔は、最初に教室で見たときと、何も変わっていなかった。
貘は、何か言おうとした。
いい勝負だった、と言おうとしたのかもしれない。アンタの負けだよ、と言おうとしたのかもしれない。まだ引き出しの中に伝票がある、と、心のどこかで数えていたのかもしれない。
どれも、声にはならなかった。
貘の頭が、ガラス戸に、こつん、と小さな音を立ててもたれた。目は開いたままだった。その目が最後に映していたのは、桐山ではなく、その肩越しに見える、よく晴れた朝の空だった。
九時十八分。斑目貘は死んだ。
桐山和雄は、大剣を一振りして刃の血を払った。それから地面に転がったスタンガンを拾い上げ、切り落とされた指を一本ずつ外してから、スイッチを確かめた。青白い火花が、ぱち、と一度鳴った。桐山はそれをポケットに入れ、貘のデイパックを取り上げて中を確かめた。水、パン、地図、名簿。自分のものと同じだった。水とパンだけを自分のデイパックに移した。
桐山は、商店の中を一度だけ振り返った。ガラス戸の向こうには、空っぽの棚と、レジ台があった。貘の体がもたれかかっている戸を開けるには、死体をどかさなければならなかった。
桐山は、店には入らなかった。
大剣を肩に担ぎ直し、道の真ん中まで戻る。そこでまた、ポケットから百円玉を取り出した。
表なら、北。裏なら、南。
硬貨が朝の光の中を上がり、落ちた。桐山は手の甲を見て、北へ歩き出した。
商店のレジの引き出しの中では、紙幣の仕切りの下で、黄ばんだ伝票が一枚、次の客を待っていた。
残り、二十二人。