俺の好きなキャラだけ集めたバトル・ロワイアル 作:Melo13131
山頂へ続く道は、途中から石段になっていた。
ダンテは、苔むした石段を二段飛ばしで上りながら、あくびを噛み殺した。一晩じゅう歩き回って、見つけたものといえば、空き家と、錆びた看板と、道端で干からびた蛙くらいだった。羂索とかいう額に縫い目のある男は、どこにもいなかった。
だが、いるはずだ、とダンテは思っていた。
あの男は、見物がしたいのだ。異なる理の者たちを一か所に集めたらどうなるか、見てみたいと言った。見てみたい奴は、見える場所にいる。高いところ。全体が見渡せるところ。この島で一番高いのは、地図によれば、山頂の展望台だった。
「特等席ってのは、たいてい一番上にあるもんだろ」
誰にともなく呟いて、ダンテは石段の曲がり角を曲がった。
そこに、少年が座っていた。
石段の途中、道の真ん中に、あぐらをかいて座っていた。ぼさぼさの髪に、ところどころ擦り切れた服。腰には何も差していない。手に、細い木の枝を一本持って、それで石段の苔をつまらなそうにつついていた。
少年は顔を上げ、ダンテを見た。
その目が、ぱっと輝いた。
「あ」
少年は、枝を放り出して立ち上がった。
「あんた、強いでしょ」
ダンテは足を止めた。十時三分。
「開口一番それかよ」
「わかるんだよ、俺。立ち方でさ」
少年は、ダンテの頭のてっぺんから爪先まで、嬉しそうに眺め回した。
「重心がずっと真ん中にある。上りの石段なのに、一回もぶれてない。それに、さっきからずっと、俺のどこを殴ればいいか考えてたでしょ。考えてたっていうか、体が勝手に考えてた感じ」
ダンテは、口の端を持ち上げた。確かに、曲がり角でこの少年を見た瞬間、体は勝手に間合いを測っていた。何か得体の知れないものが座っている、と皮膚のほうが先に感じたのだ。
「お前も、ただのガキじゃねえな」
「ソウジロウ。柳の剣のソウジロウ。あんたは?」
「ダンテ」
「ダンテ」
ソウジロウは、名前を舌の上で転がすように繰り返した。
「ねえダンテ、斬っていい?」
「は?」
「あんたを斬りたい。すごく斬り心地よさそう」
ダンテは、声を上げて笑った。
「正直なのは嫌いじゃねえぜ。で、何で斬るんだ? その枝か?」
ソウジロウの顔から、輝きがすっと引いた。
「……それなんだよなあ」
ソウジロウは、足もとに放り出した枝を見下ろして、心底がっかりしたように肩を落とした。
「刃物がないの。支給品、でっかい鉄砲だったんだけど、あれ刃がついてないし、使い道ないから人にあげちゃった。そしたらその人、俺の頭撃ってきたんだよ。ひどくない?」
「そりゃあ、ひでえな」
「でしょ。まあ、外れたからいいんだけど」
ソウジロウは、けろりと言った。
「で、それからずっと刃物探してるの。包丁でも鎌でも鉈でもいい。刃がついてれば何でもいい。なのに、この島、全然落ちてないんだよね。家の台所も見たけど、包丁一本残ってなかった」
ダンテは、少し眉を上げた。ダンテも一晩じゅう空き家を覗いて回ったが、刃物を見た覚えはなかった。台所の流しには、青酸カリを捨てたきりだ。
「羂索の野郎が、片づけたってことか」
「かもね。あの人、意地悪そうな顔してたし」
ソウジロウは、枝を拾い上げた。拾い上げて、何気なく、ダンテの喉元へ向けて突き出した。
速かった。
予備動作がまったくなかった。枝を拾う動きと、突き出す動きが、一続きの流れになっていた。ダンテが気づいたとき、枝の先端は、もう喉仏の一寸手前にあった。
ダンテの左手が、その枝を掴んでいた。
掴んだのは、ほとんど反射だった。枝は、ダンテの掌の中で止まった。ソウジロウが、目をまん丸にした。
「うわ、止めた」
「止めるだろ、そりゃ」
「いや、普通止められないよ。今の、俺、けっこう本気で突いたもん」
ソウジロウは枝から手を離し、ダンテの左手をしげしげと眺めた。
「あんた、人間?」
「半分な」
「半分!」
ソウジロウは、手を叩いて喜んだ。
「すごいな、この島。半分人間の人がいるんだ。ねえ、じゃあ残りの半分は何?」
「悪魔」
「悪魔かあ」
ソウジロウは、腕を組んで何度も頷いた。怯える様子は、かけらもなかった。
「悪魔って、斬ったらどうなるの?」
「さあな。斬られたことはあるが、まだ死んだことはねえ」
「最高じゃん」
ダンテは掴んでいた枝を、ぽいと石段の脇の茂みに放った。
「悪いが、枝っきれでチャンバラする趣味はねえ。お前だってそうだろ。刃がなきゃ、お前の剣は半分も出ねえ。そういう顔してる」
ソウジロウは、茂みに消えた枝のほうを、未練がましく見ていた。それから、ふう、と大きく息を吐いた。
「そうなんだよなあ。枝じゃ、斬れないんだよ。叩けるだけ。叩くのは楽しくないんだ」
「だったら、刃物見つけてから出直してこい」
「そうする」
あっさり頷いてから、ソウジロウはダンテを見上げた。
「ダンテは、どこ行くの?」
「上」
「何しに?」
「羂索を探してる。あいつは見物がしたいって言ってた。見物するなら、一番見晴らしのいいところにいるだろ」
「へえ」
ソウジロウは、石段の上のほうを見上げた。木々の間から、コンクリートの小さな建物の屋根が覗いていた。
「俺も行く」
「刃物探しはどうした」
「上から見たら、どっかに落ちてるのが見えるかもしれないじゃん」
ダンテは肩をすくめ、石段を上りはじめた。ソウジロウは、そのすぐ後ろを、跳ねるような足取りでついてきた。
*
展望台には、誰もいなかった。
コンクリートの四角い屋上に、錆びた手すりがぐるりと巡らされている。隅には、雨ざらしで塗装の剥げたベンチが一つと、硬貨を入れて覗く据え置きの望遠鏡が一台。屋上へ上がる階段の踊り場には、埃をかぶった自動販売機が、電源の入らないまま立っていた。
ダンテは、屋上の真ん中に立って、ぐるりと島を見渡した。
北東には、ここよりいくらか低い山並みが続いていた。南西へ向かって土地はなだらかに下り、森が広がり、その先に集落の屋根が点々と見える。さらにその先には、海。海岸から少し離れたところで、朝の光が、空気の中に目に見えない何かがあるかのように、かすかに歪んで揺れていた。
「ハズレか」
ダンテは、手すりにもたれて舌打ちした。羂索の姿はどこにもない。気配もない。ここは、見晴らしがいいだけの、ただの屋上だった。
「いないねえ」
ソウジロウは、据え置きの望遠鏡にかじりついていた。覗き口に目を押し当てたまま、首をひねる。
「これ、真っ暗なんだけど」
「金入れねえと見えねえんだよ、それ」
「お金、持ってないよ」
ダンテは望遠鏡に近づき、台座の横についている硬貨の投入口と、その下の小さな鉄の箱を見た。箱には、小さな鍵穴がついていた。
ダンテは、拳で箱を殴った。
鉄の箱は、紙細工のようにひしゃげた。蓋が弾け飛び、中から、錆びた百円玉が十数枚、じゃらじゃらと屋上のコンクリートにこぼれ落ちた。
「ジャックポット」
ダンテは一枚拾い上げ、投入口に押し込んだ。がちゃん、と音がして、望遠鏡の中で何かが開く気配がした。
「ほらよ」
「ダンテ、すごい。泥棒みたい」
「悪魔だっつってんだろ」
ソウジロウは、嬉しそうに覗き口に顔を押しつけた。台座ごと望遠鏡をぐるぐると回し、あちらこちらを覗いている。
「わあ、よく見える。あれ池かな。あ、人がいる。池のそばに座ってる。でっかい人。なんか棒持ってる。あ、もう一人、寝てる。……寝てるんじゃないや、あれ死んでるね」
ダンテは、眉を寄せた。
「貸せ」
ソウジロウを押しのけ、覗き口に目を当てる。望遠鏡の中の円い視界に、灰色の水面と、コンクリートの土手が映った。土手の上に、黒いシャツの大柄な男が腰を下ろしている。男の傍らには、水際に倒れた人間の体があった。ドレッドヘアの頭が、潰れているのが見えた。
放送で呼ばれた、金剛阿含。その死体のそばに、殺した奴が、まだ座っている。
ダンテは、男の顔を覚えた。口の端に古い傷のある顔。教室で見た覚えがあった。何もかもがつまらないという目で、羂索の話を聞いていた男だ。
「行くの?」
ソウジロウが、ダンテの袖を引いた。
「あの人、強そうだったよね。でも刃物持ってなかった。棒だけ」
「……後だ。先に羂索だ」
ダンテは望遠鏡から顔を離しかけて、ふと、もう一度覗き込んだ。台座を回し、視界を南へ振る。池から南西へ、森を越えて、集落の屋根が見えるあたりへ。
道があった。森を割って、南の中心街のほうから北へ延びている一本道。
その道を、学生服の少年が一人、歩いていた。
ダンテの手が、台座の上で止まった。
少年は、肩に何かを担いでいた。少年の背丈に迫るほど長く、黒く、分厚い何か。先端が陽を受けて、鈍く光った。鍔のあたりに、骸骨の意匠が見えた。
見間違えるはずがなかった。
「……おい」
ダンテの声が、低くなった。
「どうしたの?」
「あれは、俺の剣だ」
ソウジロウが、ダンテの脇から身を乗り出した。
「見せて見せて」
ダンテは黙って場所を譲った。ソウジロウは覗き口に顔を押しつけ、しばらく息を止めていた。
それから、ゆっくりと顔を離した。
その目は、さっきダンテに「強いでしょ」と言ったときよりも、もっと強く輝いていた。
「すごい剣だね」
「だろ」
「あれ、ダンテの?」
「リベリオン。親父の形見だ。羂索の野郎に取り上げられた」
「持ってる人、強いよ」
ソウジロウは、覗き口のほうをもう一度振り返った。
「あの大きさの剣を担いで、道を歩いてて、一回も重さに振られてない。肩の上で、剣がずっと止まってる。それに、歩き方がきれい。あれは、斬れる人の歩き方だよ」
ダンテは、望遠鏡の台座を指で叩いた。コツ、コツ、と乾いた音がした。
あの少年も、教室で見た顔だった。整った顔の、何の表情もない少年。名前は覚えていない。だが、あの少年が歩いてきた道の先、南の中心街のあたりで何があったのか、ダンテには想像がついた。リベリオンを担いで、平然と歩いている。刃が、何かを斬ったあとのように、ところどころ黒ずんで見えた。
「ねえ、ダンテ」
ソウジロウが言った。
「あの剣、欲しい」
「俺のだっつってんだろ」
「うん、わかってる。だから、先に取ったほうのものってことにしない?」
ダンテは、ソウジロウを見下ろした。ソウジロウは、にこにこと笑っていた。冗談を言っている顔ではなかった。
「お前、あいつから剣を取り上げるつもりか。素手で」
「取り上げるんじゃないよ。斬り合いたいの。あの人と、あの剣と。どっちもすごく斬りたい。でも俺には刃物がないから、あの人から剣をもらうしかないじゃん」
「もらう、ね」
「もらえたら、次はダンテと斬り合う。それで、ダンテが俺を斬れたら、剣はダンテに返す。どう?」
ダンテは、しばらく黙ってソウジロウを見ていた。それから、ゆっくりと手すりから身を起こした。
「いいぜ」
「やった!」
「ただし、お前があいつにやられて死んだら、剣は俺が拾う。それでいいな」
「いいよ。でも、俺は死なないよ」
ソウジロウは、屋上の手すりに片足をかけた。その下は、急な斜面の森だった。
「先に行くね!」
言うが早いか、ソウジロウは手すりを蹴って、斜面の木々の中へ飛び降りた。枝の折れる音と、葉のざわめく音が、みるみるうちに遠ざかっていく。石段を使うつもりはないらしかった。
ダンテは、呆れたように笑った。
「……ガキが」
屋上のコンクリートには、まだ百円玉が散らばっていた。ダンテはそれを一枚拾い上げ、親指で弾き、空中で掴み取った。
見上げた空は、腹が立つほど晴れていた。どこかでこの空を眺めながら、羂索は笑っているのだろう。ダンテの剣を、ダンテの知らない誰かに持たせて。それを、ダンテ自身に見つけさせて。
「いい趣味してるぜ、まったく」
特等席は、ここではなかった。だが、あの男がどういう見物の仕方をしたいのかは、少しわかった気がした。
ダンテは、百円玉をポケットにしまい、石段を駆け下りはじめた。
十時二十四分。
山の斜面を、二つの影が、別々の道筋で駆け下りていった。一つは木々の間を、枝から枝へ跳ぶように。一つは石段を、十段飛ばしで。
どちらも、南西へ向かっていた。
残り、二十二人。