俺の好きなキャラだけ集めたバトル・ロワイアル   作:Melo13131

13 / 13
第13話 特等席

 山頂へ続く道は、途中から石段になっていた。

 

 ダンテは、苔むした石段を二段飛ばしで上りながら、あくびを噛み殺した。一晩じゅう歩き回って、見つけたものといえば、空き家と、錆びた看板と、道端で干からびた蛙くらいだった。羂索とかいう額に縫い目のある男は、どこにもいなかった。

 

 だが、いるはずだ、とダンテは思っていた。

 

 あの男は、見物がしたいのだ。異なる理の者たちを一か所に集めたらどうなるか、見てみたいと言った。見てみたい奴は、見える場所にいる。高いところ。全体が見渡せるところ。この島で一番高いのは、地図によれば、山頂の展望台だった。

 

「特等席ってのは、たいてい一番上にあるもんだろ」

 

 誰にともなく呟いて、ダンテは石段の曲がり角を曲がった。

 

 そこに、少年が座っていた。

 

 石段の途中、道の真ん中に、あぐらをかいて座っていた。ぼさぼさの髪に、ところどころ擦り切れた服。腰には何も差していない。手に、細い木の枝を一本持って、それで石段の苔をつまらなそうにつついていた。

 

 少年は顔を上げ、ダンテを見た。

 

 その目が、ぱっと輝いた。

 

「あ」

 

 少年は、枝を放り出して立ち上がった。

 

「あんた、強いでしょ」

 

 ダンテは足を止めた。十時三分。

 

「開口一番それかよ」

 

「わかるんだよ、俺。立ち方でさ」

 

 少年は、ダンテの頭のてっぺんから爪先まで、嬉しそうに眺め回した。

 

「重心がずっと真ん中にある。上りの石段なのに、一回もぶれてない。それに、さっきからずっと、俺のどこを殴ればいいか考えてたでしょ。考えてたっていうか、体が勝手に考えてた感じ」

 

 ダンテは、口の端を持ち上げた。確かに、曲がり角でこの少年を見た瞬間、体は勝手に間合いを測っていた。何か得体の知れないものが座っている、と皮膚のほうが先に感じたのだ。

 

「お前も、ただのガキじゃねえな」

 

「ソウジロウ。柳の剣のソウジロウ。あんたは?」

 

「ダンテ」

 

「ダンテ」

 

 ソウジロウは、名前を舌の上で転がすように繰り返した。

 

「ねえダンテ、斬っていい?」

 

「は?」

 

「あんたを斬りたい。すごく斬り心地よさそう」

 

 ダンテは、声を上げて笑った。

 

「正直なのは嫌いじゃねえぜ。で、何で斬るんだ? その枝か?」

 

 ソウジロウの顔から、輝きがすっと引いた。

 

「……それなんだよなあ」

 

 ソウジロウは、足もとに放り出した枝を見下ろして、心底がっかりしたように肩を落とした。

 

「刃物がないの。支給品、でっかい鉄砲だったんだけど、あれ刃がついてないし、使い道ないから人にあげちゃった。そしたらその人、俺の頭撃ってきたんだよ。ひどくない?」

 

「そりゃあ、ひでえな」

 

「でしょ。まあ、外れたからいいんだけど」

 

 ソウジロウは、けろりと言った。

 

「で、それからずっと刃物探してるの。包丁でも鎌でも鉈でもいい。刃がついてれば何でもいい。なのに、この島、全然落ちてないんだよね。家の台所も見たけど、包丁一本残ってなかった」

 

 ダンテは、少し眉を上げた。ダンテも一晩じゅう空き家を覗いて回ったが、刃物を見た覚えはなかった。台所の流しには、青酸カリを捨てたきりだ。

 

「羂索の野郎が、片づけたってことか」

 

「かもね。あの人、意地悪そうな顔してたし」

 

 ソウジロウは、枝を拾い上げた。拾い上げて、何気なく、ダンテの喉元へ向けて突き出した。

 

 速かった。

 

 予備動作がまったくなかった。枝を拾う動きと、突き出す動きが、一続きの流れになっていた。ダンテが気づいたとき、枝の先端は、もう喉仏の一寸手前にあった。

 

 ダンテの左手が、その枝を掴んでいた。

 

 掴んだのは、ほとんど反射だった。枝は、ダンテの掌の中で止まった。ソウジロウが、目をまん丸にした。

 

「うわ、止めた」

 

「止めるだろ、そりゃ」

 

「いや、普通止められないよ。今の、俺、けっこう本気で突いたもん」

 

 ソウジロウは枝から手を離し、ダンテの左手をしげしげと眺めた。

 

「あんた、人間?」

 

「半分な」

 

「半分!」

 

 ソウジロウは、手を叩いて喜んだ。

 

「すごいな、この島。半分人間の人がいるんだ。ねえ、じゃあ残りの半分は何?」

 

「悪魔」

 

「悪魔かあ」

 

 ソウジロウは、腕を組んで何度も頷いた。怯える様子は、かけらもなかった。

 

「悪魔って、斬ったらどうなるの?」

 

「さあな。斬られたことはあるが、まだ死んだことはねえ」

 

「最高じゃん」

 

 ダンテは掴んでいた枝を、ぽいと石段の脇の茂みに放った。

 

「悪いが、枝っきれでチャンバラする趣味はねえ。お前だってそうだろ。刃がなきゃ、お前の剣は半分も出ねえ。そういう顔してる」

 

 ソウジロウは、茂みに消えた枝のほうを、未練がましく見ていた。それから、ふう、と大きく息を吐いた。

 

「そうなんだよなあ。枝じゃ、斬れないんだよ。叩けるだけ。叩くのは楽しくないんだ」

 

「だったら、刃物見つけてから出直してこい」

 

「そうする」

 

 あっさり頷いてから、ソウジロウはダンテを見上げた。

 

「ダンテは、どこ行くの?」

 

「上」

 

「何しに?」

 

「羂索を探してる。あいつは見物がしたいって言ってた。見物するなら、一番見晴らしのいいところにいるだろ」

 

「へえ」

 

 ソウジロウは、石段の上のほうを見上げた。木々の間から、コンクリートの小さな建物の屋根が覗いていた。

 

「俺も行く」

 

「刃物探しはどうした」

 

「上から見たら、どっかに落ちてるのが見えるかもしれないじゃん」

 

 ダンテは肩をすくめ、石段を上りはじめた。ソウジロウは、そのすぐ後ろを、跳ねるような足取りでついてきた。

 

     *

 

 展望台には、誰もいなかった。

 

 コンクリートの四角い屋上に、錆びた手すりがぐるりと巡らされている。隅には、雨ざらしで塗装の剥げたベンチが一つと、硬貨を入れて覗く据え置きの望遠鏡が一台。屋上へ上がる階段の踊り場には、埃をかぶった自動販売機が、電源の入らないまま立っていた。

 

 ダンテは、屋上の真ん中に立って、ぐるりと島を見渡した。

 

 北東には、ここよりいくらか低い山並みが続いていた。南西へ向かって土地はなだらかに下り、森が広がり、その先に集落の屋根が点々と見える。さらにその先には、海。海岸から少し離れたところで、朝の光が、空気の中に目に見えない何かがあるかのように、かすかに歪んで揺れていた。

 

「ハズレか」

 

 ダンテは、手すりにもたれて舌打ちした。羂索の姿はどこにもない。気配もない。ここは、見晴らしがいいだけの、ただの屋上だった。

 

「いないねえ」

 

 ソウジロウは、据え置きの望遠鏡にかじりついていた。覗き口に目を押し当てたまま、首をひねる。

 

「これ、真っ暗なんだけど」

 

「金入れねえと見えねえんだよ、それ」

 

「お金、持ってないよ」

 

 ダンテは望遠鏡に近づき、台座の横についている硬貨の投入口と、その下の小さな鉄の箱を見た。箱には、小さな鍵穴がついていた。

 

 ダンテは、拳で箱を殴った。

 

 鉄の箱は、紙細工のようにひしゃげた。蓋が弾け飛び、中から、錆びた百円玉が十数枚、じゃらじゃらと屋上のコンクリートにこぼれ落ちた。

 

「ジャックポット」

 

 ダンテは一枚拾い上げ、投入口に押し込んだ。がちゃん、と音がして、望遠鏡の中で何かが開く気配がした。

 

「ほらよ」

 

「ダンテ、すごい。泥棒みたい」

 

「悪魔だっつってんだろ」

 

 ソウジロウは、嬉しそうに覗き口に顔を押しつけた。台座ごと望遠鏡をぐるぐると回し、あちらこちらを覗いている。

 

「わあ、よく見える。あれ池かな。あ、人がいる。池のそばに座ってる。でっかい人。なんか棒持ってる。あ、もう一人、寝てる。……寝てるんじゃないや、あれ死んでるね」

 

 ダンテは、眉を寄せた。

 

「貸せ」

 

 ソウジロウを押しのけ、覗き口に目を当てる。望遠鏡の中の円い視界に、灰色の水面と、コンクリートの土手が映った。土手の上に、黒いシャツの大柄な男が腰を下ろしている。男の傍らには、水際に倒れた人間の体があった。ドレッドヘアの頭が、潰れているのが見えた。

 

 放送で呼ばれた、金剛阿含。その死体のそばに、殺した奴が、まだ座っている。

 

 ダンテは、男の顔を覚えた。口の端に古い傷のある顔。教室で見た覚えがあった。何もかもがつまらないという目で、羂索の話を聞いていた男だ。

 

「行くの?」

 

 ソウジロウが、ダンテの袖を引いた。

 

「あの人、強そうだったよね。でも刃物持ってなかった。棒だけ」

 

「……後だ。先に羂索だ」

 

 ダンテは望遠鏡から顔を離しかけて、ふと、もう一度覗き込んだ。台座を回し、視界を南へ振る。池から南西へ、森を越えて、集落の屋根が見えるあたりへ。

 

 道があった。森を割って、南の中心街のほうから北へ延びている一本道。

 

 その道を、学生服の少年が一人、歩いていた。

 

 ダンテの手が、台座の上で止まった。

 

 少年は、肩に何かを担いでいた。少年の背丈に迫るほど長く、黒く、分厚い何か。先端が陽を受けて、鈍く光った。鍔のあたりに、骸骨の意匠が見えた。

 

 見間違えるはずがなかった。

 

「……おい」

 

 ダンテの声が、低くなった。

 

「どうしたの?」

 

「あれは、俺の剣だ」

 

 ソウジロウが、ダンテの脇から身を乗り出した。

 

「見せて見せて」

 

 ダンテは黙って場所を譲った。ソウジロウは覗き口に顔を押しつけ、しばらく息を止めていた。

 

 それから、ゆっくりと顔を離した。

 

 その目は、さっきダンテに「強いでしょ」と言ったときよりも、もっと強く輝いていた。

 

「すごい剣だね」

 

「だろ」

 

「あれ、ダンテの?」

 

「リベリオン。親父の形見だ。羂索の野郎に取り上げられた」

 

「持ってる人、強いよ」

 

 ソウジロウは、覗き口のほうをもう一度振り返った。

 

「あの大きさの剣を担いで、道を歩いてて、一回も重さに振られてない。肩の上で、剣がずっと止まってる。それに、歩き方がきれい。あれは、斬れる人の歩き方だよ」

 

 ダンテは、望遠鏡の台座を指で叩いた。コツ、コツ、と乾いた音がした。

 

 あの少年も、教室で見た顔だった。整った顔の、何の表情もない少年。名前は覚えていない。だが、あの少年が歩いてきた道の先、南の中心街のあたりで何があったのか、ダンテには想像がついた。リベリオンを担いで、平然と歩いている。刃が、何かを斬ったあとのように、ところどころ黒ずんで見えた。

 

「ねえ、ダンテ」

 

 ソウジロウが言った。

 

「あの剣、欲しい」

 

「俺のだっつってんだろ」

 

「うん、わかってる。だから、先に取ったほうのものってことにしない?」

 

 ダンテは、ソウジロウを見下ろした。ソウジロウは、にこにこと笑っていた。冗談を言っている顔ではなかった。

 

「お前、あいつから剣を取り上げるつもりか。素手で」

 

「取り上げるんじゃないよ。斬り合いたいの。あの人と、あの剣と。どっちもすごく斬りたい。でも俺には刃物がないから、あの人から剣をもらうしかないじゃん」

 

「もらう、ね」

 

「もらえたら、次はダンテと斬り合う。それで、ダンテが俺を斬れたら、剣はダンテに返す。どう?」

 

 ダンテは、しばらく黙ってソウジロウを見ていた。それから、ゆっくりと手すりから身を起こした。

 

「いいぜ」

 

「やった!」

 

「ただし、お前があいつにやられて死んだら、剣は俺が拾う。それでいいな」

 

「いいよ。でも、俺は死なないよ」

 

 ソウジロウは、屋上の手すりに片足をかけた。その下は、急な斜面の森だった。

 

「先に行くね!」

 

 言うが早いか、ソウジロウは手すりを蹴って、斜面の木々の中へ飛び降りた。枝の折れる音と、葉のざわめく音が、みるみるうちに遠ざかっていく。石段を使うつもりはないらしかった。

 

 ダンテは、呆れたように笑った。

 

「……ガキが」

 

 屋上のコンクリートには、まだ百円玉が散らばっていた。ダンテはそれを一枚拾い上げ、親指で弾き、空中で掴み取った。

 

 見上げた空は、腹が立つほど晴れていた。どこかでこの空を眺めながら、羂索は笑っているのだろう。ダンテの剣を、ダンテの知らない誰かに持たせて。それを、ダンテ自身に見つけさせて。

 

「いい趣味してるぜ、まったく」

 

 特等席は、ここではなかった。だが、あの男がどういう見物の仕方をしたいのかは、少しわかった気がした。

 

 ダンテは、百円玉をポケットにしまい、石段を駆け下りはじめた。

 

 十時二十四分。

 

 山の斜面を、二つの影が、別々の道筋で駆け下りていった。一つは木々の間を、枝から枝へ跳ぶように。一つは石段を、十段飛ばしで。

 

 どちらも、南西へ向かっていた。

 

 残り、二十二人。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。