俺の好きなキャラだけ集めたバトル・ロワイアル   作:Melo13131

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第14話 周波数

 照準の中の少女は、桃色の髪を二つに結っていた。

 

 乃木憂助は、I-5の東の崖から少し内陸へ入った、森の縁の岩陰に伏せていた。ドラグノフの銃床を頬に当て、スコープ越しに、森を抜けてくる小さな人影を追っていた。十一時十一分。

 

 少女は小柄だった。中学生にも見えるほどだ。だが、足の運びが違った。一歩ごとに、踏み出す前に地面を確かめている。視線が、木の幹と幹の間、茂みの影、梢の上へと、規則正しく巡っている。訓練された人間の歩き方だった。

 

「神崎・H・アリア」

 

 乃木は、声に出さずに唇だけを動かした。出発のとき、羂索がその名前を呼んだ。桃色の髪の少女が、不機嫌そうな顔で立ち上がったのを覚えている。

 

 頭の奥で、もう一つの声がした。

 

 ――撃つか?

 

 Fの声だった。乃木の中に棲む、もう一人の自分。粗野で、率直で、いつも乃木より半歩早く結論を出す。

 

 ――素手だぞ。デイパックしか持ってない。今なら一発で終わる。残り八発が七発になるだけだ。

 

「撃たない」

 

 乃木は、やはり声に出さずに答えた。

 

 ――なんで。

 

「理由がない。彼女は武器を持っていない。こちらを探しているようにも見えない。殺せば、弾が一発減り、彼女の仲間が私の敵になる。得るものがない」

 

 ――仲間がいるかどうかなんて、わかんねえだろ。

 

「いる。あの歩き方は、一人で動く訓練の歩き方ではない。組んで動くことに慣れている人間の歩き方だ」

 

 Fは、舌打ちするような気配を残して黙った。

 

 乃木は、スコープの中の少女を見続けた。やり過ごすつもりだった。少女が乃木に気づかず、このまま森の奥へ抜けていけば、それでいい。

 

 少女が、足を止めた。

 

 立ち止まり、ゆっくりと顔を上げた。まっすぐに、乃木の伏せている岩陰のほうへ。

 

 乃木は、息を止めた。

 

 スコープのレンズが、陽の光を跳ね返したのか。それとも、少女の目が、はじめからそこにいる何かを感じ取っていたのか。どちらにしても、少女の視線は、岩陰の一点に正確に止まっていた。

 

 少女は、デイパックを肩から下ろし、地面に置いた。両手を、何も持っていないことがわかるように、体の横に広げた。そして、岩陰に向かって、まっすぐ歩いてきた。

 

「そこの狙撃手」

 

 澄んだ、よく通る声だった。

 

「撃つ気がないなら、出てきなさい。撃つ気があるなら、とっくに撃ってるでしょ」

 

 ――ほらな。面倒な奴だ。

 

 乃木は、ゆっくりと息を吐き、岩陰から身を起こした。ドラグノフは、銃口を地面に向けたまま、両手で抱えた。

 

「失礼しました。驚かせるつもりはありませんでした」

 

「驚いてないわよ。あんたこそ、いつからあたしを狙ってたの」

 

「狙ってはいません。見ていただけです」

 

「スコープ越しに見るのを、狙ってるって言うのよ」

 

 少女は、乃木の五メートルほど手前で立ち止まった。そして、乃木の抱えている銃に目をやった。

 

 その顔から、表情が消えた。

 

「……その銃」

 

 少女の声が、一段低くなった。

 

「ドラグノフ。銃床に、傷がある。右の側面、斜めに三本。レキが、あたしと初めて組んだ任務で、崖から落ちかけたときにつけた傷」

 

 乃木は、自分の手の中の銃床に目を落とした。確かに、右の側面に、古い擦り傷が三本、斜めに走っていた。

 

「あんた、それをどこで手に入れたの」

 

「ある人から、譲り受けました」

 

「誰から」

 

「柳の剣のソウジロウという人物です。彼の支給品でしたが、使い道がないと言って、私に渡しました」

 

「それで、その人は?」

 

「刃物を探しに、どこかへ行きました」

 

 乃木は、少しだけ間を置いた。嘘をつく理由はなかった。ここで嘘をつけば、この少女はいずれそれを嗅ぎつけるだろう。そういう目をしていた。

 

「去り際に、私は彼の後頭部を狙撃しました。外れましたが」

 

 少女の目が、見開かれた。

 

「……撃ったの。背中を向けた相手を」

 

「ええ」

 

「なんで」

 

「彼は、刃物を手に入れたら私を斬りに戻ってくると言いました。そして、彼にはそれができる。私はそう判断しました。だから、刃物を持たないうちに排除するのが合理的だと考えました」

 

 少女は、長いあいだ黙って乃木を見ていた。

 

 それから、低く言った。

 

「殺人未遂よ」

 

「そうですね」

 

「あたしは武偵。武装探偵。あんたみたいな人を逮捕するのが仕事」

 

 少女は、一歩、踏み出した。

 

「その銃は、レキのものよ。返しなさい。それから、あんたを拘束する。ここには警察もないし、裁判所もないけど、あたしがいる限り、人殺しを野放しにはしない」

 

 ――来るぞ。

 

 Fが言った。乃木にも、わかっていた。

 

 少女の重心が、ほんのわずかに前に移っていた。踏み出すための、最後の予備動作。武器は持っていない。だが、素手で来るつもりだ。素手で、銃を持った男に。

 

 撃てば、止められる。この距離なら、脚を撃ち抜くのは造作もない。

 

 ――撃て。脚でいい。

 

「撃たない」

 

 乃木は、銃口を地面に向けたまま、腰を落とした。

 

 少女が、跳んだ。

 

 五メートルの距離が、一瞬で消えた。小柄な体が、地面すれすれを滑るように乃木の懐へ飛び込んでくる。狙いは銃。少女の両手が、ドラグノフの銃身と機関部を同時に掴んだ。そのまま、乃木の手首を支点にして、銃ごと乃木の体を捻り倒そうとする。

 

 投げ技だった。見たことのない流派だったが、理屈はわかった。相手の力を使って、相手を崩す。体格の差を、技で埋める。

 

 乃木の体が、半分浮いた。

 

 浮いた体の中で、乃木は、自分の右手を銃から離した。

 

 少女が引っ張っていた力の半分が、突然、行き場を失った。少女の体が、わずかに泳ぐ。その泳いだ一瞬の隙間に、乃木の右肘が、少女の鎖骨の下を打った。強くはない。息を詰まらせるだけの一撃。

 

 少女が咳き込む。乃木は、左手に残ったドラグノフの銃床を、少女の膝の裏に引っかけて払った。少女の体が、背中から地面に落ちる。落ちた瞬間、乃木の膝が、少女の胸の上に乗っていた。右手が、少女の右手首を掴み、地面に押しつける。左手のドラグノフは、少女の喉元から数センチのところで、銃床を横にして止まっていた。

 

 三秒もかからなかった。

 

 少女は、乃木の膝の下で、なおもがいた。左手が乃木の脇腹を狙い、脚が乃木の背中を蹴り上げようとする。乃木は、膝に体重を少しだけ乗せた。少女の息が詰まり、動きが止まった。

 

「……っ、放しなさいよ」

 

「落ち着いてください。あなたを殺すつもりはありません」

 

「嘘つき。あんた、背中を向けた相手を撃ったんでしょ」

 

「撃ちました。彼は、私を殺すと言ったからです。あなたは言っていない」

 

 少女は、下から乃木を睨みつけた。その目には、恐怖がなかった。悔しさと、怒りだけがあった。

 

 ――おい。

 

 Fの声が、頭の奥で低く響いた。

 

 ――今しかねえぞ。こいつは、放したらまた来る。レキとかいう狙撃手の仲間だ。そいつに、俺がこの銃を持ってるって言いふらす。狙撃手が狙撃手を狙ってくる。面倒なことになる。

 

「わかっている」

 

 ――わかってんなら、やれ。首をひと捻りだ。音もしねえ。

 

 乃木は、膝の下の少女を見下ろした。少女は、乃木の沈黙に何かを感じ取ったのか、唇を引き結んで、じっと乃木の目を見返していた。死を覚悟した目ではなかった。まだ、次の手を考えている目だった。

 

「神崎さん」

 

 乃木は、静かに言った。

 

「あなたは、人を殺せないのですね」

 

 少女の眉が、ぴくりと動いた。

 

「さっき、ご自分でおっしゃいました。拘束する、と。殺す、とは言わなかった。私を排除するのが一番確実なのに、あなたはそれを選択肢に入れていない。入れられない、と言ったほうが正しいでしょうか」

 

「……武偵法九条。武偵は、いかなる状況でも人を殺してはならない」

 

「レキさんも、同じですか」

 

「当たり前でしょ」

 

 乃木は、頭の奥でFに向かって言った。

 

 聞いたか。

 

 ――聞いたよ。だからなんだ。

 

 狙撃手が狙撃手を狙ってくる。だが、その狙撃手は、私を殺せない。脚を撃つか、銃を撃つか、そのくらいだ。脅威ではあるが、致命的ではない。そして、この子を殺せば、その狙撃手は、法を捨てるかもしれない。仲間を殺された人間は、ときどき、自分を縛っていたものを全部捨てる。そうなれば、本当に脅威になる。

 

 ――……ちっ。

 

 Fは、それきり黙った。

 

 乃木は、少女の右手首を掴んだまま、少女の脇に落ちていたデイパックに目をやった。口が開いていて、中から、黒い無線機の角が二つ、覗いていた。

 

「あれは、あなたの支給品ですか」

 

「……トランシーバー。二台」

 

「一台、いただけますか」

 

 少女は、怪訝そうに眉を寄せた。

 

「なんでよ」

 

「あなたはこれから、仲間を探すのでしょう。レキさんと、ほかにも誰かいる。見つけたら、この銃のことを話す。私が何者で、何をしたか。それは構いません。止めるつもりもない」

 

 乃木は、少女の手首を放した。膝も、胸の上からどけた。立ち上がり、二歩下がって、ドラグノフを肩にかけた。

 

「ただ、私が次にどこで何をするか、あなたには見えない。見えない相手は、怖いでしょう。私も、あなたたちがどこで何をしているか見えないのは、怖い」

 

 少女は、上半身を起こして、咳き込みながら乃木を見上げた。

 

「だから、一台ずつ持つ。互いに、互いの声が届くようにしておく。撃ち合う前に、話ができるように」

 

「……あんた、何者なの」

 

「ただの商社マンですよ」

 

 乃木は、穏やかに微笑んだ。

 

 少女は、しばらく乃木の顔を睨んでいた。それから、デイパックに手を伸ばし、トランシーバーを一台取り出して、乃木のほうへ放り投げた。乃木はそれを片手で受け止めた。

 

「チャンネルは三。それ以外にしたら、話さないから」

 

「承知しました」

 

「それから」

 

 少女は、ふらつきながら立ち上がった。鎖骨の下を押さえ、それでも背筋をまっすぐに伸ばした。

 

「その銃は、いつか必ず返してもらう。あんたのことも、いつか必ず逮捕する。この島から出たら、裁判所に突き出してやるから」

 

「楽しみにしています」

 

「……風穴あけるわよ」

 

 少女は、乃木に背を向けた。デイパックを肩にかけ、来た道とは違う、北西の方角へ歩き出した。一度も振り返らなかった。だが、その背中には、乃木が撃てば避けられる距離を正確に測りながら歩いている気配があった。

 

 乃木は、少女の姿が木々の間に消えるまで、ドラグノフを肩にかけたまま見送った。

 

 ――甘えよ。

 

 Fが言った。

 

「そうかもしれない」

 

 ――次は撃てよ。

 

「次は、無線で話してからにする」

 

 乃木は、手の中のトランシーバーを見下ろした。電源を入れ、つまみを三に合わせる。スピーカーから、かすかな雑音が流れた。

 

 そして、ふと、首輪に指を触れた。

 

 撃ち合う前に、話ができるように。自分でそう言っておきながら、乃木は思った。この島で「話す」ということが、本当に二人のあいだだけで済むのかどうか。

 

 答えは、まだ出なかった。

 

 腕時計を見る。十一時四十一分。

 

     *

 

 正午になった。

 

 島じゅうの空気が、かすかに震えた。木の葉が、窓ガラスが、水面が、首輪の金属が、同じ一つの声を運びはじめる。

 

『やあ、みんな。お昼だよ。お腹は空いているかな』

 

 羂索の声は、朝と変わらず穏やかだった。

 

『二回目の放送だ。まずは、この六時間で死んだ人の名前を読み上げよう』

 

『斑目貘』

 

『以上、一人だけだ。ふむ。残りは二十二人』

 

 ほんのわずかに、間が空いた。

 

『朝の放送のあと、私は正直、もう少し賑やかになると思っていたんだけどね。君たちはずいぶん慎重だ。怪我をした人はそれなりにいるようだけれど、死んだのは一人きり。慎重なのは悪いことじゃない。でも、ルールは覚えているよね。二十四時間、誰も死ななければ、全員の首輪が爆発する。まあ、その心配はまだ当分なさそうだけれど』

 

 くすりと、笑う気配がした。

 

『では、新しい禁止エリアを発表しよう。一時から、B-9。三時から、I-6。五時から、C-7』

 

『C-7には診療所がある。薬や包帯を当てにしている人は、五時までに用を済ませておくといい。私からの、ささやかな親切だよ』

 

『それから、斑目貘くんについて、一言だけ』

 

 声の調子が、ほんの少しだけ変わった。惜しむような、それでいて面白がるような。

 

『彼はとても頭のいい人だった。こういう人から先に退場していくのが、この手の催しの面白いところだね。次の放送は、夕方の六時。それまで、みんな、よく考えて、よく選んで、生き延びておくれ』

 

 空気の震えが、ゆっくりと静まっていった。

 

 残り、二十二人。

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