俺の好きなキャラだけ集めたバトル・ロワイアル 作:Melo13131
廃校の昇降口を出たところで、Lは一度だけ振り返った。
木造二階建ての校舎は、夜の中で黒い箱のように沈んでいた。二階の一角だけ、砕けた窓から蛍光灯の青白い光が漏れている。あの光の下には、まだ羂索がいて、首の裂けた少年が横たわっている。
Lは踵を踏んだままの靴で、校庭を横切った。背中を丸め、両手をジーンズのポケットに突っ込んで、急ぐでもなく、しかし立ち止まりもしなかった。
校門を出て百メートルほど歩き、雑木林の陰にしゃがみ込んでから、デイパックを開けた。
懐中電灯は点けなかった。月明かりで十分だった。水のペットボトル、ビニールに包まれたパン、折りたたまれた地図とコンパス、腕時計。それから、長さが五十センチほどある、木と金属でできた何か。
Lはそれを、親指と人差し指でつまみ上げた。
「……ボウガン、ですか」
弓の部分が横向きに張られた、狩猟用の小ぶりなものだった。矢筒には十本の矢が収まっている。Lは汚れた布巾でもつまむような手つきで、ボウガンを目の高さに持ち上げ、しばらく眺めてから、膝の上に下ろした。
当たりか外れかで言えば、たぶん当たりの部類だろう。ただし、自分が使うことを前提にしなければ、の話だ。
Lは名簿を広げた。二十四人の名前が、五十音順でもなく、出発順でもない順番で並んでいた。夜神月の名前があった。そしてもう一つ、ただ一文字、「L」とだけ書かれた欄があった。
Lは親指の爪を噛んだ。
羂索は、自分の本名を書かなかった。
書けなかったのか。書かなかったのか。
全員よく調べてある、とあの男は言った。ルルーシュという少年の左目のことまで知っていた。それが本当なら、本名を知らないとは考えにくい。知っていて、あえて伏せたのだとしたら、それは誰のためだろう。自分のためか。それとも、このゲームを面白くするためか。
名簿の上で、夜神月の名前と「L」の文字が、指二本ぶんの間隔で並んでいた。
Lは名簿をたたみ、地図を広げた。
教室で起きたことを、順番に並べ直す。
羂索は、国信慶時という少年の首輪を爆発させたとき、手を動かさなかった。スイッチもリモコンも、何も持っていなかった。それでも首輪は鳴り、爆発した。
禁止エリアに入れば、首輪は爆発する。ということは、首輪は装着者がどこにいるかを知っている。放送で死者を読み上げるということは、装着者が生きているかどうかも知っている。そしてそれを、羂索が受け取っている。
ではどうやって。
Lの指が、地図の上を滑り、D-3で止まった。送電用の鉄塔。電気は通っていない、と注記がある。
島の中で、電波や電気に関わりのありそうな設備は、ここくらいしか見当たらなかった。
確かめておく価値はある、とLは思った。何もなければ、それも一つの答えになる。
立ち上がる前に、Lはもう一つだけ考えた。
位置と、生死。首輪が送っているものが、それだけだという保証もまた、どこにもない。
Lはしばらく首輪の冷たさを指先で確かめていたが、やがて手を下ろした。念のため、これから先、推測の大半は口に出さずにおくことにした。
鉄塔は、雑木林が途切れた先の、小高い丘の上に立っていた。
月明かりを背にして、骨組みだけの黒い塔が、空に向かって細くなっていく。高さは四十メートルほどだろうか。上のほうで、切れた電線が何本か、風に揺られて垂れ下がっていた。
Lは腕時計を見た。一時二十一分。
鉄塔の足もとまであと二十メートルというところで、頭上から声が降ってきた。
「止まってください」
Lは止まった。
抑揚のない、少女の声だった。Lはゆっくりと顔を上げた。鉄塔の中ほど、地上から十五メートルほどの高さにある作業用の足場に、小さな人影が膝をついていた。短い髪。表情の読めない顔。教室で、首の裂けた死体を瞬きもせずに見ていた少女だった。
少女の右手には、丸いものが握られていた。左手の指が、その上の輪に掛かっている。
手榴弾だった。
「両手を見せてください」
Lはポケットから両手を出し、肩の高さに上げた。ボウガンはデイパックの横に括りつけたままだった。今から手を伸ばしても、あの位置から少女が指を引くほうが速い。
「武器は、横に括りつけてあるボウガンだけです。矢は装填していません」
「はい。見えています」
少女は動かなかった。輪に掛かった指も、動かなかった。
Lは、上げた両手の指先を、ぶらぶらと揺らした。
「あなたは、レキさんですね」
返事はなかった。Lは構わずに続けた。
「教室で、ツインテールの女性があなたをそう呼んでいました。あなたとあの女性、それから遠山キンジという名前の少年。三人は、以前からの知り合いです。そして、三人とも、ああいう場面に慣れている。あの死体を見て、あなたは瞬きをしませんでした。女性は叫びかけましたが、恐怖ではなく怒りでした。少年は、真っ青になりながら、羂索から目を離しませんでした」
風が鳴った。垂れ下がった電線が、鉄骨に当たって小さな音を立てた。
「警察か、軍か、それに近い訓練を受けた人たちだと考えています」
「……」
「それと、もう一つ」
Lは上げた手の人差し指を、一本だけ立てた。
「あなたは、私を殺すつもりがありません」
少女の顔は、少しも変わらなかった。
「もし殺すつもりなら、声をかける前に、それを落としています。私は足もとを見ていましたから、たぶん気づかずに死んでいたでしょう。わざわざ声をかけたのは、私が誰で、何をするつもりかを知りたかったからです。違いますか」
長い沈黙があった。
Lは両手を上げたまま待った。首が少し疲れてきた、と思ったが、顔には出さなかった。
「武偵です」
不意に、少女が言った。
「私たちは、武偵です。武偵は、人を殺しません」
「ぶてい」
Lは口の中で繰り返した。聞いたことのない言葉だった。武装した探偵、あるいはそれに近い何かだろう、と推測した。自分の世界にはない仕組みだ。羂索の言った「異なる理の者たち」という言葉が、頭の隅で冷たく光った。
「では、それは脅しですね」
「はい」
「正直ですね」
「嘘をつく理由が、ありません」
教室で羂索が口にしたのと、ほとんど同じ言葉だった。Lはわずかに眉を上げた。少女のほうには、皮肉のつもりはまったくないらしかった。
「ただし」
少女は続けた。
「あなたがキンジさんに危害を加えるなら、そのときは分かりません」
「覚えておきます」
少女の指が、輪から離れた。
「風が、あなたは敵ではないと言っています」
Lはそれについて何か言おうとして、やめた。上げていた両手を、ゆっくりと下ろした。
少女——レキは、鉄骨の梯子を音もなく降りてきた。Lの前に立つと、Lよりずっと小さかった。手榴弾は、制服のポケットに収まっていた。残りの二つはデイパックの中だ、と訊いてもいないのにレキは言った。
「支給品ですか」
「はい」
「狙撃手の方に手榴弾。私にはボウガン。あまり、人を見て配っているようには思えませんね」
「私の銃は、ドラグノフです」
レキは淡々と言った。
「教室に入る前に、取り上げられました。誰かの袋に、入っているかもしれません」
「それは、あまり愉快な想像ではありませんね」
Lは鉄塔を見上げた。
「上で、何を見ていたんですか」
「明かりです」
レキは北東から南西へ、ゆっくりと指で空をなぞった。
「夜は、懐中電灯の光が遠くまで見えます。上から見ると、誰がどちらへ行ったか、分かります。今までに、七つ見えました」
なるほど、とLは思った。狙撃手の発想だ。ライフルがなくても、目はある。この島で最も価値のあるものの一つを、この少女は最初から持っていた。
「キンジさんは、明かりを使いません。だから、どこへ行ったか分かりません」
初めて、少女の声に何かが混じったような気がした。気のせいかもしれなかった。
「では、あなたはここで、明かりを使わない人を待っていたわけですね」
「はい」
Lはそれ以上は訊かなかった。鉄塔の足もとにしゃがみ込み、コンクリートの基礎と、そこから伸びる太い鉄骨を懐中電灯の細い光で照らした。碍子は割れ、電線は途中で断ち切られていた。変電設備らしいものはどこにもなく、アンテナの類も見当たらない。何年も前に役目を終え、そのまま放置された鉄の塔だった。
羂索は、この島の電気も電波も使っていない。
首輪は電子音を鳴らし、赤いランプを点滅させる。部品の一部は、間違いなく機械だ。それなのに、起爆の命令は機械を通っていない。あの男の、結界という、Lの知らない理屈を通っている。
とすれば、首輪を止める鍵は、機械の側にはないのかもしれない。
あるいは、機械の側と、そうでない側の、継ぎ目のどこかに。
Lは懐中電灯を消した。この推論も、口には出さなかった。
「何か、分かりましたか」
「ここには何もない、ということが分かりました」
Lは立ち上がり、腕時計を見た。一時二十六分だった。
二人はほとんど同時に、南東の方角を見た。丘の上からは、木立の向こうに、廃校の屋根の輪郭がかろうじて見えた。二階の窓から漏れていた青白い光は、いつの間にか消えていた。
何も起きなかった。爆発音も、閃光もなかった。
「全員、出たようですね」
Lは呟いた。
あの教室の床に、少年の亡骸を残したまま。
レキが、不意にLの袖を引いた。
Lが振り向くより早く、レキはLのデイパックの紐を掴み、鉄塔の基礎の陰に引き込んでいた。小さな体からは想像できない力だった。
「明かりです」
囁くような声だった。
Lは、基礎のコンクリートに背中を押しつけたまま、レキの視線を追った。
丘の西の斜面、雑木林の切れ目を、光の輪が一つ、ふらふらと揺れながら登ってきていた。隠す気のない光だった。足もとを照らすでもなく、ときどき意味もなく空を撫で、木の幹を撫で、また地面に戻る。
鼻歌が聞こえた。
Lは、デイパックの横に括りつけたボウガンに手を伸ばし、音を立てないように外した。矢を一本抜き、弦に掛ける。慣れない手つきだった。引き金に指を掛けるべきかどうか、一瞬迷ってから、掛けなかった。
隣で、レキがポケットから手榴弾を取り出していた。指はまだ、輪に掛かっていない。
光が近づいてくる。五十メートル。四十メートル。
月明かりの中に、懐中電灯を持った人影が浮かび上がった。小柄な、学生服の少年だった。教室で、首の裂けた死体を見て、にこにこ笑いながら『うわあ、ひどいなあ』と言った少年だった。
少年は、鉄塔の三十メートル手前で、ふと足を止めた。
鼻歌が止んだ。
懐中電灯の光が、ゆっくりと持ち上がった。鉄塔の脚を下から舐めるように照らし、中ほどの足場を照らし、切れた電線を照らし、空へ抜けていく。Lとレキが身を隠している基礎の陰を、光の縁がかすめた。
Lは息を止めた。レキは、最初から息などしていないように見えた。
『誰かいるのかなあ』
少年は、誰にともなく言った。
楽しそうな声だった。
『まあ、いてもいなくても、どっちでもいいんだけどね。どうせ僕が何をしたって、僕は悪くないんだし』
光が下りてきた。少年はしばらく、鉄塔の足もとの暗がりを、ぼんやりと照らしていた。
Lは、ボウガンの先を、ほんの少しだけ持ち上げた。
この距離なら、たぶん当たる。当てたとして、それで何が変わるのか。この少年が敵だという証拠は、まだ何もない。ただ、薄気味が悪いというだけだ。薄気味が悪いというだけで人を撃つのは、推理ではない。
Lはボウガンの先を下ろした。
少年は、くるりと向きを変えた。
『ま、いっか』
鼻歌が再開した。光の輪はふらふらと揺れながら、丘の北の斜面へ下りていき、やがて木立の向こうに見えなくなった。
鼻歌が完全に聞こえなくなるまで、二人はそのままの姿勢で動かなかった。
「……今のは」
ずいぶん経ってから、Lが口を開いた。
「七つ目の明かりのあとに見えた、八つ目です」
レキは手榴弾をポケットに戻しながら言った。
「あの人は、私たちがいるのを、知っていました」
「知っていて、何もしなかった」
「はい」
「理由は分かりますか」
「分かりません。風も、何も言いませんでした」
Lは、ボウガンの弦から矢を外し、矢筒に戻した。指先が、ほんの少しだけ冷たくなっていた。
理屈で動く人間なら、理屈で読める。羂索のように、目的の見えない人間でも、行動を積み重ねれば、いずれ輪郭は見える。
だが、今の少年は違った。あれは、理屈そのものが、どこか根元から折れている。
「レキさん」
「はい」
「提案があります」
Lは基礎のコンクリートに背中を預けたまま、膝を抱えてしゃがみ込んだ。いつもの姿勢だった。
「あなたには目があります。私には、たぶん、頭があります。夜が明けるまで、この高い場所から島を見ていてください。あなたが見たものを、私が考えます。そのかわり、遠山キンジくんを探すのに、私の頭を使ってください」
「……」
「六時に、最初の放送があります。誰が死んだかが分かります。それが分かれば、誰がどこで何をしているのか、今よりずっと多くのことが推理できます。遠山くんの居場所も、たぶん、その中に含まれます」
レキは、しばらくLの顔を見ていた。感情の読めない目だった。Lも、その目を見返した。
「はい」
レキは短く答え、鉄塔の梯子に手を掛けた。三段ほど登ったところで、振り返らずに言った。
「あなたの名前を、まだ聞いていません」
「竜崎と呼んでください」
「名簿には、ありませんでした」
「ええ」
Lは親指の爪を噛んだ。
「名簿には、Lと書いてあります」
レキはそれ以上何も訊かず、鉄骨の闇の中へ音もなく登っていった。
Lは鉄塔の足もとにしゃがみ込んだまま、南の暗がりを見つめた。
この島のどこかに、夜神月がいる。キラが、デスノートを持たずに、善良な大学生の顔をして歩いている。あの男は、きっと今夜のうちに、誰かの隣に立つだろう。困ったような顔で、優しい言葉をかけながら。
夜明けまで、あと四時間半あった。
【残り24人】