俺の好きなキャラだけ集めたバトル・ロワイアル 作:Melo13131
校門を出て最初の角を曲がったところで、七原は足を止めた。
三村が出てくるのは、十八分後だ。
出発は二分おき、三村は十九番目。ここで待っていれば、あいつを捕まえられる。二人で逃げられる。桐山のことも、ノブのことも、全部は話せなくても、せめて一人にはしないでいられる。
七原は闇の中で、校門の方角を振り返った。
その前に、十五番目が出てくる。
桐山和雄が、十分後にこの門をくぐる。
一度目のとき、桐山が何をしたのか、七原は後になって知った。出発してすぐ、待ち合わせ場所に集まった自分の仲間たちを、一人残らず殺したのだ。あいつにとっては、知り合いかどうかは何の意味もない。そこにいる人間は、ただ、そこにいるだけだ。
ここで待っていれば、桐山が出てくる。武器もないまま、あいつの通り道に立つことになる。
七原は拳を握りしめ、しばらくその場に立っていた。
それから、校門に背を向けて走り出した。
走りながら、自分が何から逃げているのか分からなくなった。桐山からか。三村からか。それとも、三村の顔を見るたびに思い出してしまう、自分だけが知っている結末からか。
雑木林の中で、ようやくデイパックを開けた。懐中電灯は点けなかった。点ければ、自分がここにいると島中に教えることになる。それも一度目で覚えたことだった。
水と、パンと、地図。見慣れた中身の底に、ずっしりと重いものが沈んでいた。
引きずり出すと、それは三本の短い棍が、鎖のようなもので繋がったものだった。一本の長さは六、七十センチほど。握ると、見た目よりずっと重い。表面に何か彫り込まれているようだったが、暗くて分からなかった。
「……なんだこれ」
ヌンチャクの親戚のようなものだろう、と七原は思った。こんなものの使い方は知らない。だが、何も持っていないよりはずっといい。三本を一本にまとめて握れば、少なくとも棍棒にはなる。
七原は地図を月明かりにかざした。南西の平地に、集落がある。空き家が十数軒。食料が残っている、と書かれていた。
学校からできるだけ離れること。壁と屋根のある場所に隠れること。食べられるものを確保すること。
一度目に教わったことを、七原は一つずつ頭の中で繰り返した。教えてくれた男は、もうどこにもいない。
集落に着いたのは、一時四十分を少し過ぎた頃だった。
瓦屋根の平屋が、細い路地を挟んで肩を寄せ合うように並んでいた。どの家にも灯りはない。人の気配もない。ずいぶん前に住人がいなくなり、そのまま時間だけが止まったような集落だった。
七原は通りに面した家を避け、奥まった一軒の裏口に回った。鍵はかかっていなかった。土間から台所に上がり、息を殺して耳を澄ます。何も聞こえない。
台所の棚には、埃をかぶった缶詰がいくつか並んでいた。鯖の水煮、みかん、白桃。流しの蛇口をひねると、錆色の水が咳き込むように出て、しばらくすると透明になった。
七原は、ようやく少しだけ息をついた。
その途端、表の戸が蹴破られる音がした。
「邪魔するぜ」
場違いに明るい声だった。
七原は反射的に、台所と奥の間を仕切る襖の陰へ飛び込んでいた。游雲——そんな名前だとは知らないまま、三本の棍を一本に束ねて、両手で握りしめる。
重い足音が、土間を横切ってくる。遠慮というものがまるでない足音だった。
「……って、誰もいねえか。いいけどよ」
赤いコートの裾が、襖の隙間をよぎった。
教室で、机に足を乗せて欠伸をしていた、銀髪の男だった。
男は台所に入ってくると、棚の缶詰を一つずつ手に取っては、ラベルを月明かりにかざして眺めた。
「鯖。みかん。桃。……おいおい、ピザの一枚もねえのかよ、この島は」
ぶつぶつ言いながら、男は白桃の缶を手に取った。流しの引き出しを片っ端から開け、缶切りを見つけると、鼻歌まじりに蓋を切り始めた。
七原は襖の陰で、息を止めていた。
武器を持っているようには見えなかった。男の右手は、缶切りを動かすたびに、何か小さなものを掌の中で転がしていた。
「で」
男が、缶切りを動かす手を止めずに言った。
「そこの襖の奥のお前も、食うか?」
心臓が跳ねた。
考えるより先に、体が動いていた。七原は襖を蹴り開け、束ねた棍を振りかぶって、男の側頭部めがけて振り下ろした。
乾いた音がした。
棍は、男の頭の十センチ手前で止まっていた。男が、缶切りを置いた左手で、それを受け止めていた。見もせずに。
「……っ、いってえ」
男は顔をしかめ、受け止めた掌をひらひらと振った。
「なんだそりゃ。見た目より重てえな」
七原は棍を引こうとした。びくともしなかった。男は片手で棍の先を握ったまま、面白そうに七原の顔を覗き込んだ。
「お前、教室で立ち上がってたガキだな。あの坊主に『やめろ』って叫んでた」
「……離せ」
「離したら、また振り回すだろ」
「来るな。俺に近づくな」
「近づいたのはそっちだぜ」
男は、ぱっと手を離した。七原は勢い余って二、三歩よろめき、棍を構え直した。男はもう七原を見ていなかった。流しに向き直り、何事もなかったように、缶切りで桃の缶を最後まで開けた。
「座れよ。立ったまま話すと疲れる」
七原は座らなかった。
台所の入り口に立ったまま、棍を握りしめて男を睨んでいた。男は気にする様子もなく、ちゃぶ台の前にどっかりと腰を下ろし、開けた缶を真ん中に置いた。それから、ずっと右手の中で転がしていたものを、缶の横に、ことりと置いた。
小さな茶色の瓶だった。
ラベルに、手書きのような文字で、こう書かれていた。
青酸カリ。
七原の全身から、血の気が引いた。
灯台だった。
一度目のとき、七原は怪我をして、灯台に立てこもった女子のグループに助けられた。温かい食事を出してもらった。久しぶりに、人の優しさに触れた気がした。
その食事に、毒が入っていた。
一人が倒れ、誰が入れたのかと疑い合い、ほんの数分で、灯台の中にいた女子たちは、互いに銃を向け合って死んだ。昨日まで同じ教室で笑っていた友達同士が。たった一瓶の毒と、ほんの少しの疑いで。
七原の手の中で、棍がかたかたと鳴った。自分の手が震えているのだと、しばらく気づかなかった。
「おい」
男の声が、ひどく遠くに聞こえた。
「……おい。顔、真っ白だぞ」
男の視線が、七原の顔から、ちゃぶ台の上の小瓶へ移った。それから、また七原の顔に戻った。
男は何も言わずに、指で桃を一切れつまみ上げ、口に放り込んだ。ゆっくりと噛み、飲み込んだ。もう一切れ。缶を傾けて、シロップまで一口飲んだ。
「甘すぎだな、これ」
男は、空いた手で小瓶をつまみ上げた。
「俺の支給品だ。こいつが当たりだとは、どうも思えなくてね」
男は立ち上がり、流しの前に立った。小瓶の蓋をひねり開け、中身を排水口に傾けた。白い粉が、さらさらと落ちていった。男は蛇口をひねり、流しをしばらく水で洗い流してから、空の小瓶を窓の外の闇へ放り投げた。遠くで、ガラスの割れる小さな音がした。
「こういうのは、ろくな使われ方をしねえ」
男は手を拭きもせずに、ちゃぶ台の前に戻って座った。
「毒で、痛い目を見たことがあるって顔だ」
七原は答えなかった。答えられなかった。
膝から力が抜けた。七原は台所の入り口に、ずるずると座り込んだ。棍だけは、まだ離さなかった。
しばらく、どちらも口をきかなかった。
男は、ときどき思い出したように桃をつまんだ。七原は、その横顔を見ていた。教室で見たときより、ずいぶん若く見えた。二十歳になるかならないか。自分と、そう何歳も変わらないのかもしれなかった。
「ダンテだ」
男が言った。
「名簿に書いてあるだろ。そいつが俺だ」
「……七原秋也」
「知ってる。呼ばれてたからな」
ダンテは、指についたシロップを舐めた。
「あのガキ。首輪を吹っ飛ばされた奴。知り合いだったろ」
七原は、膝の上の棍を見つめた。
「……国信慶時。ノブって呼んでた」
「友達か」
「同じ施設で育った。ガキの頃から、ずっと」
ダンテは何も言わなかった。缶の中の最後の一切れを、つまもうとして、やめた。
ダンテの右手が、ふと自分の胸もとへ上がった。コートの内側、ちょうど心臓のあたりを、何かを握るように探った。
指は、何も掴まなかった。
「……ちっ」
ダンテは小さく舌打ちした。
「あれまで持っていきやがったか」
何を、とは言わなかった。七原も訊かなかった。ダンテはしばらく、何もない胸もとに手を当てたままでいたが、やがて下ろした。
「目の前で、ってのは最悪だよな」
ぽつりと、それだけ言った。
七原は顔を上げた。ダンテは、もう缶の底を覗き込んでいた。その横顔は、軽口を叩くときの顔とは違っていた。教室で、ノブの死体の前で足を止めたときの顔だった。
この男も、誰かを目の前で失ったことがあるのだ、と七原は思った。
それが誰なのかは、分からなかった。
「なあ」
ダンテが缶をちゃぶ台に置いた。
「お前、こういうの初めてじゃねえだろ」
心臓が、また跳ねた。
「懐中電灯を点けずに来た。表の戸じゃなく、裏口から入った。家に入ってすぐ、窓の位置を確かめてた。俺が入ってきたとき、声を出す前に隠れた。それに」
ダンテは、空になった小瓶を放り投げた窓のほうを、顎でしゃくった。
「毒を見たときの顔だ。ありゃあ、話に聞いたことがあるって顔じゃねえ」
「……関係ないだろ」
声が震えないように、七原は奥歯を噛んだ。
「あんたには、関係ない」
ダンテは、じっと七原の顔を見ていた。青い目だった。からかうような色は、そこにはなかった。
やがて、ダンテは肩をすくめた。
「ま、言いたくねえならいい」
それだけだった。ダンテは立ち上がり、コートの裾を払った。
「行くのか」
自分でも意外なほど、七原はそう口にしていた。
「ああ。あの坊主の面を、一発ぶん殴ってやらなきゃならねえ」
「どこにいるのか、分かるのか」
「さあな。学校はもう入れねえんだろ? でもああいう手合いは、見物できる特等席を、必ずどこかに用意してるもんさ。探してりゃ、そのうち向こうから顔を出す」
ダンテは台所の入り口で、座り込んだままの七原を見下ろした。一瞬、何か言いかけたようだった。一緒に来るか、と。
だが、ダンテが口にしたのは、別の言葉だった。
「俺は一人のほうが気楽でね。お前も、誰かとつるむ顔じゃねえ」
七原は答えなかった。その通りだった。今の自分は、誰の隣にも立てない。誰かを信じれば、その誰かがまた目の前で死ぬかもしれない。誰かを信じれば、灯台のように、その信頼がまた人を殺すかもしれない。
ダンテは、七原の膝の上の棍に、ちらりと目を落とした。
「その棒。いいもん引いたな」
「……ただの棒だろ」
「受け止めた手が、まだ痺れてる」
ダンテは左手をひらひらと振ってみせた。
「ただの棒じゃねえよ。妙な気配がしやがる。大事にしとけ」
ダンテは、玄関の土間へ降りた。蹴破った戸の向こうで、振り返らずに片手を上げた。
「寝とけよ、七原。顔が死んでる」
赤いコートの背中が、路地の闇に溶けていった。
遠ざかる足音は、最後まで、少しも忍んでいなかった。
七原は、しばらくその場から動けなかった。
腕時計を見た。二時十六分。
ちゃぶ台の上に、桃の缶が残っていた。缶の底には、最後の一切れが、シロップに浸かったまま沈んでいた。
ダンテが、つまもうとしてやめた一切れだった。
七原は、這うようにしてちゃぶ台の前まで行った。缶を手に取り、しばらく見つめた。この缶は、ダンテが目の前で開けた。ダンテが目の前で食べた。毒は、目の前で流しに捨てられた。
それでも、指が動かなかった。
灯台で、あのシチューを口に運んだときも、誰も疑っていなかった。
七原は目を閉じた。
ノブの顔が浮かんだ。首輪が鳴る直前、自分を見た顔。三村の顔が浮かんだ。「なんで今、桐山なんだ」と訊いてきた顔。典子の寝息を思い出した。帰らなければならない場所が、まだあった。
誰も信じないで、どうやって帰るつもりだ。
七原は目を開け、最後の一切れを指でつまみ上げて、口に入れた。
甘かった。
甘すぎるくらいだった。
七原は、缶を握りしめたまま、少しだけ泣いた。
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