俺の好きなキャラだけ集めたバトル・ロワイアル 作:Melo13131
平和島静雄は、廃校の校門の柱に背中を預け、腕を組んで立っていた。一時二分に教室を出てから、ずっとそこにいた。
二十三番目の、ツインテールの少女が出てきた。一時四分。少女は静雄を見て一瞬足を止めたが、静雄が何もしないのを見ると、警戒した目のまま横をすり抜けていった。
一時六分。
二十四番目は、出てこなかった。
一時八分。一時十分。昇降口の暗がりには、誰の影も現れなかった。
静雄の額に、じわりと血管が浮き上がった。
校舎の裏手のほうで、かすかに何かが鳴った気がした。窓枠がきしむような音。トタン屋根を軽く蹴るような音。それきり、何も聞こえなくなった。
「……あのノミ蟲がぁ」
低い声が、喉の奥から漏れた。
正面から出てくるはずがなかったのだ。あの男が、待ち伏せされていると分かっている扉を、素直にくぐるはずがない。窓からでも屋根からでも、どこからでも抜け出せる男だ。
静雄は拳を校門の柱に叩きつけた。コンクリートの柱に亀裂が走り、表面が剥がれ落ちた。
一時二十六分になれば、ここは禁止エリアになる。腕時計の針は、一時十八分を指していた。
「いーざーやぁぁぁ……!」
夜の島に向かって吠えると、静雄は闇の中へ歩き出した。どこへ行けばいいのかは分からなかった。分からないまま、臨也がいそうな場所を、片っ端から探すつもりだった。
島の南の町並みは、一本の目抜き通りに沿って、古い商店と民家が並んでいた。
通りの突き当たりに、コンクリート造りの二階建ての役場があった。その二階の、窓の少ない資料室で、夜神月は床に広げた一枚の地図を、手のひらで覆った懐中電灯の、指の隙間から漏れる光で照らしていた。
デイパックに入っていた地図と、ほとんど同じだった。違うのは、手書きの地名がいくつか書き込まれていることと、今は森になっている場所に、昔は畑が広がっていたらしいこと。それから、地図の隅に、この島にかつて三百人ほどが住んでいたと記されていることくらいだった。
月は懐中電灯を消し、暗闇の中で目を閉じた。
——ここで得られる情報は、この程度か。
腕時計の蛍光塗料が、三時四十分を示していた。
月の隣の壁には、金属バットが立てかけてあった。デイパックの底から出てきたとき、月は思わず苦笑した。ノートの代わりに、バット。キラの武器としては、あまりにも滑稽だった。
だが、悪くはない、とも思っていた。
ナイフや銃を持っていれば、人は警戒する。バットなら、身を守るために仕方なく握っている、善良な大学生に見える。
月は、教室で起きたことを順番に思い返していた。
羂索という男。首輪の仕組み。報酬に保証はないという答え。竜崎の「では、また」。そして、二十四人の顔ぶれ。
明らかに、腕力で自分の及ばない人間が、少なくとも半分はいる。赤毛の傭兵。口もとに傷のある大男。赤いコートの男。刀がなくても人を斬れそうな目をした男。まともにぶつかれば、自分は最初の放送を聞く前に死ぬ。
だから、ぶつからない。
強い者の隣に立つ。信頼を得る。その強い者を盾にし、剣にする。危険な者どうしを噛み合わせ、自分の手は汚さない。そして最後に、自分が残る。
それができる人間が、この島にもう一人いる。竜崎だ。
月は、指先で首輪を撫でた。
——竜崎。お前は今、どこで、誰の隣にいる。
表の通りで、轟音がした。
何か巨大な金属の塊が、アスファルトに叩きつけられたような音だった。続けて、ガラスの砕ける音。何かが転がり、止まる音。
月は窓際に身を寄せ、カーテンの隙間から通りを見下ろした。
月明かりの中に、バーテン服の男が立っていた。
男の足もとに、商店の軒先にあったはずの自動販売機が、横倒しになって転がっていた。中の缶が、通りのあちこちに散らばっている。男は肩で息をしながら、今度は道端の一時停止の標識に手をかけた。根元のコンクリートごと、いとも簡単に引き抜いた。
「どこだ、ノミ蟲ぃ……!」
月は、息を止めた。
平和島、と羂索が呼んでいた男だ。首輪を素手で引きちぎりかけた男。ファーのコートの男——折原臨也を、心底憎んでいる男。
人間の力ではない、と月は思った。あの教室には、そういう人間が何人もいた。
——隠れているか。
役場は通りの突き当たりにある。あの男が臨也を探して町を虱潰しにしているなら、いずれここにも来る。そのとき、隠れていたところを見つかるのが、一番まずい。隠れていた人間は、何かを企んでいたように見える。
——なら、こちらから出る。
危険な賭けだった。だが、月の見立てでは、勝算はあった。
あの男は、臨也を探している。臨也以外の人間には、少なくとも今のところ、殺意を向けていない。自動販売機を投げたのも、標識を引き抜いたのも、誰かを狙ったものではない。苛立ちを、手近な物にぶつけているだけだ。
そして、あの男は単純だ。怒りがすべて顔と体に出る。
単純な人間は、扱いやすい。
月は、金属バットを壁に立てかけたまま、階段を降りた。
「すみません!」
役場の玄関を出たところで、月は両手を上げて声をかけた。
次の瞬間、目の前が暗くなった。
風を切る音がした。月の顔の数センチ手前で、一時停止の標識の、赤い八角形の板が止まっていた。板の縁が、月の前髪をわずかに揺らした。
標識を片手で握ったバーテン服の男が、サングラスの奥から月を睨んでいた。
「……臨也じゃねえな」
「ち、違います」
月の声は、震えていた。半分は演技で、半分は本物だった。背中を、冷たい汗が一筋流れ落ちた。
「僕は、夜神月です。教室にいた、大学生の。その……武器は持っていません。お願いです、話を聞いてください」
男は、しばらく月の顔を眺めていた。それから、標識をゆっくりと下ろし、道端に放り投げた。重い金属音が、夜の通りに響いた。
「……平和島静雄だ」
「平和島さん」
月は、上げた両手を下ろした。膝から力が抜けたように、少しだけよろめいてみせた。
「よかった……。もう、殺されるのかと」
「殺さねえよ。暴力は嫌いなんだ」
自動販売機を投げ飛ばした男が、真顔でそう言った。月は、それを冗談だと受け取るべきかどうか、一瞬迷った。
「で、何の用だ」
「用というか……一人でいるのが、怖くて。ずっと役場に隠れていたんですが、物音がして、それで」
「臨也を見なかったか」
静雄の声が、低くなった。
「ファーのついた黒いコートの男だ。ヘラヘラしてやがる、ノミ蟲みてえな野郎だ」
来た、と月は思った。
ここで答え方を誤らなければ、この怪物に首輪をつけられる。
「……見ました」
月は、ためらうように視線を落とした。
「ここに来る途中、東の森の入り口のあたりで。遠かったですけど、黒いコートの裾に、白っぽいファーが揺れているのが見えて。森の奥のほうへ入っていきました」
臨也の姿など、見ていない。
だが、それで構わなかった。この男を東の森へ向かわせる。あの森には、きっと他の参加者もいる。この怪物が森の中で誰かとぶつかれば、それだけ強い者どうしが削り合う。臨也と出くわせば、なお都合がいい。人を操る男が一人、消えてくれる。
そして自分は、危険な情報を提供してくれた、善良な大学生として、この男の記憶に残る。
静雄は、月をじっと見下ろしていた。
長い沈黙だった。
「……てめぇ」
静雄の声は、ひどく静かだった。
「今、嘘ついたか?」
心臓が、一度大きく跳ねた。
表情は変えなかった。変えなかったはずだった。月は、自分の顔が今どんな形をしているのかを、内側から必死に確かめた。困惑。怯え。少しの傷ついた色。完璧なはずだった。
静雄は、サングラスを外していた。
その目が、月の目を、まっすぐに見ていた。怒りの色ではなかった。何かを嗅ぎ分けようとする、獣の目だった。
「……いえ」
月は、ほんの少しだけ間を置いた。
「ごめんなさい。正確に言うと……見た、とは言い切れないです。暗くて、遠くて。黒い人影と、何か白っぽいものが揺れた気がした、それだけで。それを、平和島さんの話を聞いて、ファーだと思い込んだのかもしれません」
月は、うつむいた。
「怖くて……役に立つことを言わなきゃって、思ってしまって。すみません」
静雄は、しばらく月を見下ろしていた。
それから、深く、長いため息をついた。
「最初からそう言え」
静雄はサングラスをかけ直した。
「嘘の匂いってのはな、あのノミ蟲で嫌ってほど嗅がされてんだよ。てめぇのは、あいつほど腐っちゃいねえが」
静雄は、月の顔から視線を外した。
「似たような匂いがする」
月は、うつむいたまま、指先が冷たくなっていくのを感じていた。
——こいつは。
単純な人間ではなかった。いや、単純であることは間違いない。考えて見抜いたのではない。理屈ではなく、鼻で嗅ぎ分けたのだ。人間を相手にしているつもりで、自分は獣の前で嘘をついていた。
竜崎とは、まるで違う種類の危険だった。竜崎は、証拠を積み上げて追い詰めてくる。この男は、証拠など要らない。嫌な匂いがした、という理由だけで、自動販売機を投げてくる。
月は、深く頭を下げた。
「本当に、すみませんでした。……でも、どうか、一緒に連れていってもらえませんか」
「あ?」
「一人じゃ、生き残れる気がしません。僕は、見ての通りです。喧嘩も、したことがない」
月は、顔を上げた。
「教室で、首輪を爆発させられた男の子がいましたよね。まだ中学生くらいでした。あの子が倒れたとき、僕、何もできなかった。怖くて、声も出なかった」
それは、嘘ではなかった。月は、あのとき声を出さなかった。ただし、怖かったからではない。羂索の殺し方を、醜い、と冷ややかに見ていたからだ。
だが、言葉の上では、何ひとつ嘘はついていない。
静雄は、月の顔を眺めていた。今度は、何も嗅ぎ取らなかったようだった。
「……ついてくんな、って言ったら、どうすんだ」
「一人で、後ろからついていきます」
「……めんどくせえ」
静雄は、ポケットから煙草を探そうとして、何もないことに気づき、舌打ちした。
「勝手にしろ。ただし」
静雄は、月の鼻先に、人差し指を突きつけた。
「次に嘘ついたら、殴る」
「……はい」
月は、神妙に頷いた。
「そういや、平和島さん」
「なんだ」
「荷物、開けました?」
静雄は、肩にかけたままのデイパックを見下ろした。一時に教室を出てから、一度も開けていなかったらしい。臨也を探すことしか、頭になかったのだろう。
静雄は通りにしゃがみ込み、デイパックを乱暴に開けた。水、パン、地図。それらを脇に放り出し、底に手を突っ込む。
出てきたのは、刃渡り二十センチにも満たない、奇妙な形の短刀だった。刃の根もとから、鍔のようなものが、ねじれた枝のように左右に張り出している。
「……なんだこのちっせえの」
静雄は、短刀を指でつまみ、月明かりにかざした。
月は、その刃を見つめていた。ただのナイフには見えなかった。どこがどうとは言えない。だが、見ていると、首輪に触れたときと同じような、得体の知れない寒気が背中を這い上がってきた。
羂索は言っていた。デイパックには、一つずつ何かが入っている、と。あの男が選んだ「何か」が、ただのナイフであるはずがない。
「持っておいたほうがいいと思います」
月は、できるだけ何気なく言った。
「使わないにしても。誰かに拾われるよりは」
「……まあ、そうだな」
静雄は、短刀をベストの胸ポケットに差し込んだ。刃の半分以上がはみ出していたが、気にする様子はなかった。
月は、そのはみ出した刃の先を、目の端で覚えておいた。
役場の二階から金属バットを取ってくると、静雄はそれを見て、わずかに眉を上げた。
「バットか」
「はい。これしか入っていなくて」
「……俺のと、交換したほうがよくねえか、それ」
月は、一瞬だけ言葉に詰まった。それから、困ったように笑った。
「たぶん、平和島さんがこれを持ったら、誰かが死んでしまうので」
「暴力は嫌いだっつってんだろ」
静雄は不満げに鼻を鳴らし、通りを歩き出した。どこへ向かうとも言わなかった。臨也を探して、島を歩き回るつもりなのだろう。月は、金属バットを肩に担ぎ、その三歩後ろをついて歩いた。
静雄の背中は、大きかった。
月は、その背中を見つめながら、頭の中で静かに計算を続けていた。
この男は、盾になる。剣にもなる。臨也に向ければ、あの厄介な男を消してくれる。竜崎に向ければ——いや、竜崎は、この男の前では嘘をつかないだろう。竜崎は、本当のことだけを言って、人を動かす男だ。
だとしたら、この獣は、竜崎の側につくかもしれない。
そのときは。
月の視線が、静雄の胸ポケットからはみ出した、ねじれた短刀の先に、ほんの一瞬だけ留まった。
「おい」
静雄が、前を向いたまま言った。
「今、何か考えたか」
月は、足を止めなかった。
「平和島さんの背中、大きいなって」
静雄は何も言わなかった。
しばらくして、静雄の肩から、ほんの少しだけ力が抜けた。
月は、金属バットの柄を握る手に、そっと力を込めた。
夜明けまで、あと二時間だった。
【残り24人】