俺の好きなキャラだけ集めたバトル・ロワイアル 作:Melo13131
六弦のうち、四本はもう外してあった。
三村信史は、消防団の詰所の土間にあぐらをかき、膝の上のアコースティックギターから五本目の弦を緩めていた。ペグを回すたびに、張りつめていた鋼の線がたるんで、ぴん、と情けない音を立てる。
「悪いな、七原」
誰にともなく三村は呟いた。デイパックを開けてこいつが出てきたとき、真っ先に浮かんだのはあの男の顔だった。ロックだロックだと騒いで、休み時間になるたびに音楽室のギターを勝手に持ち出していた七原秋也。あいつにこそ似合う支給品だ。自分に回ってきたのは、羂索のくじが下手くそだったからか、それとも逆に、よくわかっているからか。
どちらにしても、三村にとってギターは楽器ではなかった。六本の、それなりに質のいい鋼線だ。
詰所に辿り着いたのは、夜明けの少し前だった。地図に「消防団の詰所」とあるのを見て、まっすぐここを目指した。消防団なら、無線機があるかもしれない。案の定、奥の事務机の上には、ほこりをかぶった業務用の無線機が一台据えてあった。電源は入らず、裏蓋を外すと、中の基板は湿気で緑青を吹き、アンテナ線は根元から千切れていた。壊れている、とひと目でわかった。
それでも、全部が死んでいるわけではない。
三村は、叔父の作業机の上で過ごした日々を思い出していた。はんだごての匂い、テスターの針の震え、分解されたラジオの内臓。直らない機械は、ない。直らない部分があるだけだ。直る部分だけを拾い集めて、別の形に組み直せばいい。
送信回路は諦めた。出力段のトランジスタが焼けていて、代わりになる部品はこの島のどこにもない。欲しいのは受信だけだ。電波を拾う耳だけ生き返らせればいい。
外した五本目の弦を、三村は窓枠の釘に引っかけ、もう一方の端を基板のアンテナ端子に巻きつけた。はんだはない。ペンチで弦を捻って、端子に食い込ませる。電源は、支給品の懐中電灯から抜いた単一電池が二本と、詰所の棚にあった予備の懐中電灯から抜いた二本。直列につないで、錆びたクリップで電源端子に押しつける。
ざ、と音がした。
三村は息を止めた。スピーカーから、細かい砂を撒いたような雑音が流れ出ていた。周波数のつまみをゆっくり回す。雑音の粒が、少しずつ形を変えていく。高く、低く、また高く。
「生きてる」
声に出して、三村は小さく拳を握った。受信部は生きている。これで、耳は手に入った。
腕時計を見る。七時四分。
問題は、何を聞くかだった。
三村は左手で、自分の首輪に触れた。この輪は、位置と生死を主催者に送っていると羂索は言った。送るからには、何かを飛ばしているはずだ。電波なら、この耳で拾える。首輪がどの周波数で、どのくらいの間隔で信号を出しているかがわかれば、それを真似ることも、邪魔することもできるかもしれない。叔父のパソコンで政府の回線に潜り込むよりは、ずっと単純な話だ。
三村は無線機を抱え、首輪に押し当てるようにして、つまみを端から端まで、ゆっくりと回した。
雑音。
雑音。
もう一度、今度はもっとゆっくり。
雑音だけだった。首輪に近づけても、離しても、スピーカーから流れる砂の音はまったく変わらなかった。規則的なパルスも、断続的なノイズも、何もない。三村は無線機を床に置き、額の汗を拭った。
「……出してない」
この島には、外からの放送も入ってこない。本土のラジオ局の電波も、船舶無線も、何ひとつ拾えなかった。それは結界のせいだと考えれば説明がつく。だが、首輪のすぐそばでさえ何も拾えないというのは、話が違う。首輪は電波を出していない。少なくとも、この無線機で拾える帯域では。
じゃあ、どうやって位置を送っている。
三村はポケットから、首輪の破片を取り出した。教室で、国信慶時の首輪が弾けたとき、自分の足もとまで飛んできた金属片だ。拾ったとき、指先がまだ温かかったのを覚えている。あれは国信の体温だったのか、それとも爆発の熱だったのか。
破片は、親指の先ほどの大きさだった。外側は鈍い銀色で、内側は煤で黒ずんでいる。朝の光に透かし、爪で煤を少しずつ削り落としていく。
出てきたのは、基板の切れ端だった。髪の毛より細い銅の配線が、緑色の板の上を何本も走っている。ちゃんとした電子回路だ。三村は少しほっとした。機械なら、手が出せる。
だが、削っていくうちに、指が止まった。
配線の隙間を縫うようにして、別の線が刻まれていた。銅ではない。金属の表面そのものに、焼きつけたような細い溝がある。直線と曲線が組み合わさり、文字のようにも、模様のようにも見えた。三村の知っている、どんな回路図の記号とも違っていた。
「なんだ、これ」
回路と、回路じゃない何か。二つが一枚の板の上で、互いを避けるように、あるいは絡み合うように並んでいる。
破片の外側、首に触れない側の縁には、針で突いたような小さな穴がいくつか、等間隔に並んでいた。放熱のためか、何かのセンサーのためか。三村はしばらくそれを眺めたが、何のための穴なのか見当がつかず、ひとまず考えるのを後回しにした。
そのとき、詰所の外で、砂利が鳴った。
三村は破片をポケットに押し込み、壁際の道具棚へ飛びついた。棚には、赤い柄の消防斧が一本、金具に掛けてある。それを引き抜いて、土間の入口に向き直った。七時十分。
入口に、老人が立っていた。
白髪をきっちりと後ろへ撫でつけ、仕立てのいい黒いスーツを着ている。背筋はまっすぐで、この島の泥道を何時間も歩いてきたはずなのに、革靴にはほとんど汚れがなかった。胸ポケットから、銀色の何かが覗いている。
教室で見た顔だった。名前を呼ばれて、静かに立ち上がった老人。夜行妃古壱。
「おはようございます」
夜行は、斧を構えた三村に向かって、丁寧に頭を下げた。
「驚かせてしまったのでしたら、申し訳ございません。中から、ずいぶん楽しそうな音が聞こえたものですから」
「楽しそうな音?」
「ギターの弦を外す音でございます」
三村は斧の柄を握り直した。この老人が、外で自分の作業をどのくらい聞いていたのか、見当がつかなかった。
「悪いけど、じいさん。それ以上近づかないでくれるか」
「承知いたしました」
夜行は、本当にその場から一歩も動かなかった。両手を体の横に下ろしたまま、穏やかな目で三村を見ている。武器を持っているようには見えない。だが三村は、この老人が教室で、羂索が国信を殺したときに、眉ひとつ動かさなかったのを覚えていた。怯えも怒りもなく、ただ何かを検分するように教壇を見ていた。
「俺は殺し合いには乗ってない。あんたが乗ってないなら、そのまま帰ってくれれば助かる。乗ってるなら――」
「乗ってはおりません」
夜行は言った。
「そもそも私は、この勝負を認めておりませんので」
「認めてない?」
「はい」
夜行の視線が、三村の顔から、土間に置かれた無線機へ、ギターの抜け殻へ、そしてまた三村の顔へと戻った。
「私は、賭郎という組織で立会人を務めております。勝負の場に立ち会い、その公正を担保するのが役目でございます。賭ける者がいて、賭けられるものがあり、ルールがあり、そのルールを誰にも曲げさせない者がいる。それが勝負です」
三村は黙って聞いていた。賭郎という名前は聞いたことがない。だが、この老人の言葉には、冗談の気配が少しもなかった。
「あの羂索という方は、ルールを定め、賭け金を定め、そしてご自分でそのルールを好きなときに変える権利を持っておられる。首輪を起爆するのも、あの方の気分ひとつ。それは立会人ではございません。胴元が、自ら審判の旗を振っているにすぎない」
夜行は、ほんの少しだけ目を細めた。
「私の目の前で、そのような勝負がまかり通るのは、いささか気分がよろしくない」
三村は、斧の刃先をわずかに下げた。
「……それで、じいさんはどうするつもりなんだ」
「探しておりました」
「何を」
「この勝負に、勝負を挑む方を」
夜行は、土間の無線機を手のひらで示した。
「あなたは、それで首輪を調べておられましたね。何か、わかりましたか」
三村は迷った。この老人に、どこまで話していいのか。
七原の声が頭に浮かんだ。出発の直前、七原は三村の袖を掴んで、桐山には近づくなと言った。理由を聞いても答えなかった。あのときの七原は、三村の知っている七原とどこか違っていた。顔つきが、同じ年の中学生とは思えないほど疲れていた。
誰も信じるな、という意味だったのかもしれない。
だが三村は、一人では限界があることも知っていた。無線機は直った。破片も調べた。それでも、わかったのは「わからない」ということだけだ。この先、首輪の仕組みを本当に暴こうと思えば、道具が要る。時間が要る。そして、作業をしている間、背中を守ってくれる誰かが要る。
「……首輪は、電波を出してない」
三村は、ゆっくりと言った。
「少なくとも、こいつで拾える範囲の電波は。なのに、羂索は俺たちの位置も、生きてるか死んでるかも知ってる。つまり、あれは普通の機械じゃない。いや、機械ではあるんだ。中に基板が入ってる。でも、機械だけでもない」
三村はポケットから破片を出し、夜行に見えるよう、掌に乗せて差し出した。夜行は近づかず、その場から目だけを凝らした。
「基板の上に、回路じゃない線が刻んである。字みたいな、模様みたいなやつだ。俺にはあれが何なのかわからない。でもたぶん、首輪の本当の仕事をしてるのは、そっちだ」
「ほう」
「機械のほうなら、いじれる。基板の配線を読めば、爆薬に信号を送る経路がどこかにあるはずだ。そこを切るか、ごまかすかできれば――」
「首輪を外そうとすれば、爆発するのでは」
「外さない。外さずに、中身だけ黙らせる」
三村は、自分の声が熱を帯びていくのを感じた。
「もうひとつ、首輪が機械だけじゃないなら、どこかに、機械じゃない部分を動かしてる何かがある。羂索の力とか、この島を囲ってる壁とか。そっちも何とかしないと、首輪を黙らせても、島からは出られない。だから――」
そこで三村は言葉を切った。喋りすぎている、と気づいた。初対面の、正体もわからない老人に向かって、自分の手札を全部広げてしまっている。
夜行は、しばらく何も言わなかった。
それから、ふっと、三村の視界から消えた。
消えたように見えただけだった。次の瞬間、夜行は三村の目の前にいて、三村の喉元には、冷たく細いものが四本、軽く触れていた。
フォークだった。
三村は、斧を振り上げることすらできなかった。いつ間合いを詰められたのか、まったくわからなかった。斧の柄を握る自分の手の甲に、夜行の左手がそっと添えられている。力はほとんど込められていない。それでも、指一本動かせなかった。
「三村様」
夜行の声は、少しも変わらず穏やかだった。
「あなたは今、ご自分の命を賭けて、あの羂索という方に勝負を挑もうとしておられる。その覚悟はおありですか」
フォークの先が、首輪のすぐ上の皮膚に、わずかに食い込んだ。
三村は、ごくりと唾を飲み込んだ。喉が動き、フォークの先がさらに皮膚を押した。
怖かった。膝が震えそうだった。だが三村は、夜行の目から視線を外さなかった。バスケットのコートで、残り三秒、同点、ボールを持っているのが自分だけだというときと、同じ目をしてやろうと思った。
「覚悟なんて、とっくにできてる」
三村は言った。
「命なら、もう首に巻かれてるんだ。今さら賭けるも賭けないもないだろ」
沈黙が落ちた。
夜行は、フォークをゆっくりと引いた。三村の喉には、赤い点が四つ、小さく残っただけだった。
「結構でございます」
夜行は二歩下がり、フォークを胸ポケットに差し戻した。銀色の柄が、さっきと同じように覗いた。
「では、この勝負。三村信史様と、羂索様との勝負。この夜行妃古壱が、立ち会わせていただきます」
「……は?」
三村は、自分の間の抜けた声を聞いた。
「立ち会う、って」
「言葉どおりの意味でございます」
夜行は背筋を伸ばし、深く一礼した。
「ただし、お断りしておきます。私は、あなたの味方ではございません。立会人は、どちらの味方にもなりません。あなたが首輪の解析に失敗して吹き飛ぶのであれば、私はそれを見届けるだけです。道中で誰かに襲われたとしても、それが勝負の外のことであれば、私は手を出しません」
「なんだよそれ、全然役に立たないじゃないか」
「ですが」
夜行は、顔を上げた。その目に、初めて、冷たい光のようなものが灯った。
「この勝負を、公正でない手段で妨げようとする者がいれば。それが誰であろうと、私は立会人として、それを排除いたします」
誰であろうと。
三村はその言葉の意味を考え、背筋がぞくりとした。この老人は、羂索のことを言っている。首輪を好きなときに起爆できる主催者が、三村の勝負を「公正でない手段で」潰そうとしたら。この老人は、あの教壇の男に向かって、フォーク一本で歩いていくつもりなのだ。
「……じいさん、本気か」
「立会人が、冗談で立ち会うことはございません」
三村は、しばらく夜行を見つめていた。それから、斧を土間の隅に立てかけ、大きく息を吐いた。
「わかったよ。勝手にしてくれ。俺は俺の勝負をやる。あんたは見てればいい」
「そのようにいたします」
「ただ、ひとつ訊いていいか」
「なんなりと」
「俺が勝ったら、あんたは何をしてくれるんだ」
夜行は、ほんのわずかに口元を緩めた。
「勝者には、勝者の取り分を。敗者には、敗者の支払いを。それを確かにさせるのが、立会人の仕事でございます」
敗者の支払い。
三村は、あの羂索が何かを支払わされる光景を想像しようとして、うまくできなかった。だが、想像できないことを、この老人は当たり前のように言ってのける。
「……変なじいさんだな」
「よく言われます」
三村は、無線機の前にしゃがみ直した。まだ回っていないつまみがある。まだ試していない帯域がある。それから、破片の基板の配線を、紙に書き写さなければならない。道具も足りない。はんだごてが欲しい。ルーペが欲しい。時間が欲しい。
ギターには、あと一本、弦が残っていた。
三村はそれを外しながら、ふと、自分がさっきから、首輪のすぐそばで、首輪をどう黙らせるかを大声で喋り続けていたことに思い当たった。
まあいい、と三村は思った。電波は出ていないのだ。羂索に聞こえているはずがない。
土間の入口では、夜行が背筋を伸ばして立っていた。朝の光を背に受けたその影が、三村の足もとまで長く伸びていた。
詰所の窓の外で、何かが、ほんのかすかに震えたような気がした。
風だろう、と三村は思った。
七時二十六分。三村信史は、最後の弦をペンチで切った。
残り、二十三人。