いきなり金持ち人生 作:草原で昼寝したいけど明るいと寝れない
お盆も明けて、海老名が帰国してきた。8月中は有給消化でいろいろ準備するらしい。
今までは俺の居るところが職場だったが、ちゃんと人が所属する会社になっていく以上、どこかにオフィスを借りるのが良いだろうと考え、海老名と布袋の三人でああでもないこうでもないと理想のオフィス探しを続けていた。
俺の第一希望は池袋だ。家から近い、通勤が徒歩五分の場所を希望したが、海老名は上野がいいと言っている。遠方に行くときに便利だからだそうだ。布袋は新宿と言っていたが、海老名からいろいろ理詰めされて却下されていた。
俺の案もさっき却下された。悲しみ。
せめてもの抵抗で、机や椅子などを豪華にする復讐を実行していたが、海老名も使う備品なので復讐にはならなかった。あいつだけミカンの段ボールにゴザとかにしようかな。社長命令で。
「くだらないこと言ってないで、書類仕事やれ」
そう。俺は結局子会社を作ることになった。七福エンターテイメントというそのままの名前の会社だ。業務はエンタメ全般。社長は俺になっていて、所属は布袋のみ。何したらいいのかわからんが、布袋が音楽やるのをサポートすればいいということなので、まずは世間に注目されるように本物の金で編んだ衣装とか用意してみようかな。
「クソほど重くて動けねえだろ金の服。しかもだせえからやめろ」
俺の部屋の隅でアコギを鳴らしていた布袋が文句を言ってくる。
この間まで梅干しみたいな顔でべそべそと泣いていた男とは思えない発言だ。あの後、居酒屋で記憶を失わせるほどに飲ませて話を聞いたところによると、将来が不安になりすぎてヘラった結果、音楽を辞めようと血迷ったらしい。
クソくだらねえ! とは言わずに一生音楽を続けるように洗脳を施したのでたぶん今後は大丈夫だろう。
海老名に確認がてら話しかける。
「えーっと、七福ホールディングスの方は、部をいくつか設立するって言ったっけ」
「俺がメインで活動する営業部と、大黒さんに所属してもらう経理部、お前が所属する投資部、あとは総務部とかあると事務員さんとか雇えて便利かなって思うけど、まあ後々そのへんは再編したらいいし、一旦そのくらいでいいんじゃない?」
なんかいよいよ会社っぽくなってきたぞ。
大黒さんは自分の事務所もあるみたいだけど、一応うちの会社に所属してくれることとなった。海老名の営業スキルで陥落したみたいだった。
「それで、なんだが」
俺が仕事してる感でワクワクしていると、海老名が言いづらそうにもごもごしていた。
「なんだよ」
「俺の前の会社の同僚で、ジューク
「どうだって言ったって、どうもこうも相手知らないんだから何とも言ええなくない?」
どうなのよその人は。
詳しく話を聞くと、海老名がジューク福路について語りだす。
曰く、IQが200を超えているらしい。
曰く、会社で期待のエースらしい。
曰く、ニューロン・フリスク氏(アメリカの超大金持ちの人)と友達らしい。
曰く、未来が見えるらしい。
「なんでそんな超能力者が俺の個人資産管理会社に入りたいの?」
「本人がどう考えてるかまではわからないけど、福路は元々独立したがってたっぽいんだよな。今回俺が辞めるんで、その理由とか話したら一緒に辞めてこっちに入りたいってなったみたい」
ってことはそこまでガッツリってよりは、転職前提で個人会社がどうやってるか見たいとかそんな感じでうちに来るのかな。
まだ何の実態もないようなここで学べることがなんかあんのか?
「俺は別にいいけど、海老名が面倒みるってことでいいの?」
「それとも俺の同僚になりたいの?」
布袋がロックンロールっぽいポーズをしながらそう言っていたが海老名には無視された。
「ああ、営業部に一緒にいるんでいいと思う。まあ部で別れてるとはいえ、俺も投資判断とか手伝えることがあればやると思うし、お前も実際に会社買収の時とか判断することもあるんじゃないかな」
ふーん、と聞き流し、
「で、どっかで顔合わせとかするの?」
「ああ、今日来ることになってるよ」
「はぁ?」
と言った瞬間に、玄関のチャイムが鳴った。
俺がびっくりしている間に海老名がドアインターホンの方に向かっていき、何言か話した後、来客を招いたようだった。
「ジューク福路が来たぞ」
「え、外で待ってたの?」
「いや、言っただろ」
海老名が次にいう言葉が信じがたくて、部屋のエアコンが寒すぎたのかと錯覚するくらいに背筋が冷え込んだ。
「奴は未来が見えるんだ」
かっこつけてジューク福路を迎えに行った海老名を尻目に、どたどたと俺と布袋が急いで面接室を整え終えた。
その数十秒後、海老名がジューク福路を連れて部屋に入ってきた。
「どうも、ジューク福路と申します。本日はよろしくお願いいたします」
名前から何となく察していたが、ジューク福路はハーフの男で、髪は明るい茶髪、目が青色、顔つきはイケメンと言っていい、鼻が高くほっそりとした不健康そうな見た目だった。何より声が平坦で、表情がピクリとも動かない。最新のアンドロイドと言われたらそうなのかと納得しそうな人間だった。
「初めまして、私が七福ホールディングス社長兼投資部部長兼七福エンターテイメント社長の七福仁です」
「え、お前……俺の肩書は?」
俺が自分を大きく見せようとごちゃごちゃ言ったことに対して布袋がなんかぐちぐち言ってきた。
「わかんないけど適当言っとけ」
「七福エンターテイメント所属の一期生兼音楽部部長の布袋辰巳です」
「営業部の海老名だ。このアホ二人はこんなんだからあまり気にしなくていい」
ジューク福路は無表情を崩さずに小さく頷いた。
「了解です。海老名さんから今回のお話を聞き、かなり面白そうなことを始めたなと思い、入社させていただこうと考えました。
ゆくゆくはこの会社を世界に名を轟かす会社にしていきます」
すげえビックマウスだ。しかもそれが決まりきった事実のように言うもんだから、なんか本当にそうなっちゃいそうな気がしてならない。
「おー、海老名はまた強烈なのを連れてきたな」
布袋もなんだか楽しそうな表情を浮かべている。
っていうか今回のこれって何なの? 顔合わせ? 面接?
「なあ、海老名、これって面接ってことでいいの?」
「面接したいのか? 俺はもう入社のつもりで連れてきたんだが」
そうなのか。まあ営業部は海老名に任せてるし別にいいのか。
「じゃあ採用。細かい話は飯食いながらしよう」
「焼肉いこう。熱いから冷麺食いたい」
「昼から焼肉? ビールが欲しくなるな……」
「業務時間に酒を飲むやつがあるかァー!」
「俺らは有給消化中だ。お前らだけ仕事中」
俺と布袋はぐぬぬという気持ちになったが、海老名が言うことが正当だったので今日は退勤することにした。
そんな俺たちの会話をジューク福路は相変わらず無表情で聞き続けているのだった。
昼飯も食べ終え、割とほろ酔い気分になった俺たちは三々五々に帰宅していったが、ジューク福路は俺の家路についてきた。
(・ω・)(・ω・)(・ω・)
「これからまだ投資するんですよね?」
「えぇ~、よくわかったねぇ~」
ジューク福路は頭が良かった。それは電卓とかコンピューターのような頭の良さだ。正しい情報を得たら、その情報から推測される結果がほぼ正確に予想がつく。予想外になる場合は事前情報の収集が甘かった時だ。そんな甘い時期は学生時代に修正し、二十を超えるころにはほとんどの事象は予測可能になった。
就職先は、情報収集能力を鍛えるという目的で入社し、近頃その能力も今の会社では頭打ちになる。
次の転職先を探すか、自分で立ち上げるかと悩んでいたところ、同僚の海老名の様子がおかしいことに気が付いた。
6月に日本に戻ってからおかしくなった。確か日本に行った目的は、最近話題の超新星的に表れた投資家にアポを取る為だ。
3月から投資を開始したと見られている、七福ホールディングスとか言う会社だ。三か月で数十倍の資産増加が確認されており、インサイダーの噂も全くないことから、非常に優れた投資家集団であると見られている。もしくは隠すのが異常にうまい会社だ。
今持っている資産をさらに投資に回すことが想定されていて、とある企業の株主総会に参加するとの情報が回ってからどこの会社も面識を得ようと必死だ。
海老名は上司と一緒に会場を回っていたらしいが、七福ホールディングスと面識を得たという情報は無かったはず。
……情報に嘘がありそうだ。
結論を出した福路は海老名へと突撃した。すると、驚きの情報が出てくる。
七福ホールディングスは海老名の幼馴染の投資会社で、適当に投資した結果、運よく大儲けしたということだったのだ。
運という要素を福路はそこまで重視していない。おおよその物事は確立という絶対の理論に収束し、多くの物事は物理法則にしたがった結果が出力される。
コイントスは空気抵抗や回転数、キャッチのタイミングで表裏が確定するし、じゃんけんは相手の心理状況を読み切れば容易に勝てる。
投資も同じだ。情報が正しく手に入れば、自ずと株価の上下は判断できる。
運という要素のみで投資で大儲けしている?
興味を抱いた。計算や理論によって答えを導き出す自分とは真反対のプロセスによって行動するその七福という男と働いてみたら、今後の人生にプラスになるかもしれないと思った。
だから、海老名を説得して七福ホールディングスに入社する運びとなり、今日、七福仁の投資を目の当たりにすることができる。
「ゔぅー、二時かぁ」
七福は帰宅後、手洗いうがいなどを済ませてパソコンの前に座り、株取引用のWebページを開いた。現在所持している株が一覧で表示されるが、めちゃくちゃに数が多い。そりゃあ何百億円分もあればこんな意味わからない表示にもなろうものだ。
「あぁー、ここと、こことここは売っちゃうかなぁー、いやでもなぁー、ここはどうすっかなぁー」
悩む七福を見て、福路は自分で持っている情報を整理する。彼が悩んでいる企業は国内の新興企業だ。創薬系のベンチャー企業で、起業以来ずっと赤字を垂れ流している、福路であれば一顧だにせず、関わろうともしない会社だ。
「……こちらの会社の何を悩んでいるんですか?」
「えぇ? 何ってそりゃあ、今後上がるかどうかとかぁ?」
「上がるんですか?」
「わかんないけど、上がるかもって思ってるから買っちゃおう」
福路には理解のできない理論だったが、そう言った七福はさらに数千万円株を買い足した。
そんな光景が何度かあり、売買の現場は見ていないが海外の株でも似たような運用をしているようだった。
さすがに大金を持っているとはいえ、理屈の通らないリスキーな運用をしているようでは早々に破産すると福路は予見しており、もはや見るべきものもないだろうと結論づけたが、それが覆ったのは一カ月後だった。
9月になり、七福ホールディングスに入社した福路と海老名は営業として企業買収に動いていた。
海老名は何やら考えがあるようで、特定の分野の企業を中心に買収している。基本的に七福に相談してから、買収を手際良く進めていった。
「なぜ七福さんに相談してから買収に行くんですか? ひと手間余計では?」
福路は海老名にそう聞いたことがある。
この時点で福路は、この会社は実務を積むための腰掛と考えており、本気で業務に取り込んでいなかったのである。
「ああ、そうだな……福路は七福のことどう思う?」
「ええ、言い方は悪いかもしれませんが、七福さんはそうそうに破産すると思います。現時点まで、たまたま運が良かっただけの普通の人ですから」
「……やっぱりそう思うよな。七福は普通だ。本人の能力としては本当に普通だ。めちゃくちゃ善人って程いいやつってわけでもないし、カリスマとかそういうのがあるわけでもない。
でもそんなのどうでもいいくらいに七福は勘がいいんだ」
「勘、ですか?」
勘とは福路の理解では、経験や周囲情報を無意識に集めた結果の直感的な判断のことだ。普通の人の範疇に収まる七福の勘はそれほど語るべきものではないものと考えられる。
「俺が買収に行こうと考えていた企業のデータだ。見てみろ」
海老名が提示した資料はよくまとまっており、福路から見ても買収という選択肢を取ってもいい企業だと判断ができる。完全に買収すべきだというほどではないかもしれないが、今七福ホールディングスが持っている資産の規模からすれば買収はよい選択だろう。
「だが七福はNOと言った」
「なぜですか?」
「知らんが、勘だろう。事実、俺が相談を持ち掛けた二週間後にこんな記事が出た」
表示されたニュースページは残業代などの未払い金が原因で訴訟が起こったというものだった。しかもそこから芋づる式に粉飾決算やらなにやらと大炎上しているということだ。
そこには先ほど買収予定としてまとめられた企業の名前があった……。
「……さすがに偶然では?」
「お前が疑問に思った七福の行動を後で調べてみろ。ビビるぞ」
まさかと思い、福路が調べたのは創薬ベンチャーのことだった。調べていくと、近々大きな発表を行う予定があるというニュースが判明し、後日、画期的な薄毛治療薬の開発に成功したという発表があり、実証実験などが現在進められているということだ。
界隈で妙に話題になり、株価は一気に数十倍まで跳ね上がった。
「海老名さんは、七福さんの勘を頼りにこのまま進めていくつもりですか?」
「いや、さすがにそんなギャンブルみたいなことはやらん。相談してるのは勘もそうだけど、あいつが社長だからだ」
福路はそう言う海老名を見て思った。
百発百中の予言があるなら利用しないのは非効率なのでは?