いきなり金持ち人生 作:草原で昼寝したいけど明るいと寝れない
ちゃんとした会社になってから三か月が経過した。
俺は相変わらず投資部門で適当に投資した株がなんか運よく跳ね上がって利益を出し続けている。まさか、ハゲ治療の薬を作っている会社が本当に開発成功するとは思っていなかった。将来俺もどうなるかわからないと思って投資してよかった。これで抜け毛にいちいちビビる必要はない。
海老名と福路は二人して全国各地のいろんな中小企業を回っているみたいだ。企業買収って買い物みたいに購入してハイ終わりみたいなもんじゃなくていろいろな事前調整が必要になるっぽい。そのへんを含めて全部二人でやってるみたいなので大変そうだ。
二人が大変そうだったので、俺たちの両親で暇そうな人を総務として雇った。基本在宅勤務で領収書の整理だとか社用車の管理業務とかをやってもらっている。
一方で、七福エンターテイメントはあんまり大きな動きが無かった。布袋が使い古していたボロすぎるギターをフルメンテに出したり、ちゃんとした収録環境で録音した曲をネットにアップロードしたくらいだ。
チャンネル名はそのまま七福エンターテイメントチャンネル。今のところ布袋の歌動画ばかりが上がっているが、そのうちなんかかっこいいPVとか上げたいところだ。
「やるぞ! 七福ホールディングス経営会議ぃ~!」
ということで、なんやかんやバタバタしていて開催できていなかった全体会議を実施することになった。
総務部の親たちはWeb参加だが、それ以外のメンツは上野の本社に集まっていた。
そうここは上野本社、七福ビルだ。我が社は不動産投資の一環としてビルを買ってしまった。
七福ビルは今年の4月に全面リノベーションが完了したほぼ新品のビルだ。が、このビルの保有者だった海外企業が完成直後に倒産。その後も転々と保有者が現れては倒産していく様からついたあだ名は貧乏神ビル。当然、そんな不吉で曰く付きな名前のビルに入居する企業もなく、7月の時点で大安売りしていたとのことだった。
海老名が上野を推していた理由も半分くらいはこのビルだったっぽい。
そんなビルの営業部の会議部屋にみんなで集まり、会議が始まった。
「まず、投資部の利益について。9~11月での利益は2000億円です。その他にも未売却分も含めればさらに膨らみます」
投資部は相変わらず、特に海外企業分が大きく跳ねたりしてかなり儲かっていた。しかも円安も直撃して海外投資分がかなり膨らんだ。
「七福エンターテイメントは現在までで10本の動画をアップロードしています。再生数はまだ回っていませんが、グッド率がいいのでこの調子で動画を上げつつ、年明けからバチバチのPVを上げようかと布袋と調整中です」
最近は布袋のライブにも動画を見たという人たちがちょいちょい来ているらしい。お前はそのままミュージシャンの道を駆け上がっていけ。
「営業部からの報告は資料を見てほしい。現在買収交渉をしている企業一覧になる。
そのうち、三社の買収が確定している」
海老名がおしゃれな感じのパワポを駆使して発表している。なんだ、俺とか布袋は言葉だけなのに海老名がちゃんとした社会人みたいだ。
「一社目は、
二社目は
そして、最後。三社目は、海老名ロボティクス。俺の、実家だ」
あらかじめ聞いていたが、改めて聞くと衝撃だ。
「海老名ロボティクスは機械生産を生業にしてきた会社で、こちらも自社工場がある。割と広いが設備の老朽化が進んでおり、今回の買収を機に一気に設備の更新を図りたいところだ」
「いいのか? 買収後も会社名とか変える気はないけど、それでもトップが名前だけとはいえ俺になる」
海老名がギラリとした目を向けて俺に言う。
「そのあたりも含めて、営業部から一つ提案がある」
スライドが次に進む。
「七福グループ設立提案?」
「そうだ。今後、買収企業も増えていくだろうし、七福ホールディングスが持ち株会社として七福グループを設立したい」
「なるほど?」
つまりどういうことなんだ?
「とりあえず説明を先に聞いてほしい」
海老名曰く、今回買収に合意が取れた企業はどれも、設備更新などのために巨額の投資が必要な企業だということらしい。
グループ会社になることで、七福ホールディングスの資金を無駄なくグループ内で循環できるのだということだった。
「ふーん、いいんじゃないか?」
「よし、じゃあ今後はこれらの企業はグループ会社というくくりで調整する」
海老名がノートPCをカタカタとやって何かを打ち込んでいるのを見て、俺は一つ疑問がわいたので質問する。
「グループ会社になるってことは、それらの企業もうちの就業条件になるってこと?」
タイピングしていた海老名の指が固まった。
「いや、各企業の独自性を維持してもらう形になる」
「え? なんで? グループ企業なんでしょ? グループ内で格差とかあるの変じゃない?」
「いや、七福の就業条件だと工場が回らない」
「え? 最初に言ってた月72時間とかじゃなくて月120時間でも回らないの?」
「人件費の方な」
「人件費こそ同条件じゃないとおかしくないか? 役職とかで上がるのはさておき、最低条件はみんな一緒じゃないと不公平だろ」
俺は自分の会社の就業規則を作るにあたって、いろいろ悩んだ。ニート生活を経て、ある程度世の中の人々に迎合した生活を送らないと孤独になるという知見を得た。
そこでまずは六時間労働が採用された。フレックス制で残業時間六時間と引き換えに一日休んでもいいという制度もある。定時は九時~十六時で一時間昼休憩。八時間労働を三日やると一日休みになるので世間的には週休三日と言えるかもしれない。
次に、何はともあれ金はあるに越したことはないので、最低でも年収700万円を保証するようにしている。ここに住宅手当だの通勤手当だのいろんな手当を乗せるとなんやかんや年収800万円くらいになる計算だ。
大体月45万+手当+ボーナス(100万円)くらいが最低年収になる。しかも決算月には特別ボーナスも出るので基本最低年収ぎりぎりになることなんかほとんどない。七福ホールディングスも七福エンターテイメントも基本このルールで動いている。
「しかしな、実際現場の人間が何人いると思っている? 海老名ロボティクスだけでも100人の従業員が居るんだぞ? ほとんどは平社員だ。平均年収は500万円行くかどうか。七福ホールディングスの就業条件だったら平均年収は1000万円になる。倍になったら会社は赤字だ」
「設備投資するんだろ? 人材投資だってしたらいい」
「あのな、バラマキと投資は違う」
「なんだじゃあお前は海老名ロボティクスの社員には年収700万円の価値はねえって言いてえのかよ」
「そうは、言っていないだろう」
海老名が静かに、こちらを睨むような声でそう言った。
俺も譲る気は全くないので燃える闘志を声に込めて言った。
「じゃあなんで同じグループ会社で違うルールでいなきゃいけねぇんだよ」
「一律で最低年収を二倍にしたら、各企業が利益を出せないからだ。設備投資をすることで生産量や品質を上げることが可能だが、人間は払う金が倍になったからって倍働くわけじゃない」
「今の給料に見合う働きをしてるだけだろ」
「ウチの社員は、優秀だ」
「じゃあ、報いてやれよ」
「赤字になるって言ってんだろアホが」
「いくら赤字なんだよ言ってみろやバカがよ」
俺と海老名は立ち上がり、ツカツカと距離を詰めていった。
「七福の就業条件だと人件費だけで年間15億円だ。給料だけで、だ。ランニングコストを含めたらもっと赤字だ。うちの売り上げはそれをカバーできない」
「赤字はいくらかって聞いてんだよ、費用は聞いてないんだわ」
「資料に書いてあるのを読まないお前に分かりやすく教えてあげると、海老名ロボティクスの年間売り上げは30億円だ。利益で言えば年間7億円。
引き算ができないお前のために教えてあげると赤字は8億円超だ。賢くなれてよかったね」
「投資部の利益からしたら屁でもねえなそんなもん」
「別部署の利益をあてにした運営は不健全だ」
「ずっと成長しないならそうだろうな。だが設備投資や人材投資で利益が増えれば自前で回していけるようになるんじゃないのか」
「軽々しく言うな。利益倍だぞ。売上を倍に伸ばすか利益率を相当改善しないといけない。ゲームじゃないんだ。資本を投資した分だけ比例して伸びるなんてことは無い」
「じゃあ何のためにグループなんて言い出したんだよ。安く企業を使うためなのか? 今抱え込んでる資金がこの先一気にゼロになるなんてことはまずないんだから、余ってる金を使って育てればいいじゃねえか」
「だから、成長するかどうかわからねえだろ。金をドブに捨てる気か?」
「成長を見込まずに買収して、グループを形成するのか? それは他部署に補填してもらおうという行為と何が違うんだよ」
「リスクの話をしているんだ。七福ホールディングスに合わせたら継続する赤字が大きすぎる。黒字を出し続ける方がいいだろう」
海老名と俺の話し合いは平行線だった。
俺はグループという集団になるのであれば共通のルールを通した方がいいと思っていたし、そもそも買収するならちゃんとその会社に対して責任を持たなくちゃいけないと思っていた。
対して海老名は利益追求のために動こうとしているようだった。こいつが社会人生活でどう働いていたのかを俺は知らない。ただ、大企業ということは相当にシビアな世界で鎬を削っていたのだろう。
海老名の主張からは大企業の論理を感じる。
「まあまあ、七福も海老名も落ち着けよ。話を整理してみようぜ」
布袋がそう言い、福路が画面共有をした。そこには海老名の主張と俺の主張が併記されている。
海老名:買収先企業を含めたグループ会社の形成
グループ会社は各社の就業条件を継続
七福 :買収先企業を含めたグループ会社の形成
グループ会社は七福ホールディングスの就業条件に準拠
「企業買収とグループの形成においては両社異論はないですね?」
「ああ」
福路に対して海老名が首肯したが、俺は文句があった。
「就業条件が同一でなければ買収をはじめとした提案に賛成しない」
俺がそう言うと、海老名がブチギレた。
「いい加減にしろ! もう相手企業と話がついてるし、今更中止なんてできるわけねえだろうが!」
俺も噴火した。
「勝手に話進めておいて後からキレんなや! グループだ何だと聞いてねぇんだわそんな話!」
「今説明したしお前もいいって言っただろ!」
「就業条件についての説明がなかったじゃねえか! そんなもん詐欺と一緒だろ!」
「一般常識的に考えろ! 上げるにしても徐々に上げていけばいいじゃねえか!」
「それじゃ不公平だって言ってるんだ!」
「分からずや!」
「頑固者!」
「成金ニート!」
「茹でエビ!」
俺たちは取っ組み合いの喧嘩を始めた。お互いに喧嘩慣れしているわけじゃないし、特にケガとかもなかったが、ぎゃぎゃーと言い合った挙句に七福ホールディングス経営会議は解散し、俺と海老名は会社でも顔を合わせるたびに口汚く文句を言いあうようになったのだった。