いきなり金持ち人生 作:草原で昼寝したいけど明るいと寝れない
12月中旬。珍しく外には雪が降っていた。ふわふわとした雪だが、午前中には止んでしまい、特に積もることもないという天気予報だ。
俺は作曲しながらチラリと部屋を見渡した。
七福は机に座ってパソコンを眺めていた。よくわからんが株のなんかをやっているらしい。一回画面を覗き見たことがあるが、よくあれで数千億円もの利益を出しているもんだと思う。数千億て。ゲームかよ。
ここ一週間くらいずっと不機嫌そうだ。まあ海老名と喧嘩してるしこんなもんだろ。
見てると昔を思い出して懐かしい気分になった。
七福と海老名はよく言い合いの喧嘩をしていた。定期的にやってる。ディベートみたいな形式になったら海老名が強すぎて七福は負けてばかりだが、突発的な言い合いはなんやかんや七福が勝つときもある。七福の勝率は20%ってところだ。
今回、横で話を聞いてる感じだと理論的には海老名が正しいと思った。七福が言っているのは、買収した企業をわざわざ赤字を増やすような運用に変更するということだと思ったからだ。そんなやつは世の中にいない。
ただ、感情的には七福を応援したいと思った。俺自身、フリーターだった何か月か前と比べたら今の生活が最高だと思う。ミュージシャンとして自立して、恩返しをしていきたい、という俺の気持ちはさておき、グループという集団になるなら公平に同じルールにしたいというのはわかるし、それが良い条件に代わるのであれば従業員としては万々歳だろう。
従業員目線の話と、経営者目線の話でこじれてるんだよなこれ。
「七福ー、俺ちょっと外出てくるわー。今日そのまま退勤ー」
「うぇーい」
外に出た俺は海老名に電話をした。
「海老名ー? 飲みいかね? え? 仕事で忙しい? バカお前飲み会も仕事だろうが! ハラスメント!? 甘えたこと言ってんじゃねえ! 来ないとお前の職場で演奏してやるからな!」
そんなわけで不機嫌そうな海老名を連れて居酒屋にやってきた。ネクタイを緩めた海老名は観念したみたいで、ビールをグイっと飲み干すと、不機嫌な顔と声そのままで話しかけてくる。
「で? なんだよいきなり?」
「いやあ、この間の会議の話よ。あれっきり進んでないじゃん。このままずるずると時間だけ過ぎるとみんな不幸になるんじゃないの?」
「七福に言えよ。あいつが納得したら全部うまくいくんだから」
ぐびぐびと酒を飲む海老名はそのままグチグチと七福の文句を言い続ける。海老名は相変わらず酒に弱くて助かるぜ。
「大体さぁー、あいつマジ投資で稼いでるからって言いたい放題言いやがってよぉー、そりゃあ就業条件なんていい方がいいに決まってんだよなぁー!」
「うんうん、その通り」
「そんなもん俺だってそうしてえよぉー、けどさぁー、いきなり大赤字垂れ流すことになる買収先のこと考えてみろよぉー、向こうの経営陣だって納得しないだろぉー!」
「マジでマジで。言う通り」
「だよなぁー、それをさぁー七福はさぁー、不公平だなんだってさぁー、俺が悪いみたいじゃんかよぉー」
「悪くない悪くない」
まだ飲み始めて三十分くらいなのに海老名はすっかりぐでんぐでんだった。顔も真っ赤になり、呂律も怪しい。とりあえずこの状態ならいつもの頭いい感じもないしちゃんと話を聞いていけそうだ。
「で? なんでお前の実家買収する話になったの?」
「そ、れは……」
やっぱりここが一番の核心だったんだな。
この間の会議でも、海老名の実家について言及する時だけちょっとおかしい感じがしたんだよな。
「多分、海老名が考えてることをちゃんと全部伝えないと、七福も納得しないと思う。リハーサルがてら今話してみ?」
「……俺はさ、夢があって……ウチの会社を世界一にしてぇ」
「ほう、世界一。海老名ロボティクスを?」
「そう。世界に知らない人がいないくらい、でかい会社にしたい」
そうだったのか。しかし世界一ねえ。
「その為に、グループ会社が必要なのか?」
さっきまで胡乱な目をしていた海老名だったが、目をギラリとさせて語りだす。
「世界にあるすごい企業は、ものすごい資本で成り立ってる。七福の今の資本も膨大だが、比じゃない。そのためには少しでも利益を最大化しないと……」
「なるほどねえ……」
つまり、海老名は海老名で夢のためにやってたんだな。
その後、自立歩行できないくらい酔っぱらった海老名を自宅まで送り届け、次の日。俺は七福を誘って居酒屋に来ていた。
「何ここ? おすすめの店? メニューどこメニュー」
相変わらず落ち着きのない七福に苦笑しながらも、とりあえずビールを頼んだ。七福は相変わらず炭酸が苦手なようで、梅酒をちびちびと飲んでいる。
「唐揚げとポテトとぉ、お、焼き鳥だ焼き鳥。つくねまであるじゃん。最高。ねぎまも必要かも。タレマストだな」
「なあ、七福」
「なんだよぉ、お前も先に頼んどかないと結構待つことになりそうだぞ」
「先週の会議の話なんだけどさ」
飯を前に苦虫を噛み潰したような表情になる七福に内心で笑いながら、話を進める。
「海老名が言ってることも、わかんなくないんだろ?」
「いやまぁそうなんだけどさぁ」
「俺も七福の提案が通るなら、それに越したことはないって思ってるよ。海老名も多分そう思ってる」
うーん、と唸りだした七福に酒を勧めながら、話していく。
「海老名が反対するってことは、なんか理由があるんだと思うよ」
「それはそうだって分かってるんだけどさぁ」
「七福は何でグループ全部が同じ就業条件がいいって思ってるの? 不公平ってだけじゃないんでしょ?」
何か言いづらそうにもごもごと口を動かす七福を待つ。届いた焼き鳥を食べつつ無言でいると、やがて七福が口を開いた。
「俺さ、宝くじ当たったじゃん。で、最初は豪遊しようとか、理想の生活送ろうとかいろいろ考えたわけ」
「ああ、いろいろやってたな」
一時期七福は狂ったように毎日どこかへ出かけていた。動物園とか水族館に一人で行ったという話を聞いて、こいつ病んだのかなと心配したくらいだ。
「でもさ、俺が思いつく豪遊って、数万円の世界なんだよな。
もちろん旅行行ったりとか、毎食外食したりとか、贅沢だ。
金持ちの贅沢じゃない。庶民の贅沢なんだよね」
「そりゃあ俺たちは生まれついての庶民なんだから、しょうがなくない?」
「最初は俺もそう思った。でも俺の親とかさ、今ウチの給料水準でめっちゃ金余ったって言ってたわけ。贅沢に何したかって、車とか買ってんの。あとは全国各地に旅行とか行ってんの。
俺も旅行とか行ってみたんだけどさ、家でダラダラゲームとかやってる方が楽しいなって思うんだよね」
「親世代の楽しみ方は、また現代の俺らとは違うくないか」
「俺の親だって昔携帯ゲームにハマったこともあったし、世間では割とソシャゲやってるおじさんとかも結構いる。でもそういう人たちは割と贅沢が外向いてるんだよな」
「ソシャゲはねえ、結局金が無駄になっちゃうからねえ」
俺がそう言うと、七福はそれなんだよと言った。
「俺らってさ、コスパを気にしがちじゃん。
俺もそこまで意識してるわけじゃないんだけど、旅行とかだと移動時間怠いなとか、行った先で景色見るなら写真とかでいいなとか、成果に対する労力を先に考えちゃってるんだよね。
なんでそうなったのかって考えたら、節約気にしないと生きるのが大変だからなんじゃないのかって思ったんだよね」
七福の言うことは一理あった。俺も自販機で飲み物を買うよりはスーパーで飲み物を買うし、服も古着屋で安いのを買っていた。
「俺たちは金が無い状態が長すぎたんだって思うんだよね。節約しないと生きるのが大変。だから金銭効率を意識して生きる癖がついちゃってる。
一方で、海老名みたいな稼げる人たちは今度は時間がないって感じなんだよな。こっちはこっちで時間効率を気にして生きていかないといけない。
俺のグループ会社には、そういうの無いでほしい。
それで放蕩になったって困るんだけど、俺が今持ってる資金を俺が抱えてたって、どうせ使い切らないんだからどんどん使ってほしいんだ」
「それで、お前はいつまで補填するつもりなの?」
「そこだよなぁ、今のところ運がいいし、それで稼いだ分だけでカバーできそうって感じなんだけど、今後のこと考えると不健全だよなぁ」
七福も分かってたんだよな。でも、自分の考えと競合するから海老名とぶつかってたんだ。
「じゃあ、海老名が言ってた黒字化っていうのは賛成なのか?」
「そうなんだよなぁー、クソむかつくけどあいつ正しいんだよなぁー、でもルールはいっしょにしたいぃぃ」
ぐぬぬと言いながらねぎまを食べている七福に提案する。
「もう一回、海老名と話し合ったらいいんじゃない? 俺も同席するから、三人で飯でも食いながらさ」
不承不承という感じで頷いた七福を見て、大金を得たところで変わらない人間性に少し安心したのだった。
(・ω・)(・ω・)(・ω・)
クリスマスまであと一週間を控えた12月某日。世間の少し浮かれたような、慌ただしくも一年が終わる節目のような空気感とは尻目に俺はどんよりとした気持ちで指定された店に向かっていた。
布袋が先に行ってるからとか言ったせいで、海老名と並んで現地に向かうことになった。
同じタクシーに乗っている間は地獄の雰囲気だった。なんで俺がこんな気まずい気分にならなきゃいかんのだ。
クソぉ、めんどくさい。もうこの感じがめんどくさい。言い合いの結構大きい喧嘩しちゃったせいで、なれなれしく話しかけるのもなんか違うよなって感じになってる。海老名は意地っ張りだから、素直になれないのだ。奴が一言詫びてくれれば俺も詫びるのにこいつマジでなんなんだよ。
お互いに軽くにらみ合い、スマホの案内に従って歩いていくと、小さめの大衆居酒屋に到着した。
「……今午後四時だけど、開いてんのか?」
「……布袋が指定した時間なんだから空いてるんじゃないのか?」
こっそりと引き戸を開けて、やってるかどうか確認すると、中にはもう布袋が居て、ちびちび何かを食べながら飲んでいた。
「おーう、遅かったなー」
「……いらっしゃい」
カウンター席に座っている布袋に向かい合うように、頭に鉢巻をした人物がいた。火の近くで料理するからか、12月だというのに半袖で寡黙に料理をしていて、大将と呼びたくなるような風貌だった。
「ここ、俺のバイト先だったんだよね。その縁で、開店時間まだだったんだけど空けてもらったの」
布袋はそう言って、大将にあとは自分がやると言ってカウンターの向こう側に立った。
「さっ、カウンター席に座りなよお二人さん。お通しと駆け付け一杯だ」
間に一つ席を空けて座った俺たちにポテトサラダやわかめの酢の物、小さい冷奴と黒いなんかの飲み物が出された。
「なんだこれ」
「コークハイって知らん? ウイスキーをコーラで割ったやつなんだけど。炭酸もそこまでじゃないよ」
何はともあれ、俺はジョッキを持った。
「乾杯」
布袋の声に合わせてカチンとジョッキがぶつかり合う。飲むと、ちょっと違う味のコーラを飲んでるような感じでぐびぐび飲める。うまいうまいとすぐに全部飲んでしまった。
布袋にお替りを頼むと、コークハイを新しく作りながら語りだす。
「覚えてるか? 小学生の時さ、三人で集まって共同で自由研究の宿題やったんだよな。どこが一番クワガタとれるかって実験」
懐かしいな。小五とかそれくらいの時期だ。海老名の家に集まって皆で虫取り用の罠を作った。
「あの時、罠用に買ったバナナが余ったんだよな。で、どうなったか覚えてる?」
どうなったんだったか。正直楽しく虫取りをした記憶しかない。
「……覚えてるよ。あの時も、俺と七福で喧嘩したな」
「マジ? 全然覚えてない」
「余ったバナナが二本で、切って分け合おうとした海老名とじゃんけんで奪い合おうとした七福で喧嘩したんだよ」
思い出したぞ。俺はちょうど腹が減っていたのでバナナがすごい食べたかったのだ。なので合法的に奪えるじゃんけんをしようと言ったんだ。
「で、ゲームで決着をつけようってなったんだよな」
「海老名の父親が持ってたトリキャスのソウルキャリバーンな。マジで懐い。俺はヨシムネよく使ってたよな。海老名はなんかトカゲのやつ使ってたっけ」
酒が入ると口が回るのか、思い出話に花が咲いた。昔もそうだったみたいで、ゲームやってるうちにバナナのことは忘れて門限になったから帰ってしまったって話だったらしい。
「海老名はやりてえことあるんだって。で、七福も考えがあるんだってさ」
思い出話を語り合っていた時は滑らかに動いていた口が、少し重くなった。
ちらっと布袋を見ると、無言で頷く。それは何の合図なんだ。
よくわからない布袋の動きが意味不明だったが、ぐいとコークハイを飲み干し、俺は先日布袋に語ったことを海老名に言った。
「そうか、そうかぁ、七福はそうなんだなぁ」
俺の話を聞いた後に、海老名もチラッと布袋を見て、布袋が頷くのを見て首を傾げてから語りだした。
何でも、海老名は実家を世界一の企業にしたいらしい。世界一位!?
「世界一ってどうやってなるの?」
「まぁ、名前聞いたら誰でも知ってるってくらい?」
「アワゾンとかクックルみたいな感じ?」
「そう。あとは、もうそこら中にウチの商品があるような状況がいいよな」
「じゃあさ、社員もアワゾンとかクックルくらいの待遇にしないとじゃねぇのか? それってウチの条件とちげぇの?」
うーうーと海老名のCPUが熱暴走を始めたっぽい。マジで酒弱いよなこいつ。コークハイ飲むならコーラ飲んどけばいいのに。布袋もそう思ったようで、もはや提供されているのはコーラにちょっとだけウイスキー垂らしたやつになっていた。
「……福路にさぁ、いろいろ計算してもらってたんだけどさぁ、七福の言ってた就業条件でも、うまくいけば数年で黒字化するかもしれないんだってさ」
「……え!? なんだよそれ先に言えよ!」
びっくりしすぎてちゃんと海老名の方に向き直って大声を出してしまった。海老名は海老名で眉根を寄せながらグラスで口を隠しつつブツブツなんか言っている。
「いやでも初年度は確定で大赤字だし」
「いや数年でペイできるなら別にいいじゃん。それこそ投資なんじゃないの」
「うーん、まぁ、その通りなんだけど……」
「何が気に入らねえんだよ」
「いや七福の言うとおりになるの癪だなって」
「クソがふざけんな」
ぎゃんぎゃんと言い合っているとカラカラと入り口の引き戸が開いた。時計を見るともう午後五時半。開店の時間だった。
「あれ、大将は?」
「ああ、今呼んできますよ」
布袋が常連っぽい客にそう対応するのを見て、俺たちはいったんクールダウンして席に座った。
「……黒字化が条件だ」
「なんだって?」
「七福グループの就業条件は、数年以内の黒字化を前提として適用することを許そう」
仕方がないとばかりに腕を組んで目をつぶりながら海老名がそう言った。
「お、話はひと段落ついたみたいだな」
大将を連れてきた布袋が俺たちの間に座り、大将に唐揚げを注文していた。
「さてと、仕事の話は終わり終わり」
布袋がそう言って、改めてグラスを持ち上げた。
「話も纏まったことだし、改めて、乾杯!」
俺も海老名もコークハイを持ち上げて、打ち鳴らした後に飲み干す。コーラって学生時代の味って感じがするなと思いながら、海老名に言った。
「数年以内に黒字化するような企業を買収するのはお前の仕事だし、買収後の企業を黒字化させるのは福路の仕事なんじゃなかった? 俺は会社の運営とかわからないし責任持てないんだけど」
「クソがお前空気読めや」
ギャーギャーと騒いでいるうちに時間が過ぎ、酒を飲みまくってテンションが上がった俺は大きい声で宣言するのだった。
「ほかの客の勘定も全部俺につけろぉーい! おごりじゃおごりじゃぁ!」
他の客からの狂ったような歓声にガハハと大笑いをし、翌日に二日酔いで胃がひっくり返るほどにゲロを吐くのだった。