いきなり金持ち人生 作:草原で昼寝したいけど明るいと寝れない
だった。一年前までは。
立ち上げてから数年で、新しい人を雇うことになり、同じ大学の研究室から紹介された人物を会社に入れたのが運の尽き。それから数か月でその人物が海外へ逃亡し、新しいスタートアップを立ち上げ、それが慈嶋製のAIそっくりのAIだった。
盗まれたと察するのは容易だった。だが、もう遅い。流出してしまった技術は取り戻せない。株価は一気に下落し、銀行からの融資はすぐに打ち切り。裁判を起こそうにも時間も金もなく、人生詰んだと絶望していたところに、七福ホールディングスから買収の提案があった。
こんな落ち目のボロボロで借金まみれの企業を買う奴が居るのかと思ったら、どうにも本気らしく、一も二もなく飛びついた。
自分が破滅するのはまだいい。しかし、自分を信じてついてきてくれた仲間も同時に破滅するのは絶対に避けたいと思った。
何が何でも良条件を引き出してやるという不退転の覚悟で赴いた七福ビルは魔王城のようだと思ったが、実際は柔らかい金属スライムの巣窟みたいなもんだった。
最初から破格の条件。しかもやりたいように仕事していいという最高の環境。夢を追いかけていいみたい。
食事会で私は久しぶりに夢を語ってしまった。
「ロボットが作りたいんです……。
今のAIは電卓の延長上みたいな感じです……。
質問に対して同じ答えを返す……数字を打ち込んだら答えを返してくれる電卓と変わりはしないんです……。
いつか……人の友達として、手助けしてくれるようなロボットに搭載されるAIを作りたいんですっ……」
「最高! 最高! ロボット最高! 倫理とか知らねぇーっ! それがどうした!」
とりあえずグループのトップには気に入ってもらえたようで安心する。
その後、会社に帰ると不安そうな社員たちに囲まれて、話をせがまれる。
「……ふ、ふっふっふ……」
「ああ、社長が壊れてしまった……」
「やっぱり駄目だったか……」
「もうおしまいだ……どら焼き食べよ」
青白い顔でへたり込む社員に七福グループの就業条件をまとめたレジュメを配布する。
「しゃ、社長……これって……」
「うふふ、そうよ……」
「ジョークにしてもたちが悪いですよ……こんなのありえない……」
「夢でいいからこのまま寝かせてほしい……」
「ああおしまいさ……モグモグ」
「ええい、本当のことよ……! 買収後からはフレックス月120時間、朝9時出社して定時は16時よ……! 人員増えるし、新しいPCもグラボも設備投資としてじゃんじゃん買えるわ……! オフィスもこの陰気臭い場所から引っ越しよ……!」
社員は気が付いた。慈嶋の顔色がちょっと良くなっていることに。クマも少し薄くなっているし、パサついてちょっとハネていた髪の毛もキューティクルが回復しているっぽい!
ざわ……ざわ……と社員同士でこそこそと目配せを交わした結果、もしかしてこれ本当……? という空気感が生まれた。
「4月から、新生慈嶋AIの誕生よ……! あの盗人のクソったれや、掌返しの銀行のクソったれに目にもの見せてやるわ……! 今更投資しようとしても、もう遅いって言ってやるんだから……!」
「しゃ、社長……」
「それでこそナードの鑑……」
「くくく、こしあんよりつぶあん……」
新年早々どこかじめじめしていた慈嶋AIに新しい風が吹き込んだ。春と共にやってくるその風が、彼女たちを大きく飛翔させる……と今は信じて走り始めた。
( ・ω・)( ・ω・)( ・ω・)
「社長、どうだったんですかい? 七福の坊主んところの説明会は」
海老名ロボティクスの会議室に経営陣が集結していた。社長の寿彦がギシりとパイプ椅子を歪ませながら呵々大笑した。
「よく、育っておったわ。まだまだ、倅共々甘いところはあろうもんだが、しかと理想を胸に秘めていた」
工場長の男がパイプ椅子をバキりと歪ませながら聞く。
「しかしよう、この就業条件、っちゅうもんは本当ですかい?」
「うむ、何やら策がある様子だった。併せて、人員の増強も計画しておるようだ」
「ほう、人員増強。これほどまでの高待遇であれば、減員もありうるかと思っておりましたが」
所長の男が羽扇を口元にあてながら不思議そうに発現する。
「倅がおるからな、シビアに行くかと思ったが、七福の坊主がそこはよくやったようだ。計画していた設備投資も金に糸目をつけずにやってよいとのことだ。工場の増設計画や、近隣買収の計画も進めてゆくぞ」
「領土拡張、よい響きですな」
「親睦会の費用も会社負担ってことは、飲み放題みてえなもんだよな、七福様様だぜ」
ガハハと笑う山賊の巣窟みたいな海老名ロボティクス。彼らは少し前まで四面楚歌だった。
中小の工場というのは、非常に苦しい。大手との取引がほぼ全ての利益であり、彼らが取引先を変えるだけで立ち行かなくなる。
海老名ロボティクスは戦後まもなく稼働を開始し、従業員や経営陣のたゆまぬ努力によって高品質を維持し続けていた。大企業の担当者とも苦楽を共にした仲で、お互いの事情を知り、良き関係を築けていた。
それが変わったのは数年前。大企業の担当者が変わったのだ。若い男だった。そいつは海老名ロボティクスとの打ち合わせのたびに、コストカットを要求してくる男だった。最初は付き合いもあったので多少譲歩したが、さすがに要求が過多だろうと言うと、取引先変更を仄めかしてきた。
下請法違反じゃねえかと突っ込むと、その後音沙汰なく、取引が打ち切られた。それが去年の夏頃の話だ。
このままではすぐに操業停止になってしまう、と頭を抱えていた海老名ロボティクスを救ったのは息子の寿男だった。
昔からちょろちょろと遊びに来ていた七福の坊主が会社を立ち上げ、そこのグループ企業にならないかという話だった。
親として、社長としてのプライド、受け継いできた海老名ロボティクスをどうするのか、従業員の未来、多くを乗せた天秤は最終的には買収の合意に決着した。
海老名寿彦は胸の中で獰猛に笑う。七福グループという庇護の中で、すぐに強大になってやると。今は牙を研ぐのだと。
「まずは飛猫工業を取りに行きやすか?」
「出発技術研究所でもよろしいかと」
「ばか言え」
やがて龍となり、天高く飛翔していくであろう海老名ロボティクスに、また新しい火が灯った。オートメイション化されていくはずの工場でなぜか全員ムキムキの経営陣や従業員はギラギラと目を輝かせながら、すくすくと育っていくのだった。
「両方取りに行くに決まってんだろ!」
海老名寿彦の目がギラリと強く輝いた。
( ・ω・)( ・ω・)( ・ω・)
「うへへ、うへへへ」
喜多方朱鷺は隣でアホみたいに笑う夫を見て、ため息をついた。
しかし、それは今日までの重い、重すぎたため息とは違う、軽く息を吐いた程度のものだった。
喜多方多聞は天才だ。だが、経営者としてはカスだった。
彼は研究者としては天才で、それ以外は気にも留めない人間だった。いや、彼なりに会社のことを考えてはいたのかもしれない。それでも、彼は失敗をしたのだ。
喜多方エネルギーシステムは地方の中小企業だ。自社工場もあるが、規模は大きくなく、小型精密部品の製造を続けている。しかし、設備の老朽化や独自性の喪失、価格転嫁不足などが相まっていた。
喜多方多聞という天才にはここは狭すぎたのだ。
彼は自身の能力により、喜多方エネルギーシステムでしか作れないような特許技術を開発しようとしていたが、資金が先に尽きそうだった。
「うへへ、何買おうかな~、研究室増築しちゃおうかな~」
「はぁ、社長。先に、従業員への説明を忘れないでくださいね」
「え~? 朱鷺ちゃんがやってよ~。僕よりよっぽど上手でしょ?」
「こういうのは社長がやるものなんです! ちゃんとやってくださいね!」
「うへ~。なぜ~? 非効率的~」
喜多方朱鷺は秀才だ。彼女は、天才の喜多方多聞が新しく生み出すものが大好きだった。彼は世界を変えると信じていた。研究所ではなく、彼の実家の喜多方エネルギーシステムに行くと聞いたときは、押しかけ女房のように一緒について行って、そのまま流れで結婚してしまうくらいだった。
そして、彼の研究があともうちょっとで実を結ぶという手前で詰むことが分かってしまい、それでも何とかしようと東奔西走していたが、やはりどうにもならなそうという頃に、多聞が大学の後輩から買収の話があると切り出したのだった。
大学の後輩ということは、多聞の天才性を知っている人間であるということ。つまりはこの人類のタカラが失われることの重大性を分かっているということ。
朱鷺は、くたびれた体に鞭を打ち、バキバキの目で海老名寿男との打ち合わせに臨み、買収条件などを鬼のように詰め、緊張しながら七福社長との顔合わせに出席し、見事良条件を勝ち取ったのだ。
「それにしても……七福君はすごかったね~」
「そう? 普通の男の子に見えたけど……」
あの若さで信じられないほどの資金を稼いでいる以上、普通とは言えないだろうが、ああいう若手にありがちな貪欲な雰囲気もなければ、カリスマ性みたいなものも感じられ感じなかった。普通のどこにでもいるサラリーマンと言われても納得できそうな雰囲気だった。
「まあねえ、なんにせよ、気前よくポンと研究費くれるんだから、僕も気合入れて頑張んなきゃね」
そう言って、天パの髪をかき上げた旦那のキリっとした顔にキュンとした朱鷺はドキドキしながら会社に戻り、やっぱりうまく説明できなかった夫を献身的に支えるのだった。