いきなり金持ち人生 作:草原で昼寝したいけど明るいと寝れない
あのヴァイキングの大合唱みたいななのがバズり、間を置かずに投稿したアニメMVも無事好評となったことで布袋の知名度が跳ね上がった。
気を見るに敏、ということで、布袋は七福エンターテイメントの公式チャンネルで音楽ライブ配信を始めたみたいだった。
正直、ここまで布袋が知れ渡った後に俺ができることはあんまりない。今までも特に何かしたかって言うと何にもしてなかった気がするけど、これまで以上に何もない。
よく考えたら普通こういうのって、マネージャーとかプロデューサーとかいるもんなんじゃないの? 雇った方がいいのかな。
悩んでいてもしょうがないので、布袋を含めて会議で相談した。
「まあ、まだ所属一人だし別にいいんじゃね?」
「一応、私の方から業界にそれとなくリサーチしておきます」
福路がそう言うので任せることにした、海老名と福路が優秀過ぎない? ちゃんと休んでんのかこいつら。
「俺たちは休日は海老名ロボティクスでトレーニングやってるんだ。興味あるならいっしょに行くか?」
海老名が世迷言を言っているが俺は聞こえなかったので、布袋と会話することにした。
「布袋は今、配信やってるけど手ごたえどんな感じ?」
「バズった時の初動はすさまじかったが、今は落ち着いて固定客が残ったって感じだ。週一か二くらいで、路上ライブ感覚でやっているが、このままずっと続けても曲のレパートリー的に人は離れていく一方だと思う」
なるほど、今は一発屋芸人みたいな感じになりつつあるって感じなのかな。
「コンスタントにMVを出し続けたい。メインの軸を配信から、MV、ひいてはライブに移行していきたい」
一度大勢にちやほやされた経験からか、布袋にはミュージシャン路線を突き進もうというやる気が満ち溢れていた。いいぜ、そのままお前は突っ走っていけ。
「となると、先ほど言っていたマネージャーは今後必要になってきますね」
「布袋はだれか当て無いの?」
「うーん、これと言ってなあ。路上ライブ聴きに来てくれてた人とかいるけど、資質とかわからんし……」
履歴書持って路上ライブに来る人間はいないだろうな。
「実際に移行するにはまだ時間がかかるでしょうから、来年度以降に採用ができるように調整していきましょうか」
「じゃあ次段階の話も進めておきたいな。MV作るにしても毎回依頼するんじゃなくて、アニメ作るところ買収しちゃわない? そしたらいい感じにMV出していけるようになると思うんだけど」
俺の提案に海老名は少し考えこむと、いいねと頷き、この間発注したところに買収を持ち掛けるということになった。
( ・ω・)( ・ω・)( ・ω・)
「買収、ですか……」
「はい、弊社としましては、先日依頼させていただいたようなMVを今後も継続的に発注させていただきたく、スケジュール確保等のためにも是非共と」
北上達の技術力もあって、じわじわと売り上げも伸びてきていたものの、アニメーターという職業はそもそも薄給。社長という響きは偉いものの、桐生も負けず劣らず同じくらいの給料で生活している。
そんな会社を買収。それもつい最近、超大型案件を持ってきた企業が。
(なるほど、買収するためにあの大型案件を持ってきたってことだったのか……!)
桐生は深読み、相手の狙いを看破した。が、一方でわからないことだらけだ。四風動画を買収してなんかメリットあんのか?
もちろん北上達の技術はすごい、しかし、業界ではもっと特異ですごい技術力がある会社もあるし、四風はわかりやすいすごさというよりは、ちゃんとしたクオリティのものがキッチリと期限を厳守して出せるというものなので、動画作成事業に門外漢であろうこの目の前の人間が正確にすごさを分かっているのかは疑問だった。
この間納品したMVが良い評価をもらっているというのは知っている。同じものを安い金額で作らせるために買収する? 買収資金がペイできるまで何本MV作らなきゃいけないと思ってる。しかも継続的に出したいって、デスマーチ確定なんじゃないのかこれ。
頭の中でぐるぐるとそろばんを弾く桐生に、目の前の男はにこやかに笑って複数のレジュメを取り出した。
「こちら、弊社のグループ企業になった場合の就業条件です。グループ全社共通のルールとなっており、御社も買収後には順守いただきます」
白い紙に黒いインクが垂らされただけのA4用紙だった。
しかし、それがスッと懐から出されるに従い、キラキラとした黄金の輝きを光放っているように幻視した。
(ま、眩しィーい! なんだこの白い光の波動は!?)
桐生中央。転職前からブラック企業に従事し、社長になってからも裁量労働制という名のサビ残を続けてきた人間からすれば、そこに記載されている内容は何を書いているのか理解不能だった。英語で書いてくれていた方がまだ理解できる日本語がそこには書かれていたのだった!
「な、なんですかこれは……?」
「? 弊社の就業条件になります」
「シュウギョウジョウケン、というのはいったい……?」
「はい? 労働時間や給与の取り決めになりますが……何か変なこと言ってますか?」
さも当然のようにいう相手に、桐生は心の底から怯えた。だって、これが、この書いてあることが本当だとすると、それはもう恐ろしいことだ。
「え、じゃ、じゃあ、買収後は最低年収が700万円なんですか!?」
「実際には残業代や決算月のボーナスが入るのでそれ以上になりますが、その通りです」
グエェェェー!
「じゃ、じゃあ、このフレックス制月120時間労働というのは……!?」
「弊社は土日祝日休みの年間休日130日で、それ以外の労働時間は一日六時間です。月の平日数が20日ほどなのでそう記載していますが、平日数×六時間となります。基本的には朝九時出社の昼休憩一時間で十六時退社となります」
「ざ、残業は……?」
「してもかまいませんが、基本は定時退社を推奨しています。六時間以上残業がある場合は、残業時間を消化して休日としても問題ありません」
ヒギィィィ!
「で、でもこれじゃあ現場は回らないし、人件費だけで大赤字になるんじゃないですか!?」
「人手が足らない分は採用計画を立ててください。全員、同じ就業条件での雇い入れとなります。
赤字分は弊社投資部からの補填で賄う予定ですが、営業計画により数年での黒字化が可能との試算が出ております」
ヌオォォォン!
実績や、予測データなどを次々に提示した、目の前にいる海老名という男が怪物に見えた。
この男は今何をしたんだ? 恐ろしい。
桐生の心は屈服してしまっていた。あまりに魅力的な条件過ぎた。しかももういくつかの買収された企業がこの就業条件で実際にやっているという話だった。
「……少々お待ちください」
「え、はぁ、分かりました」
四風動画の応接室からそっと外に出ると、扉の前は死屍累々だった。途中途中叫び声が聞こえていたが、やはりこっそり聞き耳を立てていたのだ。
ぴくぴくと死にかけの虫みたいにひっくり返ってうごめいている北上に合掌し、かろうじて虫の息を保っていた南川に意思確認をする。
「買収、いいよね?」
体全体を使って大きな丸を作った南川はその行動に最後の体力を使ったのか、息絶えたように真っ白に燃え尽きた。
大急ぎで応接室に戻り、靴でも何でも舐める勢いでぺこぺこと頭を下げた桐生は、七福グループの買収を快諾したのだった。
そんな四風動画が、人員募集の求人を七福グループの就業条件そのままで出した結果、大量の人が押し寄せ、中には業界大手を辞めてまで来る人が多発してしまい、アニメ業界に大きな波紋を作り出してしまうのだった。
「え、海老名はん、あんた、とんでもないことをやりよったで……」
後年、このことについてインタビューを受けた海老名は、まるで最強系主人公みたいなことを言ったという……。