いきなり金持ち人生 作:草原で昼寝したいけど明るいと寝れない
永石命は余生をのんびりと過ごす予定だった。
しかし、旧友の大黒から連絡が来て、あれよあれよという間に七福ホールディングスという会社の法務部に所属することになってしまったのだ。
まあ財務の状況とか見る限り、早々に潰れるだろうとたかをくくっていたのだが、のんびりと過ごしている間にもどんどん会社は膨れ上がっていた。
そうなると、まあ各所からいろいろな連絡が来るようになり、その対応がやや面倒になりつつあった。
「永石君、君と私との過去のことは水に流して、未来志向で行こうじゃないか」
今電話口で話している相手が特に面倒な相手の一人だ。
「だから、何度も言っているじゃないですか。私はただの一般職員で、経営陣に話を通せるような立場じゃないんですよ」
「そんなこと言わずに、食事の場をセッティングしてくれるだけでいいから」
もう本当にさっさと電話を切りたい。
そう思っていた永石の私用携帯が鳴る。
「あ、申し訳ありません。別件で電話対応が必要になったので、失礼します」
「あ、ちょ、おい!」
会社電話を切り、ため息をついてから扉に向かってお礼を言う。
「助かったよ。あのままだと残業確定だったかもしれん」
「いやいや、これくらいどうってことないさ」
入ってきたのは大黒だった。携帯電話を片手にニヤリと笑っている。
「あと五分で定時だ。今日は、飲みに行かないかい?」
お猪口を傾けるようなしぐさで誘ってくる大黒を見て、少し懐かしい気持ちになった。
二人で連れ歩き、馴染みの居酒屋に入って唇を湿らせると、大黒が口を開いた。
「さっきの電話、誰だったんだい?」
「ああ、ほら、
おしぼりで顔を拭くとサッパリとした気分になった。
そのままチビチビと酒を飲み、つまみを食べているうちに大黒から相談事があるみたいで、ゆっくりと話し始めた。
「息子がね、調子が良くなってきたみたいなんだ」
「……そうか」
「それで、七福グループの総務部にどうかって話を七福君にしたんだけど、二つ返事でオッケーだった」
「まあ、彼ならそう言うだろうな」
七福仁は不思議な男だった。信じられないほどの大金持ちながら、庶民的な行動と感性から逸脱しない。そんなことがあり得るのかと驚愕したくらいだ。
金には魔力がある。それを持つことで、何をしても許されるのだと感じてしまう。お客様は神様だ、なんて、特にそれが表された言葉だろう。大金を持つと、許される範囲が拡大し、それゆえに人は変わってしまうのだ。金という権力に毒されて堕落した人間を、永石はたくさん知っていた。
「親はそれでも心配だったんだよ。今日、働き始めて、随分調子良さそうに働いていて、その姿が見れただけでもだいぶうれしかった」
あの大黒が変わったもんだと思った。
大黒天と言えば、永田町で知らないものが居ない、神のような人物だった。税のスペシャリスト、彼の手にかかれば黒も白になる、あるいは、白に見えるものも黒く暴かれる。
永石を含めた全員の政治家が、大黒という人物恐れつつも頼りにしていた。
しかし唐突に大黒はその身を引いたのだ。
その頃は自分もトラブルに巻き込まれ、大忙しだったのであまり詳しくは知らなかったが、息子が心を病んだらしいと聞いたのはその少し後。
その息子が、今快調に向かっているらしい。
「よかったじゃないか。確か、黒井商事に勤めていたんだろう? 俺も、あれの騒動に巻き込まれて議員辞職したようなもんだし、お互いに大変だったな」
「ああ、黒井を潰したのは俺なんだよ」
大黒の発言を聞いて、脳が理解を一瞬止めた。
黒井商事はとある大企業のグループ会社で、十数年前までは国内でもトップの業績の会社だった。しかし、社員への過剰なブラック労働や、粉飾決算、違法献金など様々な要素が重なり、廃業になった。
永石は議員として活動していた時に、身に覚えのない献金履歴が出てきて、それが原因で連座式に議員を辞めることになったのだ。それ以来、弁護士として細々と生活を続けていたが、その大本がまさかこの目の前の男だとは思わなかった。
「お、お前、……本当なのか?」
「ああ、当時のツテや、息子の状況とか、いろいろ駆使したらそうなった。惜しむらくは、黒井の大元を取り逃がしたことだけだ」
「大元って、あそこの社長とかも全員刑事告訴されたろ」
大黒はカウンターの上にある小さなお猪口を座った目で見つめながら、ぼそりとつぶやいた。
「倉井グループだよ」
「……そりゃ、無理だろ。あそこは財界のドンだぞ」
「そう無理だ。無理だった」
フッと口元を緩めて大黒は永石に向き直った。その目はギラリと輝いていて、かつての大黒を見ているようだった。
「だが、七福グループがこのまま拡大を続けていけば、あいつらを引き釣り下せる。このまま、続けば、だが」
「確かに、信じられない勢いで急拡大を続けている。日本でもトップクラスに入ろうとしているのはわかるが、今のトップが悠々と待つわけもないだろう」
「だから、今、話している」
大黒の視線はずっと永石を見ていた。
「希望ある社会を実現する、と言って当選したのはもう何十年か前だが、今でもその信念は変わっていないんじゃないのか?」
「古臭い、カビの生えた言葉だ。俺はもう老後生活を見据えているんだよ」
七十歳とか八十歳になってまで政治家なんてやりたくもない。ああいうのにしがみつく化け物を醜く見ている連中もいるだろうが、そこまでのバイタリティがあるだけですごいんだ。自分にはそんな熱量はもはやない。
「燻ぶっているだけだ。お前の熱意は、当時も、今でも、日本で一番だった」
「まさか。昔はどうだったかわからんが、今はもうそんな志もない」
永石のその言葉を聞き、フイと目線を外した大黒は不敵に笑ってつぶやいた。
「自分じゃわからんだけさ……」
永石の政界復帰は数年後のことだった……。
( ・ω・)( ・ω・)( ・ω・)
「え? 何? ロボットアームそんなに売れんの?」
「ああ、売るための法令系が間に合ってないのに注文が舞い込み過ぎてやばいんだ」
ハハハと乾いた笑い声をあげる海老名に何笑ってんのと突っ込みを入れた。
「完全に計算外でした。まさかあのコンペに海外の大物が複数人来ているだなんて」
福路も頭から煙を上げながら必死にPCに向かってカタカタとなんかやっていた。
「それ俺に相談されてもどうしようもないんだけど」
「分かってるけど愚痴らせろ」
「ええ、じゃあ営業部の社員増やせばいいじゃん」
「増やしたいけど変なのばっかり来るんだよ。人事部設立しろ」
海老名が栄養ドリンクを飲みながらそんなことを言うので、それもそうだと頭を悩ます。
「あ」
「なんだ?」
「そういえば最近、大黒さんの息子さんが総務部入ったんだけど、前職が人事もやってたって言ってた気がする」
「そうなのか? 最適じゃないか」
ということで、大黒さんの息子さんが人事部長に緊急抜擢され、人事部が設立された。この規模でなかったんですか!? と言われたが、七福ホールディングスの社員数なんて大したことないし……と言ったら、その姿勢がブラック企業を生むんだ! と怒られてしまった。
全くその通りなので今後は人事部として頑張ってくださいと言ったら、何とも言えない表情をした大黒さんに居酒屋に連れて行ってもらった。