いきなり金持ち人生 作:草原で昼寝したいけど明るいと寝れない
正月に海老名ロボティクスで餅つき大会をし、お雑煮を食べていると、喜多方多聞さんがススっと横に寄ってきた。
「七福君七福君」
「あ、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「ハイ、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
喜多方さんは周囲を伺い、誰にも聞かれていないことを確認してからこっそりと耳打ちしてきた。
「七福君、実はね……」
「うーっす、あっちに黄粉餅あったぞ!」
布袋がヌッと出てきたので喜多方さんの話が中断されてしまった。
「ああ、後で食べに行くよ。ええっと、喜多方さん、それで何のお話……」
「また後で」
ヒュっと喜多方さんは奥さんの朱鷺さんの元に戻ってしまい、何だったんだと疑問に思いながらも餅をしこたま食べた。
その後、海老名ロボティクス主催の大相撲大会の途中でも喜多方さんが何か話そうとするたびに他の人が近くに来てしまい、話が中断され、その後の飲み会でも中断され続けてしまった。
「あのぉ、結局、喜多方さんは何の話を……?」
飲み会でだいぶぐでんぐでんになった喜多方さんは胡乱な目でこちらを見て、その後周囲を見渡す。まだここにいるのは、海老名と布袋と福路だ。いつものメンバーとプラスで喜多方さんがいるという形になっている。
「まあ、いいか」
一言つぶやき、車座になって話していた俺たちのど真ん中にジョッキを置いた。
何事かと注目する全員を前に、大きくない声で宣言した。
「君たち、僕は、地上に太陽を生み出した」
うん? 何の話?
俺と布袋は首をひねったが、海老名と福路は酔いが覚めたような表情で大きく口を開いていた。
「なんかの映画でそんなセリフ聞いた気がする」
「……クモ男の映画じゃない?」
布袋の言葉に海老名が回答して、俺も何となく思い出してきた。タコ焼き博士がクモ男と対峙して、手に機械式タコ焼きを手にしながらそんな言葉を言っていた。そう、最後に持っていた機械式タコ焼きは確か……。
「……まさか、実現させたのですか?」
「ああ、核融合炉の実証機が完成した」
地上の太陽が、居酒屋で降臨宣言がなされたのだった。
次の日。俺たちは痛む頭で呻きながら、まだ三が日だというのにちゃんとした服装で喜多方エネルギーシステムに向かっていた。
核融合炉、できたのか。
俺と布袋はすごそうだという感想しかなかったが、海老名と福路はガチガチに信用していないみたいだった。
「できたって言ってんだからできたんじゃないの?」
「いやお前、核融合炉だぞ。世界中で何人もの天才が日々研究開発を続けていると思っている? それを、いくら喜多方先輩とはいえ、一個人が研究して簡単に生み出せるようなもんじゃないんだぞ」
「そうですよ。それに、実証機ができたって昨日言ってましたよね? ということは、機械ができただけで実際には完成してないってことも考えれらます」
海老名と福路は人を信用するという人の善性を信じる純粋な心の無い悪鬼羅刹なので、俺の言葉にそんな心無いことを返す。
「できた方が夢あると思うんだけどな~」
布袋は布袋で頭がお花畑なので役に立たない。やはり社長たるこの俺が、こいつらを正しく引っ張っていかなきゃいけないなと新年の抱負を胸に秘めているうちに到着した。
いつものぼさぼさの頭ではなく、きっちりと身代を整えている喜多方さんと、その横でビデオカメラを回している朱鷺さん夫婦が俺たちを出迎えたのだった。
「ようこそ、本日はご足労頂きありがとうございます。私がこの喜多方エネルギーシステム研究開発室室長兼社長の喜多方多聞です」
「はい、ありがとうございます? なんで急に自己紹介を……?」
「七福様、今日は世紀の大発明が皆様の目に焼き付く日ですので、こちらで映像を記録させていただいております。そのため、少々夫が不自然な言動をとりますが、ご承知のほどよろしくお願いいたします」
朱鷺さんが鼻息荒く、超高画質カメラを構えてそう言った。
家庭用のハンディカムとかじゃなくてテレビの人が持ってるみたいなドデカいカメラまで用意する必要はあったのか?
とりあえず、俺たちも自己紹介を求められたので次々とあいさつし、そのままノーカットで実証機の置いてある場所まで歩いていくことになった。
「今回は、核融合炉の実証機の開発に成功したとのことですが」
「ええ、お正月の朝に、完成していた実証機を掃除がてら試運転してみたら成功してしまい、私もワイフも驚きすぎて腰を抜かしてしまいましたよ」
「その時の映像を収めていなかったのが非常に悔やまれます」
なんか夫婦で和気あいあいと会話しているので俺たちは無言でついて行ってるのだが、マジで何を見させられているんだろう。
そんな夫婦のいちゃつきは実証機の前に到着したことでようやく終わった。防護室の中に、防護服を着て一人で入っていった喜多方さんは俺たちにアピールするように体を大きく広げた。
試験室の中の赤い布で隠してあるなんかの機械の前で一つ咳払いをした喜多方さんが装置を傷つけないようにソロソロと除幕し、説明を始める。
「3Dプリンターで製造した、核融合炉実証機です。燃料はこれから投入します。発電量データは各計測機器の数値を見てください」
俺たちの前にあるモニターになんかのデータがリアルタイムで表示されている。何のデータなんだかよくわからないけど、喜多方さんが核融合炉を稼働させた瞬間からなんかのグラフが大きく動き始めた。
相変わらず、よくわからないことをやってるな。
「う、嘘だろ……! フェイクじゃないのか!?」
「ば、バカな……、こんなの僕のデータにないぞ!」
珍しく声を荒げる福路と、いつも通りに発狂している海老名を尻目に俺と布袋は顔を見合わせた。
「これは多分、成功してるっぽい感じなんだよな?」
「ああ、間違いなく多分成功している」
そんな俺たちの横で、朱鷺さんが滂沱の涙を流しながら世紀の大発明の瞬間だと実況開設を続けている。
そんな感じで正月は過ぎていった……。
Fin
「と、いうわけで、喜多方多聞さんによる核融合炉実証機開発成功のVTRでした。拍手!」
2月の七福ホールディングス経営会議で、それぞれの部署の報告が完了した後、朱鷺さんが編集したVTRを唐突に流し終わった。
「現在、喜多方さんに依頼を出していた国の研究機関に追試を依頼しています。また、先行して永石さんに特許の出願をしていただき、手続きが完了しているとのことです」
「いや本当に、大変だった。今も私の元に信じられない量の問い合わせが止まらないよ」
永石さんは会社用携帯を取り出すと、ずっと電話がかかり続けているみたいで、業務にならんと電源を落とした。
「総務の方にも取材の問い合わせとかすごいわよ。定時になったら強制的に切っちゃうけど、日中はもうずっと止まらないって感じ」
母親が困った風に言うが、定時で切ってるあたり余裕はありそうだ。
「まだ公表してないのに、なんでそんなことになってるの?」
俺は不思議に思ったのでそう聞くと、永石さんが苦々しい顔で言った。
「多分、私の出した特許申請に目を通している連中が騒ぎ立てているのだと思います」
「そうなんですか? 宣伝になってるから特だなって感じですけど、誰がどうしてそんなことを?」
何かに悩んでいる様子の永石さんを飛び越えて、大黒さんが発言する。
「おそらく、国民の期待を煽ろうとしているのだろう」
なんで? と疑問は解決しない。続けるように永石さんが言う。
「推測を多分に含みますが、期待をたくさんさせた上で、実証機の失敗報道で会社イメージにダメージを与える腹積もりかと」
「実証機は成功してるんだから無意味なんじゃないの?」
「まあ、世の中にはそういうことを理解できない人間が大量にいますので……一応、対策として国外の機関にも追試依頼を出しておりますので、この件は特に問題は無いかと。
それより、核融合炉が実現したと知れ渡ってからが大変だと思います」
「今以上の問い合わせが来るようだと仕事してる暇がないと思うわ」
それも困るな。って言っても対策なんてすぐに思いつくわけでもない。
「人増やす?」
「……うーん、まあ、追試結果が大々的に出るのも時間かかるだろうし、それまでに七福ホールディングス拡大計画を発動しよう」
去年の10月から人事部作っておいてよかった。
「じゃあ、人事部の大黒さん、よろしくお願いします!」
「はい、承りました……」
くたびれた雰囲気だが、働き始めると止まらない暴走特急みたいな大黒さんががっくりと肩を落とすのを見て、今日の会議は終了した。
( ・ω・)( ・ω・)( ・ω・)
「あん? なんだって? 核融合炉? ああ、何年か前にね……実証機? 何の? 核融合炉? 追試してほしい? どういうこと……?」
研究員の
喜多方多聞はかつての同級生で、自他ともに認める天才だった。その天才に核融合炉の研究開発依頼を出していたのは数年前。定期的な研究成果の報告はあれど、先ほどの電話のように実証機の開発に成功したなどという報告はみじんも無かったはずだ。
「なんかあった?」
「主任。なんか、喜多方多聞が核融合炉の実証機開発に成功したんで追試してほしいって言ってきたんですけど」
「あー、あの天才君ね……。マジ?」
「いやさすがにそんなことないと思うんですけど、実機送るって言ってます」
「まあそりゃそうだよな。とはいえ、依頼先だし、無碍にも扱えないな。追試くらいだったらやってみようか」
そんな話があってから一週間後、鵜飼の前に安っぽい機器がある。なんでも3Dプリンターで作ったらしい。そんなもんで作れるなら人類は核融合炉にこんなに苦労してない。
「望み薄だけど、やるだけやるか」
主任も、届いた実証機を確認に来た後はどこかに行ってしまった。添付されているデータや、その計測方法を見るにおかしなところは無いが、実際に計測してみないことには真偽も付かない。
そんなわけで様子を見ながら一週間ほど連続稼働させて、データをとった。
一日目のデータを見て、計測機器の校正を確認し、二日目には主任を呼んで計測方法から何から全て確認してもらい、三日目以降は全研究員を総動員して実測データが間違っていないことを確認し、一週間が経過したときには目の前にあるデータが本物だと認めざるを得ない状態だった。
「えー、核融合炉実証機の追試が完了しました。結果は、成功です」
鵜飼は疲れ果てた声でそう宣言し、直後に椅子に座りこんだ。
天才の行動一つで世界が変わってしまう瞬間を目の当たりにした。
鵜飼は自分が優れた人間だと信じていた。
しかし、本当の天才の前には自分も、誰も彼も大した違いは無いのかもしれないと感じた。
だが、鵜飼は優秀な人間だった。そこで無力感に自分を折る人間ではなかった。
喜多方は確かに発明の天才で自分では及ばないが、自分には自分のできることがある。核融合炉は一企業が生み出して終わりじゃない。この後、プラント製造や安全審査や、ほかにもたくさんの国の手続きが必要だ。
そういうのを喜多方はできないだろう。
自分の武器で、戦えるフィールドで戦うことが大事だ。
そう言い聞かせて、鵜飼は椅子から立ち上がった。