いきなり金持ち人生 作:草原で昼寝したいけど明るいと寝れない
なんかパブリックエネミーみたいな感じになってるっぽい。
「デモ隊とかいう奴ら初めてこんな近距離で見た」
今も本社の前でなんかのプラカードを持った連中がギャーギャー騒いでいた。
今年のゴールデンウィーク明けから、七福グループではない企業各社がいたずらに人件費を上げることの批判キャンペーンを始めた。で、それがいろいろなメディアで取り上げられ、人件費の競争について行けずに倒産間近だった企業を買収して回っている様子を悪いことであるかのように報道されてしまったのだった。
しかも、6月には規制当局が健全な市場競争を阻害していないかの調査とか言う意味の分からないことを言い出し、結果としては問題は無かったのだが、調査されたことそのものが悪であるかのように報道され、七福グループが悪の帝国であるかのように扱われてしまったのだった。
「デモ隊はデモ隊で要求は何なんだ? デモってなんかの要求事項があるもんだよね?」
「いや、これはデモとかじゃなくてなんか文句ある人たちが集まってるだけっぽいぞ」
海老名の言葉に福路が続ける。
「普通に威力業務妨害なんで警察に通報してきてもらっていますが、解散命令だけ出してちゃんとした行動はしてくれないみたいですね」
なんでだよ。税金払ってるんだぞ。
俺は警察にそう文句を言いたくなったが、俺が払った税金が丸々この人たちにわたってるわけでもないし、公務員という責任が大きいのに文句ばかり言われる職業で頑張っている人たちのことを思って口に出すことは無かった。思うくらいは許してくれよ。
「とはいえ、普通になんか怖いし危ないよな。どうにかできないもんか」
俺たちはWebミーティングで相談しあった。
そう、誰も本社に出社していないのである。みんな普通に在宅勤務だ。本社前に危なそうな人たちがたむろしているのに行くはずがない。そんな生活がもう一週間ほど続いていた。
社員の中には備え付けの冷蔵庫の中に食べ物を放置してしまった人などがいたかもしれないが、あきらめてほしい。俺もおやつのシュークリームが賞味期限切れになっていることに今から憂鬱だ。
「とりあえず、整理してみようぜ。今世間が文句言ってるのはなんだったっけ?」
布袋がそういうので、良く思い返してみる。
「最初はなんか人件費高いみたいな文句だったよな」
「まあ実際、大企業はわからんが、中小企業ではウチの水準の就業条件では人件費のみで大赤字だろう。それを維持しないと勝負にもならないんじゃ、文句も言いたくなるはずだ」
最初はそうだよな。
七福グループは投資で運よく大金が手に入って、それを食いつぶしている内に人件費をペイするくらい黒字になっていったけど、普通の会社じゃ黒字化するまでに赤字が深刻な問題として改善しなきゃならなくなっていくはずだ。そうなったら、人件費を削るような発想になり、結局は七福の就業条件に勝てなくなる。
「次は買収についてか?」
「そうですね。ここ数年で人手不足で倒産した会社の社長とか言う人と、七福ホールディングスにより買収された企業の経営陣という人がメインスピーカーとなって問題提起していたようです」
興廃は世の常だけど、七福グループがそれを加速させてしまったのは間違いないだろう。
「あれ? うちって買収した企業の経営陣を放逐してるの?」
「いや、今買収完了しているところはどの会社も円満にグループ傘下に入り、離脱者はこの間の転職者を除けばいないはずだ」
「じゃあこの買収先の経営陣って奴はだれなんだ?」
疑問は残るが、一旦放置。
「それと、ダメ押しに規制局の調査ね」
「ああ、大黒さんと永石さんがニコニコしながら対応して半日くらいで終わったやつね。何のための時間だったんだろうなあれ」
「早く終わりすぎて、国と癒着してるとか言う陰謀論もあるくらいだぞ」
やはり公務員は正しい判断をしても間違っていると批判される悲しい職業だ。
「ってことは、他企業からの批判と、買収によるネガティブイメージと陰謀論で七福グループは叩かれてんだよな」
布袋がまとめると、まあ分かりやすくなった。
「じゃあ他企業の批判に対するアンサー出して、ネガティブイメージを払拭するような感じにして、民衆を味方につけたらいいのか?」
「できるならそう」
そうなんだよね。イメージの払拭って言ったって、何したらいいの。募金とか?
「……この陰謀論を展開している人たちは、もしかすると嫉妬で動いているのかもしれません」
「嫉妬って何の」
福路がパソコンから、何らかの分析結果みたいなのを表示しているが相変わらずよくわからない。海老名は理解したようで、何か納得した様子で話し始めた。
「七福グループに就業していない人たちか……。できなかった人はどうにもできないかもしれないが、していない人たちは味方にできるかもな……」
「はい。併せて、買収先をどんどん増やしていけばイメージの工場は容易かと」
「そうか、あとは七福次第かもな……」
何の話をしているんだずっと。
「なあ、七福」
「なんだよ海老名」
ギラっと目が輝いた海老名は、クソふざけたことを言ってきた。
「お前、生配信しろ」
「なんで?」
( ・ω・)( ・ω・)( ・ω・)
7月29日。今日は俺の誕生日。ハッピーバースデー俺。三十路になってしまった。
「おい、三十路、あと十分だぞ」
「ガキが、黙ってねえと大人パンチをお見舞いするぞ」
布袋が横で煽ってきたので文句を言うと、三十路音頭とか言うクソ曲をノリノリで歌い始めたので追いかけようとするが、素マネージャーの氷室さんが代わりにぶん殴ってくれたので一先ず留飲を下げた。後でぶん殴る。
「社長、ほんとに出るんですか?」
「ああ、ここまで大々的に宣伝しちゃったし、今更逃げる方が大問題になりそう」
氷室さんが心配そうに言ってくるが、もう覚悟は決まった。
社長っぽいことをようやくできるんだぜと調子こいた発言もすると、ちょっと安心したようにヘッと笑った氷室さんは応援してから去っていった。いいやつだ。
スマホを見ると、
慈嶋姫子:応援してます! 頑張ってください!
【ロボットのスタンプ】
俺にも仲間がいると感じられてとても心が温まった。
お礼の返信をすると、他にもチャットが来ている。水歩銀行の灰村さんだ。
毎年お歳暮とかお中元とかの時期にわざわざあいさつに来てくれるし、今回もマメだなあと感心し、さすが企業戦士だとこちらにもお礼を返した。
そんな風に対応していると、いよいよ配信開始一分前だ。緊張してきた。
「3、2、1……」
始まった!
「こ、こんにちわ~。七福グループ社長の七福仁で~す」
できるだけにこやかに、愛想がいい感じで挨拶をしたがどうだ?
ちらっと布袋を見ると、グッと親指を立てた。いい感じっぽい!
「本日はお集まりいただきありがとうございま~す。今日はですね~七福グループをもっと皆さんに知ってもらいたくて、このような場を設けさせてもらいました~」
気分は幼児向けテレビの歌を歌うお兄さんだ。ちらっと布袋を見ると、親指がグッと下に向けられていた。ダメっぽい!
「え、えぇっと、まずは弊社の就業条件からお話ししますね~」
その後、会社の沿革やらなにやらと話、いつの間にか三十分くらい経過して、俺も最初の緊張はほぐれて口も滑らかになっていた。
「社長、コメントです。『草』」
「お前読み上げ辞めろ」
布袋も視聴者のコメントを読み上げてくれてサポートに回り、いい感じに場が温まってきたんじゃないかと思う。
「『最低年収700万円は高すぎませんか? 人件費削ったらそれだけ会社は儲かるのでは?』とのことですが、どうなんですか社長」
まともな問いが来たので、ちょっと考えてから答える。
「例えばアメリカの平均年収は1000万円ほどになります。もちろん税金で手取りは減るでしょうが、年収1000万円です。物価の違いもあるので日本にそのまま当てはめて考えることはできませんが、それでも考えてみてください。
アメリカ人の平均的な労働者は年収1000万円です。日本人の平均的な労働者は年収470万円です。倍、違います。
日本人はアメリカ人の半分しか稼げていない? 労働力が半分しかない? アメリカ人は日本人の二倍働いている? 私はそうは思いませんが、金額はそう言っているのです」
そうなんだよな。給料決めるときに、世界の給料事情とか調べて愕然としたんだよね。まあ、アメリカはその分物価も高いから単純に比較できるものでもないんだけどさ。
「私はそう思わないので、給料はふさわしく支給したいです。
七福グループの平均年収は前年度ですと1200万円です。
最低年収でも700万円です。これは今年入った新入社員の給料です。
人件費で会社が傾くと言われたこともありましたが、前年度は黒字でした。何の問題もありません。
会社経営において、経費削減とよく叫ばれます。利益を上げるために無駄を省こうという試みです。大変結構だと思います。私の会社も実施しています。設備に投資することで、作業の無駄を省いています。それが私の会社の経費削減です。
人件費は無駄じゃないんです。休暇は無駄じゃないんです。
私はただ、従業員にふさわしい労働条件を提示しているだけなのだと、それを業績で証明していきます」
俺は思っていたことを話した。人生の一部に、仕事はどうしても入り込んでしまう。人間は自分の時間を換金して生きている。
ならその換金効率を、できるだけ上げられるならそうしたい。せめて自分の会社くらいはそうしたい。
「今後も、七福グループは拡大していく予定です。社員はいつでも募集しています。先ほどの就業条件は、買収先企業様も一律同じ条件です」
海老名からこれだけ入っておけと言われていたワードも最後にねじ込んで、俺の生配信は終了した。