いきなり金持ち人生 作:草原で昼寝したいけど明るいと寝れない
いよいよ無職ではなく社長となった。七福ホールディングスの社長だ。資本金1000万円で、80億円貸付てある。
「七福様、こちらの資料をご覧ください」
灰村さんが紙の資料を渡してそう言う。
部屋には赤井さん、青山さん、大黒さんのいつものメンバーが勢ぞろいだった。
「七福ホールディングスの投資先についてのご提案です」
灰村さんの説明はわかりやすかった。分散投資をしろという話だ。そして、投資の大部分は安定資産にしたほうがいいということだ。
「今回特におすすめなのが、こちらの投資信託でございます。当行が主導で運用しているもので、特別なお客様限定でご案内させていただいているプランです」
そりゃ最低必要金額が10億円だったら利用可能な人間も限られるだろう。
内心でそう思ったが特に口には出さなかった。正直もうでかい金額すぎて自分のこととは思えないくらいだ。俺このままの流れで行くと10億円の投資信託するの? 10億円ってそんなポンとだせるもんじゃなくないか?
とはいえ、ここでゴネてなんかメリットがあるのかという思いもある。
銀行側の言うとおりにすることに対するルサンチマン的感情が無いわけじゃないが、結局はどっかに金を出すことになるのだ。どこにも何もしないならそもそも会社作った意味もないし。
今持っている20億円弱で生きるには十分すぎるんだし、この80億円はもう適当に使ってもいいんじゃないか?
先日行った滝行体験で半分悟っていた俺ははっちゃけた。
「非常に魅力的なご提案をいただきありがとうございます。承知しました。30億円分をご提案いただいた投資信託にお預けします。その他は10億円を金などの安全資産に。10億円を債券購入に充て、残り30億円を株式投資に使います」
「あ、ありがとうございます! 投資信託については本日からお手続きが開始できます。金や債券は大きな変動はないと思いますが、いかがいたしましょうか」
大体こういうのって待ってても仕方ないんだよな。長期保有で利益出すようなもんだろうしいつ買ってもいいだろう。
「本日から手続きを開始していただいてもよろしいですか?」
「承知いたしました。株式はいかがいたしますか? 投資先についてご提案させていただくことも可能です」
まあ、銀行には投資信託でお金預けてるわけだし、こっちの金額はなんか適当にやってもいいだろう。
「証券口座はもう開設してあるとのことなので、広めにいろいろな会社に投資していこうかと思います。
投資判断に迷った場合に、こちらから相談させていただければと存じます」
「承知いたしました。本日はお時間をいただき誠にありがとうございました」
大黒さんと一緒に会議室を後にすると、銀行から出るまでの道中で事務所に来てほしいとの提案があった。
「会社の運用に当たって、何点か注意事項などがあるので説明をさせていただきたいんです」
「なるほど、分かりました。行きましょう」
大黒税理士事務所は駅から徒歩十分ほどの場所にあった。大黒さんの持ち家をそのまま事務所としているとのことで、案内されなければたどり着けなかったと思う。
「さて、まず最初の注意点ですが――」
テーブルをはさんで、向かい合わせに座った大黒さんはノートパソコンを操作し、30インチ以上ありそうなモニターに画面を表示した。
注意事項の中でも特に注意されたのは、貸付しているのが俺でも、会社の金は会社の金なので、私的に使用してはならないということだった。
「社用車を購入して私生活にも流用するのは問題になりますか?」
「私生活で使用した分の走行距離を毎回記録し、その利用分を会社に支払うのであれば問題ありません」
うーんめんどくさい。じゃあ普通に自家用車買う。
そのほかにも株式投資での利益が出た場合の課税タイミングや、会社の給料に関する話などいろいろな注意点があり、要点をまとめた資料をもらわなければとてもじゃないが頭がパンクしていた。
「あとは株式投資についてですね。今回は30億円もの巨額の資産の運用になります。
先ほど銀行で七福さんがおっしゃっていた通り、広い投資、分散投資であるならば問題になりづらいとは思いますが、一度に巨額の投資を行うと、大量保有報告書の提出が必要になったり、株主として相手会社との面会が必要になる場合がありますので、ご注意ください。
その他、投資先の企業の方と交流がある場合、インサイダー取引を疑われることもありますので注意が必要です」
現実ってルールでガチガチなんだな。よく法の目をかいくぐってとか言うけど、話を聞けば聞くほどどこに抜け目があるのか不思議だ。
「ありがとうございます。1000万円ずつ広く投資していこうかと思います」
「……1000万円も巨額なのですが、原資と比べればということでしょう」
大黒さんは苦笑しながらつぶやいた。その声は、今まで話してきた中で一番感情が籠っている気がした。
「私からの説明は以上になります。最後に、老婆心ながら一つ忠告させていただきます。
株式投資は必ず儲かるというものではありません。長い目で見て、利益を出すようにしてください。投資家という人たちは、余裕を無くした人たちから没落していってしまうものです。
株の上下に惑わされないでください。余裕をもって、たまに株価を見るくらいの気持ちで続けるのが良いと思います」
お礼を言い、税理事務所を後にする。家に帰る途中で証券口座のWebページから投資可能な会社をなんとなく眺めていく。
よくよく考えたら、このシステム上では投資も一種の貸付みたいなもんなんだよな。買った株券の代金分お金を貸して、株券が高くなったら打って貸付分を回収しつつ、利ザヤで稼ぐ。そう考えると投資ってなんかアコギなことをやっているように感じてしまう。
じゃあなんで株券が高値になるのって話。それは俺が株を買ったお金でさらに大きなお金を稼いだから。
誰かが稼ぐためのガソリンが投資って考えたら、割と悪くないんじゃない?
そもそもこの理論だと金を稼ぎたい話だけど、俺からしたらこの30億円は最悪なくなってもいいくらいだし、なんかお金に困ってそうなところに投資しよう。
家に帰ってからポチポチと適当に25億円分を国内海外問わずに適当に投資しまくった。
その後、投資について考えていたいろいろなことも忘れた4月中旬、証券会社から連絡があった。
「保有株がTOBされた?」
「はい、七福ホールディングス様で保有分の海外株につきまして、全部買付となっております。今市場で売ることも可能ですし、弊社に申し付け下されば提案価格でのお取引となります」
どっちでもよかったのだが、証券会社に頼む場合はなんかいろいろな手続きが必要で大変そうだったので売り注文を入れた。
「そういえば見てなかったけど、今投資先はどうなってんのっと」
証券口座を確認し、桁が多すぎて数えるのが面倒になり、儲かってる分の数字だけ表示されている箇所があったのでそこだけ確認した。
+31,355,895,347
「えーっと、一、十、百、千……300億円?」
うん? あれ俺っていくら投資したんだっけ。
(・ω・)(・ω・)(・ω・)
ゴールデンウィークが終わり、世間もあわただしく働いている中、俺は部屋でのんびりしていた。
目の前にはいくつもの封筒があった。株主総会の案内だった。
株主総会か。行ってみるのもいいかもしれない。そう思ってのことだった。
スケジュールを確認すると、6月に開催するのが多いみたいだ。手広く投資していたせいでめちゃくちゃたくさんの封筒が届いてしまい、中身を確認するだけでも一苦労だ。
参加するにしても海外のは無理だな。Webでも出れるみたいだけど、いったん現地に参加できるものだけ参加しよう。
改めて証券口座を見ると、なんやかんやで資産は500億円を超えていた。なんだこれ。海外の株が見ていなかったうちにめちゃくちゃ跳ねたみたいだ。めちゃくちゃという言葉で足りるのかわからないくらい跳ねていた。
一方で、国内の株はそこまでではなかった。平均して3%ほどマイナスといったところだろうか。
500億円? 25億円投資して二か月で20倍? なんだこれどうなってんだ?
俺は世の無常を嘆いた。金が欲しいと願っていた時には全然手に入らなかった金が、もう別に要らないと思っている人間の下に集まってくる。これが現代社会の縮図なのか。
儲かった分は税金用の資金を残して再投資した。税金だけで100億円以上ぶっ飛んでいくのを見ると、そりゃ金持ちは脱税とかしたがるよなと思わなくもない。俺もめちゃくちゃ頑張って稼いだ末に30%くらい税金で持ってかれたら普通にむかつくもんな。
株主総会には俺みたいにラッキーで金稼いだ人間じゃなくてちゃんと金稼いだ人たちがいるんだろうな。そういう人たちの話を聞いてみるのもいいかもしれない。
最近、外の世界に目を向けるということを意識的に始めていた俺はポジティブにそう考えた。
今まで目を向けてきた外の世界は、アミューズメントに行っただけだというのに。何か月か前まで社会人をやっていたのに。
外の世界という社会は楽しい物ばかりじゃないと知っていたのに。
俺は気楽に株主総会に行くことを決めてしまったのだった。