いきなり金持ち人生   作:草原で昼寝したいけど明るいと寝れない

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第9話 7月 給料は責任を担保すると思いたいってね

 布袋とゲームをしていた。

 

「この間これなくて残念だったねぇ。海老名クソほど日焼けしてたよ。茹でエビだった」

 

「俺も焼肉食いたかったわ」

 

「一人で行くのハードル高いから今度誘うよ。

そういや8月には海老名が俺の会社入るって言いだしてさぁ。それくらいになったらみんなで集まってまた遊べるかも」

 

 ガタンとマイク越しに大きな音が聞こえた。何やら布袋が慌てたような様子で話し始めた。

 

「え、ちょ、マジ? それアリなの?」

 

「有りって? ああ、副業とかじゃなくって今のところ辞めてガチでやるっぽいよ。なんか考えあるっぽい」

 

「そっちじゃなくて、七福んところに就職するのアリなんだって思って」

 

「まがいなりにも会社なんだから就職はできるだろ」

 

俺がそう言うと布袋は数秒押し黙り、その間にもゲーム上で敵をバッタバッタと倒していく。何か言いたいことがあるんだろうと思って待っていると、ぼそりと言葉が漏れた。

 

「俺も……」

 

「うん?」

 

「俺も就職させてもらうことってできるか?」

 

 そうかもと思っていたことを言われた。

 

 悩む。俺は布袋と付き合いが長い。こいつの得意なことを知っている。

 

 歌がめちゃくちゃうまい。プロの人たちの歌と聞き比べても遜色ないくらいうまい。正直まだ見つかっていないだけのプロと言っていいくらいだろう。

 

 人当たりがいい。この間のキャバクラとかもそうだけど、会話するのが上手だ。こいつのバイトも接客業だというし、そこでもうまいことやっているのだろう。

 

 顔がいい。さすがにトップの男性アイドルとか芸能人とかと比較すると厳しいだろうが、普通に街を歩いてたらちょっと注目されるくらいに見た目がいい。クソむかつくぜ。

 

 ここまで列挙したうえで、俺の会社に入ってなんかやることあるのか?

 

 俺の会社は資産運用の会社で、現状だと俺がネット情報でなんとなく株を買って売ってを繰り返しているだけだ。海老名はその他の活用方法があるって考えてるみたいだからさておき、布袋は何をするんだ?

 

 いやそもそも給与体系とか何も決めてないけどどうしよう。就業規則も何も決まってないぞ。

 

 あれもしかして8月までにそのへん整備しなきゃいけないの? マジ無理じゃね。

 

「よし、布袋。最初の仕事を任命しよう」

 

「え、フリーター脱出した?」

 

「会社のルールを作り給え。なるはやで」

 

「上司向いてなさそう」

 

「気合とガッツで乗り切れぇ!」

 

「ペンギンに空飛べっていうやつは馬鹿だろ! できるやつに言えや!」

 

 

(・ω・)(・ω・)(・ω・)

 

 

「ああ、なるほどね。承知しました。

そうなりますと、雇用契約書、秘密保持契約、就業規則、経費規程くらいは作っておいた方がいいと思います」

 

 俺たちは急いで大黒さんにアポを取って相談に行った。

 

 大黒さんは何事かと身構えていたようだったが、要件を話すと納得がいったようで、割とよくある話だと前置きした上でアドバイスをくれた。

 

「とはいえ、これらをゼロから作るのは大変な労力になります。いきなり作製しろと言われてできるようなんのでもないですからね」

 

 俺と布袋のコンビは物知り顔でうんうんと頷いている。その通りだ。そもそも規則とかにあるみたいな堅苦しい文章が書けるはずもない。書けと言われたらもうAIに代筆してもらうしかないと考えていたくらいだ。

 

「外部委託でこれらの作成をしてもらうというのも手ですがどうしますか」

 

「よろしくお願いいたします」

 

 当然俺は飛びついた。

 

「はい、承知しました。では、こちらのエクセルをご覧ください」

 

 万事解決したとばかりにほっと一安心していた俺たちに冷や水を浴びせるように大黒さんが画面にエクセルを映した。

 

「必要項目を埋めた上で作成依頼を出します一つずつ行きましょう。

まず、就業時間はどうしますか?」

 

 な、何も決めてない!

 

 就業時間? 投資のタイミングはマジでバラバラだ。国内市場の時もあれば海外市場の時もある。便利な言葉を思いついた。

 

「フレックス制にしたいです」

 

「フレックス制ですね。コアタイム制にしますか? しない。では、一か月当たりどれくらいの労働時間にしますか」

 

 ええっと、平均的には月20日が平日で、一年で240日、休日は125日になる。でもそんなに働きたくないから、休日を月平均2日増やすと、月の労働日数は18日。8時間働くのはマジで考えられないから、一日4時間労働と考えると……。

 

「月72時間くらい……?」

 

「月九日しか働かないんですか……?」

 

 そうか、フレックスだとそうできてしまう。盲点だった。

 

「……それで、役職はどうしますか? 今までは社長一人でしたが、そのほかにも秘書や役員等可能です。小規模であれば社長以外は一般職ということでもよいですが」

 

 そうだ。そこどうしよう。

 

「……布袋、秘書できる?」

 

「……ウン、ガンバルヨ」

 

 蚊の鳴くような声を出すな。

 

「……業務の実態がないと税務調査で突っ込まれますので、ご注意くださいね」

 

 その後も、一事が万事そんな調子だった。大黒さんは苦笑いしながら、必要事項の必要ない場所から手を付けておくのでできるだけ早く回答が欲しいと言っていた。

 

 各々帰宅し、Webミーティングを開いた。いつも通りの通話も仕事となればかっこいい言葉になる。

 

「実際どうするよ」

 

「投資会社でしょ? どっか投資先の企業に行ったりするの? 一応それだったら俺運転できるけど」

 

 布袋が自分にできることを提案してくる。いやそんなことよりも大事なことがあると俺は思った。

 

「お前が俺の会社に就職するのは何の問題もないんだけど、お前音楽どうすんの」

 

「……悩んでてさ」

 

 布袋が小さく話し出した。

 

「お前が宝くじ当たって、会社興すって言いだしたの聞いて、すげえって思ったんだ。

それに負けないように、って言い方すると変なんだけど、俺ももっと本気で音楽やろうって思った。それが12月くらい。それから結構頑張ったんだけど、まあダメでさ。

ライブも追っかけてくれてる人とか結構いるんだけど、このままそれで生活できるかって言うとそんなことなくて、音楽やるためにもっとバイトする必要ができて、それでも音楽がうまくいかなくて……。

それで、海老名がお前の会社に入るって聞いて、俺もお前のところに入ったら安定した生活ができるかもって思ったら、本当に音楽がやりたかったのかわからなくなっちゃった……」

 

 ズビっと鼻をすする音を鳴らしながら弱音を漏らす布袋の声を聴いて、俺は怒った。

 

 怒髪天だった。

 

「お、お前ェー! なんだぁ音楽辞めるって言いてえのかよお前ェ!」

 

「いやだから悩んでて」

 

「グダグダ言うなァー!」

 

 俺は溢れる感情のまま台パンをした。ドゴォンという音がマイク越しに布袋をぶっ叩き、俺は感情の向くままに叫んだ。

 

「お前の音楽の必要経費だったら出してやるから音楽続けろやぁ!

俺の金なんか運だけで儲かってんだからそんなもん利用するだけ利用していいんだよ!

そんなことより辞めるとかいうなァ! 俺はお前のファンなんだぞ!」

 

 高校二年生の学園祭だ。俺は他クラスの出店を冷やかしながら海老名と校内を練り歩いていた。いつもだったら布袋が一緒にいれば女子が寄ってきて、リア充気分が味わえるのに、こそこそと布袋がどっかに行ったのだ。

 

 やることもなくて、体育館でやってる出し物でも見に行こうかと、のそのそ行った先では軽音楽部がなんかのコピーバンドとして演奏しているところだった。

 

 練習したんだろうなということはわかるって感じだった。そもそも音楽の上手い下手が分かるほどに精通してないのもあって、なんとなく聞き流すだけだった。

 

 そこに変な格好のやつが現れた。

 

 整髪料で竹箒みたいに髪を逆立て、グラサンで顔を隠しながらボロボロの服を着ていた。ビジュアル系の見た目をしてたんだと今ならわかるが、当時は変な格好としか思わなかった。

 

 そいつが一言マイクに向かって話した瞬間、布袋だって分かった。

 

 音楽やってたのは知ってたけど、学祭にエントリーするくらい熱量があると思わなかった。だから、最初は何やってんだという疑問がたくさんあって、そのあとにかき鳴らされたギターの音で全部がぶっ飛んだ。

 

 一秒間の間に何回変わるんだってくらい、コードが変化して、それぞれの音がちゃんとしっかり聞こえる。そんな最初のイントロで圧倒されていた俺をさらに吹き飛ばしたのは布袋の歌声だ。

 

 これが布袋の声なのかと衝撃を受けた。あまりにも上手い。一緒にカラオケとか行ったこともあったから、歌が上手いのは知ってたけど、今聞いてるほどの上手さじゃなかった。

 

 ギターと歌声っていう二種類の楽器だけで布袋は俺たちを魅了してしまったんだ。

 

 一曲目を歌い終わるころには学校中の女子全員が集まったんじゃないかってくらい体育館がぎゅうぎゅうになってしまい、俺と海老名みたいな男子連中は外に蹴りだされてしまった。

 

 続きが聞きたかったと思う気持ちもあったが、それ以上に俺の親友はすごいんだぞという誇らしい気持ちがいっぱいで、なんで隠してたんだよという悔しい気持ちもいっぱいだった。

 

 その後、布袋を問い詰めたら、自分の夢はミュージシャンだと話し始めたときに、こいつなら絶対に夢を叶えることができると確信しながら応援したんだ。

 

 なのに、なのに!

 

「ミュージシャンにならねえって言いてえのかよ布袋ェー!」

 

「なりてえけどなれねえんだよ!」

 

「お前はミュージシャンになれる!」

 

「なれねえの! 今まで頑張ったけど無理だったの!」

 

「今までは運がなかっただけだ! お前は絶対ミュージシャンになれる!」

 

「今までも必死にやったんだよ!」

 

「なれるって言ってんだよこっちはよォー! 話聞けや!」

 

「うるせぇクソがでっけえ声出すんじゃねェー!」

 

「てめェがクソみてぇなこと言ってっからだろうがよォー!」

 

「クソカスぅ!」

 

「ゴミクソぉ!」

 

 荒い息でぜぇぜぇと言い争いに疲れた俺たちは今日はいったん解散することにした。

 

 俺は絶対に布袋をミュージシャンにしてやるからなと決意を胸に、今日は眠った。

 

 次の日。

 

 海老名に就業規則とかどうしようと相談を入れておいたら、Webミーティングのリンクが送られてきた。

 

 なんとなく気まずいが布袋も一緒に会議に参加し、久々にいつもの三人が集結することになった。

 

「うーっす。布袋お久」

 

「……ぅす」

 

「……うん、七福はこの間ぶり」

 

「……ぉす」

 

 無言。のまま十数秒が経ち、海老名が咳払いをした。

 

「とりあえず、俺は時間がないんで先に議題を進める。規則系な。一番は、給与と労働時間の不均衡を税務調査で突かれるかどうかって話。

これについて提案なんだが、お前の会社の業務増やさねえ?」

 

「投資以外なんかやるってこと?」

 

「ああ、別会社作るのが将来的に良さそうと思ってるんだが、実際にどうするかは税理士の先生とかとも相談した方がいいだろうな」

 

 海老名が朗々と話すのを聞いていると、なんでもなんとかなってしまいそうな気がしてくる。

 

「わかった。で、何の業務を増やすんだ?」

 

 少し溜めるように押し黙ってから、海老名が言った。

 

「エンタメ部門を作ろう。布袋はそこに所属してもらう。七福エンターテイメント一期生として、プロミュージシャンになれ」

 

「えぇ!?」

 

「ぃよっしゃあ!」

 

 なんとかなったぜ!

 

 流石海老名だ!

 

 

 

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