夏の暑さもようやく和らぎ、牧場には少しずつ秋の気配が混じり始めていた。
春に生まれた仔馬たちもずいぶん大きくなった。
母馬の後ろをついて歩いていた頃と比べれば、脚も伸び、身体つきも少しずつ馬らしくなっている。
そろそろ離乳の時期だ。
いつまでも母親と一緒というわけにはいかない。
仔馬にとっては一大事らしいが、牧場にとっては毎年繰り返される仕事の一つだった。
今年の種付けも、もうとっくに終わっている。
プリマルーブルには、去年と同じハギノカムイオー。
他の繁殖牝馬たちにも、手の届く範囲で何頭か安い種牡馬を見繕った。
相変わらず、うちが選べるのは安馬ばかりだ。
だからといって、何でもいいわけじゃない。
この牝馬なら、こっち。
いや、この血統ならあっちの方がいいか。
せっかくなら因子の位置も合わせたい。
カタログと血統表を並べて、うんうん頭を悩ませながら、一頭ずつ相手を決めていった。
金がないなら、金がないなりに考えるしかない。
少しでも丈夫に。
少しでも速く。
そして、少しでも高く売れる馬が生まれてくれればいい。
幸い、受胎した繁殖牝馬たちは今のところ順調だった。
母馬も仔馬も元気に過ごしている。
マルもシアも無事に買い手が決まり、預かっている間の預託料も入ってくる。
去年までと比べれば、牧場の懐にも少しだけ余裕が出来た。
大儲けしたわけじゃない。
何も心配がなくなったわけでもない。
それでも今年は、かなりうまくいっている方だと思う。
――となると。
俺の方にも、少し余裕が出来る。
「……そういや、あれって他にも何かないのかな」
ふと、あの妙な能力のことを思い出した。
今の俺が馬を見て分かるのは、美香と河童木をはじめとした幼駒たちの評価。
それに、前に使えるようになった血統や因子の情報だ。
でも、元ネタが本当にウイニングポストなら、それだけというのも変な話だった。
ゲームにはもっと色々あったはずだ。
デビューした競走馬なら、能力を確認する画面がある。
芝とダートのどちらが得意なのか。
どんな距離に向いているのか。
成長が早いのか、遅いのか。
調子や疲労だって見られた。
種付けをする時だってそうだ。
ただ血統表を眺めて、自分で因子を数えるだけじゃない。
配合の評価や、どれだけ能力の高い仔が期待できるかを見るための画面があったはずだ。
「……あるよな?」
誰に聞くでもなく呟く。
美香と河童木だけ出して終わり。
そんな中途半端な能力とは思えない。
というか、思いたくない。
せっかくウイニングポストみたいなものが見えているんだ。
もう少し便利なものがあっても罰は当たらないだろう。
俺は近くで草を食べていた繁殖牝馬へ目を向けた。
いつものように意識を集中する。
血統。
因子。
そこまでは今までにも見てきた。
けれど今日は、それで終わらせない。
(他には?)
さらに意識を集中する。
(この馬が今まで何頭産んだとか。どんな仔が出てるとか……そういうの)
すると――。
「あ」
視界の端に、今まで見たことのない文字が浮かんだ。
――繁殖牝馬情報。
(あるじゃん!)
思わず声を上げそうになった。
やっぱりあった。
意識を向けると、その先にあるらしい項目までぼんやりと浮かんでくる。
これまでの産駒。
種付けした種牡馬。
産駒の競走成績。
デビュー時期の傾向。
そして――繁殖牝馬自身の能力。
「うわ、これ欲しい」
思わず口から漏れた。
めちゃくちゃ便利じゃないか。
今まで俺は、繁殖牝馬を選ぶ時も血統表と因子を睨みつけて、それ以外のことは爺ちゃんに聞いたり、古い資料を調べたりしていた。
これが使えれば、それが一頭を見るだけで済む。
なにより、繁殖牝馬自身の能力まで分かる。
血統はいい。
因子もいい。
でも、そもそもこの牝馬はどれくらいの能力を持っているのか。
それまで分かるなら、馬選びは今までとは比べものにならないくらい楽になる。
(開け)
念じる。
反応がない。
(開け!)
もう一度。
すると画面の中央に、一行だけ文字が浮かんだ。
――未解放。
「……だと思ったよ」
まあ、それは想定内だ。
血統や因子の時だって、最初から全部使えたわけじゃなかった。
問題は、その下だった。
【解放条件】
【自家生産馬で牝馬三冠を達成する】
「…………は?」
見間違いかと思った。
もう一度読む。
変わらない。
自家生産馬で。
牝馬三冠。
「難易度高すぎるだろ!」
思わず声が出た。
牝馬三冠だぞ。
桜花賞。
オークス。
そして秋華賞。
同じ年に、その全部を勝つ。
「今まで何頭いると思ってんだよ……」
少なくとも、今の時代に三冠牝馬と呼ばれているのはメジロラモーヌくらいしか思い浮かばない。
しかも、あの時代は三冠目が秋華賞ですらない。
今の形になってからなら、まだ一頭もいないんじゃないか。
それを。
うちの馬で。
作れと。
「……無理だろ」
せっかく見つけた便利そうな画面が、一瞬で遥か彼方へ飛んでいった。
俺はしばらく繁殖牝馬を見つめたまま固まっていた。
そして。
「……待てよ」
嫌な予感がした。
これが一つだけとは限らない。
むしろ、元ネタを考えれば絶対に他にもある。
競走馬の能力。
調子。
疲労。
育成の進み具合。
配合の詳しい評価。
もっとあるはずだ。
だけど。
今見つけた最初の一つの解禁条件が、牝馬三冠。
「…………」
嫌な予感しかしない。
その日から、俺は暇を見つけては馬を眺めるようになった。
仔馬を見る。
繁殖牝馬を見る。
シアを見る。
マルを見る。
同じ馬でも、見る場所を変えたり、考えることを変えたりしてみる。
(能力)
(調子)
(成長)
(ほかには?)
心の中で念じながら、じっと馬を見る。
何も出ないこともあれば、いつもの情報しか出ないこともある。
それでも諦めずに試した。
自分の牧場だけでは足りない気がして、爺ちゃんについて近所の牧場へ出かけた時には、そこにいる馬まで片っ端から眺めた。
「何してるんだ?」
「馬見てる」
「それは見れば分かるが」
不思議そうな顔をされても、適当に誤魔化す。
繁殖牝馬。
当歳馬。
一歳馬。
すでに競走馬を出している母馬。
機会があれば、よその牧場で預かっている馬まで。
それでも足りない。
種牡馬を見られる機会があれば、そっちでも試した。
どうやら、馬の種類や立場によって見つかる画面が違うらしい。
そして、何日かそんなことを続けた頃。
俺はようやく確信した。
「……やっぱり、いっぱいある」
ある。
確かにある。
問題は――。
どいつもこいつも、素直には使わせてくれないことだった。
最初に見つけたのは、幼駒を見る時に出てくる画面だった。
いつもの美香たちの評価とは別に、意識を少しずらしてみる。
すると、今まで見えていなかった項目が浮かんできた。
――育成度。
「おっ」
これは分かる。
ゲームでも、幼駒がどれくらい育っているのかを示すものがあった。
今の俺にはかなり欲しい情報だ。
見た目で大きくなった、小さい、筋肉が付いたくらいなら分かる。
けれど、それが競走馬としてどこまで育っているのかまでは分からない。
シアの馴致を手伝って、それは嫌というほど実感した。
これが見えれば、育成の進み具合をもっと正確に把握できる。
(これも欲しい)
さっそく解放条件を見る。
【自家生産馬を一億円以上で売却する】
「…………」
桁を数えた。
一。
十。
百。
千。
万。
十万。
百万。
千万。
一億。
「一億で売れる馬作れたら苦労してねえよ!」
マルが五百五十万円で売れて、爺ちゃんと一緒にあれだけ喜んだばかりである。
その二十倍近い。
「次!」
もう考えないことにした。
今度は競走馬だ。
近所の牧場に戻ってきていた現役馬を、それとなく眺めさせてもらう。
意識を集中する。
(能力。競走馬の能力……)
しばらくすると、出た。
――能力メモ。
その先には、俺が探していたものが並んでいる。
芝適性。
ダート適性。
距離適性。
成長型。
それだけじゃない。
スピードや勝負根性といった能力まで確認できるらしい。ゲームでは、レースで確かめて判明していった能力が、グラフ化されるシステムだった。
「これだよ、これ!」
思わず拳を握った。
これさえあれば、どの馬がどこを走ればいいのか分かる。
芝で駄目だった馬が、本当はダート馬だった。
短距離では足りなかった馬が、実は距離を延ばした方がよかった。
早いうちから走らせて駄目だったけれど、本当は成長が遅かった。
そんなことまで分かる。
下手をすれば、美香や河童木の評価より直接的に役に立つ。
期待しながら条件を見る。
【自家生産馬がJRA・GⅠで三着以内】
「できるかボケ!」
思わず叫んだ。
重賞ですらない。
GⅠ。
しかも中央。
三着以内。
「それができる馬がいるなら苦労してねえよ!」
ゲームなら簡単な条件だ。なんなら、チュートリアルと称してクラシックで3着に入れとか無茶振りされて、それを達成できる馬が最初から貰えたりする。もちろん、うちにはいない。
でも、現実になった今、うちに要求していい条件じゃない。うちは大手牧場じゃないんだぞ。
だんだん腹が立ってきた。
「次だ、次!」
競走馬をもっとじっと見る。
すると、さらに別の項目が見つかった。
――調子。
――疲労。
「そう! これだよ。こういうの!」
馬が今どれくらい好調なのか。
疲れがどれくらい溜まっているのか。
これだって分かれば便利どころの話ではない。
レースを使うべきか休ませるべきか。
見ただけで判断できる。
条件は。
【自己所有馬が年度代表馬に選出される】
「…………」
年度代表馬。
その年、日本で一番活躍したと認められた馬。
「そこまで行ったら日本一じゃねえか!」
なんで便利機能を使うために、日本一の馬を作らなきゃならないんだ。
順番がおかしい。いや、それだけの価値がある能力だけれども!
ちょっと調子が下がってるな、とか疲労が溜まってるな、と分かったら一週間放牧したりして、常に馬を最高の状態に持っていける、世界中の調教師が裸足で逃げ出す能力だけども!
こういう機能を使って日本一を目指すんじゃないのかよ。
日本一になってから機能を渡されてどうする。いや、欲しいけどさ。
「絶対性格悪いだろ、これ作った奴……」
誰が作ったのか知らないけど。
その後も、探せば探すほど出てきた。
種付けする時。
繁殖牝馬と種牡馬を思い浮かべながら意識を集中すると、今まで見えていた血統や因子とは別に、配合の詳細を確認するためらしい画面があった。
相性。
成立している配合理論。
そして――爆発力。
「これだ!」
俺が欲しかったもの、そのものだった。
今まで因子の位置を自分で確認し、血統表と睨めっこしながら考えていた。
それも嫌いではない。
むしろ楽しい。
けれど、最終的にどれくらい効果があるのかまで数字で見えるなら話は別だ。
さっそく条件を確認する。
【爆発力五十以上の配合を成立させる】
「…………は?」
もう一度読む。
爆発力五十以上。
「それを見るための画面じゃねえのかよ!」
爆発力が分からないから、その画面が欲しいのだ。
なのに、画面を開くには自力で爆発力五十以上の配合を作れという。
「それができたら苦労してねえよ!」
ゲーム内でも難しい、とてつもない爆発力を秘めた配合だ。意識しなければまず発生しない。で、そのために必要なのは優秀な馬を作って、繁殖に回すサイクルをつくること。
完全に鶏と卵だった。
さらに。
種牡馬を眺めている時には、妙な項目まで見つけた。
――名馬情報。
競走成績だけじゃない。
血統。
種牡馬成績。
代表産駒。
その馬についての情報をまとめて確認できるらしい。
(これも便利だな……)
昔の馬なんて、今みたいに何でも簡単に調べられるわけじゃない。
インターネットが未発達の今、資料を探すだけでも一苦労だ。
これが使えれば、種牡馬を選ぶ時にもずいぶん楽になる。
だが、もう期待はしなかった。
条件だけ見る。
【所有種牡馬がリーディングサイアーを獲得する】
「種牡馬すら持ってねえよ!」
とうとう前提条件からして存在しなかった。
それからしばらく。
俺は見つけた画面と、その解放条件を頭の中で並べてみた。
繁殖牝馬情報。
牝馬三冠。
育成度。
一億円以上で売却。
能力メモ。
JRA・GⅠ三着以内。
調子と疲労。
年度代表馬。
配合詳細。
爆発力五十以上。
名馬情報。
所有種牡馬でリーディングサイアー。
「…………」
ひどい。
改めて並べると、本当にひどい。
便利そうな機能ほど、今の俺には到底届かない条件が付いている。
どうやら、この能力は俺に楽をさせる気などさらさらないらしい。
「結局……」
俺は近くにいる仔馬へ目を向けた。
意識を集中する。
見慣れた印が浮かぶ。
美香。
河童木。
そして、血統と因子。
「今使えるの、これだけかよ」
思わずため息が出た。
とはいえ、何もないよりは遥かにいい。
今のところは、美香と河童木の印。
血統。
因子。
それだけを頼りに、やっていくしかないらしい。
「――さっきから、何を一人で叫んどるんだ?」
「うわっ!」
突然後ろから声を掛けられ、飛び上がった。
振り返る。
いつの間に来たのか、爺ちゃんが軽トラックの運転席からこちらを見ていた。
「いたの?」
「今来たところだよ」
「聞いてた?」
「一億がどうとか、日本一がどうとかは聞こえたな」
「…………」
だいぶ聞かれてるじゃねえか。
爺ちゃんは怪訝そうに俺を見る。
「まあ、ここは道だからいいが、牧場の中であんまり大声出すなよ。馬が驚くからな」
「はい……」
ごもっともだった。
「帰るぞ。乗ってくか?」
「乗る」
助手席へ回ろうとして、ふと思いつく。
「荷台でもいい?」
爺ちゃんが少し考える。
「まあ、ここからならいいが……ちゃんと掴まってろよ」
「分かってる」
軽トラックの荷台へよじ登る。
縁に腰を下ろすのは危ないから、荷台の真ん中へ座り込んで、手をしっかりとかけた。
「行くぞ」
「おー」
エンジンの音が少し大きくなる。
軽トラックがゆっくり走り出した。
もう日はだいぶ傾いていた。
低くなった陽の光が牧草地を照らし、遠くの山まで橙色に染めている。
荷台に吹き込んでくる風は、昼間よりずっと冷たかった。
夏はもう終わったらしい。
結局、新しく見つけた能力は一つも使えなかった。
それでも。
来年にはまた仔馬が生まれる。
今年生まれた仔馬たちは大きくなっていく。
マルもシアも、いずれ競走馬になる。
そして俺は、また血統表と睨めっこして、次の配合を考える。
(まあ、いいか)
今すぐ全部使えなくても。
出来ることから、一つずつやればいい。
軽トラックは、夕暮れの北海道をゆっくりと走っていく。
俺は荷台で風を受けながら、遠ざかっていく牧草地を眺めていた。
ウイポプレイヤー「おかしいな……どれも簡単に達成できる条件なはず」
・自家生産馬で牝馬三冠を達成する→距離適性合うその時代のトップ牝馬を産む繁殖を買ってくればいい。どうやって? そこにお守りがあるじゃろ
・自家生産馬を1億円以上で売却する→受胎してる高額牝馬を買ってきて、出てきた産駒を売ればいい。そこにお守りがry
無かったり、架空縛りする場合でも、高額の架空牝馬ならお守りなしで買えるよ。億超えは流石に珍しいけど、有力種牡馬付けて活躍させたら簡単に値段が上がっていく。後継繁殖作るついでに値段も上がって一石二鳥!
・自家生産馬がJRA・GⅠで3着以内に入る→GⅠ3着以内は単なるチュートリアル。なんなら最初の馬を正月に譲ってもらって、その馬でクラシックを勝つ。その前哨戦の重賞も当たり前に勝つ。架空産駒でもタイプによったら勝てる。後方ぶん回しの大外一気が府中には刺さるんすよ。
なので、そこまで難易度高くないっす。(ウイポプレイヤーには)
古い時期開始だと、NHKマイルみたいな当時なかったGⅠが滅茶苦茶穴目になりやすい。パワーと瞬発あったら格下でも格上が倒せる。それが後方待機からの大外ぶん回し。
なお、現実でやられたら殺意を抱く。
・自己所有馬が年度代表馬に選出される→そこに金のお守りがry
・爆発力50以上の配合を成立させる→一番難しいかもしれない。でも、最近は繁殖牝馬に活力活性というシステムが出たし、なにより配合評価シミュレーションという神機能があるから、そこから爆発力高くなる配合が可能な馬を買ってきてやるだけ。そこにお守りがry
・所有種牡馬がリーディングサイアーを獲得する→少しだけ時間がかかるかも。でも、最近のは引き継ぎで最初に『好きな種牡馬を自牧場になぜか貰える特典』ってのがあるからね。余裕だね。あとは滅茶苦茶無双する種牡馬を輸入したら勝手に達成するよ。おすすめはリイフォー。代表産駒はニッポーテイオー。
【ニッポーテイオー】
リファール系の馬。天皇賞秋・マイルCS・安田記念とGⅠを3勝している名馬。
クラシックこそいい結果を出せなかったものの、夏から実力を発揮し、重賞戦線で活躍、翌年秋に天皇賞を勝ち……という感じの流れなのだが、ウイポだと2歳から無双する。距離適性も2200くらいかまでしかない筈なのに、平気でダービーの2400mをこなしてノーザンテースト産駒の初ダービーであるダイナガリバーを撃破したりする。その後、短距離~中距離戦線を無双する馬。おかげで緑札のリイフォーを買って繋いでるだけで、リーディングサイアー条件を達成できるし、シンジケートにも高値で売れる。大体こいつが勝つせいでサクラユタカオーが天皇賞秋を勝てない。