ウイニングポス党   作:ZIPMAN

13 / 13
沢山の感想、評価ありがとうございます! おかげでランキングに入れました!
感謝感激の追加更新でございます。
この調子でウイニングポストを買って楽しんでくれてもいいのよ!


別れ

 秋も深まり、朝の空気には冬の気配が混じり始めていた。

 

 馬房を掃除していると、牧場の外から低いエンジン音が聞こえてきた。

 

 聞き慣れない音だったが、何が来たのかはすぐに分かった。

 

「来たぞ」

 

 通路の向こうから爺ちゃんが声を掛けてくる。

 

「うん」

 

 馬房の掃除をしていた俺は、手にしていたフォークを壁へ立てかけた。

 

 今日は、シアが牧場を出る日だった。

 

 少し前、マルを競り落とした社長さんがシアを百万円で買ってくれた。

 

 セリでは買い手がつかなかった馬だったが、それが今ではちゃんと馬主が決まり、これから育成牧場へ移って、本格的な調教を始める。

 

 来年には競馬場の厩舎へ入って、いよいよ競走馬になる予定だ。

 

 何日も前から決まっていた。

 

 だから、心の準備だってしていたつもりだった。

 

「じゃあ、俺は向こうと話してくるから、シア頼むぞ」

 

「分かった」

 

 爺ちゃんは馬運車を迎えに外へ出ていった。

 

 俺はシアの馬房へ向かう。

 

 中では、当の本人が何も知らずに残っていた飼葉を食べていた。

 

「お前なあ……」

 

 馬房へ入ると、口元をもぐもぐさせながらシアが顔を上げる。

 

「今日ここ出るんだぞ」

 

 耳だけがこちらを向いた。

 

 それから、また飼葉へ鼻を突っ込む。

 

「分かってないだろ」

 

 当然だ。

 

 シアにとっては、いつもと同じ朝なのだろう。

 

 俺が無口を付ければ素直に頭を下げ、引き手を繋げば、いつものようについてくる。

 

 馬を送り出すのは、これが初めてじゃない。

 

 去年だって、売れた仔馬を同じように見送った。

 

 生産牧場なんだから、育てた馬が出ていくのは当たり前だ。全部の馬をいつまでも牧場へ置いておくことなんてできない。

 

 そのくらい、もう知っている。

 

 なのに。

 

 厩舎の通路を歩くシアの蹄の音が、今日は妙に耳に残った。

 

「ほら、行くぞ」

 

 手綱をひいて、外へ出る。

 

 馬運車の横では、爺ちゃんが育成牧場から来た二人と話をしていた。

 

 俺たちに気づいた一人がシアの方へ歩いてくる。

 

「この仔ですね」

 

「はい」

 

 男はまずシアの全身を眺め、それから首筋を撫で、脚元にも目をやった。

 

 知らない人間に触られても、シアは特に嫌がらない。

 

「ずいぶん大人しいですね」

 

「孫が取り上げてから、付きっきりで世話してましたからな」

 

 爺ちゃんが答えた。

 

「ああ、それで。ずいぶん人馴れしてる」

 

 男が納得したように笑う。

 

 そう言われ、何となくシアの首筋を撫でる。

 

 シアはごく自然に、俺の手を受け入れた。

 

 生まれた時から見てきた。

 

 母親の腹の下へ潜り込んでいた頃も知っている。

 

 離乳して鳴いていた時も、セリへ連れていった時も。

 

 そこで売れなくて、一緒に牧場へ戻ってきた。

 

 それからはトレーニングセールに向けて、馴致もやった。

 

 鞍を嫌がったこともあった。だけど、根気強く向き合った。

 

 初めて人を乗せて歩けた時は、自分のことみたいに嬉しかった。

 

 去年送り出した馬たちとは、確かに少し違う。

 

 売れなかったおかげと言っていいのか分からないが、そのぶん長く一緒にいた。

 

 シアが生まれてから、時間さえあればずっと一緒にいたのだ。

 

「じゃあ、乗せましょうか」

 

「お願いします」

 

 馬運車の後ろが開けられ、スロープがゆっくりと下ろされる。

 

 シアをそこに連れていくと、さすがに警戒してか、入口で足を止めた。

 

 首を伸ばし、鼻を鳴らしながら中の匂いを嗅いでいる。

 

「大丈夫だぞ」

 

 引き手を引っ張らず、しばらく待つ。

 

 やがてシアが前脚を一歩出した。

 

 そこでまた止まり、もう一度中を確かめる。

 

「そうそう。大丈夫だから」

 

 もう一歩。

 

 そこまで行けば覚悟が決まったのか、あとは素直に馬運車の中へ入っていった。

 

 俺も後ろからついていく。

 

 係の人がシアを繋ぎ、問題がないか確認している間、最後にもう一度だけ近づいた。

 

「シア」

 

 名前を呼ぶ。

 

 すぐにこちらを向いた。

 

 手を出すと、いつものように鼻面を押しつけてくる。

 

「向こうでもちゃんと飯食えよ」

 

 柔らかい鼻先を撫でる。

 

「変なことして嫌われるなよ。怪我もするな」

 

 言ってから、自分でも少し言いすぎている気がした。

 

 それでも、もう一つ何か言っておきたかった。

 

「それから……」

 

 言葉が止まる。

 

 何を言おうとしたのか、自分でもよく分からなかった。

 

 俺は一度だけ深く息を吸い込んだ。

 

「……いや。しっかりトレーニングするんだぞ」

 

 シアはそんな俺を気にする様子もなく、もう一度鼻先を寄せてくる。

 

「頑張れよ」

 

 首筋を軽く叩いて、馬運車を降りる。

 

「よろしくお願いします」

 

 頭を下げると、係の人が笑って頷いた。

 

「はい。しっかりお預かりします」

 

 後ろの扉が閉まった。

 

 シアの姿が見えなくなる。

 

 やがてエンジンが掛かり、馬運車がゆっくりと動き始めた。

 

 牧場の前の道へ出て、そのまま遠ざかっていく。

 

 角を曲がる。

 

 直ぐに車の姿は、見えなくなった。

 

 それでも俺は、しばらく同じ場所を見ていた。

 

「今日は休んでもいいんだぞ」

 

 いつの間にか横へ来ていた爺ちゃんが言った。

 

「え?」

 

「仕事だよ。今日はもういい」

 

「別に大丈夫だよ」

 

 すぐに答えた。

 

「まだシアの馬房、片付けてないだろ。俺やってくる」

 

 爺ちゃんは何か言いかけたが、結局、

 

「そうか」

 

 とだけ答えた。

 

 ◇

 

 俺は厩舎へ戻った。

 

 じっとしているより、その方がいい気がした。

 

 シアの馬房には、朝のままの敷料が残っていた。

 

 汚れたところをフォークですくい、手押し車へ放り込む。

 

 残った敷料も一度外へ出した。

 

 飼葉桶を洗い、水桶も洗う。

 

 隅に残っていた藁を掃き出し、新しい敷料を入れて均していく。

 

 何度もやってきた仕事だった。

 

 身体を動かしている間は、余計なことを考えなくて済む。

 

 気がつけば、いつもよりずっと丁寧に掃除していた。

 

「……こんなもんか」

 

 道具を片付けて、馬房の入口へ戻る。

 

 綺麗になった。

 

 新しい敷料には、まだ蹄の跡一つない。

 

 そこに立っている馬もいない。

 

 今朝までシアがいた場所が、妙に広く見えた。

 

「…………」

 

 明日の朝になっても、ここにはシアはいない。

 

 俺が飼葉を持ってきても、顔を突っ込んでくるやつはいない。

 

 首筋を掻いてくれと寄ってくることもない。

 

 ふと、別のことが頭に浮かんだ。

 

(そういや、あいつ……)

 

 シアには同期がいなかった。

 

 同じ年に生まれた馬と一緒に育ったことがない。

 

 離乳してから周りにいたのも、年上の馬ばかりだった。

 

 育成牧場へ行けば、今度は同じくらいの年齢の馬が何頭もいるはずだ。

 

(うまくやれるのかな)

 

 急に心配になってきた。

 

 知らない場所で、知らない馬に囲まれて。

 

 変なところで意地張って喧嘩したりしないだろうか。

 

 環境が変わって飯を食わなくなったりしないだろうか。

 

 調教だって、これまでよりずっと厳しくなる。

 

 怪我なんか――。

 

「……って」

 

 俺は両手で頬をぴしゃりと叩いた。

 

「何考えてんだ、俺」

 

 シアはこれから頑張るんだ。

 

 競走馬になるために、今日牧場を出た。

 

 生まれてからここまで育って、ようやく旅立つときか来たというだけだ。

 

 それなのに、送り出した俺がいつまでも感傷に浸ってどうする。

 

 もう一度、空になった馬房を見る。

 

 さっきまでと何も変わらない。

 

 人懐っこくて、少し寂しがりやのあの仔馬はもうここにはいなかった。

 

 だけど。

 

「……頑張れよ、シア」

 

 今度は、少しだけ笑って言えた。

 

 馬房の戸を閉める。

 

 明日の朝、たぶん俺はまた癖でここを覗くだろう。

 

 その時も、きっと少し変な気分になる。

 

 それでいい。

 

 ここが空っぽになった分だけ、シアは先へ進んだのだから、俺も負けてはいられない。

 

 トレーニングを終えたら、その先は競馬場へと向かう。

 

 競馬場で、あの仔馬は別の名前をつけられて走るだろう。

 

 俺にとってはいつまでもシアだから、その響きにはいつまでも慣れないかもしれない。

 

 けれどいつか、競馬場からあの仔の新しい名前が聞こえてきた時。

 

 今日のこの空っぽの馬房を、俺はきっと思い出す。

 

 なんとなく、そんな予感がした。




ちょっと短め。

多くの読者さんが見てくださっているお陰で、作者もうれしすぎてうまだっちしています。

便利すぎるよな、うまだっち
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

パワプロシステムで行くやり直し野球人生(作者:ホームラン)(オリジナル:現代/スポーツ)

水流憲吾《つるけんご》 三十歳。▼ ある日彼は、訪れた神社で出会った「神」からこう持ちかけられた。▼ 「人生を、やり直したくはないか?」▼ 『パワプロシステム』を与えられ高校入学前に戻された彼は、人生をやり直すためにシステムの力で成長を遂げていく……▼※この物語はフィクションです▼※実在の人物、組織などを侮辱する意図はありません▼※アンチ・ヘイトタグ、R15…


総合評価:1148/評価:8.2/連載:8話/更新日時:2026年10月02日(金) 00:22 小説情報

甲子園優勝投手村田、ドラ1で燕へ(作者:ドンクライ(泣くのはおよし))(オリジナル:現代/スポーツ)

 久し振りにパワ◯ロやった記念▼ 要は架空選手の無双系スレです▼ 小説というほどのものではありません。スナック感覚でどうぞ。


総合評価:3979/評価:8.22/短編:10話/更新日時:2026年09月11日(金) 15:20 小説情報

スキル制ステータスで現代をお気楽に過ご……したい(作者:逆鯖)(オリジナル:現代/ノンジャンル)

▼ 工場派遣として働く25歳、佐藤直人。▼ ある日突然、視界に《スキルシステム》なんてものが現れた。▼ 《清掃》《料理》《プログラミング》みたいな普通の技能から、《豪運》《魔術》《錬金術》《ダンジョン作成》なんて明らかにおかしいものまで、SPさえあれば取得可能。▼ だったらまあ、使うっきゃない。▼ 仕事は楽に、金はなるべく効率よく稼いで、自分の時間はしっかり…


総合評価:3614/評価:8.61/連載:11話/更新日時:2026年10月01日(木) 22:25 小説情報

はじめの一歩RTA ブライアンホーク撃破チャート(作者:ヨンドゥ)(原作:はじめの一歩)

『はじめの一歩』の世界を舞台にした、ゲーム風RTA小説です。▼主人公を操作し、鴨川ジムに入門。▼育成、試合、イベント回収、場合によってはバグや仕様の悪用も駆使しながら、最速でブライアン・ホーク撃破を目指します。▼基本はRTA実況風。▼※淫夢要素、ゲーム的な独自設定、作中キャラ視点があります。


総合評価:6234/評価:8.84/連載:7話/更新日時:2026年10月02日(金) 01:15 小説情報

超能力者のプロ野球人生(作者:星野林(旧ゆっくり霊沙))(オリジナル:現代/スポーツ)

雷に打たれて超能力に目覚めた高校生、大久保利通は最初ノートのページを数メートル先から開く程度の能力しか持ち合わせていなかったが、練習で投げたボールが顧問の目に留まり、投手を志すことになる。▼・最初数話は高校生で能力を引き上げて、体を作る話になります。▼・4話目にドラフトを行う予定です。▼・長くても9月上旬まで連載できればと思っています。▼・毎日投稿を心がけま…


総合評価:6714/評価:7.55/完結:42話/更新日時:2026年09月11日(金) 18:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>