「うわああああああ! おしまいだあああああ!」
自室で、俺は頭を抱えていた。
「この世界、ウイポの世界だったんだああああ!」
ウイニングポスト。
俺も前世では散々遊んだ競馬シミュレーションゲームだ。
だからこそ分かる。
この世界はまずい。
たった数人の馬主が何十年、下手をすれば何百年もGⅠを勝ち続ける。
何歳になっても容姿が変わらない。なのに調教師になった途端、急に老ける化け物までいる。
レースプログラムはほとんど変わらない。
百年経ってもクラシック。千年経っても天皇賞。年末になれば有馬記念。
人類は千年経って何をしている?
競馬している。
そして最後には――。
「世界が終わるんだああああああ!」
俺は布団を跳ね飛ばした。
「もうおしまいだああああああ!」
「うるさい!」
階下から母さんの怒鳴り声が飛んでくる。
「さっきから何を騒いでるの!」
「世界が終わる!」
「終わらない!」
「でも!」
「静かにしなさい!」
「はい!」
反射的に返事をする。
静寂。
「…………」
十秒。
「――なんてな」
口元が緩んだ。
世界が終わる?
知ったことか。
千年後の人類には申し訳ないが、そのころ俺はとっくに死んでいる。
それよりも、もっと重要なことがある。
前世の俺はウイニングポストを散々遊んだ。
そして昨日、幼駒を見れば秘書、牧場長、河童木、長峰、美香の評価が見えることも分かった。
つまり――。
ウイポ知識あり。
幼駒評価チートあり。
そして。
「俺、牧場の孫じゃん」
北海道の競走馬生産牧場。
その経営者が、自分の祖父。
「チートあるとか勝ち組じゃん」
いや。
勝ち組なんてもんじゃない。
強い幼駒を見つけて走らせる。賞金を稼ぐ。いい繁殖牝馬を揃える。いい種牡馬を付ける。そして、さらに強い馬を作る。
牧場を大きくして、ダービー、有馬記念、凱旋門賞。
その先には――世界制覇。
「ふふふ……」
見える。
見えるぞ。
今は小さなこの牧場が、やがて北海道を代表する大牧場になる姿が。
「この牧場を大牧場にして、世界制覇してやるぜ!」
俺はベッドの上で拳を突き上げた。
競馬界よ、待っていろ。
未来の大牧場主がここにいる。
「はい、見えました」
勝った。
完全に勝った。
「王手です」
◆
「じいちゃん!」
「なんだ?」
祖父は厩舎の前で作業をしていた。
俺はその後ろをついて歩く。
「サンデーサイレンスつけようよ!」
祖父の足が止まった。
「……サンデーサイレンス?」
「うん!」
祖父が振り返る。
少し驚いた顔をしてから、笑った。
「ははは。お前、そんな馬どこで覚えたんだ?」
「知ってる!」
「テレビか?」
「たぶん!」
前世です、とは言えない。
「サンデーサイレンス、すごいんでしょ?」
「そりゃあすごいさ」
「じゃあつけよう!」
「簡単に言うなあ」
祖父は笑いながら俺の頭を撫でた。
「付けられたらいいけどな。高いんだぞ」
「高いの?」
「高い」
まあ、そうだろう。
あれだけの種牡馬だ。
ゲームでも一流種牡馬は高かった。
だが、こちらだって牧場である。
種付け料は必要経費。
いい馬を作るためなら、それくらい――。
「じゃあ、うちのお馬さんは?」
「ん?」
「とねっこのパパ。いくら?」
「種付け料か?」
「うん」
「そうだなあ。今年生まれたあいつなら、二十万だったかな」
「二十万!?」
思わず声が出た。
「なんだ、高いか?」
「ううん!」
(やっす!)
めちゃくちゃ安い。
なんだ。
種付けってもっととんでもない金が飛んでいくものだと思っていた。
「パパって誰?」
「○○○○だ」
「…………」
誰?
頭の中の競馬知識をひっくり返す。
知らない。
いや。
たまたま俺が覚えていないだけかもしれない。
「じゃあ、あっちは?」
「あいつは△△△△だな」
「いくら?」
「十五万」
「…………」
「こっちは?」
「□□□だ。あれは十万だったかな」
「…………」
誰?
誰?
誰だよ。
見事なまでに知らない。
ウイニングポストを散々遊んだ俺が、名前を聞いてもまるでピンとこない。
サンデーサイレンス。
ブライアンズタイム。
トニービン。
そういう名前が一頭くらい出てきてもいいだろう。
出てこない。
そして安い。
確かに安い。
だが――。
(安い種牡馬を付けてるから安いだけじゃねえか!)
さっきまで見えていた輝かしい未来に、うっすらと暗雲が立ち込めてきた。
「じいちゃん」
「今度はなんだ?」
「うち、お金ある?」
「なんだ、藪から棒に」
「いっぱいある?」
「ははは!」
なぜか笑われた。
祖父は俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「いっぱいあったら、じいちゃんも苦労しないんだけどなあ」
「…………」
なるほど。
金がない。
これは分かった。
だが、待て。
まだ結論を出すには早い。
(牧場なんだから、馬がいる)
金がなくても、いい繁殖牝馬を持っているかもしれない。
すでに生まれている幼駒の中に、とんでもない大物がいるかもしれない。
ゲームだって、最初の一頭から人生が変わることはある。
(まずは現有戦力の確認だ)
そう考えた俺は、改めて牧場を見て回ることにした。
昨日までは、ただ馬がたくさんいる場所だった。
だが、前世の記憶を取り戻した今は違う。
ここは牧場だ。
競走馬を生産し、それを売って生計を立てている。
そして将来、俺が世界を制覇するための――。
「……拠点」
「何が?」
「なんでもない!」
近くにいたじいちゃんに聞かれて、慌てて誤魔化した。
さて。
まずは繁殖牝馬。
「じいちゃん、このお馬さんは?」
「そいつか? 繁殖だよ」
「何歳?」
「九歳だな」
「競馬してた?」
「してたぞ」
「強かった?」
「ははは。お前、今日はやけに馬のことを聞くなあ」
「いいから!」
「そうだなあ。地方で二つ勝ったかな」
「…………」
二勝。
まあ。
うん。
「こっちは?」
「そいつは中央にもいたぞ」
「おお!」
期待が高まった。
「勝った?」
「勝てなかったな」
「…………」
「でも惜しいところまでは行ったんだぞ」
「そ、そうなんだ」
次。
「こっちは?」
「そいつは走ってない」
「…………」
次。
「この子は?」
「地方で三つ勝ったな」
「おお……」
さっきより強い。
俺の基準がおかしくなり始めている。
繁殖牝馬は全部で六頭。
現役時代の成績を聞いて回ったが、重賞馬なんて当然いない。
中央で何勝もしたような馬すらいなかった。
血統も聞いてみた。
知らない。
父馬を聞いても知らない。
母父を聞いても知らない。
一頭だけ聞き覚えのある名前が出てきて少し期待したが、そこから先が続かなかった。
(…………まあ、いい)
競走成績と繁殖能力は別物だ。
走らなかった牝馬から強い馬が出ることだってある。
問題は子供だ。
幸い、それについては俺には切り札がある。
俺は一歳馬のところへ向かった。
一頭目を見る。
意識した瞬間、頭の中に例の評価が浮かぶ。
秘書 ‐
牧場長 △
河童木 ‐
長峰 ‐
美香 ‐
「…………」
次。
秘書 ‐
牧場長 ‐
河童木 ‐
長峰 ‐
美香 ‐
「…………」
次。
秘書 ‐
牧場長 △
河童木 ‐
長峰 ‐
美香 ‐
「…………」
次。
秘書 ‐
牧場長 ‐
河童木 ‐
長峰 ‐
美香 ‐
「…………」
俺は最初の馬まで戻った。
もう一度見る。
秘書 ‐
牧場長 △
河童木 ‐
長峰 ‐
美香 ‐
変わらない。
(嘘だろ)
河童木。
全滅。
美香。
全滅。
秘書も全滅。
長峰など言うまでもない。
辛うじて印が付いているのは牧場長。
それも△がいくつかあるだけ。
(弱っ……)
前世の俺ならどうしていただろう。
たぶん、まともに覚えてすらいない。
評価を見て、はい次。
それで終わりだ。
だが今は、その「はい次」で飛ばしていた側の馬が、目の前にいる。
「どうだ?」
「うわっ」
いつの間にか、じいちゃんが後ろに立っていた。
「な、なにが?」
「馬、気になるんだろ?」
「うん」
「どいつがいい?」
「…………」
俺は馬たちを見る。
どいつがいいと言われても。
「……この子?」
とりあえず牧場長△の一頭を指さした。
「おっ」
じいちゃんの顔がほころんだ。
「お前、こいつがいいか」
「うん」
「そうかそうか」
妙に嬉しそうだ。
「この子、いい馬なの?」
「ああ。丈夫そうだろ?」
「丈夫?」
「うちはな、昔から馬が丈夫だって言われるんだ」
じいちゃんは馬の首筋を撫でた。
「そりゃあ、大きいところみたいに高い種馬はなかなか付けられんけどな。でも、うちの馬は長く走るって言われてるんだぞ」
「…………」
「地方へ行った馬なんか、十歳近くまで走ったのもいる」
どこか誇らしげだった。
俺はもう一度、目の前の馬を見る。
秘書 ‐
牧場長 △
河童木 ‐
長峰 ‐
美香 ‐
「…………」
(なるほど)
何となく分かった。
牧場長の印が何を見ているのか、まだ正確には分からない。
だが、少なくとも。
じいちゃんが長年馬を作ってきて、積み重ねてきたもの。
それが、この△なのかもしれない。
「どうだ。いい馬だろ?」
「……うん」
そこは素直に頷いた。
丈夫なのはいいことだ。
長く走れるのも立派な長所だ。
それは間違いない。
間違いないのだが。
(でも、速くないんだよなあ……)
世界制覇。
さっきまで俺の頭の中では、凱旋門賞まで見えていた。
現実にあるのは、年季の入った厩舎。
六頭の繁殖牝馬。
聞いたことのない種牡馬。
種付け料、十万、十五万、二十万。
そして。
河童木、全滅。
美香、全滅。
現状を整理しよう。
零細牧場。
零細血統。
資金力、なし。
幼駒の競走能力、期待薄。
強み――ちょっとだけ馬が丈夫。
「…………」
おかしい。
ついさっきまで、俺は王手をかけていたはずだ。
ウイポ知識。
幼駒評価チート。
牧場の孫。
完璧だった。
世界制覇まで見えていた。
なのに、盤面をちゃんと見てみれば。
(……あれ?)
俺は首を傾げた。
(王手されてるの……俺?)
同じ内容です。
【補足:幼駒評価について】
本作で主人公に見えている「秘書・牧場長・河童木・長峰・美香」の印は、『Winning Post』シリーズに登場する幼駒の評価をもとにしています。
評価は基本的に、
◎ > ○ > ▲ > △ > ‐
の順に高くなります。
・秘書
主に血統面からの評価。ちょっとだけスピードも入ったりするが、血統だけの駄馬でも付けるので参考にならない。
・牧場長
馬の丈夫さや気性面などに関係する評価。
・河童木
スピードと現在の成長度を含めた競走能力への評価。成長の早い馬ほど高い評価が付きやすく、逆に成長の遅い馬は能力が高くても低い評価になることがあります。基本的にこれが〇とか◎なら期待大
・長峰
非常に高い評価を持つ馬にしか印を付けないため、印が付いていること自体が珍しい評価。評判に関してなので、走るとは限らない。
・美香
サブパラ評価。競走馬としての能力を判断するうえで、特に参考になる評価。これが◎とかだと、スピードがなくてもOPくらいまで勝ち上がれる。
そのため主人公は、競走能力を見る場合には特に「河童木」と「美香」の印を重視しています。
ただし、印だけですべてが分かるわけではなく、成長型や適性などによって実際の競走成績は変わります。
例:晩成タイプだとスピードがあっても成長度が遅いため、実際にはGⅠ級のスピードを持っていても河童木は評価がつかないなどがある。半面、早熟タイプではいい評価が出やすいのが河童木で、期待したほどではないということもある。ただ、基本的に美香と河童木が◎ならほぼ確実に重賞複数賞レベルになる。