ウイニングポス党   作:ZIPMAN

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繁殖漁りはウイニングポストの華。
種牡馬は外部から(金出せば)買ってこれますが、繁殖牝馬はそうはいかないのでね。因子付き牝馬が揃ってきたときの満足感よ


繁殖牝馬セール

 

 

 セール会場に着いて、最初に感じたのは。

 

 前に来たセリとは、ずいぶん雰囲気が違うということだった。

 

 馬がいて、人がいて、手にはセリ名簿。

 

 そこまでは同じだ。

 

 けれど、以前来た幼駒のセリでは、見るからに金を持っていそうな人が目についた。

 

 きれいなジャケットに革靴。何人か連れ立って歩き、馬を眺めながら話をしている。

 

 馬主本人なのか、調教師なのか、それとも代理で買い付けに来ている人なのか。

 

 五歳の俺には区別なんてつかなかったが、とにかく『馬を買いに来た人』という感じだった。

 

 ところが今日は違う。

 

 帽子をかぶったおじさん。

 

 作業着みたいな上着を着た人。

 

 長靴を履いたまま歩いている人までいる。

 

 手にしている名簿にも、折り目がついていたり、鉛筆で数字や短い言葉が書き込まれていたりする。

 

 何より。

 

 馬を見る目が違った。

 

 幼駒のセリでは、これからどれだけ走るかを見る。

 

 どんな競走馬になるか。どこまで出世するか。

 

 そんな期待が、会場全体に漂っていた。

 

 けれど今日は繁殖牝馬のセリだ。

 

 脚を見る。

 

 腹を見る。

 

 年齢を見る。

 

 競走成績を見る。

 

 すでに仔を産んでいる馬なら、その産駒まで確認する。

 

 若い馬の未来を買うというより、これから何年、牧場で仔を産んでもらえるかを見ている。

 

(こっちは、本当に牧場の仕入れって感じだな)

 

 それに。

 

 前のセリでは、どこか場違いに見えたじいちゃんが。

 

 今日は妙に周囲へ馴染んでいた。

 

「じいちゃん」

 

「なんだ」

 

「今日は馴染んでるね」

 

「何がだ?」

 

「なんでもない」

 

 本人には分からなそうなのでやめた。

 

 それより今は、もっと重要なことがある。

 

「プリマルーブル」

 

「ああ」

 

「先に見よう」

 

「そのつもりだ」

 

 昨夜。

 

 セリ名簿を端から端まで見直して。

 

 さらに種牡馬の血統まで引っ張り出して。

 

 ようやく見つけた組み合わせ。

 

 プリンスリーギフト。

 

 ヴェンチア。

 

 ニジンスキー。

 

 ボールドラッド。

 

 四頭の種牡馬に、同じスピード因子が並ぶ。

 

 それだけじゃない。

 

 ハギノカムイオーの血統には、別のラインで勝負根性の因子も連なっている。

 

 俺の頭の中では、もう配合表まで完成していた。

 

 ハギノカムイオー。

 

 そして。

 

 プリマルーブル。

 

 この二頭を組み合わせる。

 

 そのためには、まず片方を手に入れなければならない。

 

「あった」

 

 名札を見つける。

 

 プリマルーブル。

 

 牝六歳。

 

 父ラシアンルーブル。

 

 中央でデビューしたものの勝てず、地方へ移籍。

 

 そこで一勝。

 

 競走馬として見れば、特に目立つ成績ではない。

 

 けれど俺にとって重要なのは、そこではなかった。

 

(間違いない)

 

 馬を見る。

 

 頭の中に血統が浮かぶ。

 

 父ラシアンルーブル。

 

 その父ニジンスキー。

 

 母父ボールドラッド。

 

 そして、昨日と同じ因子。

 

 当然だ。

 

 一晩寝たら血統が変わっていました、なんてことがあったら困る。

 

「これだよ、じいちゃん」

 

「ああ。まず見てみるか」

 

 じいちゃんはすぐには名簿を見なかった。

 

 プリマルーブルの前に立つ。

 

 顔。

 

 首。

 

 肩。

 

 背中。

 

 腹。

 

 尻。

 

 最後に脚。

 

 少し離れて全体を見たと思ったら、今度は係の人に声を掛けた。

 

 馬を出してもらう。

 

 プリマルーブルがゆっくりと歩き始めた。

 

 じいちゃんは横から見る。

 

 次に前へ回る。

 

 歩いてくる脚を見る。

 

 今度は後ろへ回って、遠ざかる脚を見る。

 

「何見てるの?」

 

「歩様」

 

「ほよう?」

 

「歩き方だ」

 

 もう一度歩かせてもらう。

 

 俺も一緒に見る。

 

 でも。

 

 普通に歩いているようにしか見えない。

 

「変なの?」

 

「いや」

 

 じいちゃんは首を振った。

 

「今見た限りじゃ、目立って悪いところはなさそうだな」

 

「ほんと?」

 

「もう少し見るぞ」

 

 じいちゃんが俺を手招きする。

 

「ほら。後ろ脚を見てみろ」

 

「脚?」

 

「ここが飛節だ」

 

 後ろ脚の途中にある関節を指した。

 

「角度を見るんだ。立ち気味なのを直飛。逆に、曲がりが強いのを曲飛っていう」

 

「どっちがいいの?」

 

「どっちが絶対にいいってもんじゃない」

 

 じいちゃんはプリマルーブルの後ろ脚を眺める。

 

「直飛だと軽い走りをする馬に出るとか、曲飛だと踏み込みが深くなるとか言う。芝向きだ、ダート向きだと見る材料にもなる」

 

「じゃあ、これで芝かダートか分かる?」

 

「分からん」

 

「分からんのか」

 

「一か所だけ見て全部分かったら苦労せん」

 

 そう言って、今度は蹄を示した。

 

「次は蹄」

 

「ひづめ?」

 

「ああ。大きさ、形、厚み。立ち方も見る。割れてないか、変な減り方をしてないかもな」

 

「それも芝とダートで違う?」

 

「そう見る人もいる。芝なら軽い蹄を好む人もいるし、ダートならしっかりした蹄の方がいいって人もいる」

 

 そこで俺を見る。

 

「ただし」

 

「これだけで決めない」

 

「そういうことだ」

 

 少しだけ分かってきた。

 

 今度はじいちゃんの手が、プリマルーブルの尻へ向いた。

 

「ここがトモ」

 

「尻?」

 

「まあ、その辺だ」

 

 尻から後ろ脚の付け根にかけてを示す。

 

「競走馬なら、ここの筋肉も見る。馬は後ろから地面を蹴って走るからな」

 

「大きい方がいい?」

 

「大きけりゃいいってもんでもない。筋肉の付き方。前との釣り合い。肩や胸とのバランス。全部合わせて見る」

 

「難しいな」

 

「馬を見るってのはそういうもんだ」

 

 改めてプリマルーブルを見る。

 

 今まで馬なんて、いくらでも見てきた。

 

 牧場で暮らしているのだから当然だ。

 

 でも。

 

 俺は見ていただけだった。

 

 何を見るべきなのか。

 

 どこが良くて、どこが悪いのか。

 

 そんなことは全然分かっていなかった。

 

 俺に見えるのは因子だ。

 

 幼駒なら、五人の評価も出る。

 

 強いか弱いか。

 

 ある程度は、それで分かる。

 

 けれど。

 

 血統と因子が分かっても、脚が悪いかどうかまでは教えてくれない。

 

 蹄がどうなのかも。

 

 体が丈夫なのかも。

 

(やっぱり俺、馬そのものを見る目は全然ないな)

 

「幼駒もこうやって見るの?」

 

「幼駒なら、またちょっと違う」

 

「違うの?」

 

「これから体が出来る馬だからな。骨格とか、脚の付き方とか。今は細くても、成長したらどうなりそうか。そういうのも見る」

 

「教えて」

 

「それはまた今度だ」

 

「今じゃ駄目?」

 

「今日は繁殖牝馬を見に来たんだろ」

 

 確かに。

 

「牧場に幼駒はいる。帰ったら教えてやる」

 

「約束ね」

 

「ああ」

 

 そう言って。

 

 じいちゃんは、もう一度プリマルーブルを見る。

 

「で、今日は繁殖牝馬だからな」

 

「うん」

 

「見るところも少し変わる」

 

 名簿を開く。

 

「こいつ、結構走ってるだろ」

 

 中央で何度も走り。

 

 地方へ移ってからも走っている。

 

 六歳まで競走生活を続けてきた。

 

「これだけ使われて、目立った故障もしてない」

 

 じいちゃんが脚元を見る。

 

「脚も思ったよりきれいだ」

 

「丈夫?」

 

「少なくとも、弱すぎる馬には見えんな」

 

 名簿に並んだ競走成績を指で追う。

 

「成績も、良くも悪くも安定しとる」

 

 俺も覗き込む。

 

 中央では勝てず。

 

 地方へ行って一勝。

 

 その後も何度も走っているが、突然ものすごく強くなったわけでもない。

 

(つまり、ずっとあんまり強くないってことか)

 

 ただ。

 

 じいちゃんが見ているのは、それだけではないらしい。

 

「速い馬を買いに来たんなら、褒められた成績じゃない」

 

「うん」

 

「でも今日は繁殖牝馬だ」

 

「何度も走れてる方を見る?」

 

「そういうことだ」

 

 じいちゃんが頷く。

 

「競走能力が足りなかったのと、体が弱いのは別だからな」

 

 なるほど。

 

 速くなかった。

 

 でも。

 

 これだけ競馬に使えている。

 

 繁殖に上げる馬として考えれば、それも一つの材料になる。

 

「気性は?」

 

「今のところは普通だな」

 

「普通」

 

「可もなく不可もなく。それで十分だ」

 

 係の人から手綱を受け取って。

 

 じいちゃんが少しプリマルーブルをこちらへ寄せた。

 

「ほら」

 

「え?」

 

 大きな顔が近づいてくる。

 

 ふん。

 

 ふん。

 

 鼻先で髪の匂いを嗅がれた。

 

「なんだよ」

 

 今度は頬。

 

 そして。

 

「うわっ」

 

 ぺろり。

 

 舐められた。

 

「顔舐めた」

 

「そりゃ舐めることくらいある」

 

「びっくりした」

 

 プリマルーブルは気にした様子もなく、もう一度こちらへ鼻先を寄せる。

 

 今度は逃げずに。

 

 そっと鼻面へ触れてみた。

 

 嫌がらない。

 

 耳を伏せるでもない。

 

 大人しく、俺の手を受け入れている。

 

「人には素直そうだな」

 

 じいちゃんが言った。

 

「扱いやすそうだ」

 

「母馬としては?」

 

「それは仔を産ませてみんと分からん」

 

 そこはきっぱり。

 

 でも。

 

 少しだけプリマルーブルを眺めてから。

 

「まあ、面倒見は悪くなさそうだな。いい母親になるかもしれん」

 

(おお)

 

 なんだか嬉しくなった。

 

 俺が選んだ理由は。

 

 因子。

 

 ただそれだけだ。

 

 なのに。

 

 じいちゃんが現実の馬として見ても。

 

 案外、評価が悪くない。

 

(これ、結構いいんじゃないか?)

 

「それとな」

 

 じいちゃんが、少しだけ声を落とした。

 

「ん?」

 

 俺もつられて小声になる。

 

「こういう場所では、馬を見て思ったことをあんまり口にするな」

 

「なんで?」

 

 じいちゃんが視線だけを周囲へ向ける。

 

 近くにも、名簿を持った人がいる。

 

 少し離れたところでは、別の馬を見ながら二人で話している。

 

「周りも買い手だからな」

 

「あ」

 

「こっちが気にしてるって分かれば、つられて見る奴もいる」

 

「それで競ってきたら……」

 

「値段が上がる」

 

 なるほど。

 

 これはよく分かった。

 

「買うまでは胸の中にしまっとけ」

 

「分かった」

 

 十万円。

 

 二十万円。

 

 そんな違いでも、うちの牧場には大金だ。

 

 余計なことを言ったせいで値段が上がりました、なんてことだけは避けたい。

 

 それから俺たちは、プリマルーブル以外の馬も見て回った。

 

 じいちゃんは何頭か気になる馬を止めてもらう。

 

 脚を見る。

 

 歩かせる。

 

 蹄を見る。

 

 体を見る。

 

 時には、名簿と馬を何度も見比べる。

 

 俺も横で見る。

 

 言われれば、なんとなく分かる。

 

 でも。

 

 自分一人で見ろと言われると、まだ何も分からない。

 

(これが相馬眼ってやつか)

 

 俺には幼駒評価がある。

 

 答えは見える。

 

 しかし、なぜその答えになるのかは知らない。

 

 じいちゃんは逆だ。

 

 答えなんて見えていない。

 

 だから。

 

 脚を見て。

 

 体を見て。

 

 血統を見て。

 

 成績を見て。

 

 少しずつ答えを探していく。

 

 全部の馬を見終わった頃。

 

 じいちゃんが名簿を閉じた。

 

「まあ」

 

「うん」

 

「プリマルーブルは候補に残していいだろ」

 

「そっか」

 

 顔が緩みそうになる。

 

 さっき言われたことを思い出して、なるべく普通に答えた。

 

 じいちゃんは少しだけ俺の顔を見る。

 

 それ以上は何も言わなかった。

 

 やがて。

 

 人の流れが、少しずつセリ会場へ向かい始める。

 

 さっきまで一頭ずつ見られていた繁殖牝馬たちが。

 

 今度は。

 

 一頭ずつ値段を付けられる。

 

 プリマルーブルもその中にいる。

 

     ◆

 

 セリ会場へ入ると、また空気が変わった。

 

 馬を見る時間は終わり。

 

 ここからは、金の話だ。

 

 前方にはセリ台。

 

 その周囲を買い手たちが囲み、手には番号札。

 

 俺とじいちゃんも席についた。

 

「プリマルーブル、何番?」

 

「まだ先だ」

 

 じいちゃんが名簿を開く。

 

 俺も横から覗き込む。

 

 番号を確認して。

 

 もう一度確認する。

 

 間違いない。

 

(頼むぞ……)

 

 最初の一頭が入ってきた。

 

 馬の紹介がされる。

 

 父。

 

 母。

 

 年齢。

 

 競走成績。

 

 そして。

 

「三十万円から!」

 

 声が飛ぶ。

 

 すぐに札が上がった。

 

 四十。

 

 五十。

 

 六十。

 

 金額がどんどん上がっていく。

 

(速いな)

 

 十万円なんて、うちにとって簡単に増えていい金額じゃない。

 

 でも。

 

 ここでは札が一度上がるだけで消えていく。

 

 最初の馬が落ちる。

 

 次。

 

 その次。

 

 何頭か見ているうちに、なんとなく分かってきた。

 

 人気のある馬は、最初から何本も札が上がる。

 

 そうでもない馬は、一人か二人。

 

 そして。

 

 誰も欲しがらなければ、あっという間に終わる。

 

「じいちゃん」

 

「なんだ」

 

「プリマルーブル、どこまで?」

 

 じいちゃんは少し考えた。

 

「馬を見た感じなら、八十くらいまでだな」

 

「八十万円?」

 

「ああ」

 

「九十なら?」

 

「その時考える」

 

「百は?」

 

「出さん」

 

 即答だった。

 

「父ラシアンルーブルだし」

 

「だからって百万円出してたら、何のために安い繁殖牝馬を探しに来たか分からんだろ」

 

「……それもそうか」

 

「欲しい馬だからって、いくらでも出していいわけじゃない」

 

 じいちゃんは名簿を閉じた。

 

「買えなかったら買えなかっただ」

 

(それは困る)

 

 俺にとっては。

 

 代わりがない。

 

 昨日、全部見た。

 

 プリマルーブルほど、きれいに因子が噛み合う馬はいなかった。

 

 でも。

 

 それをじいちゃんには説明できない。

 

(八十万……)

 

 頼む。

 

 そこまでで止まってくれ。

 

 何頭か進み。

 

 ついに。

 

「次、○○番。プリマルーブル!」

 

 来た。

 

 自然と背筋が伸びる。

 

 プリマルーブルがセリ場へ入ってきた。

 

 さっき俺の顔を舐めた馬だ。

 

 照明の下へ立つと。

 

 厩舎で見た時より、少し立派に見えた。

 

(余計に良く見せなくていいからな)

 

 紹介が始まる。

 

 牝六歳。

 

 父ラシアンルーブル。

 

 中央から地方へ移籍。

 

 地方一勝。

 

 淡々とした説明。

 

 それだけだ。

 

 当然。

 

 ニジンスキーにスピードとスタミナの因子があります。

 

 母父ボールドラッドにもスピード因子があります。

 

 なんて説明はない。

 

 知っているのは、俺だけだ。

 

「五十万円から!」

 

 始まった。

 

 一瞬。

 

 誰も札を上げない。

 

(え)

 

 心臓が跳ねる。

 

(そのまま!)

 

 じいちゃんの札が上がった。

 

「五十!」

 

(よし)

 

 このまま終われ。

 

 お願いだから誰も見るな。

 

 誰も欲しがるな。

 

「六十!」

 

 別の札が上がった。

 

(いるのかよ!)

 

 思わずそちらを見る。

 

 少し離れたところに座っている男だった。

 

 作業着姿。

 

 やっぱり牧場の人間らしい。

 

 じいちゃんは顔色一つ変えない。

 

 札を上げる。

 

「七十!」

 

 相手が少し考える。

 

 俺は息を止めた。

 

(もういいだろ)

 

(地方一勝だぞ)

 

(ラシアンルーブルの仔が欲しいなら、他にもいるだろ)

 

 男の札が。

 

 上がる。

 

「八十!」

 

 思わず、両手を握った。

 

 掌が少し湿っているのを感じる。

 

(八十万……)

 

 じいちゃんが言っていた金額だ。

 

 一応の上限。

 

 ここからどうする。

 

 じいちゃんを見る。

 

 じいちゃんは、プリマルーブルを見ていた。

 

 それから。

 

 相手を見る。

 

 ほんの少しだけ考えて。

 

 札を上げた。

 

「九十!」

 

(出した!)

 

 九十なら、その時考える。

 

 さっきそう言った。

 

 そして。

 

 出した。

 

 相手の男がこちらを見る。

 

 じいちゃんもそちらを見る。

 

 数秒。

 

 長い。

 

 ものすごく長い。

 

 また掌が湿る。

 

 相手の手は。

 

 上がらなかった。

 

「九十万円!」

 

 もう一度声が響く。

 

「ありませんか!」

 

 ない。

 

「九十万円!」

 

 落札を告げる声が響いた。

 

 一瞬。

 

 意味が分からなかった。

 

 それから。

 

 じわじわと実感が湧いてくる。

 

(買った)

 

 プリマルーブル。

 

 俺たちの馬になった。

 

「じいちゃん」

 

「ああ」

 

 それだけだった。

 

 じいちゃんの口元が、ほんの少しだけ緩んでいる。

 

 九十万円。

 

 予定より少し高くなった。

 

 それでも。

 

 手に入った。

 

 俺は名簿に書かれたプリマルーブルの名前を見る。

 

 ハギノカムイオー。

 

 プリマルーブル。

 

 これで。

 

 俺が初めて考えた配合を、本当に試せる。

 

 ゲームの中じゃない。

 

 現実の馬で。

 

     ◆

 

 もちろん。

 

 落札したからといって、そのまま馬を連れて帰れるわけではなかった。

 

 じいちゃんは係の人に呼ばれ、落札した馬と金額を確認する。

 

 書類に名前を書き。

 

 今度は事務所へ移動した。

 

「九十万円。それと税金だな」

 

「現金で払うの?」

 

「ああ。このくらいならな」

 

 じいちゃんが、用意してきた金を取り出す。

 

「もっと高い馬を何頭も買うようなところなら、また払い方も違うだろうけどな。うちはこれで十分だ」

 

「ふーん」

 

 俺がやることはない。

 

 じいちゃんが金を払い。

 

 書類を確認し。

 

 担当の人と話をする。

 

 プリマルーブルをいつ引き取るのか。

 

 どうやって牧場まで運ぶのか。

 

 必要な書類は何か。

 

 俺にはよく分からない話が、しばらく続いた。

 

 ゲームなら。

 

 落札した瞬間に、自分の牧場へ馬が追加されていた。

 

 でも。

 

 現実ではそうはいかない。

 

 馬一頭を買うだけでも、ちゃんと金を払って、書類を書いて、運ぶ手配をしなければならない。

 

(当たり前なんだけどな)

 

 そういうところまでゲームにされても困る。

 

 待っている間。

 

 俺は何度も、じいちゃんの手元にある書類を見た。

 

 そこには。

 

 プリマルーブルの名前。

 

 そして。

 

 買い手として、うちの牧場の名前がある。

 

(本当に買ったんだ)

 

 さっきのセリより。

 

 むしろ、今になって実感が湧いてきた。

 

 やがて。

 

 じいちゃんが最後の書類を受け取り、ひとまとめにする。

 

「よし」

 

「終わった?」

 

「終わった」

 

 じいちゃんが立ち上がる。

 

 俺も椅子から降りた。

 

「帰るぞ」

 

「うん」

 

 こうして、プリマルーブルはうちの馬になった。

 




ちなみにこの繁殖セールはマジで昔からあるっぽいです。調べて驚きましたね。近年だと、三冠牝馬のデアリングタクトの母親がこのセールの出身です。
ウイポみたいにGⅠ馬牝馬が速攻で売られてるとかはあり得ませんが。
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