まっしろスパイディと黒インク(Spider-man:Black ink) 作:ニゴー
ああ、フェリシア。
車椅子の父は言った。
私はもう走れやしない。
生気を失った声で。
私はもう盗めやしない。
死んだような瞳で。
ブラックキャットは死んだんだ。
『…違う!』
◯△◯
『はッ、はッ、はッ!』
アメリカ合衆国、ニューヨーク市、下水道。
逃げる、逃げる、逃げる!
黒いボディスーツの少女が、空飛ぶロボットから逃げている!
『警告 地下研究所への侵入者に告ぐ 直ちに"シンビオート"を置き 投降せよ』
『…イヤ!』
少女は、脇に抱えたカプセルを手放さない。
『悪いけどね、H.A.M.M.E.R.のブリキども!』
ロボット…ハマー・ドローンの
『これはパパの特効薬!返さないから!』
『窃盗犯に告ぐ 直ちに…』
『うるさいな!アンタらだって、トニーんとこの盗品でしょ!?』
ドローンの追跡は執拗で、少女の高機動に、ジェット噴射で肉薄してみせる。
そして。
『警告フェイズ終了 目標を』
無機質な声ののち、ロボットの腕部分が展開され、
『排除する』
まもなく、ロケット弾が、
……………。
放たれなかった。
『…エラー発生 残弾 なし』
『…ふふっ、"これ"をお探し?』
ドローンの探し物、小型のミサイルは、いつの間にか少女の…若き盗人の手に握られていた。
『じゃ、次はアンタの命、頂戴!』
ミサイルは主人へと投げつけられ、
『ガ ーーーーー…!』
あえなく爆散した。
『…ふう。』
一息。
…わたし、案外やるじゃん!
と、少女は自信をつけていた。
しかし。
ぺきっ。
『…あ!』
ばきばき!
爆散したドローンの破片が、カプセルに傷をつけていた。
まもなく、ガラスを割り、溢れ出すカプセルの中身。
地面にべとりと落ちたそれは、黒く、粘着質な、スライム状のナニカ。
自由を得たスライムは、少女からも、ドローンの元からも、下水を這って離れていく。』
『ちょっ…待って!待ってよ!』
◯△◯
…五分後。
粘液との追いかけっこの末、少女は確かに見た。
というか、物陰から指を咥えて見ているしかなかった。
『…あれっ、おかしいな。』
白い、とりわけ真っ白い、全身タイツのスーパーヒーロー。
彼の足の裏へ、自分の獲物が沈み込んでいくのを。
『音はこの辺からしたと思うんだけどなぁ…』
彼はヒーローだ。地下から響く、不穏な物音を調べに来たのだろう。
しかし、繰り返すが彼はヒーローだ。対して、少女は、窃盗行為に身を染めた、いわゆるヴィラン。
仮にも正義の味方相手に、悪党が身を晒すわけにはいかない。
『(スパイダーマン…確か、三流ヒーローの…)』
『…あ、しまった!』
思案の途中にて、蜘蛛男は突然慌て出し、
『…次の授業が…"ミッドタウン"に戻らなきゃ!』
手首から糸を放ち、あっさり地上へと上がっていった。
『…へぇ』
『……ミッドタウン、ね。』
ひとつの失言を、地下と黒猫のもとに残して。
こうして、若き黒猫の最初の獲物は、静かに定められた。