漆黒の王女は故郷を乞う 〜帰る場所を探すTS王女と侍女の冒険譚〜 作:a-ru
宿場町を出てから二日目の昼過ぎ、私たちはようやく目的地を目にした。
「……あれかな」
緩やかな丘を登り切ったところで足を止め、街道の先にそびえる巨大な城壁を眺める。ルヴェルティアを出てからというもの、森や人目につかない山道ばかりを進んできたせいもあるのだろう。久しぶりに目にする大都市の姿は、それだけで妙に眩しく感じられた。
高い城壁に囲まれた都市の外には、いくつもの荷馬車や旅人の列が伸びている。ただ、国境近くの都市だからといって軍事的な物々しさはなく、街道を行き交っているのは商人らしき一団や旅人、それに武器や防具を身につけた者たちが圧倒的に多かった。
「随分と人が多いね」
「迷宮へ向かう者だけでなく、そこで得られる素材を扱う商人や職人も集まるそうですから」
「国そのものが、迷宮で成り立ってるようなものなんだね」
「かなり近いと思います」
この国が他国と大きく違うのは、領内に存在する巨大迷宮と、そこからもたらされる膨大な資源だった。希少な魔石や特殊金属、薬の材料になる植物や魔獣素材だけでなく、迷宮からは古代の魔導具や現代では再現できない品まで発見されることがあり、その恩恵をまったく受けていない国を探す方が難しいらしい。
だからこそ、この国はどこか一国へ肩入れすることなく中立を守り続けている。そして周辺諸国もまた、ここが特定の国の支配下へ入ることを望まない。迷宮から得られる資源を一国が独占すれば、それだけで周辺諸国の力関係そのものが変わりかねないからだ。
「……ここまで来れば、少しは安心していいのかな」
無意識に漏れた言葉に、隣を歩いていたエルミナがこちらへ顔を向けた。
「完全に、とは申しません。ただ、少なくともレーヴェン軍が堂々と追ってくることは難しくなります」
「うん」
今の私には、それだけでも十分だった。
王都から逃げ出して以来、街道へ出る時も村へ立ち寄る時も、いつ追手が現れるか分からないという緊張が常につきまとっていた。その警戒を完全に解くことはできなくても、少しだけ肩の力を抜ける場所まで辿り着けたというだけで、随分と気持ちが軽くなる。
◇ ◇ ◇
国境に設けられた関所へ着いたのは、それから一時間ほど後だった。
城門の前にはいくつもの列ができていたものの、想像していたほど進みは遅くない。商人用、荷馬車用、一般の旅人用と窓口が分けられているらしく、私たちも周囲の案内に従って旅人の列へ並んだ。
前にいる男は背中に大剣を背負い、そのさらに前には杖を持った三人組がいる。これだけ武装した人間が国境に集まっているのに、門兵たちには特別警戒している様子もなく、手慣れた様子で次々と入国者をさばいていた。
「……剣、隠さなくてよかったんだね」
「冒険者が武器を持ち込めない国では、迷宮国家として成り立たないのでしょう」
「それもそうだね」
しばらく待って私たちの番になると、受付をしていた門兵が手元の書類から顔を上げた。
「名前は?」
「セラです」
「エルミナです」
「出身は?」
一瞬だけ迷ってから、私は曖昧に答える。
「東の方からです」
さすがに怪しまれるかと思ったけれど、門兵は眉一つ動かさず、次の欄へ筆を走らせた。
「滞在目的」
「冒険者登録をして、しばらくこの国で活動するつもりです」
「ギルドへの登録はまだ?」
「はい」
「なら、入国後に中央通りを真っ直ぐ行け。大きな建物だから見落とすことはない」
「……それだけですか?」
思わず聞き返すと、門兵が顔を上げた。
「何がだ?」
「もっと出身地とか、身元とかを詳しく調べるのかと思って」
「ああ」
ようやく質問の意味を理解したらしく、門兵は私とエルミナを交互に見た。
「この国には毎日、各地から冒険者と商人が押し寄せてくる。この国で指名手配されてるとか、明らかに軍隊を引き連れてきたとかでもなければ、いちいち過去まで調べちゃいられん」
「結構緩いんですね」
「入るだけならな」
そう答えた門兵は、そこで少しだけ声音を変えた。
「ただし、この国へ入った以上はここの法に従ってもらう。国外でどんな身分だったか、どこの国と揉めているかなんてことは関係ない」
「他国の事情も?」
「例えば、お前がどこかの国で貴族に喧嘩を売って逃げてきたとしても、この国の法に触れていなければ俺たちは知らん。だが、その貴族が兵隊を連れて入ってきて、お前を勝手に捕まえようとすれば、今度はそいつらが犯罪者になる」
「……なるほど」
思わずエルミナと目を合わせる。
少なくとも、その原則が本当に守られているのなら、今の私たちにとってこれほどありがたい話はない。
「もちろん、逆も同じだぞ」
「逆?」
「ここへ逃げ込んだからって、安全な場所から他国への攻撃を準備していいわけじゃない。私兵を集める、暗殺を依頼する、武装集団を作って国境を越える。そんなことをすれば、今度はお前たちを捕まえることになる」
「……平等なんですね」
「中立ってのは、そういうもんだ」
門兵は肩をすくめると、今度は少し気楽な口調で付け加えた。
「もっとも、冒険者同士の喧嘩くらいなら毎日のようにある。殴り合って鼻血を出した程度なら、店を壊したり周囲を巻き込んだりしなけりゃ大事にはならん」
「そこはいいんだ」
「武装した連中が何千人も集まる国で、口喧嘩や取っ組み合いまで全部取り締まってたら牢屋がいくつあっても足りんからな。ただし、殺したり再起不能になるほどの怪我を負わせたりすれば当然重罪だ。身体強化が得意だから素手なら何をしてもいい、なんて理屈も通らん」
「ああ……それはそうだね」
拳一つで岩を砕けるような人間だっている世界なのだから、武器を使わなければ安全というわけではない。
「市街地で攻撃魔術をぶっ放すのもやめとけ。事情次第じゃ、誰にも当たらなかったとしても拘束される」
「気をつけます」
「普通に暮らしてれば何も問題ないさ」
門兵は最後に簡単な入国証を二枚取り出し、私たちへ差し出した。
「ようこそ。迷宮国家へ」
「ありがとうございます」
入国証を受け取って城門をくぐる。王都を出てからの旅路を思えば、拍子抜けするほどあっさりしたものだった。
「……本当に入れたね」
「入れましたね」
「もっとこう、正体が発覚するとか、止められるとかあるのかと思ってた」
「何事もない方がよいでしょう?」
「それはそうなんだけど」
栗色に染めた髪へ手を触れながら、もう一度城門の方を振り返る。
どうやら今のところ、髪を切って色まで変えたことには十分な効果があったらしい。少なくともこの時の私は、変装はきちんと成功しているのだと思っていた。
◇ ◇ ◇
城門を抜けると、街の空気は一変した。
「……すごい。冒険者ばっかりだね」
思わずそんな声が漏れるほど、目につくのは武装した者たちばかりだった。
もちろんルヴェルティアにも冒険者はいたし、黒岩迷宮の周辺まで行けば武器を携えた者を見かけること自体は珍しくない。それでも、この国は規模からしてまるで違っている。
大通りの右を見ても左を見ても、剣や槍、弓や杖を持った人間が目に入る。全身鎧を身につけた大男の横を、双剣を腰に差した軽装の女性が通り過ぎ、その後ろでは巨大な盾を背負った獣人らしき冒険者が仲間と笑いながら歩いていた。
道を行き交う荷車に積まれている物まで普通ではない。私の身長ほどもある角や、見たこともない色の鱗が山積みにされているかと思えば、布で覆われた巨大な魔獣素材らしきものを数人がかりで運んでいる一団までいる。
通りの両側には武器屋や防具屋だけでなく、魔石専門店、素材買取所、薬屋、魔導具店が立ち並び、その間を埋めるように宿屋や食堂、酒場まで軒を連ねている。都市全体が、迷宮へ挑む者と、そこから持ち帰られる物によって動いているようだった。
「王都とは全然違うね」
「ええ。迷宮を中心に街そのものが作られているのでしょう」
「ここなら、剣を持って歩いてても誰も気にしないんだね」
「場所によっては、持っていない方が珍しいかもしれませんね」
それは少し大袈裟かもしれないけれど、そう思えてしまうほど武装した人間が多い。
ルヴェルティアにいた頃、私はどこへ行っても王女だった。騎士団の訓練場へ行けば姫殿下と呼ばれ、迷宮へ行けば護衛が付き、街を歩く時でさえ周囲には常に誰かの目があった。
けれど、この街では剣を腰に下げて歩く十八歳の女など珍しくもない。今すれ違った人たちのほとんどは、私がどこの誰なのかさえ知らないのだと思うと、不思議なほど新鮮な気分だった。
「…………」
「どうしました、セラさん?」
「ううん」
呼び方にはまだほんの少しだけぎこちなさが残っている。それでもエルミナなりに意識してくれているのだと思うと、自然と口元が緩んだ。
「こうやって普通に歩けるんだなって思って」
「普通に、ですか」
「うん。誰も道を空けないし、頭を下げたりもしないから」
言ってから改めて周囲を見回してみると、その代わりというわけではないのだろうけれど、こちらへ向けられている視線が意外と多いことに気づいた。
「……普通にしては、ちょっと見られてない?」
「見られていますね」
「髪かな?」
反射的に栗色の髪へ触れる。
「染め方がおかしかった?」
「いえ。綺麗に染まっていますよ」
「じゃあ、顔?」
「それも多少はあると思いますが」
「多少?」
エルミナの視線が、ゆっくりと私の服へ落ちた。
嫌な予感がする。
「……またこれ?」
「おそらく」
「そんなに目立つの?」
「この通りを歩いている方々と比べれば、多少は」
改めて周囲の冒険者たちを見てみる。
使い込まれた革鎧に、何度も補修された外套。傷だらけのブーツや、長年使っているらしい剣帯。それらと比べると、私が着ている王族のお忍び用らしい旅装は、どう見ても仕立てが良すぎた。
王家の紋章こそ入っていないものの、生地からして明らかに上等で、装飾も王宮基準で最低限だったというだけに過ぎない。一般的な旅人の服と並べてしまえば、裕福な家の娘だと思われても仕方がなかった。
「……やっぱり買い替えた方がいいかな」
「まだ使える服を捨てる必要はないと思いますよ」
「でも、目立ってるよ?」
「姫――セラさんだと分かって見ている様子ではありません」
「今、姫って言いかけたよね」
「……気のせいです」
「エルミナでも誤魔化すんだ」
小さく笑いながら周囲へ目を向けると、確かに視線は感じるものの、そこに敵意や警戒は見当たらなかった。何人かの冒険者が珍しそうにこちらを見ても、すぐに興味を失って仲間との会話へ戻っていく。
「新入りか?」
「たぶんな」
「どっかの金持ちのお嬢様じゃねえの?」
すれ違った男たちからそんな声が聞こえ、私は思わず黙り込んだ。
「セラさん?」
「変装は成功してるんだけど、なんだか納得いかない」
「王女だとは思われていませんよ」
「昨日も聞いた気がする、それ」
とはいえ、それ以上のことが起こるわけでもなかった。
二人組の若い女だからと絡んでくる者もいなければ、露骨に道を塞いでくるような人間もいない。冒険者の多い国なのだから女性冒険者そのものは珍しくないのだろうし、探せば私たちより派手な格好をした女性だって普通に歩いている。
どうやら私たちは少し目を引く程度で、せいぜい「育ちの良さそうな新人が来た」と思われているだけらしい。それなら身分を隠すという目的については、ひとまず成功していると言っていいのだろう。
たぶん。
◇ ◇ ◇
「……これがギルド?」
「そのようですね」
門兵から教えられた通り大通りを進んだ先で、私たちは巨大な建物を見上げていた。
見落とすことはないと言われた理由がよく分かる。三階建ての石造建築は下手な貴族の屋敷より大きく、正面には冒険者ギルドの紋章が堂々と掲げられていた。人の出入りも非常に多く、建物の脇には巨大な荷物を積んだ荷車まで何台も停まっている。
「ルヴェルティアの支部とは全然違うね」
「この国では、事実上本部に近い役割も担っているのでしょう」
「とりあえず入ろうか」
「はい」
扉をくぐってみれば、中も外観に負けないほど広かった。
正面にはいくつもの受付窓口が並び、その上には依頼受注、依頼報告、素材買取、迷宮情報、新規登録と、それぞれ用途を示す札が掛けられている。パーティ募集や臨時同行者の斡旋まで扱っているらしく、建物の奥には酒場兼食堂まで併設されていた。
昼を少し過ぎた時間だというのに、多くの冒険者が食事をしたり情報交換をしたりしている。
「……すごいね」
「ええ」
「冒険者だけで一つの街ができそう」
「実際、この街のかなりの部分が冒険者関連で成り立っているのでしょうね」
周囲を眺めながら、新規登録と書かれた窓口へ向かう。ここでも私たちが歩けば何人かがちらりと視線を向けてきたものの、それだけだった。
誰かが声を掛けてくるわけでもなければ、酒場が静まり返るようなこともない。私たちが受付へ着く頃には、ほとんどの人間がもう自分たちの話へ戻っていた。
「新規登録をお願いします」
「はい。お二人ともでしょうか?」
「はい」
受付を担当していたのは、二十代くらいの女性だった。彼女は慣れた手つきで二枚の用紙を取り出すと、私たちの前へ差し出した。
「では、こちらへ記入をお願いします。読み書きに問題は?」
「大丈夫です」
「分かりました。分からない項目があればお聞きください」
渡された用紙には、名前、年齢、種族、主な使用武器、魔術の使用可否、過去の冒険者登録の有無といった項目が並んでいる。思っていたより単純な内容に少し拍子抜けしながら、私は名前の欄へ『セラ』と書き込んだ。
姓は必須ではないらしいので空欄のままにし、年齢は十八、種族は人族、使用武器には剣と魔術と記入する。隣ではエルミナも同じように筆を動かしていた。
そこまで書いたところで、一つ気になったことがあった。
「すみません」
「はい?」
「戦闘力の試験とかはしないんですか?」
「登録時には原則として行っていません」
「そうなんですね」
てっきり訓練場へ連れて行かれ、どれくらい戦えるのか確認されるものだと思っていた。
「冒険者等級は、純粋な戦闘力だけを示すものではありませんので」
受付の女性はそう前置きしてから、簡単に説明してくれる。
「依頼の達成実績、探索経験、採取能力、護衛時の判断、依頼主からの評価なども含めて判断されます。非常に強い方でも、登録したばかりであれば基本的には六級からですね」
「全員ですか?」
「特殊な事情がない限りは」
「なるほど……」
以前リディアから説明を受けたことはあったけれど、実際に自分が登録する側になると少し不思議な気分だった。
一番下の六級。
今の私やエルミナの実力とはまるで釣り合わない等級だけれど、そもそも冒険者に必要なのは戦闘能力だけではない。
「つまり、すごく強くても六級になることがあるんですね」
「ありますよ。逆に、戦闘だけ強くても依頼を何度も失敗したり、依頼主や同行者と問題ばかり起こしたりする方は、なかなか昇級できません」
「それなら納得です」
冒険者の仕事は魔物を倒すことだけではない。採取や護衛もあれば、迷宮探索では危険を見極め、仲間を無事に帰還させることも重要になる。
そう考えていると、かつてハインリヒから何度も言われた言葉が脳裏をよぎった。
全員で帰ってくるまでが探索だ、と。
「記入できました」
「こちらもです」
私たちが用紙を返すと、受付の女性は内容を一通り確認していく。
「セラさん。十八歳、人族。剣及び魔術を使用。迷宮探索経験あり、冒険者登録歴なし」
「はい」
「エルミナさん。二十八歳、人族。剣を主に使用。こちらも迷宮探索経験あり、登録歴なし」
「はい」
女性は確認を終えると、カウンターの下から小さな板状の魔導具を取り出した。黒い石の表面には銀色の線が複雑に刻み込まれている。
「では最後に、本人登録を行います。こちらへ手を置いてください」
「これは何ですか?」
「魔力情報を記録するための魔導具です。同一人物が別名で複数登録したり、他人の冒険者証を使用したりするのを防ぐためですね」
「魔力で本人確認するんですね」
「はい。ただし、詳しい情報を閲覧できる職員は限られていますので、その点はご安心ください」
冒険者ともなれば事情があって名前を変える人間もいるだろうし、登録証の貸し借りや犯罪を防ぐことを考えれば、それくらいの仕組みは必要なのかもしれない。
「じゃあ、私から」
特に疑うこともなく右手を置き、ほんの少しだけ魔力を流す。すると黒い板に刻まれていた銀色の線が淡く光り始めた。
「これで大丈夫ですか?」
「はい。そのまま少々――」
受付の女性が、隣に置かれている別の魔導具へ視線を移す。
そこで、不意に動きが止まった。
「…………」
「?」
何か間違えただろうか。
女性は表示されたものを見つめたまま何度か瞬きをし、それからもう一度こちらへ視線を戻した。
「どうしました?」
「……少々、お待ちください」
「はい?」
「確認して参りますので、こちらでお待ちいただけますか?」
さっきまでとは明らかに様子が違う。女性は立ち上がると、そのまま足早に奥の扉へ消えていった。
「……何か引っかかったのかな」
「そのようですね」
エルミナの声が僅かに低くなる。腰の剣へ手を掛けるほどではないものの、先ほどまでより周囲への警戒を強めているのが分かった。
「名前を変えたからかな」
「変えたというより短くしただけですが」
「ギルド的には同じじゃない?」
「そもそも姓が必須ではありませんでしたから、それだけとは思えません」
「じゃあ……」
そこまで考えたところで、さっき自分が触れた魔導具を見る。
記録したのは、魔力情報。
髪を切り、色を変えたところで、私自身の魔力まで別人になるわけではない。
「……まずかったかな」
「まだ分かりません」
数分ほど待つと、先ほどの受付の女性が戻ってきた。
「お待たせいたしました」
「あの、何か問題がありました?」
「申し訳ありません。登録自体には問題ございません。ただ――」
女性はそこで一度言葉を切ると、周囲へさりげなく視線を向けた。
「詳しい確認をさせていただきたいので、奥の応接室までお越しいただけますでしょうか」
ここで断れば、かえって余計に怪しまれるだけだろう。
「分かりました」
「こちらへどうぞ」
エルミナと一度だけ視線を交わし、受付の女性の後についていく。
大勢の冒険者で賑わう広間を離れて職員用らしい廊下を進むと、その奥にある応接室へ案内された。室内は派手ではないものの整然としており、すでに一人の男性が私たちを待っている。
年齢は五十代くらいだろうか。服装そのものは落ち着いているけれど、胸元には受付の女性がつけていたものとは違うギルドの徽章が留められていた。
「どうぞ、お掛けください」
「失礼します」
促されるまま椅子へ腰を下ろす。エルミナも私の隣へ座ったものの、その姿勢にはいつでも動けるような僅かな緊張が残っていた。
男性は受付の女性から書類を受け取り、一度だけ内容を確認すると、改めてこちらへ顔を向けた。
「まず、冒険者登録そのものには何も問題ありません。お二人とも六級冒険者として登録できます」
「……では、何の確認ですか?」
「その前に、一つだけ」
男性の視線が、私の栗色の髪へ向けられる。
「随分と髪を短くなさいましたね」
「…………」
その一言で、心臓が大きく跳ねた。
隣にいるエルミナの空気も一瞬で変わったのが分かる。それでも私は表情を崩さないよう努めながら、男性の目を正面から見返した。
「……何のことでしょう?」
「色も変えておられる」
「人違いではありませんか?」
「そうであれば、こちらとしても話は簡単だったのですが」
男性は困ったように僅かな笑みを浮かべた。
そして、次に口にした言葉が、まだどこかに残っていた私の期待を完全に打ち砕いた。
「初めまして、セレフィーナ・ルヴェルティア殿下」
「…………」
髪を切って、色まで変えた。名乗った名前もセラだけで、国境では何の問題もなく通され、街の人たちからもせいぜい裕福な家の娘だと思われていた。
それなのに、中立国へ入って最初に訪れた冒険者ギルドで、私の変装はあっさりと見破られてしまった。