漆黒の王女は故郷を乞う 〜帰る場所を探すTS王女と侍女の冒険譚〜 作:a-ru
冒険者ギルドを出た時点でも、日はまだ高かった。
首から下げたばかりの木製の冒険者証に手を触れながら大通りへ戻る。六級冒険者になったという実感はまだ薄いけれど、少なくともこれで、この国で仕事を受けて生活していくための最低限の資格は手に入った。
「さて、これからどうしようか」
「まずは服装ではありませんか?」
「即答だね」
「今日だけで何度指摘されたと思っているのですか?」
「……分かってるよ」
城門をくぐってから一度、さらにギルド長からも指摘されている。どうやら私が地味だと思っていたこの旅装は、一般的な冒険者の格好として見ると相当に目立つらしい。
避難所に用意されていた服なのだから、もっと普通の物だと思っていたのだけれど、考えてみればあそこは王族が緊急時に使用するための施設だった。王族にとっての「目立たない服」と、一般人にとっての「普通の服」が同じとは限らない。
「じゃあ、先に服を買おうか。できれば防具とか旅用品も見ておきたいし」
「ギルドで教えていただいた店へ行けば、一通り揃うそうですよ」
「武具屋?」
「それに近いとは思いますが、少し違うようです」
エルミナに案内され、大通りから少し入った場所まで歩いていく。やがて辿り着いた建物を見上げて、私は思わず足を止めた。
「……大きくない?」
「大きいですね」
三階建てほどの広い建物で、正面にはいくつもの看板が並んでいる。武器、防具、衣服、鞄、野営用品、薬品、中古品買取と、それぞれ別の店名まで書かれていた。
中へ入ってみれば、さらに驚かされる。
一つの巨大な建物の中にいくつもの店が並び、右を見れば革鎧や金属鎧を扱う店、その向かいには冒険者向けの衣服店。少し奥には鞄や水筒、簡易調理器具を扱う店があり、別の一角では中古の武器まで並べられている。
「……ショッピングモールみたい」
「しょっぴんぐもーる?」
当然のようにエルミナが首を傾げる。以前なら、ここで言葉を誤魔化していただろう。けれど今は、もうその必要はない。私は周囲に聞こえない程度に声を落とした。
「地球にあったの。こうやって大きな建物の中に色んな店が集まってる場所」
「なるほど。それは便利そうですね」
「実際、便利だったよ。服を見て、そのまま食事して、日用品も買えて……もっと大きいところだと、一日いても回り切れなかったりしたし」
「そこまでですか」
「うん。でも、世界が違っても利便性を考えると、行き着く先は似るのかな」
そう言いながら周囲を見回す。
もちろん、地球のショッピングモールとはまるで違う。床は石造りだし、電灯もエスカレーターもない。並んでいる商品も、魔石灯や革鎧、剣に薬草と、地球ではまず見かけなかった物ばかりだ。
それでも、一つの場所へ店を集めて買い物をしやすくするという発想自体は同じだった。
「人が一日に使える時間は、どの世界でも変わりませんからね」
「……なんか妙に納得した」
確かに、剣を買うために街の端まで行き、服を買うために反対側まで戻り、さらに野営道具のため別の地区へ向かうより、一か所に集まっていた方が便利に決まっている。
特にこの国には各地から冒険者が集まってくる。着いたばかりの人間が短時間で必要な物を揃えられる場所が求められた結果、こういう形になったのだろう。
「他の国では、あまり見ないよね」
「少なくとも、私たちの故郷では見たことがありません」
「冒険者がこれだけ集まる国だから成立するのかな」
「そうかもしれませんね」
地球と同じものがあるというより、似たような必要に迫られた結果、似たような形へ辿り着いたと考えた方が自然なのだろう。
そんなことを考えながら、まずは衣服を扱う店へ向かった。
◇ ◇ ◇
「……これ、本当に売るんですね?」
店員が確認するように尋ねてくる。
「はい。できれば買い取ってもらいたいです」
「もちろん買い取りはできますが……かなり良い品ですよ?」
「それ、今日だけで何回聞いたかな……」
「はい?」
「いえ、なんでもないです」
今着ている物までその場で脱ぐわけにはいかないので、まずは荷物の中に入っていた予備の旅装と外套を査定してもらうことにした。
生地を確かめ、縫製を確認していた店員が提示した金額を聞いて、私は思わず聞き返す。
「……そんなにするんですか?」
「むしろ中古ですので、この程度になります。ほとんど傷んでいませんし、この品質なら十分買い手がつきますよ」
「…………」
どうやら、私が思っていた以上に高価な服だったらしい。
結局、予備として一着だけ残し、それ以外の旅装は売却することにした。今着ている分についても、新しい服へ着替えてから買い取ってもらえばいい。
避難所から持ち出した路銀はまだ十分残っている。とはいえ、それはあくまで緊急時のために用意されていた金であって、使い続けていればいつかなくなる。
これからは宿代も食費も、自分たちで稼いだ金から払わなければならない。そう考えると、使う予定のない高価な服を荷物として抱えて歩くより、必要な物へ換えてしまった方がずっと合理的だった。
「これ一着分で、結構揃いそうだね」
「そうですね」
「……育った環境って怖いね」
「セラさんご自身の金銭感覚でしょう」
「今は六級冒険者だから」
「そういう問題でしょうか」
少し呆れたように言われた。
その後の買い物は、思っていたより早く済んだ。
動きやすく丈夫な服に、汚れても手入れしやすい外套。革製の手袋と丈夫なブーツ、荷物を入れるための鞄に、水筒や保存食を入れる袋。必要最低限の野営道具も買い足していく。
防具については重装備にする必要もなく、動きを邪魔しない程度の軽い革製品を選んだ。ただ、剣は買い替えなかった。
避難所から持ち出した物は王宮で使っていた武器ほど上等ではないものの、実戦で使うには十分な品質がある。エルミナの剣も同様で、今すぐ金を使って新調する理由はなかった。
何より、今後迷宮へ入るのであれば、必要な装備は実際に活動してから考えた方がいい。
そうして一通り買い物を終え、店の試着室で新しい服へ着替える。それまで着ていた旅装も予定通り買い取ってもらい、荷物は来た時より随分と軽くなった。
「どう?」
店を出たところで、その場で軽く腕を広げてみる。
装飾の少ない上着に動きやすい長ズボン、腰には剣。外套もこれまでよりずっと質素になり、少なくとも服だけを見れば冒険者として不自然ではないはずだ。
エルミナも同じように実用性を重視した服へ着替えていた。ただ、彼女の場合は何を着ても立ち姿が整いすぎていて、普通の新人冒険者というより、どこかの護衛にしか見えない気もする。
「これなら目立たなくなったかな」
栗色の髪にして長さも変え、服装まで一般の冒険者に近づけた。これ以上となると、化粧で顔立ちそのものを変えるか、常に顔を隠して歩くことになってしまう。それでは逆に目立つだろう。
「まあ、普通の人には分からないってギルド長も言ってたし、これくらいでいいよね」
「ええ。ただし、今後も人前ではお気をつけください」
「分かってる」
そう答えながら、私は新しい服の裾を摘まんでみる。
高級感はないし、王宮で着ていた物に比べれば驚くほど簡素だ。それでも着心地は悪くなく、動きやすさならこちらの方が上かもしれない。
六級冒険者として歩き始めるには、むしろこれくらいの方が合っている気がした。
◇ ◇ ◇
買い物を終える頃には、空も少しずつ夕方の色へ変わり始めていた。この時間から依頼を受ける意味もないので、その日は宿を探すことにする。
冒険者ギルド周辺には宿屋も多く、値段も幅広かった。私が何軒か外観を見比べていると、隣のエルミナが不意に尋ねてくる。
「どちらになさいますか?」
「普通のでいいよ」
「セラさんの普通が少々不安なのですが」
「ひどくない?」
今日一日の出来事を考えると強く反論もしづらく、結局はギルドから歩いて数分のところにある、中くらいの値段の宿を選んだ。
豪華ではないけれど部屋は清潔で、食事もついている。二つの寝台と小さな机、それに荷物を置く棚がある程度の部屋だったが、逃亡中に野宿をしていたことを思えば十分すぎる。
「ここなら問題ないね」
「ええ。長く滞在するなら、もう少し安い宿を探してもよいかもしれません」
「そこは仕事を始めてから考えようか」
荷物を下ろし、新しく買った冒険者用の鞄を棚へ置く。その隣には、今日もらったばかりの木札がある。
六級冒険者証。
朝までは持っていなかった物なのに、今ではこれがこの国での私の身分を示す品になっていた。
「今日は色々あったね」
「国境を越えて、冒険者になって、買い物までしましたからね」
「明日からは仕事か」
「その予定でしょう?」
「うん」
ベッドへ腰を下ろし、少しだけ身体を伸ばす。
王都を逃げ出してからは、ずっと先のことばかり考えていた。追手から逃げなければならない。安全な国へ辿り着かなければならない。そして、これからどうやって生きていくのかを決めなければならない。
その一つ一つを片づけて、ようやく明日は「仕事を探す」という、ごく普通のことを考えられるところまで来た。
「どんな依頼があるかな」
「六級ですから、あまり危険なものは受けられないと思いますよ」
「分かってる。でも、ちょっと楽しみかも」
「迷宮へ入った経験なら、すでに何度もあるでしょう?」
「それとは違うよ」
今までは王女として迷宮へ入っていた。護衛がいて、訓練や調査という目的があり、終われば帰る王宮があった。
けれど明日からは、自分たちが生活するために仕事を選び、その報酬で宿代や食費を払っていくことになる。
「自分で依頼を受けて、自分で稼ぐのは初めてだから」
「……前世でも?」
「高校生だったしね。お小遣いくらいはもらってたけど、本格的に働いたことはなかったよ」
「では、本当に初めてなのですね」
「そういうこと」
地球では十六歳で人生が途切れ、この世界では王女として十八年を過ごした。
考えてみれば、三十四年分の記憶があるのに、私は一度も自分で生活費を稼いだ経験がない。
「なんだか急に不安になってきた」
「今さらですか?」
思わず二人で笑う。
国を失ったことも、父上たちのことも、地球へ帰りたいという気持ちも、何一つ消えたわけではない。
それでも、今すぐできることには限りがある。だからまずは、この国で生きていく。冒険者として仕事をして、自分たちの金を稼ぎながら、必要な情報を集めていく。
そんな生活が、明日から始まる。
「じゃあ、明日は朝からギルドだね」
「はい」
「いい依頼があるといいな」
「六級向けですから、あまり期待なさらない方がよろしいかと」
「それでもいいよ」
私は棚に置いた木札へ、もう一度目を向けた。
王女としての人生からすれば、随分と小さな一歩なのかもしれない。けれど、今の私にとっては十分だった。
明日から私は、本当の意味で六級冒険者セラとして働き始める。