漆黒の王女は故郷を乞う 〜帰る場所を探すTS王女と侍女の冒険譚〜 作:a-ru
初めての依頼を終えた翌朝、私たちは再び冒険者ギルドを訪れていた。
昨日と同じように朝のギルドは大勢の冒険者で賑わっている。その中を受付へ向かいながら、私は昨夜から少し気になっていたことを聞いてみることにした。
「そういえば、聞いておきたいことがあるんだけど」
「何でしょう?」
「昨日の報酬のこと」
薬草採取の依頼料に、余分に採った分と魔物の角の買い取り額を足しても、今泊まっている宿の二人分の料金には少し届かなかった。
もちろん、避難所から持ち出した路銀はまだ残っているので、すぐに困るわけではない。ただ、六級冒険者が普通に一日働いて宿代すら払えないとなると、他の新人たちはどうやって生活しているのか少し気になったのだ。
ちょうど空いていた受付で、そのことを尋ねてみる。
「六級の冒険者って、昨日くらいの報酬で生活してるんですか?」
「一日に一件だけでしたら、もっと安い宿を利用される方が多いですね」
「もっと安い宿?」
「冒険者向けの大部屋です。寝台だけを借りる形式なら、かなり安く泊まれますよ。食事は別になりますが」
「大部屋って、何人くらいですか?」
「宿によりますが、八人から十数人ほどでしょうか」
「…………」
思わずエルミナを見ると、彼女も同じようにこちらを見ていた。
「今の宿のままでいいね」
「はい」
意見が一致するまで、一秒もかからなかった。
別に、豪華な部屋でなければ眠れないというわけではない。王都を逃げている間には野宿だってしてきたのだから、寝台があるだけでも十分ありがたい。
ただ、見ず知らずの冒険者が十人近くいる部屋で眠るのは、今の私たちには少々都合が悪かった。着替えの問題もあるし、荷物や武器の管理もしづらい。何より、私たちは人目を避けたい事情を抱えている。
夜中に寝言で「父上」とでも口走ったら洒落にならない。
「一日に複数の依頼を受ける方も多いですよ」
「複数?」
「六級向けの依頼は、短時間で終わるものも多いですから。午前中に一件終え、そのまま午後から別の依頼を受ける方も珍しくありません」
「あ、それなら何とかなりそう」
「ただし、数をこなすために雑な仕事をされては困ります。達成件数だけで評価しているわけではありませんから」
「ちゃんと一つずつ終わらせる方が大事なんですね」
「はい。その上で多く達成できるのでしたら、もちろん問題ありません」
なるほど。それなら、今の宿を変えなくても何とかなるかもしれない。もっとも、一日に二件こなしたところで大金が稼げるわけではないだろう。それでも、しばらく生活しながら冒険者としての実績を積むには十分そうだった。
「じゃあ、今日も頑張ろうか」
「そうですね」
そうして私たちの、新人冒険者としての一週間が始まった。
◇ ◇ ◇
二日目の午前中に選んだのは、倉庫から商店へ荷物を運ぶ仕事だった。
依頼そのものは単純で、指定された木箱や袋を荷車へ載せ、数区画離れた店まで届けるだけ。戦う必要もなければ薬草を見分ける知識も必要ない仕事だったからこそ、私は少し油断していた。
「これを運べばいいんですよね?」
「ああ。ただ、それは二人で――」
「分かりました」
倉庫の男が何かを言い終える前に、私は目の前にあった木箱を持ち上げた。
「…………」
確かに重いことは重いけれど、身体強化を少しだけ使えば十分持てる程度だった。そのまま荷車まで運んで置いたところで、妙に辺りが静かなことへ気づいた。
「どうしたんですか?」
「いや……それ、二人で運ぶつもりだったんだが」
「…………」
木箱を見て、男を見て、それから少し離れた場所にいるエルミナへ視線を向ける。
「セラさん」
「うん」
「次からは周囲をご覧になってから動きましょう」
「……そうする」
どうやら、力加減というものは魔物を相手にする時だけ考えればいいわけではないらしい。
その日の午後は街路清掃を選び、こちらは特に問題もなく終わった。
三日目は外壁修理の手伝いだった。壊れた石材を運び、新しい石を職人のところへ届け、作業の邪魔になる瓦礫を片づけていく。
今度は私も学習したので、周囲の人がどの程度の重さを運んでいるのか確認しながら動いた。それでも、しばらくすると近くにいた職人から声をかけられる。
「お嬢ちゃん、随分力あるな」
「そうですか?」
「ああ。見た目からは想像つかん」
「あはは……」
どうやら少し抑えた程度では、まだ十分目立つらしい。
四日目は近郊での薬草採取だった。
二度目ともなれば、最初ほど時間はかからない。葉の特徴も覚えていたし、どこに生えやすいのかも少しずつ分かってきていた。
「前よりずっと早いですね」
「一回やったからね」
昼前には規定量を集め終え、その日の午後には商店の搬入作業を手伝った。
五日目には、城壁近くに出る小型魔物の駆除を受けた。今度は最初から討伐が目的だったので、余計な遠慮はいらないとはいえ、人目がある以上は少し加減する必要がある。
「目立たないようにね」
「それはセラさんご自身にも申し上げたいのですが」
「分かってるよ」
私たちは互いに注意し合いながら現場へ向かい、結局、依頼にあった魔物を予定よりかなり早く片づけることになった。
全力には程遠かったけれど、それでも六級冒険者としては十分以上だったらしい。帰還報告をした受付の女性には、少し不思議そうな顔をされた。
「もう終わったんですか?」
「すぐに魔物が見付かりましたから」
「……そうですか」
何か言いたそうではあったものの、依頼内容に問題があったわけではないので、それ以上追及されることはなかった。
六日目になる頃には、受付の人たちにもすっかり顔を覚えられていた。
朝に一件を受け、それが早く終われば昼からもう一件。薬草採取や荷運び、清掃、店の手伝い、外壁の補修、小型魔物の駆除と、派手な仕事は一つもなかったけれど、依頼されたことをきちんと終わらせれば報酬がもらえ、その結果が冒険者としての実績に残っていく。
最初は少し物足りないと思っていた六級の仕事も、数日続けてみれば悪くなかった。何より、自分たちで働いた金で宿代や食費の一部を賄えるようになっていく感覚が新鮮だった。
「今日の分で、宿代は足りる?」
「夕食まで含めれば、少し余るくらいですね」
「おお」
「嬉しそうですね」
「嬉しいよ。ちゃんと自分たちで生活してる感じがするから」
「路銀もまだ十分残っていますが」
「それはできるだけ残しておきたいしね」
何が起こるか分からない以上、王家の避難所から持ち出した金を使い切るわけにはいかない。その意味でも、自分たちで日々の生活費を稼げるようになったのは大きかった。
そして、冒険者になってから七日目。いつものように朝の依頼を探そうとしていた私たちは、受付から声をかけられた。
「セラさん、エルミナさん。少々よろしいでしょうか?」
「はい?」
「何かありましたか?」
何か失敗しただろうかと、一瞬だけ不安になる。けれど、受付の女性は穏やかに笑っていた。
「お二人の五級への昇級が承認されました」
「…………」
「…………」
エルミナと顔を見合わせる。
「……もう?」
「はい」
「まだ一週間くらいですよ?」
「早い方であれば、その程度ですよ」
受付の女性は慣れた様子で答える。
「六級は、長く留まることを前提とした等級ではありませんから。冒険者として最低限仕事を任せられるかどうかを確認する期間、と考えていただいた方が近いですね」
「最低限……」
「この一週間、お二人は毎日依頼を受け、すべて問題なく達成されています。期限の遅れもありませんし、依頼人からの苦情もありません。むしろ評価は良好です」
「そこまで見てるんですね」
「そのための六級でもありますから」
なるほど。
戦闘力だけを見るのであれば、私たちは最初から六級である必要などなかったのかもしれない。けれどギルドが確認したかったのは、私たちが強いかどうかだけではない。
依頼をきちんと受け、約束を守り、問題を起こさずに戻ってくる人間なのか。その最低限の信用を、この一週間で得たということなのだろう。
「では、現在の冒険者証をお願いします」
「あ」
言われて、首から下げていた六級冒険者証の木札へ手を触れる。たった一週間しか使っていないはずなのに、いざ返すとなると少し惜しい気がした。
「これ、返却なんですね」
「はい。昇級時には新しい冒険者証と交換になります」
「そっか……」
紐を外し、木札を受付へ差し出す。
「随分と名残惜しそうですね」
エルミナが小さく笑った。
「初めてセラって名前で手に入れた身分証だったから」
「なるほど」
「記念に持って帰っちゃ駄目かな」
「駄目だと思います」
「聞くだけ聞いてみても――」
「返却をお願いします」
受付の女性に先回りされ、私は諦めて木札を渡した。代わりに差し出された冒険者証は、形こそほとんど同じだったけれど、手に取った感触はまるで違った。
「……銅だ」
「五級冒険者証です」
表面には『セラ』という名前と登録番号、それに五級を示す刻印が刻まれている。木札より少し重く、手のひらへ触れる感触もひんやりと冷たい。
隣を見ると、エルミナも同じ銅製の冒険者証を受け取っていた。
「これで私たちも五級か」
「そのようですね」
「一週間前まで冒険者ですらなかったのに」
「真面目に働いた結果でしょう」
新しい銅札へ紐を通し、首から下げる。見た目としては木が銅に変わっただけなのに、五級という響きには少しだけ冒険者らしさが増したような気がした。
「あ、そうだ」
そこで私は、以前聞いた説明を思い出した。
「五級になると、迷宮に入れるんですよね?」
「はい」
受付の女性が頷く。
「六級冒険者は、新人保護のため原則として迷宮への立ち入りが認められていません。しかし、五級以上であれば、基本的に等級による入場制限はありません」
「じゃあ、五級でも深いところまで行っていいんですか?」
「規則上は可能です」
「……規則上は?」
「生きて戻れるかどうかまでは、ギルドでは保証できませんので」
「なるほど」
実に冒険者らしい返答だった。
「封鎖区域や立入禁止区域などは別ですが、通常の迷宮であれば、どこまで進むかは冒険者本人の判断です。五級へ上がった時点で、その判断を自分で行う資格があると見なされます」
「新人じゃなくなったから、あとは自己責任?」
「簡単に言えば、そうなります」
分かりやすい。
六級の間は、ギルドがある程度新人を守ってくれる。けれど、その期間を終えれば、どこへ行き、どこまで危険を冒すのかは自分自身で判断しなければならない。
「ただし、無謀な探索を推奨しているわけではありませんよ」
「もちろん分かってます」
「五級になったその日に深層へ向かう方が、たまにいらっしゃいますので」
「……帰ってくるんですか?」
「帰ってこない方もいます」
「やめておこう」
「賢明です」
いくら私たちが普通の五級冒険者より強いとはいえ、知らない迷宮へ何の情報もなく飛び込むつもりはない。
黒岩迷宮でも、リディアから何度も教えられた。迷宮では強い魔物だけが危険なのではなく、罠や地形、道迷い、魔力異常といった、剣の腕だけではどうにもならない危険がいくらでも存在する。
「でも、これで入れるんだね」
「迷宮へ行きたいのですか?」
エルミナに聞かれ、私は少しだけ考えてから頷いた。
「うん」
この国へ来た理由は、安全に暮らせる場所が必要だったからというだけではない。
この国には巨大な迷宮が存在し、黒岩迷宮でも私は空間そのものに奇妙な異常を感じていた。それがずっと探し続けている地球へ帰るための手掛かりに繋がる保証などないけれど、調べられる場所があるのなら確かめておきたい。
「せっかくここまで来たんだし、一度は見ておきたいかな」
「分かりました」
「明日にでも行ってみる?」
「行くのでしたら、まず情報を集めてからにしましょう」
「……はい」
即答されてしまったけれど、こういうところは昔から変わらない。
私が前へ進もうとした時には、隣で一度立ち止まって周囲を確認してくれる。そして進むと決めたなら、そのまま一緒についてきてくれる。
それでいいのだと思う。
木製だった冒険者証は、一週間で銅製へ変わった。けれど、級を上げることそのものが目的ではない。
冒険者になったのも、この国へ来たのも、すべてはこれから先へ進むためだ。私は首元の銅札へ触れながら、まだ見たことのないこの国の迷宮のことを考える。
六級を卒業し、ようやく新人扱いも終わった。そして明日からは、私たち自身の判断で迷宮へ入ることができる。