漆黒の王女は故郷を乞う 〜帰る場所を探すTS王女と侍女の冒険譚〜 作:a-ru
あれから、五年が経った。
『高次空間座標における魔力位相の固定と転移術式への応用』
「…………」
王宮図書館の机に広げた分厚い本を前に、私は難解な術式を追っていた。五年前は題名を見た時点で「意味が分からない」と匙を投げ、そのまま机に突っ伏してしまった本である。
さて、今ならどうか。
「……なるほど。基準座標を一つに固定するんじゃなくて、複数の魔力点から相対位置を算出して――」
ペラリと次のページをめくる。そこには複雑な術式図と数式の羅列、そしてその脇を埋め尽くす専門的な注釈がびっしりと書き込まれていた。さらに何枚か先へ飛ばしてみたものの、待っていたのは気が遠くなるような数式ばかりである。
「…………」
私はそっと一枚だけページを戻した。
「やっぱり、半分くらい分からない」
「随分と進歩なさいましたね」
横からかけられた声に顔を上げると、いつの間にかエルミナが立っていた。
「どのあたりが?」
「五年前は、題名すらお分かりにならなかったではありませんか」
「よく覚えてるわね、そんなこと」
私がジト目を向けると、彼女はほんのわずかに目元を緩めた。
「姫様のことでしたら、何でも」
当然のように涼しい顔で言い切られてしまい、私は何とも言えない表情を浮かべるしかなかった。
二十三歳になったエルミナは、五年前と比べれば少しだけ大人びて、以前よりも落ち着いた女性らしい気品を纏うようになっている。もっとも、私からすれば昔から妙に落ち着いていた人なので、中身まで劇的に変わったという印象はない。
銀白色の髪に、涼やかな青い瞳。寸分の乱れもなく侍女服を着こなす姿も、私の世話をしている時だけほんの少し柔らかくなる表情も、どれも昔と変わらなかった。
一方の私は、十三歳になった。八歳の頃と比べれば、当然ながら背も随分と伸びている。以前は大きく見上げなければならなかったエルミナの顔も、今では少し顎を上げるだけで目が合うようになった。顔立ちからも幼さが少しずつ抜け、鏡を見るたびに「ああ、本当に成長しているんだな」と、何とも妙な気分になる。
もちろん、十三年もこの身体で生きている以上、今さら自分が女であること自体に戸惑うことはほとんどない。
……ただ。
「姫様」
不意に、エルミナが私の背後へ回った。
「なに?」
「御髪が、椅子の背から床へ落ちております」
「……また伸びた?」
「はい。実に喜ばしいことでございます」
彼女の指先が、私の黒髪を愛おしそうに梳いていく。
「エルミナが喜ぶことなの?」
「もちろんでございます」
心底満足そうに頷いたエルミナは、腰をとうに越え、立てば膝裏まで届こうかという私の漆黒の髪を丁寧に掬い上げた。そこだけは五年前からまるで変わっていない。
「……少しだけ切ったらダメ?」
「なりません」
食い気味の即答だった。
「五年経っても、そこは妥協しないのね」
「姫様の美しさを損なう妥協など、私の辞書にはございません」
「重いんだけど」
「お歩きになる際は、私が後ろから御髪をお持ちいたしますので」
「そういう問題じゃないわよ……」
全く悪びれる様子のない侍女に小さく息を吐き、私は再び古書へ視線を戻した。
五年前、古い幻想小説『灰色の空の向こう』を発見して以来、私はその作者について調べ続けてきた。名前や出生地、暮らしていた土地から交友関係、残した作品や旅の記録に至るまで、手に入る限りの情報をかき集めたが、期待したほどの成果は得られていない。
作者は確かに二百年ほど前に実在した人物で、各地を転々としていたらしいことも分かっている。しかし、『灰色の空の向こう』を書く以前に何を見て、どこで『地球のような知識』を得たのかという肝心な部分だけが、まるで霧の中に隠れているように掴めなかった。
本人が地球を知っていたのか。誰かから聞いたのか。それとも、偶然似た発想へ辿り着いただけなのか。五年経った今も、明確な答えは出ていない。
それでも、調べることをやめたわけではなかった。むしろ、五年前よりできることは格段に増えている。
帰還の手掛かりを求めて学んできた魔学や空間術式をはじめ、古代史、宗教史、魂魄理論。そして、それとは別に強くなるための剣術も欠かさず続けてきた。昔は意味も分からず図書館で眺めるしかなかった専門書も、知識と経験を積んだ今なら多少は読める。
……本当に、多少は、だが。
「遠いなあ」
「何がでございますか?」
「なんでもない」
「左様でございますか」
危ない。
私はぱたんと本を閉じた。
地球への帰り道は、まだ見つかっていない。けれど、完全に諦めたわけでもない。ただ、最近はそれ以外の『王女としてやらなければならないこと』も、随分と増えてきた。
「姫殿下」
図書室の扉が静かに開き、入ってきた侍従が深く一礼した。
「陛下が、私室へお越しになるようにと」
「父上が?」
「はい」
「……私、最近何かしたっけ?」
私は思わずエルミナを見た。
「心当たり、ある?」
尋ねると、彼女はほんのわずかに視線を逸らした。
「……ございません」
「その間は何?」
「お気になさらず」
「ものすごく気になるんだけど」
嫌な予感しかしない。しかも執務室ではなく私室へ呼ぶということは、身内以外の人間には聞かせたくない話なのだろう。正直なところ行きたくないのだが、王女である以上、父王からの呼び出しを無視するという選択肢は存在しなかった。
◇ ◇ ◇
「セレフィーナ。座れ」
「はい」
父上の私室へ入ると、すでに母上も同席していた。父上は重厚な執務机の向こう。母上はその近くに置かれた長椅子。そして机の上には、何通もの分厚い封書がうず高く積み上がっていた。
見覚えのある他国の紋章から、まったく知らない意匠まで。赤や金の封蝋が押されたそれらを見た瞬間、先ほどまでの嫌な予感が確信へ変わる。
「……何でしょうか?」
「縁談が来た」
「…………」
私は黙った。
縁談。もちろん言葉の意味は知っている。王侯貴族の歴史を習えば、嫌というほど出てくる単語だ。
「……どなた宛てに?」
「そなたに決まっているだろう」
父上が呆れたように即答した。
「…………私が?」
「この国に、他に未婚の王女がいるのか?」
いない。父上と母上の子供は私一人であり、つまり王位を継ぐのも基本的には私である。
「結婚、ですか?」
「今すぐではない。まずは婚約の打診だ」
「…………」
思わず、自分の身体を見下ろした。
十三歳。この世界の王侯貴族であれば、この年齢から婚約話が出ること自体は珍しくない。知識としては知っている。
知ってはいるけれど。
――待て。俺が? 誰か知らない男の、お嫁さんに?
「……………………」
「セレフィーナ?」
「少し、待ってください」
「何をだ」
「心の整理を」
前世十六年。今世十三年。人生通算だけなら、二十九年近く生きていることになる。
なのに、『どこの誰とも知らない男の妻になれ』という話を正式に持ち込まれた経験は、私の人生で一度もない。
当然だけど。
「……ものすごく、複雑です」
「何がだ?」
「いえ、申し訳ありません。それで、どこの国の方から?」
「一つではない」
「え?」
父上が、一番上に置かれていた仰々しい書状へ手を伸ばした。
「正式な申し入れが三件。非公式な打診まで含めれば七件だ」
「ななっ!?」
思わず声が裏返った。
「七件も!?」
「騒ぐな」
「騒ぎますよ! なんですか七件って!」
どうしてそんなことになっているのだ。私は国外へ出たことすらなく、外国の王子と直接会った経験もない。恋愛以前に、顔すら知らない相手ばかりのはずだ。
「私、国外に出たこともないですよね? なのに、なんで他国の王族がそんなに私のことを知ってるんですか?」
私の必死の抗議に、父上が少し呆れたように息を吐いた。
「セレフィーナ。そなたは、自分が何者か分かっているのか?」
「王女ですが」
「そういう意味ではない」
そこで母上がティーカップを置き、代わりに口を開いた。
「セレフィーナ。あなたの肖像画は、すでにいくつかの主要な王家へ渡っていますよ」
「……肖像画?」
「昨年描かせたでしょう」
「あれ!?」
思い出した。朝から夕方まで窮屈なドレス姿で座らされ、途中から魂が抜けかけた、あの行事だ。
「外交上の贈答品として、複製が作られています」
「そんな用途だったんですか!?」
「王族同士が、互いの顔も知らぬというのも外交上不便ですからね」
「聞いてない……」
「用途までお話しする必要はないと思っていましたから」
さらっと言われた。
いや、少なくとも私にとっては極めて必要な情報だったと思う。
「それだけではない」
父上が続けた。
「我が国は交易国だ。北部山地で採れる鉄鉱石、南部で作られる葡萄酒、西方沿岸の塩や海産物。加工された魔導具や織物も国外へ出ている」
「……はい」
もちろん知っている。五年前の城下視察でも学んだ。
ルヴェルティアは、国土そのものは決して広くない。けれど、海に面した良港、内陸の山地、肥沃な農地、そして古くから続く交易路に恵まれた、小国ながら比較的豊かな国だった。
北と東には山地が広がり、大軍が侵攻できる街道は限られている。西は海。南部だけは比較的開けているが、主要な街道と要塞を押さえれば防衛はしやすい。だからこそ長い歴史の中で何度も周辺大国の間に挟まれながら、それでも独立を保ってきた。
豊かではある。しかし、その豊かさを奪うために大軍を投入するには、少々手間がかかりすぎる。
それが、ルヴェルティアという国だった。
「王都には他国の商人も多く出入りする。商人というものは、品物だけを運ぶわけではない」
「……あ」
そこでようやく、私は線と線が繋がった。
「噂も、ですか」
「ああ。王都の様子も、王家の評判も運ぶ。『ルヴェルティアには、珍しい漆黒の髪を持った王女がいる』程度の話なら、とうに周辺諸国へ広まっているだろう」
「……」
母上が少し楽しそうに微笑む。
「それに最近は、『類稀な才能を持った、将来は傾国と謳われてもおかしくない美しい姫君だ』という話まで随分と広まっているそうですよ」
「……誰がそんな盛った話を」
「商人、使節、他国の貴族。色々でしょうね」
「余計なことを……」
「事実を話しているだけかもしれませんよ?」
母上はご機嫌だったが、私は全然嬉しくない。
「でも、それだけで縁談が七件も来るものですか?」
「無論、噂や美貌だけではない」
父上が一通の封書を指先で軽く叩いた。
「まず、そなたはルヴェルティア王家の次代を担う唯一の直系後継者だ。さらに桁外れの魔力を持ち、剣術と魔術の双方に才がある」
私は黙って聞く。
「そして、その髪だ」
父上の鋭い視線が、私の漆黒の髪へ向けられた。
「完全な漆黒。現在知られている範囲では、他国にも同様の例がない稀少なものだ」
「髪の色素の濃さと魔力量には、強い相関があるという話ですね」
「ああ。もちろん絶対ではないが、少なくともそなた自身の莫大な魔力量が、その説を強く裏付けている」
父上はそこで一度言葉を切った。
「加えて、美貌だ」
「そこも価値に入るんですか」
「入る」
「即答……」
「王族の婚姻だぞ。相手の容姿が全く考慮されないとでも思っていたのか?」
「そう言われると……」
言葉に詰まる。
理屈は分かる。分かるけれど、改めて真正面から言われると複雑だ。
「つまり、私って」
「価値が高い」
「言い方」
あまりにも直接的な表現に顔をしかめたが、父上に容赦はなかった。
「事実だ。そして、価値があるのはそなた自身だけではない」
「……どういう意味ですか?」
「そなたの資質が、次代へ受け継がれる可能性があるということだ」
言われた意味を理解するまでに、ほんの数秒かかった。
「……あ」
「王族や高位貴族が血統を重んじる理由だ。高い魔力、身体的資質、術式適性。そうしたものには一定の遺伝性が存在する」
父上は淡々と続ける。
「そなたを妻として迎えるということは、単に一人の王女を得るという話ではない。将来的に、そなたの持つ資質を自国の王家へ取り込める可能性があるということだ」
背中に、ぞくりと冷たいものが走った。
頭では理解できる。歴史の授業で何度も習ったことだ。政略結婚、王家の血脈、後継者の重要性。けれど、自分自身がその『価値ある存在』として値踏みされる側になると、話はまるで違って聞こえた。
「嫌な話か?」
「……正直、少し」
「ならば覚えておけ」
父上は、王としての厳しい眼差しで私を見た。
「これから先、そなたへ近づく者すべてが、そなた自身だけを見ているとは限らぬ。そなたを通して王位を見る者もいる。ルヴェルティアそのものを見る者もいる。魔力を見る者もいれば、血を見る者もいるだろう」
「……はい」
「すべてを疑えとは言わん。だが、自分が何を持っているかを知らぬ者は、それを利用されても気づけぬ。最後には、いいように利用されるだけだ」
静かで、重い言葉だった。
五年前。城下町へ行く前にも、父上は似たことを言った。
――数字だけで国を知ったつもりになるな。
今度は、自分自身の価値を知れ、ということなのだろう。
王女という立場は、本当に面倒だ。けれど父上の言葉には、いつもどこか不器用な庇護が含まれている。
「それで」
私は机の上に積まれた書状の山を指差した。
「父上は、この縁談をどうするおつもりなんですか?」
「現時点では、全部断る」
即答だった。
「そんな簡単に?」
「簡単ではない。断り方一つ間違えれば、大国との外交問題にもなり得る」
「じゃあ、どうして」
「そなたを国外へ嫁がせれば、ルヴェルティアの王位を誰が継ぐ?」
「……私しかいませんね」
「そういうことだ。少なくとも現状で、そなたという最大級の国益を他国へ引き渡す理由がない」
少しだけ。
本当に少しだけ、安心した。
「婿入りなら?」
「相手と条件次第だ」
「そこは否定しないんですね」
「王である以上、自国の利益になる可能性まで閉ざす気はない」
父上らしい。
「ただし」
そこで、声が少しだけ柔らかくなった。
「そなたの意思を完全に無視して、勝手に決めるつもりもない」
「……王族の婚姻に自由はないんじゃ?」
「自由に決められぬことと、己の意思を持つことを許されぬことは別だ。最後にその相手と人生を共にするのは、そなただからな」
「父上……。意外と優しいこと言うんですね」
「では、一番条件の良い縁談をこちらで選んで話を進めるか?」
「いえ結構です」
「なら黙れ」
私たちのやり取りを見て、母上が小さく笑った。
「でも、セレフィーナ。いずれは真剣に考えなければなりませんよ」
「……やっぱり?」
「あなたは王位を継ぐのですから」
分かっている。分かってはいる。
私は今も、地球へ帰る方法を探している。なのに周囲では、私が誰に嫁ぐのか、あるいは誰を婿として迎えるのかという話が勝手に進み始めている。
本人はこの世界から出ていく方法を探しているというのに、周囲はこの世界で誰と結ばれるのかを考えているのだ。
我ながら、ひどく噛み合っていない。
「それと、もう一つある」
父上の声に、私は顔を上げた。
「まだあるんですか?」
「ああ」
父上が別の書類を取り出す。今度は封書ではなく、騎士団の印章が押された報告書だった。
「来月から、そなたの剣術訓練の内容を変更する。ハインリヒから進言があったのでな」
先ほどまでとは違う意味で、少し胸が高鳴った。
「何をするんですか?」
「実戦だ」
「……人と?」
「まさか。そなたに人を斬らせるにはまだ早い」
父上は呆れたように眉を上げ、それから一拍置いて続けた。
「ダンジョンだ」
その言葉に、私は目を見開いた。
ダンジョン。
もちろん存在は知っている。むしろ、この世界で暮らしていて知らない者はいない。神々が人間へ与えた試練だと、古くからそう伝えられている不可思議な場所だ。
内部にはダンジョンの外よりも強力な魔物が棲み、倒しても一定期間が経てば再びどこからともなく現れる。さらに奇妙なのは、その魔物たちの死に方だった。
外の魔物であれば、倒せば当然死体が残る。けれどダンジョンの魔物は、致命傷を受けると身体が淡い光の粒子へと崩れ、そのまま跡形もなく消えてしまう。
――まるで、前世のゲームのように。
しかも、何も残らないわけではない。
魔石や牙、爪、皮など、本来なら死体から剥ぎ取るはずの素材だけが、その場に残されることがある。どういう原理なのかは、現代の魔学でも完全には解明されていない。危険な場所ではあるが、そうして得られる素材は王都の魔導産業を支える重要な資源でもあった。
「……私が、ダンジョンへ?」
「王都北東にある、王家管理の迷宮だ」
もちろん知っている。
王都から馬車で半日ほど。山地の麓に口を開ける、中規模のダンジョン。正式名称よりも『黒岩迷宮』という通称の方が有名で、浅層は許可を得た冒険者や騎士団の訓練にも使われている。
「ハインリヒ曰く、そろそろ『本当に殺しに来る相手』と戦わせるべきだそうだ」
「……団長らしい」
「無論、一人では行かせん。ハインリヒ本人と、選抜した精鋭騎士を同行させる。エルミナもだ」
私は背後に控えるエルミナを振り返った。
「知ってた?」
じろりと睨むと、彼女は涼しい顔で頷く。
「はい」
「また私だけ知らなかった?」
「本日お聞きになる予定でしたので」
「みんな、私に隠すの好きじゃない?」
「姫様の教育上必要な配慮でございます」
「絶対便利に使ってるでしょ、その言葉」
母上がくすくす笑っている。私は小さくため息をついてから、もう一度父上へ向き直った。
「それで、どこまで行くんですか?」
「最初は浅層だ」
「浅層……」
「不満か?」
「いえ」
嘘だ。少し不満。せっかくなら、もう少し奥まで行ってみたい。そんなことを考えていたら、父上の目がすっと細くなった。
「セレフィーナ。勝手に深部へ行くなよ」
「私、まだ何も言ってませんけど」
「顔に出ている」
「……」
無言でエルミナを見る。彼女は優雅に微笑んでいた。絶対この人が、事前に何か吹き込んだに違いない。
「木剣での訓練とは違う」
父上の声が、少しだけ真剣なものに変わった。
「魔物は加減をしない。そなたを殺すつもりで襲ってくる。だからこそ、そこで学んでこい。訓練では得られぬものをな」
私は小さく息を吸った。
五年前。私はハインリヒに言われた。今の私は、強いのではない。ただ、強くなれるだけなのだ、と。
あれから五年。私はどれだけ強者に近づけたのか。少しだけ――いや、かなり確かめてみたい。
「分かりました」
「よろしい」
父上が満足そうに頷いた、その時だった。扉の外から控えめなノック音が響き、やや慌てた様子の侍従が顔を覗かせる。
「陛下。失礼いたします。東方レーヴェン王国より、急使が到着いたしました」
「用件は?」
一瞬だけ、侍従が言葉を詰まらせた。
「……姫殿下との婚姻について、正式な親書を携えております」
「…………」
室内が水を打ったように静まり返った。父上は眉間に深いしわを刻みながら目を閉じ、母上は何事もなかったかのように紅茶を口へ運ぶ。私は天井を見上げた。
「……八件目?」
「正式なものなら四件目だ」
「増えてるじゃないですか!!」
思わず叫ぶ。
十三歳。
地球への帰り道は、未だ見つからない。けれど、私が知らないところで、国外では私の顔も、髪も、魔力も、血筋も、随分と有名になっていたらしい。
そして来月からは、顔も知らない外国の王子たちのことを考えるより先に、私はダンジョンで魔物と殺し合うことになりそうだった。