逃げ上手の若君こと北条時行が幻想入りし、博麗霊夢や霧雨魔理沙、そして守矢神社の面々と出会う話です。上下二話の構成になります。



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逃げ上手の若君が幻想入り・上

 

 

 博麗霊夢はこれまで、数多の人妖と弾幕ごっこを繰り広げてきた。

 暴れる者。楽しむ者。怒り狂う者。弾幕に込める思いは、それぞれだ。

 しかし、そんな霊夢でも - 弾幕を避けることに発情する変態は、初めて見た。

 

 笠もなければ、鎧もない。

 白い上衣に赤い袴を履いた小柄な青年が、一冊の本を抱えて博麗神社の石段を駆け上がってくる。

 

「いきなり人の本をひったくるとは、どういう了見だ、てめえ! そいつは返してもらうぜ!」

 

 その背後から箒に跨って飛来したのは、霧雨魔理沙だった。片手にはミニ八卦炉。箒の穂先からは、湯気のような星屑が噴き出している。

 少年は振り返りもしない。

 駆けながら、ふっと左肩を沈める。

 直後、光弾が彼の黒髪をかすめ、石段を穿った。

 

「おお……!」

 

 青年の口から感嘆の声が漏れた。

 そこに恐怖はない。あるのは純粋な歓喜だけだ。

 

「楽しいな、楽しいなぁ! 合戦の最中ならともかく、君一人でこれほどの弾を放てるとは驚きだ!」

「とか言いながら、全部避けてるお前はなんなんだよ!?」

 

 声を荒らげた魔理沙が、立て続けに光弾を放つ。

 星の弾幕が扇状に広がり、参道の砂利を巻き上げた。正面から逃げ道を塞ぐように展開し、その隙間さえ次々と後続の弾で埋めていく。

 少年は笑った。

 右へ。身を沈めて下へ。石段を蹴り、宙返りして上へ。

 無数の星の間を、糸に針を通すかのように縫っていく。その動きには一切の迷いがなかった。まるで、弾が放たれる前から軌道を知っていたかのように。

 

(……なんで当たらないのよ、あんた)

 

 境内で茶を啜っていた霊夢は、湯呑みを傍らに置いた。

 若者の動きは異様だった。

 魔法を使っている様子はない。空も飛べないらしく、ひたすら自分の足だけで駆け続けている。にもかかわらず、魔理沙の弾幕は少年の袖や髪をかすめるばかりで、一向にその身体を捉えられない。

 

 避けてから動いているのではない。

 

 青年は読んでいるのだ。

 魔理沙の視線。肩や指先の向き。ミニ八卦炉を構える角度。弾を撃つ直前に生じる、ごくわずかな呼吸の変化。

 そのすべてを見切り、一瞬先へと逃げ続けている。

 

「鬼さんこーちら、手の鳴るほうへ!」

 

 青年が両手を打ち鳴らした。

 今にも踊りだしそうな足取りだった。迫る死の気配が濃くなればなるほど、頬は上気し、呼吸は弾み、その目は歓喜に潤んでいく。

 

「調子に乗るなよ!?」

 

 魔理沙の額に青筋が浮かんだ。

 箒の上で急停止すると、八卦炉を正面に構える。その中心に光が収束し、境内の空気を震わせながら白く膨れ上がった。

 

「『マスタースパーク』!!」

「うわっ、太いな!? 当たったら死んでしまうぞ!」

 

 死んでしまう、と叫ぶ者の顔ではなかった。

 青年は心底うれしそうに目を見開くと、石畳を蹴って横へ跳んだ。

 直後、極太の閃光が境内を薙ぎ払った。

 光の帯が青年の頬を浅く舐める。あと半歩遅ければ、華奢な体は吹っ飛んでいただろう。

 少年は地面を転がりながら勢いを殺し、何事もなかったかのように起き上がった。

 だが、かわされた光が消えるわけではない。

 閃光は少年の背後を突抜け、そのまま博麗神社の賽銭箱へと直撃した。

 

 轟音。

 

 木っ端が爆ぜた。

 小銭の甲高い音がわずかに響き、真っ二つになった賽銭箱が石畳の上へ無惨に転がる。

 境内に静寂が訪れた。

 霊夢は、いつの間にか立ち上がっていた。

 その顔には何の表情もない。

 

「……魔理沙」

「あ、いや、霊夢。これはだな、不可抗力ってやつで」

「『夢想封印』」

「ギャッー!?」

 

 霊夢が掲げた御札から、無数の光弾が放たれた。

 魔理沙の逃げ道を塞ぐように四方八方から殺到し、寸分違わず直撃する。箒ごときりもみ回転しながら吹き飛んだ魔理沙は、縁側の向こうへ頭から落下した。

 今度こそ境内は静かになった。

 霊夢は大きく息を吐くと、青年へ向き直った。指の間には、いつの間にか新たな御札が挟まれている。

 

「あんた、人里の人? 見ない顔だけど」

 

 青年は着物についた埃を払っていた手を止めた。

 人懐こい、それでいて年齢に似合わぬ落ち着きを宿した瞳が霊夢を見つめる。

 

「いや。気がついたら、この辺りに迷い込んでいたんだ。君はこの神社の巫女か?」

「ええ。見ての通りよ」

「良い神力だ。雫を思い出す」

「……誰?」

「私が最も愛する、正妻の一人だ!」

 

 ヒュッ、と風を切る音がした。

 霊夢の御札が、少年の喉元に突き付けられる直前。青年はバック中で回避する。霊夢の目は完全に据わっていた。

 

「正妻の、一人。……何人いるの」

「三人だ! いや、待ってくれ。私は決して怪しい者ではない!」

「その弁明で怪しさが増したんだけど」

 

 少年は慌てて両手を上げた。その拍子に、懐から小さな木札が落ちる。

 

「私は北条家の者。名を北条時行という。足利尊氏に憑いていた悪神を祓い、信濃に潜伏中の身なのだが……気がつけば、この山奥の社にいた」

 

 尊氏。北条。

 聞き覚えがないわけではないが、霊夢にはどちらも遠い昔の名前でしかない。

 そもそも幻想郷では、外の世界でどれほど立派な身分を持っていようと、さほど意味はない。人間なら人間、妖怪なら妖怪、神なら神だ。肩書よりも、目の前で異変を起こすか否かのほうがよほど重要である。

 

「それで、なんであんたは魔理沙に追いかけられていたの?」

「うん。実は、この本は彼女が盗んだ盗品らしいんだ」

 

 時行は抱えていた本を掲げた。

 古びた表紙には、霊夢にも見覚えのある紅い印が刻まれている。どうやら元の持ち主は、湖のほとりに住む吸血鬼か、その友人の魔法使いらしい。

 

「だから元の持ち主に返そうと思ったのだが……」

「返す場所が分からないうえに、本人に追いかけられたと」

「そのうち、追われること自体が楽しくなってしまって」

「やっぱり変態じゃない」

「ところで、君の『夢想封印』というのも避けてみたいのだが」

 

 時行の瞳が、期待に満ちて輝いた。

 霊夢は反射的に半歩退いた。

 弾幕ごっこを楽しむ者は幻想郷に多い。しかし、それは自らも弾幕を放ち、相手と技を競い合うことを前提とした遊びだ。

 

 この青年は違う。

 逃げる。かわす。すり抜ける。

 ただそれだけに、純粋な快楽を見出している。

 

「……筋金入りの変態だわ」

「おい、霊夢。その変態から離れろ」

 

 縁側の向こうから、魔理沙がふらふらと起き上がってきた。帽子は潰れ、全身からうっすらと煙が上がっている。

 

「北条時行っていえば、鎌倉時代に滅亡した北条家の生き残りだ。家にあった太平記の写本で見た覚えがあるぜ」

「なるほど。豊聡耳みたいに、過去の偉人が蘇ったというわけね」

 

 霊夢はあっさり納得した。

 死んだはずの聖人が復活し、神や仙人が当然のように歩き回っているのが幻想郷だ。数百年前の武将が一人増えたところで、今さら驚くほどでもない。

 しかし、当事者である時行が納得できるはずもなかった。

 

「豊聡耳というと、聖徳太子のことか? 蘇った? それに私が歴史書に載っているとは……失礼だが、今は一体、何年だ?」

「お前が本当に北条時行なら、ここはざっくり五百年以上先の未来だよ」

「ご、五百年!?」

 

 今までどんな弾幕にも動じなかった時行の顔が、初めて引きつった。

 それを見て幾分か留飲を下げたらしく、魔理沙は得意げに口角を上げた。

 

「ああ。北条時行といえば、中先代の乱を起こして鎌倉を奪い返したことと── 」

 

 魔理沙はそこで、わざとらしく言葉を区切った。

 

「諏訪神社の巫女と子作りしまくり、行軍の最中にも土地土地の女と子作りしまくったことで有名だぜ」

「変態だわ」

「私の後世での扱いどうなっているの!?」

 

 時行が目玉を飛び出さんばかりに見開いた。

 この日一番の動揺だった。

 

「私の妻は、誓って三人しかいない! 不貞など、もってのほかだ!」

「三人はいるのね」

「どうだか。そんなことより私の本を返せ。それは盗んだんじゃない。死ぬまで借りているだけだ」

「はいはい。いつものやつね」

「それは結局、借りたまま返さないということでは?」

「死んだら返すぜ」

「誰が返すんだ?」

「細かいことは気にするな」

 

 時行は釈然としない顔をしたまま本を抱きしめた。魔理沙は奪い返そうと手を伸ばしたが、時行が半歩後ろへ下がるだけで、指先は空を切った。

 

「……お前、今避ける必要あったか?」

「身体が勝手に」

「腹立つなあ!」

「そこまでにしなさい。また賽銭箱を壊したら、今度はあんたを材料にして直すわよ」

 

 霊夢の一言で、魔理沙は渋々手を引っ込めた。

 

「まあ、諏訪神社と縁があるなら、守矢の連中に任せるのが一番だろ」

「守矢?」

「妖怪の山にある神社よ。外の世界にあった諏訪の神社ごと、こっちへ移ってきたの」

 

 時行の表情が変わった。

 

「諏訪の神々が、この地におられるのか?」

「あんたの知ってる諏訪と、まったく同じかは知らないけどね」

「それでも構わない。諏訪の名を継ぐ社があるのなら、ぜひ参拝したい」

「早苗のご先祖かもしれないし、身内に引き取ってもらいましょう」

「まるで迷子の扱いだな……」

「幻想郷に一人で迷い込んだ時点で、迷子なんだよ、お前は」

 

 魔理沙がもっともらしく言う。

 霊夢は相手にせず、境内の端に建てられた小さな祠へ向かった。妖怪の山にある守矢神社の分社である。

 その戸を、遠慮なく指の背で叩く。

 

 コン、コン。

 

『我を呼ぶのは、何処の人ぞ』

「うわっ!?」

 

 神気が境内に満ちた。

 分社の背後から、注連縄を背負った大柄な女が姿を現す。背中の注連縄に結ばれた紙垂が風もないのに揺れ、その威容に時行は思わず身構えた。

 一方、霊夢は神を呼び出したというのに、挨拶一つせず本題へ入った。

 

「あんたのところの身内らしき迷子が来たわよ。北条時行って知ってる?」

「そりゃあ、知っているさ」

 

 八坂神奈子は、じっと時行を見下ろした。

 

「足利尊氏の凶行によって窮地に立たされた諏訪の者たちと共に戦い、北条の再興を目指した若武者だ。諏訪にとっては縁の深い男さね」

 

 神奈子は腕を組み、しばらく時行を観察する。

 

「ただ、五百年以上も前の人間だから、姿までははっきり覚えちゃいない。はて、こんなちんちくり……小柄だったかね?」

「そこまで言ったならもう言い切ってよ!?」

「神相手に初対面からその調子とか、度胸あるなお前」

 

 呆れる魔理沙に、時行は照れくさそうに頬をかいた。

 

「父代わりの頼重殿が、神力を使いながら無茶苦茶なことを言う人だったのでな。神には慣れているというか……」

「……ああ。諏訪頼重か」

 

 神奈子は、ほんの少し目を細めた。

 その名に宿る懐かしさと痛みを噛み締めるような、遠い眼差しだった。

 

「随分と懐かしい名だ。なら、その口ぶりも含めて本物らしいね」

「信じるの、そこなの?」

「神には神なりの見分け方があるのさ」

 

 神奈子は豪快に笑い、それから時行を正面から見据えた。

 

「元の時代に帰りたいだろう、時行」

「もちろんだ。尊氏との決着も、まだ果たしていない」

「そういや、お前は歴史上のどの時点から来たんだ?」

 

 魔理沙が尋ねる。

 

「さっき、足利尊氏に憑いていた悪神を祓ったと言っていたよな」

 

 時行の表情から笑みが消えた。

 

「うむ。尊氏を人へ戻してから、信濃に潜伏すること一年。これから河村城へ向かい、尊氏を討つために挙兵するはずだった。だが出陣を前に、急に胸が苦しくなり……気を失って、目を覚ましたらここにいた」

 

 時行は胸元を押さえた。

 その仕草は一瞬だったが、霊夢は見逃さなかった。

 魔理沙が腕を組み、記憶を探るように宙を見上げた。

 

「それなら、捕まって処刑される直前ってことか」

「ちょっと、馬鹿!」

 

 霊夢の拳が、魔理沙の帽子を上から叩き潰した。

 

「痛っ! 何すんだよ!」

「本人を目の前にして、言い方ってものがあるでしょうが!」

 

 だが、一度放たれた言葉は取り戻せない。

 時行はしばらく呆けたように瞬きをしていた。やがてその意味を飲み込み、静かに目を伏せる。

 

「そうか」

 

 漏れた声は、不思議なほど穏やかだった。

 

「やはり私は、処刑されるのだな」

「……驚かないんだね」

 

 神奈子が問いかける。

 

「尊氏を討ち、北条を再興することは、お前さんの生涯を懸けた大願だったはずだろう?」

「無念ではある」

 

 時行は否定しなかった。

 

「だが、人々を狂わせ、世を苦しめた悪神は祓った。尊氏本人との決着は残っているが、あれほどの相手に挑み、私だけが無事で済むとは思っていない」

「死ぬ覚悟はできているってこと?」

 

 霊夢の問いに、時行は首を横へ振った。

 

「死ぬ覚悟ではない。死ぬまで逃げ続ける覚悟だ」

「……同じじゃないのか?」

「違うさ」

 

 時行は顔を上げた。その瞳には、先ほど弾幕の中で見せたものとは異なる、静かで強い光が宿っている。

 

「私は死なないためだけに逃げてきたのではない。鎌倉へ帰るため、北条の名を絶やさぬため、次の一手を打つために逃げてきた。たとえ最後には捕らえられるとしても、それまでの一歩を諦める理由にはならない」

 

 誰もすぐには言葉を返さなかった。

 博麗神社の境内を、乾いた風が通り抜ける。

 やがて、時行はいつもの人懐こい笑みを浮かべた。

 

「それに、ここへ来たことで一つ楽しみができた」

「楽しみ?」

「守矢神社の巫女だ。私の子孫かもしれないという娘に、一目会ってみたい。それだけでも、この地へ迷い込んだ甲斐はある」

 

 神奈子はその言葉を待っていたかのように、にやりと笑った。

 

「もちろん歓迎するよ、時行。早苗の力なら、お前を元の時代へ戻すこともできるかもしれない。ただし 」

「ただし?」

「こちらにも、少し頼みがある」

 

 神奈子の笑みから、わずかに快活さが消えた。

 

「うちの早苗は今、自分の力を見失っている。奇跡を起こす力をコントロールできず、守矢の巫女として、現人神としての自信を失っているんだ」

「やはり神の奇跡か……」

 

 時行は茶化さず、神奈子の言葉に耳を傾けた。

 

「私が説いても、あの子には神が自分を慰めているようにしか聞こえない。だから、諏訪と共に戦い、悪神を祓ったお前の言葉で導いてやってほしい」

「私が、その早苗という娘を?」

「ああ。お前を先祖と呼べる血筋であることは確かだ。何より、逃げ続けながら役目を果たしたお前にしか、伝えられないこともあるだろう」

 

 時行は少し考え込んだ。

 それから胸を張り、力強く頷く。

 

「承知した。私にできることなら、何でもしよう」

 

 その返答を聞き、神奈子は満足げに笑った。

 

「決まりだ。詳しい話は、守矢神社でしよう。山へ入るなら、霊夢と魔理沙も一緒に来な」

「なんで私まで」

「迷子を拾った責任だよ」

「賽銭箱を壊した君の監視も必要だしな」

「お前が言うな!」

 

 境内に魔理沙の抗議が響く。

 時行はそんな二人を眺め、楽しそうに笑った。五百年後の世。人と妖怪と神が隣り合い、空を飛び、光の弾を撃ち合う不可思議な土地。

 元の時代へ帰る道は、まだ見えない。

 その先には、すでに自分の死が待っているらしい。

 それでも時行の足取りは軽かった。

 北条時行は逃げることにかけて、誰にも負けない。

 しかし、帰るべき場所から逃げるつもりだけはなかった。

 

 

 




東方紅魔郷リメイクを記念に、東方二次創作を書いてみたいなと思いました。
昔幻想入りシリーズをちょくちょく見ていたので、せっかくなら比較的最近の作品で東方projectと相性のよさそうなキャラクターの幻想入りを書くことにしました。

そこで、逃げるのが好きで弾幕ごっこが好きになりそうで歴史的にも守矢神社とは縁がありそうな逃げ上手の若君・北条時行に幻想入りしてもらうことにしました。


後編ももう書きあがっているので来週投稿します。

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