「王よ、御帰国までに、命じられていたことは万事済ませておきました。本来、無理ですが、白川卿を筆頭者として白川家を戸籍として作り、美珠さんと千鶴さんも移動させました。月輪家の戸籍から、白川卿と姉妹の記録を抹消しました。どうせなくなる家ですからね」
正史編纂員会のエージェント、甘粕冬馬は帰国した翌日、律儀に報告にやってきた。
「ありがとうございます。正直、無理を言った自覚はあるので」
婿入りした以上、妻である美珠を自分の戸籍に、死後移すとか力技というか、正規手続きでは不可能だろう。もちろん、本来姻族でしかない千鶴を自分の妹として、白川の戸籍にいれることも、本来は不可能な手続きだ。王という権威をもって、無理を通した自覚は徹心にもある。
「いえいえ、この程度はお安い御用です。相続の方も問題なく済ませています。ただ、名義の上では慰謝料及び示談金となっていますので、ご了解ください」
「……ああ、なるほど。甘粕さん、政治もかなりいける口なんですね」
あくまでも月輪家とは、書類上でも完全に無関係ということに委員会はしたいのだなと、今の徹心は判断できる。良くも悪くも、英国に行く前は色々限界で視野狭窄だったのだ。
「白川卿もわかる人なんですね。そこも含めて認識を改める必要がありそうです」
冬馬としても、実は驚きである。最初に会った時は、そこら辺の政治がらみは全て義妹である千鶴に放り投げている印象があったからだ。あれは単に呪術界の知識がなく、かつ余裕がなかったというのが真相のようだ。
「徹心君、明らかにおかしかったものねえ」
瑞穂がしみじみと言う。あんなノンデリ発言、自分が教育して以後は絶対にしなかったはずなのだから。
「高橋さん、気づいていたなら教えてくれても良かったんじゃないですか?」
冬馬が恨めしそうに言うが、瑞穂はどこ吹く風だ。
「私は公私混同は基本しませんけど、仕事は友情に優先しませんので。それがよほど不利益になるとかでない限り、友達を売るようなことはしませんよ」
「なるほど。つまり、高橋さんが我々に報告していない白川卿の情報は他にもある、と」
「否定も肯定もしません。ただし、私は媛巫女という立場もけして忘れていないとだけ言っておきます」
「分かりました、いいでしょう」
瑞穂の答えに、冬馬はそれ以上の追及をしなかった。
これだからこそ、この媛巫女は王の信頼を得ているのだろう。現状、彼女以外に適任者が考えられない以上、余計な不興を買う意味もない。何より、すべてを委員会へ筒抜けにする人間を、白川徹心がいつまでも信用してくれる保証などない。
「うーん、中々な腹の探り合い。まあ、好きにしてください。ただ俺にとって瑞穂先輩は特別なので、他の誰かを窓口にするなら、信用は激減することだけは明言しておきます」
「「……」」
徹心の明確な牽制に、冬馬と瑞穂は黙り込む。こうまで明言されると、委員会の一存では最早瑞穂を動かすのは困難になる。少なくとも目の前の王に伺いをたてずにそれをやれば、不興を買うことは間違いないだろう。
(いやいや、これは思いがけない強敵かもしれません。まあ、逆を言えば、こちらから政治的対応をお願しても、ある程度理解してくれそうというのは朗報でもありますが)
冬馬は内心で釘を刺されたことに、何とも言えない複雑な感情を抱く。朗報であり凶報なのだから無理もない。
「で、申し訳ないんですけど、またお願いがあります」
徹心の言葉に、冬馬が思わず身構える。戸籍の件では、関係部署にかなり苦い顔をされたのだ。これが魔王案件でなければ、絶対に無理だったろうことは確信できる。そんな王命をかなえた直後にお願いとか……。
「白川卿、我が国は法治国家でして、あまり横紙破りをされるとですねえ」
冬馬が覚悟を決めて、苦言を呈するように言うと、徹心は慌てて手を振った。
「ああ、いえ、違います。今回はそんな無理難題とかじゃなくてですね。むしろ、委員会なら簡単じゃないかと」
「と、いわれますと?」
「呪術をはじめとして剣術や体術、神話も含めて色々学ばせてもらえませんか」
「はっ、勿論構いませんが、御身はそういったものなしで神殺しを成しており、今や二つの権能持ちです。必要なのですか?」
徹心の神殺しは何もないところで遂げられている。冬馬からすると、必要なのかという疑問は当然だった。
「いやー、左腕ぶった切られたり、胴体に穴開けられたりしましたから、治療に随分手間かけさせもしたし、可能な限り避けるに越したことはないでしょう?それに無知でもひどい目にあいましたから」
「ふむ、それはそうですね。我々としても、毎度心臓に悪いのは勘弁してほしいですからね」
確かに、あの異常なまでの殺害意思は白川徹心最大の強みなのだろうが、だからといって毎回腕や命を代価に神を殺してもらっては困る。日本唯一の王であり、いざという時の切り札なのだ。もう少し大事に自分を使ってもらわなければ、こちらの心臓が保たない。
それに徹心が賢人議会に、左腕の接合及び命の恩を感じているというのは既に報告されている。委員会としても、外部の呪術組織に無駄に借りを作ってほしくないのが、偽らざる本音だ。
「では、こちらで適任者を手配しましょう。剣術、体術、呪術、それに神話学ですね」
「待ってください、甘粕さん。白川卿は何よりも普段使える剣をお望みのようです」
では早速と動こうとした冬馬を、瑞穂が普段とは違う口調で静止した。
「普段使いの剣?しかし、白川卿は真正の神剣をお持ちでしたよね?不要では?」
「王は神剣を切り札として用いたいと仰せです」
「ああ、なるほど。クー・フーリンを殺せたのも、神剣の存在を悟られなかったというのが大きいようですし、それも一つの方法ですね」
「ええ、すいませんけど、お願いできませんか?」
勿論、徹心の本音は全く違うものだが、瑞穂も彼自身もおくびにも出さない。
「分かりましたと言いたいところなんですが……」
正史編纂委員会は日本呪術界の総元締めだ。その千年にわたる収蔵物は、名だたる名刀をはじめとして妖刀・霊剣、なんでもござれだ。しかし、カンピオーネの有り余る呪力と強靭な肉体から発揮される驚異的な身体能力に耐えうる剣となると、途端にものは限られてくる。まして王に渡す剣である。下手なものを渡すわけにはいかないのだから。
「正直、今までで最大の難題かもしれません」
困ったように頭をかく甘粕。一つだけ明確に心当たりがあるが、あれは神懸かりの媛巫女の切り札だ。流石に渡せないし、古老が何か言いだしそうで怖い。
「そうですよねえ、私も同感です」
「今の義兄さんの呪力に耐えて、まつろわぬ神との戦いにも耐えうるものとなると、そうなりますよね」
瑞穂も千鶴も、全くの同感だった。というか、そんなものがゴロゴロ転がっていたら、誰も苦労しないのである。
「王よ、申し訳ないのですが、剣については一旦持ち帰らせていただきます。流石に私の一存でどうこうできるものでは足りなそうなので。他については手配しておきますので」
「分かりました。無理を言ってすいませんね」
「いえいえ、確かに必要なことではありますから」
剣術を学んでも、使える剣がないなど笑い話にもならない。ある意味、当然の要求だ。
常識的に見えて政治もある程度理解しても、結果として要求は暴君同然になるというのが、いかにも魔王らしいのかもしれない。
◇ ◇ ◇
さて、冬馬から新人魔王の要求を聞いた正史編纂委員会であるが、当然ながら頭を抱えた。
「白川卿の要求を満たせる剣など、うちにあったか?」
「あるなら、自分達で使っているだろうよ。つまり、ないということだ」
「いや、あるにはあるが、どれも使い手が決まっていたり、家伝の宝刀とか、そういう類だ。王が求めているのは、儀礼剣ではなく実戦で用いるものなのだろう」
その血筋しか使えない剣などというものまである。呪力だけなら耐えうる剣がないわけではない。しかし、さらに実戦で振り回すとなれば話は別だ。
「然り。名だたる名刀、霊験あらたかな霊剣、禍々しき妖刀、全てあるが、神殺しをした白川卿の得物としては格が不足しているといわざるをえない」
「……いや、一つだけあるな。皆も覚えていよう。あの死蔵品だ」
長老の一人が一つだけ可能性を見出した。
「馬鹿な、あれは特級の呪物だぞ。王を呪う気か?!」
「左様、あれは生きとし生ける者全てを呪う。王とて例外ではあるまい」
「だが、あれは呪いによって不滅だ。確かに王の要求は満たせよう」
呪いの格も鬼の首魁酒呑童子とビッグネームだ。けして王に見劣りはしないだろう。
「そもそも、あれを刀と呼んでいいのか?」
「刀であることに変わりはあるまい。童子切安綱と同時に打たれた影打ちだ。もっとも今は呪詛が本体のようなものだが」
最早、刀の方が呪詛の為にあるような有様なのだから。
「今となっては、童子切とは、兄弟刀というのに似ても似つかんがな」
「当然だ。酒呑童子の首を落とした際に受けた呪詛を、全てあちらへ移したのだから」
「本歌を守るためにな」
「結果、童子切は天下五剣として残り、影打ちは生きとし生けるものを呪う妖刀になった」
「……随分と皮肉な話だ」
「しかし、本当に王にあれを献上すると?」
「いや、使うかどうかは白川卿次第だ。勿論、呪いについても説明するし、王に仇なす気もない」
「それでは意味がないのではないか?」
「王の御下命は確かに聞いたが、あれ以外ないのだから仕方あるまいよ。用意できませんでしたというよりは、百倍ましであろうよ」
確かに、ないというのは簡単だが、それはそれで委員会の面子がつぶれるし、王に役立たずと思われてはたまらない。たとえ、実際に使えるかどうかは別としても、候補を出すことは最低限必要だろう。
「では、候補として白川卿へお見せする、ということでよろしいか」
「異論はない。ただし、危険性については一切隠すな」
「当然だ。酒呑童子の呪詛を隠して渡したなどと知られれば、我らの首がいくつあっても足りん。では――甘粕に説明させよう。あの道化じみた男にはちょうど良い役目であろう」
「そうだな、あれなら王とも面識がある。媛巫女の高橋も同席させれば、万一の際のとりなしも望めよう」
それでも万一の保険を忘れない彼ら、間違いなく日本の呪術界トップの古狸達というべきだろう。
「うむ」「異議なし」「賛成だ」
結局、この結論は満場一致で採択されたのだった。
◇ ◇ ◇
「…………」
会議の決定を聞かされた甘粕冬馬は、しばらく無言だった。
「つまり皆さんはですね、日本の王に、『ご要望の刀を見つけました。ただし握ると呪われます』と、私に説明してこいと?私に死ねとおっしゃるんですか?」
「今までの報告を聞く限り、白川卿は無体な方ではない。道理があれば、納得してくれる御仁だ。恐らく死にはしない」
「死ぬ可能性認めてますよね、それ!神殺しの魔王相手にそれがなんの保証になりますか」
「高橋瑞穂を正式な白川卿の窓口とし、今回の件にも同行も許す」
「……はあ、本当に勘弁してくださいよ。分かりました、行きます」
「まあ、そう落ち込むな。これを終えれば、それなりにまとまった休みをやることを約束しよう」
「本当でしょうね?……書面でもらっていいです?」
「そこまで信用がないか」
「皆さんを信用しているから言ってるんですよ」
心底嫌そうに言う冬馬に、委員会の長老たちは笑う。
「若造がいいよるわ」「うんうん、若いもんはこれくらいがいい」「まあ、そのうち諦めるのがうまくなるからな」
これ以上、言っても遊ばれるだけだと判断した冬馬は、実務的な話に進むことにした。
「――それで、その妖刀は現在どこに?」
「ちょうどいいことに王の住む京都にある忌庫の最奥。地下の特級封印庫だ」
「ちょうどいいって、それ動かせなかったから、そこにそのまま倉庫作ったやつでは?……本当に死蔵品じゃないですか」
どんだけ厄ネタなんだと、冬馬は本気で頭を抱えた。その後、詳細を事細かに説明された冬馬は、文字通り絶句したのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇
「瑞穂さん、出世おめでとうございます。正式に白川卿の窓口に任命されました。お給料も倍ですよ」
冬馬は非常にいい笑顔で、瑞穂に任命書を渡した。休暇約束の書状と一緒に長老にその場で作成させたものだった。
「甘粕さん、凄いいい笑顔ですね。本当にいい性格してますね。給料倍は嬉しいけど、仕事と釣り合っているかは……微妙かな?」
すでに半ば諦観していた瑞穂は、力なくそれを受け取った。倍と聞いて顔が明るくなりかけるが、アイルランドでの神殺しを思い出して、たちまち微妙な顔になった。
「まあまあ、あなたにしかできないことですから。それに今日は私の命綱ですから、絶対に付き合ってもらいます」
有無を言わせぬ態度で、冬馬は宣告した。
「えっ、甘粕さん、どうしたの?らしくないですよ。何か問題が?」
流石にいつもとは違う迫真の態度に、瑞穂は純粋に驚いた。
「……特級の呪物だったんです。委員会が白川卿に用意した剣」
「冗談ですよね?」
「そうだったら、どれだけ良かったか……そういうわけで逃がしませんよ」
「……」
瑞穂はどうあっても逃げられそうにないことに、無言で嘆息するしかできなかった。
◇ ◇ ◇
冬馬と瑞穂は緊張の極みにいた。さしもの両者も、今回ばかりは冷や汗が止まらない。
目の前にいるのは、神殺しの魔王なのだから、本来はこれが正しいのだろうが、今までのことを考えれば、それははっきり異常事態であった。
「甘粕さんも瑞穂先輩も、そんなにガチガチになって、いったいどうしたんですか?」
「それがですね――」
心底不思議そうな徹心の問いに、冬馬は覚悟を決めて話し始めたのだった。
「生きとし生ける者全てを呪う酒呑童子の呪詛によって妖刀化した天下五剣の童子切安綱の影打ち?」
なんというか属性マシマシ過ぎて、風邪をひきそうだなと徹心は思った。
「真打を守るために、その呪詛のすべてを押し付けられて妖刀になってしまった刀か」
言葉にしてみると、徹心はなにかシンパシーを感じた。
「いくら徹心君でも、こんな刀はいらないわよね?」
「白川卿、断ってくださって結構ですよ」
瑞穂と冬馬は断って当然という態度だったが、徹心はむしろ興味をひかれていた。
それにこう言ってはなんだが、自分が無理を言っているとは、流石に理解していた。
(特大の呪物であろうとも、候補を出してきただけ、委員会は誠意をみせたということだろうな)
「……それ、見てみたいです。試させてもらえます?」
「「えっ!?」」
思いもよらぬ徹心の言葉に、瑞穂と冬馬はそろって驚愕の声を上げたのだった。
◇ ◇ ◇
ところ変わって、正史編纂委員会の忌庫。京都にあるそれは、その名の通り、忌むべきものを封印貯蔵しておく倉庫である。当然ながら、出入りは凄まじく厳重に管理されている上に、忌庫自体に多重の結界が張られ、貯蔵する呪物の影響を遮断している。ここまでの呪的防御を施した拠点は、そうそうあるものではない。
「できれば来たくなかったですね……」
「聞いたことはあったけど、来るのは初めてですね」
冬馬はどこか諦観をにじませて呟き、瑞穂は物珍しそうに周囲を伺う。
「うわー、ここまでやるっていうくらいガチガチ」
結界の厳重さに感嘆とも呆れともとれる言葉を漏らしたのは千鶴だ。
「おお、これが結界かあ。でも、素通りできそうな気がするな」
三者は少なからず緊張を帯びている。そんなところに、普段と変わらぬ徹心がトンデモナイ一言を漏らした。
「絶対にやらないで下さいね!」
「冗談ですむこととそうじゃないことがあるのよ」
「義兄さん、絶対だめだからね!」
「お、おう」
三者にど太い釘を刺された徹心は、流石に試す気は欠片もなくなった。
そんなこんなで多重のチェックを受けた後、形代と護符を渡され、ようやく中に入ることができた。
ちなみに徹心だけは、形代も護符もいらないと受け取りを拒否した。三人からこんこんと説教されたものの、こればかりは聞く耳を持たなかった。
根拠などない。ただ、必要ないと徹心は確信していた。クー・フーリンを前にした時とは真逆だった。
――これは、自分を害せない。そう身体のどこかが告げていた。
「なるほど、確かにあちらこちらに嫌な感じがしますね。呪物というのは伊達や酔狂じゃないと」
「分かるんですか?」
「何があるかまでは分かりませんけど。あの辺とか」
冬馬の問いに徹心が嫌な感じが強い場所を指差す。その先と自身が持つ目録を照合して、冬馬の表情がはっきり引きつった。
「……当たりなのが嫌ですね。そこには歴代所有者が全員死亡している封印指定の呪物がおいてあります」
「義兄さん、余所見は駄目だよ。見ただけで呪うものだってあるんだよ」
「徹心君、ちょっと無頓着過ぎないかしら」
千鶴が注意を促し、瑞穂が呆れたように言うが、徹心はどこ吹く風だ。
「大丈夫ですよ。そもそもこの程度じゃ効かないみたいですし、それに呪詛も神秘なら焼けるんじゃないですかね?」
徹少なくとも、ここまで通り過ぎてきた呪物の中に、徹心の本能が真に警鐘を鳴らすものはなかった。
「――ん?」
そんな恐れ知らずの徹心の足が、最奥にある扉の前で初めて止まった。
「どうしたの?」
「……今までのとは、違うな」
忌庫へ入ってから初めて、身体が明確に危険を告げている。この内にあるものは、自分を害する力を持っている。そう、本能が告げていた。ただし、クー・フーリンを前にした時とは違う。――死ぬ、あの時のような絶対的な死の予感ではない。
ただ、途方もなく危険な何かが、この先にある。
「……ええ、それは当然です。この先がお目当てのものがある場所ですから」
徹心の明らかな様子の変化に、冬馬は目を細めた。
(……なるほど)
クー・フーリンとの戦闘報告にあった、異常なまでの危機察知。大袈裟に書かれていたわけではないらしい。
扉一枚隔てた向こうにあるものが、自分を害し得ると分かっている。それも、何の術も使わずに、それどころか、前提となる知識すらないのに、だ。
「白川卿、最後にもう一度だけ確認します」
冬馬から、普段の道化じみた軽さが完全に消えた。
「この先にあるものは、本当に危険です。今ならまだ引き返せます」
「……分かってます」
徹心は閉ざされた扉を見た。身体は確かに危険だと明確に警告している。
「それでも、一度見てみたい」
「…………分かりました」
徹心の言葉に従い、冬馬はゆっくりと慎重に封印へ手をかける。
まず、行く手を阻むのは、まるで銀行の金庫を思わせる重厚な金属扉。そこに二重三重の錠前がつけられた上で、後世になって追加されたのか、電子ロックまで備え付けられている。これは物理的に面倒なだけで鍵を持っているならば、そう問題にならない。重い金属扉も、徹心が一人で動かしてしまった。
次は、周囲に張り巡らされた遮断結界。これは解除キーを託されていた瑞穂がそれを掲げ、何事か唱えるとあっさり解除された。
結界の中央には祭壇があり、四方を注連縄で囲まれ、呪的な封印が施されている。ここまでくると、冬馬と瑞穂の顔色が明確に悪くなった。形代や護符を携えてなお、少なからぬ呪詛の影響を受けている証左だった。徹心は彼らをかばうように前に立ち、呪詛を弾く。恐ろしいことだが、これでも大本から漏れている呪詛の残滓に過ぎない。
最後は護符が張られまくった箱だった。奉納するような丁寧な白木づくりの箱のはずだが、呪詛によって染められ、完全に漆黒の箱になってしまっている。さしもの千鶴もこれ以上は無理というように、箱を開いた瞬間、明らかに徹心から距離をとった。
最後の封印が解かれ、そこにあったのは、一振りの刀だった。
血に濡れているわけでもない。刀身から黒い瘴気を噴き出しているわけでもない。異形の拵えをしているわけでもない。何の変哲もないただの、古い日本刀。一見――そう見える。
「…………」
だが、それぞれ一角の術者である三人が、はっきりと顔を蒼白にし、決して徹心に近づこうとしないことから考えても、明らかにそう見えるだけに過ぎないのだ。
「……これが」
徹心は刀を見下ろした。危険だ、扉の外で感じたものとは、もはや比べ物にならない。
抜かれてすらいないというのに、全身を舐め回すような悪意を感じる。生きている、ただそれだけの理由で、殺そうとしてくる。
「……凄いな。使い手もいないのに、俺を殺そうなんて、ある意味クー・フーリン以上だぞ」
「感想、それなんですか?」
冬馬が思わず突っ込んだ。彼からすれば、一つ間違えただけで死を免れぬ呪詛の塊のようなものなのだ。
「いや、本当に凄い。クー・フーリンには一応、俺を殺す理由があったから。でも、こいつにはない」
徹心は再び刀へ視線を落とした。
「俺のことなんて何も知らない。それでも、生きてるってだけで殺そうとしてくる。こいつは俺と違って選ばない。ひたすらに純粋な生者への殺意」
「そういう呪いですから……」
感心したように語る徹心だが、冬馬には全く理解できない感覚だ。
「なるほど」
それほどまでに何を恨んでいるのか。
いや――違うか。この刀自身が、初めからそうだったわけではない。
「先ほども説明しましたが、元々こんな刀だったわけじゃありません」
「本歌を守るために、こいつに全部押し付けたんでしたっけ」
「ええ」
「こいつが望んだわけでもないのに」
「……ええ」
徹心は、そこまで聞いて、改めて刀を見つめる。
「他人の都合で選ばれて、勝手に背負わされて、そのせいで、元には戻れなくなった。お前はお前で奇麗な刀だったのにな……俺と同じだな」
「……義兄さん」
千鶴が心配そうな声を漏らすが、徹心に動揺はない。むしろ、彼は笑みすら浮かべていた
「俺は迦具土で、こいつは酒呑童子か。――いいじゃないか、気に入った!」
「なんでそうなるの?」
「なんというか、あなたらしいわ、徹心君」
千鶴の悲鳴が響き、瑞穂が額を押さえる。
「呪われたなら、呪われたままでいいだろ。俺だって、もう普通の人間には戻れない。何より背負わされたものでも、今は俺のものだ」
徹心の静かな宣告と共に、黒い炎が右手に灯る。
「こいつだって同じだろ」
封印の向こうで、――カタリと誰も触っていないはずの刀が鳴った。
千鶴の顔色が変わった。
「義兄さん、離れて!」
だが、徹心はむしろ笑みを深め、箱へと手を伸ばした。
「俺と一緒に来るか?」
次の瞬間、封印が解かれた、溜まりに溜まった呪詛が噴き出し、生あるものすべてへ牙を剥こうとして――。
しかし、黒炎が燃え上がる。呪詛を喰らい、焼き、押し返す。
呪詛と黒炎が、徹心の右腕を境に食い合った。
数秒、十数秒、いや一分だろうか。周囲から見守る三者にとって永遠とも感じられる炎と呪詛の鬩ぎ合いは唐突に終わった。妖刀が静まるという形で。
「…………」
徹心が柄を握り、抜刀する。何も起こらない。――いや、何も起こせないが正しい。
妖刀の内側では、今なお恐ろしい呪詛が渦巻いている。
だが、それが徹心へ牙を剥くたび、黒炎が焼いているに過ぎない。
殺意には殺意を返し、呪いには神秘を殺す炎を、そうやって延々と相殺する。
そして何度かそれを繰り返した末に、まるで理解したように、影打ちは沈黙した。
徹心が一度、刀を振る。
「うん、いい刀だ」
すっかり呪詛の気配が薄くなったことに気づいた千鶴が呆然と呟く。
「……妖刀を力ずくで黙らせた……」
「違うわ、千鶴ちゃん」
影打ちを見ながら、瑞穂が引きつった顔で言った。
「たぶんこれ――徹心君を呪うの、諦めたんだと思う。だって、呪いは生きているもの」
「…………」
甘粕まで黙った。あまりに馬鹿げた現実だった。こんなことがあり得るのかと絶句していた。
徹心だけが首を傾げる。
「俺とこいつは似た者同士なんで、相性いいんじゃないかな?」
「「「そういう問題じゃない」」」
三人の声が綺麗に重なった。
その声を聞き流しながら、徹心は手の中の刀を見る。
童子切安綱影打ち。そう呼ばれてきた刀。
「……影打ち、か」
「どうしました?」
甘粕が問うが徹心は答えなかった。代わりに、鞘へ納めた刀をしばらく眺める。
「気に入らないな、影打ちって名前」
甘粕が瞬いた。
「名前と言いますか、それは――」
「真打ちがあるから、お前は影なんだろ。真打ちの代わりに呪いを押しつけられて」
徹心は刀に語り掛ける。
その結果、何百年もの時を経て、呪詛は消えず刀に定着し、それ故に折れず、彼の望む不滅の刃としてここにある。
「だったら、もういいだろう?お前は童子切の影じゃない」
カタリと、鞘の中で刀が小さく鳴った。
「お前に名をやる。影ではない、自身の名を」
誰かの代用品としてではない。誰かの影としてでもない。呪いを押しつけられ、それでも残った一振りの刀として。
徹心は少し考える。
酒呑童子が最期に遺した呪い。その怨念を一身に背負わされ、生きるものすべてを呪う妖刀となった。
彼は妖刀であることを否定しない。なってしまったに過ぎないにしても、それもまたそのものなのだから。
「――鬼の慟哭、『鬼哭』と呼ぼう」
徹心がそう告げた瞬間――キィン、今度ははっきりと刀が鳴った。
誰も触れていないし、誰も術を使っていない。それでも、鞘の内側から澄んだ音が響いた。
「…………」
千鶴が目を見開き、瑞穂も息を呑む。甘粕だけが一足遅れて理不尽な現実を受け入れ、苦笑した。
「これはまた……」
それ以上はあえて口には出さず、甘粕は新たに名を得た妖刀を見る。
「どうやらお気に召したようで」
徹心は鬼哭を腰へ差す。不思議なほど、しっくりきた。
「俺も気に入ってますよ」
そうどこか誇らしげに言う魔王の腰で、鬼哭は静かに沈黙していた。呪いが消えたわけではない。
ただ、新たな主を呪うことだけは、もう諦めたらしい。
執筆速度は遅くなるが、AI使わない方がいいか?
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いや、読めればいいのでジャンジャン使え
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会話がくどいので、そこは直してほしい
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いや、調べ物&名前候補以外に使うなよ
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甘えるな、全部自筆でいけ