自称神のじゃロリ   作:のじゃろり愛好家

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三話

 昨日は視線を避けるだけで精一杯だった大通りも、今朝はまるで様子が違っていた。

 

 道のあちこちに割れた木箱や落ちた瓦が積み上げられ、店先では何人もの女性が倒れた棚や看板を片付けている。建物そのものが崩れている場所はほとんどないが、壁に亀裂が入った家や、屋根の一部が欠けた建物はいくつも見えた。

 

「思ってたより普通に街が残ってるな」

 

「何を想像しておったのじゃ」

 

「もっとこう、建物が全部倒れてるとか」

 

「高度が落ちたのであって、大地が砕け散ったわけではないからの。落ち方が急なら被害も増えるが、今回はまだましな方じゃ」

 

 道路の端では三人がかりで横倒しになった荷車を起こしている。俺がそちらを見ると、トワも一度だけ目を向けた。

 

「死者が大勢出るような落界もある」

 

 何気ない口調だったが、その言葉には昨日までとは違う重さがあった。

 

「……そうか」

 

 これ以上は何も聞かなかった。そのまま人の流れを邪魔しないよう道の端を歩いていく。

 

「落界した場所を見るって言ってたけど、具体的にどこへ行くんだ?」

 

 トワの足が一瞬だけ遅くなった。

 

「まさか決めてない?」

 

「まずは被害の大きいところを見ればよかろう」

 

「それを『決めてない』って言うんじゃない?」

 

「細かい奴じゃの」

 

「原因を調べるって言ったのお前だろ」

 

 トワは悪びれる様子もなく歩き続ける。

 

「そもそも何を探せば原因が分かるんだ?」

 

「それが分かっておれば苦労はせぬ」

 

「……昨日も似たような会話したな」

 

「分からぬものを調べるのじゃから当然じゃろう」

 

「神様って、もっと何でも知ってるもんだと思ってた」

 

「勝手に期待して勝手に失望するでない」

 

 それもそうだ。ただ、何の手掛かりもないまま歩き回るのは調査と言えるのだろうか。少し不安になったが宿で待っているよりはましだった。

 

 しばらく歩いていると、大通りを外れて昨日は通らなかった区域へ入った。こちらは被害が少し大きいらしく、道路にはところどころ亀裂が走り、建物の壁にも目立つひびが入っている。

 

 地面の割れ目を覗き込みながら、俺は昨日の感覚を思い出した。身体が浮くような感覚だった。あれが街全体どころか、この大地そのものに起きていた。

 

「落界って、どこか一か所から始まるの?」

 

「場合による」

 

「じゃあ昨日は?」

 

「分からぬ」

 

「本当に分からないこと多いな」

 

「おぬしは神に喧嘩を売りたいのか?」

 

「感想を言っただけ」

 

 返事の代わりに睨まれた。そのまま進んでいると、前方で道が塞がれていた。縄のようなものが張られ、その向こうでは数人の女性が地面を調べている。近づいてみると、道路の一部が沈んでいた。大きく陥没したわけではないが、左右で明らかな段差ができている。石畳は途中で割れ、その下の土が露出していた。

 

「ここは通れませんよ」

 

 近くにいた女性が俺たちに気づいて声をかけてきた。

 

「昨日の落界で?」

 

「そう。夜のうちにも少し崩れたみたい。東側の方がもっとひどいって聞いたけど」

 

「東側?」

 

「外縁の方。畑の先」

 

 女性が街の外側を指す。

 

「地面が割れたところが何か所かあるらしいよ。危ないから近づかない方がいいけど」

 

「ありがとうございます」

 

 相手が作業へ戻るのを待ってからトワを見る。

 

「東側だって、行ってみる?」

 

「そのつもりじゃ」

 

 街の外縁へ向けて進路を変える。

 

 住宅が減り、倉庫らしい大きな建物や畑が増えていくにつれて、地面に残った落界の痕跡も目立つようになった。石畳には細かな割れ目が何本も走り、ところどころで土が盛り上がっている。

 

 途中、地面に座り込んで割れた壺を片付けている女性がいた。俺たちが横を通り過ぎようとすると、彼女が近くに置かれていた大きな木箱へ手をかけた。腰くらいまで高さがあり、中にも何か詰まっているらしい。

 

「手伝いますよ」

 

 思わず声をかける。

 

 女性が顔を上げた。

 

「え?」

 

「そこまで運ぶんですよね?二人で持った方が早いでしょ」

 

 返事を待つより先に木箱の端へ手をかけた。膝を曲げて、両手で底を掴む。

 

「せーの」

 

 力を入れたが、全く動かない。

 

「……あれ?」

 

 もう一度、今度はしっかり腰を落として持ち上げようとして腕と背中に力を込める。

 

「っ……!」

 

 動かない。少し浮くどころか、床に貼り付いているのかと思うほどびくともしなかった。

 

「ちょっと待って」

 

 手を離して木箱を見るが、当然固定されている様子はない。

 

「これ、何入ってるんです?」

 

「食器とか、道具とかだけど」

 

 もう一度挑戦する。今度は両腕で抱えるようにして、足まで使って全力で持ち上げたが、それでも木箱はほとんど動かなかった。

 

「……重っ」

 

「無理しなくていいよ?」

 

「いや、でも二人で持てば――」

 

 女性が少し困った顔をしたあと、俺が持っていた側へ手を伸ばした。

 

「大丈夫。これくらいなら一人で運べるから」

 

「いやいや」

 

 さすがにそれはないだろう、そう思った次の瞬間木箱が持ち上がった。

 

「え?」

 

 女性は箱の両脇へ手をかけると、少し腰を落としただけでそのまま抱え上げた。さっきまで俺が全力を出してもほとんど動かなかった木箱が、あっさり地面から離れている。

 

「……え?」

 

 思わずもう一度声が出た。女性はそのまま数歩歩き、建物の脇まで木箱を運ぶと静かに下ろした。

 

「ありがとね。手伝おうとしてくれて」

 

「あ、はい……」

 

 礼を言われたが、頭の中にはほとんど入ってこなかった。女性は特別大柄でもなければ、筋肉質にも見えない。服の上から見える体格だけならむしろ細い方だ。その女性が、俺には持ち上げることすらできなかった木箱を一人で運んだ。少し離れた場所で見ていたトワのところまで戻る。

 

「……なあ、今の見た?」

 

「見ておったぞ」

 

「あの箱、俺まったく持てなかったんだけど」

 

「そうじゃな」

 

「でもあの人、一人で持ったよな?」

 

「そうじゃな」

 

「そうじゃな、じゃなくて。めちゃくちゃ力持ちだったってこと?」

 

 トワが首を傾げる。

 

「別に、あれくらいなら普通じゃろ」

 

「普通?」

 

「うむ」

 

 意味が分からない。

 

「じゃあ、俺が弱いの?」

 

「男ならその程度ではないか?」

 

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 

「……男なら?」

 

「何じゃ。そこも知らぬのか」

 

 トワは本当に意外そうだった。

 

「女の方が力が強い?」

 

「当たり前じゃろ」

 

「どれくらい?」

 

「個人差はあるが、比べるまでもないの」

 

 思わず振り返る。さっきの女性はもう別の荷物を片付け始めていた。その少し向こうでは二人の女性が壊れた棚を運んでいる。さらに道路脇では、昨日倒れたらしい荷車を女性たちが持ち上げて位置を直していた。

 

 朝から何度も見ていた光景だった。

 

「……だから男は守られてるのか?」

 

 門で言われた言葉が頭に浮かぶ。男が一人で外を歩かない。護衛がつくし、保護区域で暮らすもの。

 

「行くぞ。調査をするのじゃろう?」

 

「ちょっと待て。俺、昨日から常識ひっくり返されすぎじゃない?」

 

「今さらじゃな」

 

「まだ二日目だぞ」

 

「先は長そうじゃの」

 

「他人事みたいに言うなよ」

 

 まだ色々聞きたいことはあったが、今の目的は落界の調査だ。昨日から増え続けている疑問をこれ以上横道に増やしても仕方がないので、ひとまず女性の方が圧倒的に力が強いという事実は頭の隅へ追いやることにした。

 

 街の外縁へ近づくにつれて建物は減り、代わりに畑が広がっていった。ただ、昨日の落界の影響はこちらの方が大きいらしく、畑を区切っていた柵はところどころ倒れ、地面には細かな亀裂が何本も走っている。作物が根ごと浮き上がっている場所まであった。

 

「こっちの方がひどいな」

 

「地面のずれが大きかったようじゃな」

 

「それも落界の影響?」

 

「大地全体が完全に同じように動くとは限らぬ。沈む時に歪めば、当然こうなる」

 

 言われてみればそうかもしれない。巨大な土地そのものが動いたのだ。街が原形を保っている方が不思議なくらいだ。

 

 さらに進むと、やがて畑を横切る大きな亀裂が見えてきた。さっき街中で見たものよりずっと広く、途中から二つに枝分かれし、そのまま遠くまで続いている。

 

「これ?」

 

「ひとまず見てみるかの」

 

 トワが亀裂へ近づいたので、俺も後を追って少し距離を空けて中を覗き込んだ。深さは場所によって違うらしく、浅いところでは一メートルほど下に崩れた土が溜まっているが、先へ行くほど暗くなり、底が見えない場所もある。トワは亀裂に沿ってゆっくり歩き、時々足を止めて中を確認していた。

 

「何か分かる?」

 

「今のところは何も」

 

「やっぱり地面見てるだけじゃ無理じゃない?」

 

「まだ来たばかりじゃろう。せっかちな奴じゃな」

 

「昨日からずっと分からないって言われてるからさ」

 

「では帰るか?」

 

「それはそれで気になる」

 

「面倒な奴じゃ」

 

 そんなやり取りをしながらしばらく歩いていると、先を行っていたトワが突然足を止め、亀裂の中へ視線を向けた。

 

「どうした?」

 

「……あれは」

 

 横から覗き込んだが、最初は何が気になったのか分からなかった。崩れた土と石、それに途中で切れた植物の根があるだけに見える。

 

「何かある?」

 

「少し右じゃ」

 

 言われた通り視線を動かすと、土の間から黒いものが覗いていた。

 

「石?」

 

「いや」

 

 トワがしゃがみ込み、俺も隣で目を凝らす。自然にできた岩にしては表面が妙に滑らかで、亀裂の壁から斜めに突き出すように露出しており、見えている部分だけでも腕一本分ほどの幅がある。何よりその色と質感には覚えがあった。

 

「これ……」

 

 目覚めた施設の壁に埋め込まれていた黒い板や、施設の外で草に埋もれていた装置によく似ている。

 

「同じやつじゃない?」

 

「似ておるの」

 

 トワが亀裂の縁から降りようとしたので、思わず腕を掴みそうになった。

 

「待って。危なくない?」

 

「誰に言っておる。おぬしと一緒にするでない」

 

 軽く言って、トワは斜面を難なく降りていった。

 

「……そういうところでも差が出るのかよ」

 

 仕方なく俺も後を追ったが、土が崩れやすく思ったより歩きづらい。何度か足を滑らせながら下まで降りると、黒い物体の全体像が少しだけ見えてきた。板というよりは大きな構造物の一部分らしく、露出している部分の先はそのまま土の中へ続いている。

 

「昨日まで埋まってたのか?」

 

「おそらくな。落界で地面が割れて露出したのじゃろう」

 

 トワが表面についた土を手で払うと、滑らかな黒い面が少しずつ現れた。やはり自然物には見えず、継ぎ目らしいものはほとんどないうえ、中央には薄い線のような模様が走っている。

 

「俺がいた施設にあったのと似てるな」

 

「わらわもそう思っておる」

 

「ってことは古い設備?」

 

「それ以上は分からぬ」

 

 トワが黒い表面へ手を置き、場所を変えながら何度か触れてみたものの、何も起こらなかった。

 

「壊れてる?」

 

「その可能性はある」

 

「あれも最初は動いてなかったよな」

 

 俺が言うとトワの手が止まり、そのまま目が合った。口に出さなくてもお互い同じことを考えているのが分かる。

 

「……試してみる?」

 

「やるのじゃ」

 

「なんでちょっと楽しそうなんだよ」

 

 あのときも俺が近づくと照明が点き、黒い板に文字らしきものが現れて扉まで開いた。外にあった古い装置も俺が手を近づけた時だけ一瞬反応している。あの時は偶然かもしれないと思っていたが、ここでも同じことが起きるなら話は変わってくる。

 

 俺は黒い板の前へしゃがんだ。

 

「触ればいいの?」

 

「わらわに聞くな」

 

 仕方なく手を伸ばし、まだ触れないまま指先を表面から数センチほどの位置まで近づけた。

 

「っ」

 

 その瞬間、黒い板の中央を走っていた細い線が青白く光った。驚いて手を引くと、それに合わせるように光も消える。

 

 俺とトワが顔を見合わせた。

 

「……今の、触ってないぞ」

 

「そうじゃな」

 

 今度は確かめるため、もう一度ゆっくり手を近づけてみる。すると青白い線が再び灯り、手を離せば消え、近づければまた灯った。

 

「完全に俺じゃん」

 

「そのようじゃな」

 

「もうちょっと驚いてもよくない?」

 

「一度見ておるからの」

 

「俺は二回目でも十分怖いんだけど」

 

 怖いというより気味が悪かった。自分には何なのかすら分からない機械が、こちらを認識しているかのように反応している。しかも理由が何一つ分からないから余計に落ち着かない。

 

「トワ、ちょっと離れてみて」

 

「なぜじゃ」

 

「確認」

 

 トワに数歩下がってもらい、俺もいったん装置から距離を取ると光は消えた。今度はトワだけが近づいてみるが何も起こらず、入れ替わるように俺が一歩ずつ距離を詰めていく。二メートルほどまで近づいたところで、黒い板の線が再び青白く灯った。

 

「……やっぱり俺だ」

 

 もう偶然とは思えなかった。

 

 さらに近づくと、今度は一本だった光が左右へ伸び始め、黒い表面の奥から何かが目覚めるように複数の細い線が次々と点灯していった。土に埋まって見えていなかった部分にまで光は続き、そのまま亀裂の壁の中へ消えていく。同時に、地面の奥から低い音が響いた。

 

「何か動いてない?」

 

「そのようじゃな」

 

「止めた方がいい?」

 

「どうやって?」

 

「……知らないな」

 

 そうしている間にも光は広がり続け、やがて俺たちの足元から少し離れた場所で土が崩れた。小さな石がいくつも転がり落ち、その下から新たな黒い表面が姿を現す。そこにも同じ青白い線が走っていた。

 

「これ、一枚じゃないのか」

 

「かなり大きいようじゃな」

 

 露出した部分を目で追うと、装置はさらに土の中へ続いているらしい。少し離れた場所でも土が崩れ、今度は平らな面ではなく、人工的な直線を描く縁のような部分が現れた。どうやら地面の下には一枚の板どころではない相当な大きさの構造物が埋まっている。

 

「……なんかの施設?」

 

 俺が呟くと、トワは答えずに光の行方を追った。青白い線は亀裂の壁に沿ってさらに先へ続き、まるで進むべき方向を示しているように見える。

 

「トワ。これ俺たちをどこかに案内してない?」

 

「わらわにもそう見えるの」

 

 光の先には東へ伸びる亀裂が続いている。さっきまで何を探しているのかさえ分からなかったが、少なくとも地面の下に何かがあることだけは間違いなさそうだった。しかも俺が近づくまで土の中で完全に沈黙していた。

 

「行ってみる?」

 

「ここまで来て戻る気か?」

 

「ないけど、一応聞いただけ」

 

「ならば行くぞ!」

 

 トワが先に歩き出したので俺もその後を追う。途中でもう一度振り返ると、背後の黒い装置に走った青白い光は俺が離れたあとも消えずに灯り続けていた。青白い光を追って亀裂沿いに進むと、地面の下に埋もれた黒い構造物は途切れることなく続いていた。土に完全に覆われている場所でも、隙間から細い光が漏れているので方向だけは分かる。

 

「これ、どこまで続いてるんだ?」

 

「さあの。行けば分かるじゃろ」

 

 しばらく進むと亀裂は緩やかな斜面へ差しかかった。昨日の落界で地面が大きくずれたらしく、土砂が崩れて一段低くなっている。その崩れた斜面の途中で、今まで地中に隠れていたらしい巨大な黒い壁が露出していた。

 

「これ全部?」

 

「そのようじゃな」

 

 近づいてみると、黒い部分は俺たちの背丈を軽く超えて左右にも続いている。土に隠れて全体像は分からないが自然にできたものではないことだけは明らかだった。

 

 そして中央付近には人が二人並んでも通れそうな長方形の切れ目がある。

 

「扉っぽくない?」

 

「わらわにもそう見える」

 

 トワが先に近づき、表面についた土を払ってから黒い扉へ手を触れた。しばらく待っても何も起こらず、場所を変えて何度か押してみても動く気配はない。

 

 やがてトワが振り返った。

 

「ほれ、おぬしの番じゃ」

 

「完全に鍵扱いされてない?」

 

「便利でよいではないか」

 

「自分だったら絶対そんなこと言わないだろ」

 

 そう言いながら扉へ近づくと、まだ数歩離れているうちに縁へ青白い光が走った。

 

「……やっぱりか」

 

 もう驚くより先に納得してしまう。

 

 さらに近づいたところで地面の奥から低い音が響き、長い間土に埋まっていたらしい扉が震えた。上から細かな砂が落ちてきたので思わず後ずさる。

 

「これ崩れたりしないよな?」

 

「わらわが大丈夫と言えば崩れなくなるわけではなかろう」

 

「正論だけど今は聞きたくなかった」

 

 幸い斜面そのものが崩れる様子はなく、やがて扉の中央から左右へ隙間が広がり始めた。何度か引っかかるような音を立てながらも、人一人が余裕をもって通れるところまで開いていく。

 

 中は暗かった。外から差し込む光の先には斜め下へ続く通路があり、壁や床の材質は俺が目覚めた施設とよく似ている。ところどころ土や植物の根が入り込んではいるものの、継ぎ目の少ない壁や黒い板状の装置を見れば同じ種類の施設だと考える方が自然だった。

 

「入る?」

 

「ここまで来て何を言っておる」

 

 トワが先に中へ入り、俺も後へ続く。数歩進んだだけで外の明かりが弱くなり、足元もほとんど見えなくなった。

 

「暗いな」

 

「転ぶでないぞ」

 

「子供じゃないんだから」

 

「先ほど斜面で何度か滑っておったではないか」

 

「見てたのかよ」

 

 壁へ手を添えながら慎重に下っていると、俺が十段ほど進んだところで足元が突然青白く光った。

 

「うわっ」

 

 反射的に止まると、床に埋め込まれていた細い線が俺の位置から通路の奥へ向かって順番に点灯していった。それに続いて壁の照明も一つずつ明るくなり、それまで闇に沈んでいた通路が姿を現す。

 

 少し先を歩いていたトワが振り返った。

 

「わらわが通った時には何も起こらなんだぞ」

 

「もう確認しなくてもいい気がしてきた」

 

 その後も状況は同じだった。俺たちが進むたびに前方の照明が点灯し、壁の黒い板には見覚えのない記号が表示される。分岐に差しかかれば、進むべき方向だけ床の線が明るくなり、別の道は暗いままだった。

 

「完全に案内されてるな」

 

「親切ではないか」

 

「ここって、俺が目覚めた施設と同じ人が作ったと思う?」

 

「断言はできぬが、可能性は高かろう。材質も似ておるし、何よりおぬしへの反応が同じじゃ」

 

「だよな」

 

 街では俺の記録が見つからなかったし、自分自身も過去を覚えていない。それなのに、どれだけ昔から埋まっていたのかも分からない施設だけは、俺が来ることを知っていたかのように道を開いていく。

 

「俺、最初の施設にたまたまいたわけじゃないのかな」

 

 何気なく口にすると、トワが少し考えてから答えた。

 

「少なくとも、そう考える理由は減ったの」

 

「だよなあ……」

 

 手掛かりが増えたはずなのに、自分が何者なのかはむしろ分からなくなっている。

 

 さらに奥へ進むと通路が急に開け、その先に大きな空間が現れた。天井はかなり高く薄暗いため全体までは見渡せない。その正面には壁そのものと見間違えるほど巨大な扉があった。

 

「……でか」

 

 俺が目覚めた施設にも開かなかった大きな扉があったが、目の前にあるものはそれよりさらに大きい。黒い表面には複雑な線が何重にも刻まれ、中央には円形の模様が配置されている。

 

 トワが先に近づいたものの、扉は何も反応しなかった。

 

「やっぱり俺?」

 

「今さら確認する必要があるか?」

 

「ないです」

 

 恐る恐る前へ進む。最初の数歩では何も起こらなかったので、今回は違うのかと思った。ところが扉まで十メートルほどの位置へ来た瞬間、周囲の照明が一斉に点灯した。

 

「うおっ」

 

 巨大な空間が青白い光に照らされる。それと同時に扉へ刻まれていた無数の線が外側から順番に光り始め、中央の円形部分へ向かって集まっていった。低い振動音が足元から伝わってくる。

 

「これ大丈夫なやつ?」

 

 扉の中央に光が集まりきると、今度は俺の身体を上から下へなぞるように淡い光が走ったので思わず後ろへ下がる。

 

「今の何?これ止めていい?」

 

「止め方が分かるなら好きにせい」

 

 その直後、巨大な扉の中央に縦の隙間が生まれた。長く閉ざされていたものが無理やり動き始めたような重い音が空間に響き、左右の扉がゆっくりと開いていく。俺もトワも会話をやめて、その様子を見守った。

 

 完全に開いた先には、これまでの通路とは明らかに雰囲気の違う空間が広がっていた。中央には円形の台座のようなものがあり、その周囲を囲むように何本もの細い柱が立っている。壁一面には黒い板が並び、いくつかはすでに青白い光を帯びていた。さらに奥には大きな半透明の面があり、そこには線で描かれた複雑な図形が浮かんでいる。

 

「何だ、ここ」

 

 ゆっくり中へ入る。俺が一歩進むたびに、それまで消えていた設備が次々と起動していった。壁の表示が増えて床に光が走り、中央の台座から低い駆動音が響き始める。

 

 トワも周囲を見回している。

 

「何か分かる?」

 

「詳しくは分からぬ。じゃが……」

 

 トワは奥の大きな表示を見た。

 

「この土地に関わる設備かもしれぬ。見てみよ」

 

 指さされた先には図形がある。俺には文字こそ読めないものの図形なら何となく理解できた。中央に大きな塊が描かれ、その周囲にいくつもの小さな塊が浮かんでいる。そこから伸びる線や数字らしきものが絶えず変化し、そのうち中央の一つだけが他より低い位置へずれていた。

 

「これ……この島?」

 

「そう見えるの」

 

 昨日、街から眺めた景色を思い出す。周囲の浮島より俺たちのいる大地だけが低くなっていた。

 

「じゃあ、この設備と落界って関係あるのか?」

 

「可能性はあるが、これだけでは何とも言えぬ」

 

「壊れてるから落ちたとか?」

 

「逆かもしれぬ。落界したから設備が異常を示しておるだけかもしれん」

 

「なるほど」

 

 中央の台座へ近づくと、それまでとは違う高い音が鳴った。

 

「……今度は何だ?」

 

 台座の上に青白い光が集まり始める。今まで見たどの装置よりもはっきりと、何かを待っているように見えた。

 

「ユウ」

 

「分かってる。たぶん、俺だよな」

 

 ここまで来れば嫌でも分かる。

 

 俺はゆっくりと中央の台座へ近づいた。台座まであと数歩というところで、足元の光が急に強くなった。

 

「うわっ」

 

 思わず立ち止まると、円形の台座を囲んでいた柱が一本ずつ青白く光り始めた。最初は下から上へ細い線が走るだけだったが、やがて柱同士を結ぶように淡い光が広がり、俺を中心とした円が床に浮かび上がる。

 

「これ、入って大丈夫なの?」

 

 振り返っても、トワは円の外からこちらを見ているだけだった。

 

「お前も入ってみる?」

 

「嫌じゃ。どう見てもおぬしを待っておるものに、なぜわらわが入らねばならぬ」

 

「俺だって入りたくて入ってるわけじゃないんだけど」

 

 とはいえここまで来て逃げても何も分からない。覚悟を決めて最後の一歩を踏み出すと、台座の中央へ足を乗せた瞬間柱から伸びた光が一斉に俺へ向かった。

 

「っ!」

 

 反射的に腕で顔を庇ったが、衝撃も熱もない。光は身体の表面を何度か上下し、頭の先から足元までを調べるように動いている。

 

「ユウ、動くな」

 

「動くなって言われても怖いんだけど」

 

「今のところ危害を加える様子はない」

 

 数秒後、光が止まった。代わりに目の前の空間へ半透明の板のようなものが浮かび上がる。そこには今まで壁で見てきたものと同じ、意味の分からない文字が何列も並んでいた。

 

「また読めないやつか」

 

 そう思った直後、文字が高速で切り替わった。何度か表示が乱れたあと、一つの単語だけが中央へ大きく浮かび上がる。

 

《HOMO SAPIENS》

 

「……え?」

 

 読める。今までこの施設で見た文字は一つも理解できなかったのに、それだけは知っている。

 

「ホモ・サピエンス……?」

 

「読めるのか?」

 

 トワが聞いてきた。

 

「読める。というか、知ってる言葉だ」

 

「何と書いてある?」

 

「ホモ・サピエンス。人間の……種の名前だよ」

 

「種?」

 

「俺たちのことだろ?」

 

 そう言ってから違和感を覚えた。こんなものわざわざ表示する必要があるのだろうか。

 

「何でこんなの確認してるんだ?」

 

「わらわに聞くな」

 

「いや、お前も人間……」

 

 言いかけて、トワを見る。

 

「……ではないんだっけ?」

 

「神じゃと言っておろう」

 

「そうだった」

 

 考える暇もなく表示が再び変わった。読めない文字が何列も増え、その中に今度は数字らしきものが次々と現れる。意味を理解しようと目を凝らしていると、施設のどこからともなく声が響いた。

 

『生体認証を確認』

 

「え?」

 

 思わず周囲を見る。人はいないがそれでも声は続いた。

 

『HOMO SAPIENS――認証』

 

「喋ったぞ」

 

「わらわにも聞こえておる」

 

 トワの顔からいつもの余裕が少し消えていた。

 

『管理権限照合』

 

 そこで一度、声が途切れる。目の前の表示が激しく切り替わり始めた。赤い線のようなものが何本も浮かび、何かを探しているように数字が高速で変化する。

 

「管理って、何の?」

 

「知らぬ」

 

「これ、本当に大丈夫?」

 

「ここまで来て聞くな」

 

「だって急に話が大きくなってない?」

 

 返事を待つ間もなく、鋭い音が一度だけ響いた。

 

『人類管理者――認証』

 

 施設の中が静まり返った。

 

「……は?」

 

 聞き間違えたのかと思った。

 

「今、何て言った?」

 

「人類管理者、と聞こえたの」

 

 トワにも同じように聞こえている。

 

「誰が?」

 

「おぬし以外に誰がおる」

 

「いやいやいや」

 

 思わず台座から降りようとしたが、その瞬間に周囲の柱が強く光ったので足が止まった。

 

「待て、俺そんなの知らないぞ」

 

 当然返事はない。

 

「人類管理者って何だよ。何を管理するんだ?」

 

「機械へ聞いて答えると思うか?」

 

「さっきまで喋ってただろ」

 

「なら聞いてみよ」

 

「……人類管理者って何ですか?」

 

 しばらく待つが、何も返ってこなかった。

 

「都合悪くなると黙るタイプかよ」

 

「おぬしと気が合いそうじゃの」

 

「どこが?」

 

 トワが軽口を返したものの、その目はずっと台座を見ていた。明らかに何かを考えている。

 

「トワ、何か知ってる?」

 

「知らぬ。ただ……」

 

 トワが《HOMO SAPIENS》の表示へ目を向ける。

 

「この施設がおぬしを、少なくとも自分たちに関係のある者として扱っておる。それだけは間違いなさそうじゃ」

 

 そこまで言った直後、床の下から大きな音が響いた。

 

「今度は何!?」

 

 台座を中心に青白い光が一気に広がり、壁一面の黒い板が次々と点灯していく。それまで暗かった部屋の奥にも光が入り、天井付近にまで設備が並んでいることが分かった。低い駆動音が何重にも重なる。施設全体が目を覚ましているかのようだ。

 

「俺、何か押した?」

 

「何もしておらんじゃろう」

 

 奥にあった巨大な表示も変化した。さっきまで低い位置にずれていた大地の図の周囲に次々と線が伸びていく。いくつかは赤いままだが、そのうちの一部が青白い色へ変わった。

 

 同時に足元から震動が伝わってきた。

 

「また落界!?」

 

「いや、待て」

 

 トワが表示を見つめる。昨日感じたような身体が浮く下降感はない。代わりに地面の奥で巨大な何かが回転しているような振動がしばらく続き、少しずつ弱くなっていった。

 

「何が起きてる?」

 

「おそらく……この施設の一部が動き始めた」

 

「落界は?」

 

 トワは答えず表示へ近づいた。俺も台座から降りて隣へ行く。中央に描かれた大地はまだ周囲より低い。しかし先ほどまで少しずつ変化していた数字らしき表示が、一定のところで止まっている。

 

「止まった?」

 

「そのように見えるが断言はできぬ。じゃが少なくとも、今この土地がさらに高度を失っておる様子はない」

 

 意味を理解するまで少し時間がかかった。

 

「……俺が来たから?」

 

「正確には、おぬしを認証したことで施設が動いたのじゃろう」

 

「同じじゃない?」

 

「だいぶ違う」

 

 自分が台座へ乗った直後に設備が復旧したのは事実だった。

 

「じゃあ、これで直ったのか?」

 

「そこまでは分からぬ」

 

 トワが表示の一部を指した。青白く変化した場所もあるが、赤い表示はまだいくつも残っている。

 

「すべてが戻ったわけではないようじゃ。動き始めたのも一部だけじゃろう」

 

「じゃあまた落ちるかもしれない?結局安心できないのか」

 

「少なくとも今すぐ落ち続けるよりはましじゃ」

 

 確かにそうだ。俺が表示を眺めていると、隣にいたトワが突然何もない方向へ顔を向けた。

 

「……ん?」

 

「どうした?」

 

 返事がない。トワは目を細めたまま、壁の向こうを見るようにじっと一点を見つめている。

 

「トワ?」

 

「静かにせい」

 

 昨日の落界が始まった時と似た声だったので、黙って待つ。しばらくするとトワは小さく息を吐いた。

 

「……なるほどの。少し、見えるものが増えた」

 

「見えるもの?」

 

「この辺りの状態じゃ。先ほどまでは分からなんだものが、わずかに分かるようになった」

 

「何で?」

 

「さあの。考えても仕方ないことじゃろう」

 

「具体的に何が分かるんだ?」

 

 トワは一度周囲を見回してから、先ほどの表示へ目を戻した。

 

「少なくとも、この土地が今すぐ再び大きく落ちる状態ではないことは分かる」

 

「本当に?」

 

「絶対とは言わぬ。じゃが昨日よりは安定しておる」

 

 それなら街へ戻って伝える価値はある。そう思ったところでもっと大きな疑問が残っていることを思い出し、俺は台座の上に残っている表示を見る。

 

《HOMO SAPIENS》

 

 消えずにその文字だけが残っていた。

 

「なあ、俺って普通の人間なんだよな?」

 

 トワはすぐには答えなかった。

 

「少なくとも、おぬし自身はそう思っておるのじゃろう?わらわにも答えられぬ」

 

 この施設は俺を《HOMO SAPIENS》と呼び、《人類管理者》として認証した。自分のことを調べるために街へ来たはずなのに、分かったのは自分の名前ですらなく、聞いたこともない肩書きだった。

 

「……余計分からなくなったな」

 

「手掛かりは増えたぞ」

 

「増え方がおかしいんだよ」

 

 トワは小さく笑った。

 

 その背後では、長い間眠っていたらしい古代施設が今も低い音を立てながら動き続けている。

 

「とりあえず、戻るか」

 

「そうじゃな。ここにおっても、今すぐ分かることはもうなさそうじゃ」

 

 俺はもう一度だけ台座を振り返った。《HOMO SAPIENS》の文字はまだ半透明の表示に残っている。その下には読めない文字や数字がいくつも並んでいたが、いくら眺めても意味が分かるようにはならなかった。

 

「これ、放っておいて大丈夫なの?」

 

「むしろ触らぬ方がよいじゃろう。おぬし、使い方を知っておるのか?知らないなら余計なことをするでない」

 

「ごもっともで」

 

 自分を人類管理者と呼んだ設備を本人が一切使えないというのも妙な話だ。だが下手に触ってまた大地が動き出しても困るので今はそのままにしておくしかない。

 

 俺たちは来た道を引き返した。行きとは違って施設全体に照明が灯っており、分岐でも床に青白い線が残っている。途中に並ぶ黒い板にも文字が表示されたままで、数十分前まで完全に眠っていた場所とは思えなかった。

 

「これ全部、俺が認証されたから動いたんだよな。俺がいなくなったら止まる?」

 

「さあの」

 

「それ確認しなくていいの?」

 

「止まったらまた来ればよかろう」

 

「簡単に言うなあ」

 

 しばらく進むと地上へ続く階段が見えてきた。入口から差し込む日の光が妙に眩しい。外へ出た途端、湿った土と草の匂いがした。地下にいた時間はそれほど長くないはずなのに地上の景色が妙に懐かしく感じる。

 

 俺は斜面を上り、畑が見渡せるところまで移動した。

 

「……どう、落ちてない?」

 

「わらわにはそう見える」

 

 遠くに浮かぶ島々を見る。俺たちが昨日より低い位置にいること自体は変わらない。ただ地下へ入る前と比べてさらに高度が変化したようには見えなかった。

 

「もっと分かりやすい確認方法ないの?」

 

「街へ戻れば誰か測っておるじゃろう」

 

「そういうのあるんだ」

 

「落界が珍しくなくなってきたからの」

 

 それを聞くと、施設が動いたことを素直に喜ぶ気にもなれなかった。今回の土地が止まったとしても、別の場所では今も同じことが起きているかもしれない。

 

 亀裂から這い上がり、来た道を戻っていく。途中で黒い設備が露出していた場所を通ったが、そこにも青白い光は残ったままだった。

 

「これ、誰かに見つかったらどうするんだ?」

 

「遅かれ早かれ見つかるじゃろう。落界で露出してしまったからの」

 

「俺のことも話す?近づいたら動いたこととか」

 

 トワは少し考えた。

 

「今すぐ話す必要はなかろう」

 

「なんで?」

 

「説明できるのか?」

 

「……できない」

 

「ならば余計な騒ぎを増やすだけじゃ。おぬしはただでさえ目立つ」

 

 それは嫌というほど理解している。男だというだけで街中から見られ、登録がないだけで警備兵を困らせ、今度は古代施設から人類管理者と呼ばれた。これ以上何か増えたら、自分でも何をどう説明すればいいのか分からない。

 

「じゃあ、施設があったことだけ?」

 

「必要になればの。そもそもわらわたちは正式な調査隊でも何でもない」

 

「そういえばそうだった」

 

 勝手に地面の亀裂を調べ、勝手に地下へ入り、勝手に古代設備を起動しただけだ。

 

「結構まずいことしてない?」

 

「今さら気づいたのか?」

 

「止めろよ」

 

「楽しそうじゃったからの」

 

「どこがだよ」

 

 そんな話をしながら歩いているうちに遠くに街の建物が見えてきた。朝よりも外で作業している人が増えている。畑の状態を確認している人や、地面へ棒のようなものを立てて何かを測っている人もいた。

 

 そのうち一人がこちらへ向かって声を上げた。

 

「そっち、危ないですよ!」

 

「もう戻ります!」

 

 答えると女性は手を振ってから作業へ戻った。外套とフードのおかげでやはり俺が男だとは気づいていないらしい。

 

 街へ近づいたところで何人かが話している声が聞こえてきた。

 

「朝から変わってないって」

 

「本当に?」

 

「昨日の夜はまだ少し下がってたらしいけど、今は止まってるみたい」

 

 思わず足が止まった。トワも聞こえていたらしく、こちらを見る。

 

「……止まったって」

 

「そのようじゃな」

 

「本当にあの施設が?」

 

「少なくとも時期は一致しておる」

 

 俺たちが地下の設備を動かした頃から大地の高度低下が止まった。偶然という可能性が完全になくなったわけではない。それでももう関係がないと考える方が難しかった。

 

「じゃあ一応、役には立ったのか」

 

「そうなるの」

 

 自分が何をしたのかも分からないまま人の住む大地が落ちるのを止めたらしい。実感はまるでなかった。

 

 街へ戻ると、昨日ほどではないもののあちこちで片付けが続いていた。倒れた看板を直す人、割れた窓を塞ぐ人、荷物を運び出す人。昨日突然大地が落ちたというのに皆もう日常を取り戻そうとしている。

 

 その光景を見ながら歩いていると、ふと中央詰所のことを思い出した。

 

「なあ、トワ」

 

「何じゃ」

 

「俺の身元調査、続いてるんだよな」

 

「そう言っておったな」

 

「もしあっちで何も見つからなかったら、どうなるんだろうな」

 

 昨日確認した範囲では俺の記録はなかった。それでもまだ遠方への照会が残っている。どこかの管理区から迷い込んだだけならそのうち記録が見つかるはずだ。

 

 だが今はそれだけでは済まない疑問が増えていた。俺は立ち止まって後ろを振り返る。街の向こうには畑が広がっている。そのさらに先、地面の奥にはあの施設が眠っていた。

 

「街の人は俺を知らない。俺自身も、自分が誰なのか知らない」

 

「うむ」

 

「なのに、あそこは俺を知ってた」

 

 トワは何も言わなかった。

 

「しかも、ただの誰かじゃなくて……人類管理者だって」

 

 俺にとってまったく身に覚えのない言葉だ。それなのに、あの古い施設にとっては俺を示す情報だった。

 

「また調べること増えたな」

 

「よかったではないか。昨日は手掛かりがないと嘆いておったじゃろう」

 

「限度があるんだよ」

 

 トワが楽しそうに笑い、先へ歩いていくのでその後を追った。

 

 自分が何者なのかを知るためにこの街へ来たが、結局謎が増えるばっかりだった。

 

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