同士がいればどうか刺さることを願って。お楽しみいただけたら幸い。
「
「は!?!!??!?!?」
青天の霹靂とはまさにこのことなんだと思い知った。
いつもの放課後、いつものわたしの部屋で。いつも通り帰宅して、いつもみたく一緒に上がってきた幼なじみの
そこに降って湧いた問い掛けに、わたしは大変動揺してしまった。
お、落ち着け……ステイクールだ。
都子は『好きなの?』と言った。つまり疑惑の段階。まだ白黒はっきりついていないグレーの域だ。ここで事実無根の体で軽く受け流せば、物証がないものに無茶苦茶な追及はできない。疑わしきは罰せず、という今このわたしにとってはとても素晴らしい言葉もある。
平静を装い、それこそいつも通りのわたしで――
「ていうか好きだよね? 知ってて一応聞くけど」
「ぐふえげおぐえふあげ?!!!??!?!」
問いが確信を持って内角鋭く投げ込まれたァ!?
装おうとした平静の衣を剥がされ、奇怪な声を上げるわたしを余所に、都子は特に普段と表情を変じさせた様子もなく、ベッドの上で手持ち無沙汰とばかりに黒の学生ソックスで覆われた脚をぶらぶらとさせていた。すらりとした、その足を。つい、両の目がそれを追う。
よ、読めない。いったい何のつもりで……そもそも、なんで今……!?
「…………いや、いやいやいやいやいや」
まだだ! まだ終わらんよ!
ここで折れればわたしのこれまでと、そしてこれからに多大な損失が出る! 学生時代のそれは狭い社会の中における死も同然だ。だから決してこのことは認めてはならない。わたしという存在を
「なーにを言ってるんだい都子ちゃ~ん。そんなワケないじゃん参っちゃうなァもう。どこでそう思ったのか知らないけどそんなことありえないって、ナイナイ。わたしが? 女の子の? 足が? 好き? 初耳ダナー。とりあえずナイから、気にしちゃイカンよ。ね? ね?? ね???」
うん、我ながら下手くそすぎる。きっと目はクロールばりに泳いでて、体の穴という穴から汗が噴き出しているだろう。わたしが相手側だったら、こんなんもう灰色の脳細胞なんかなくても疑ってかかるね。名探偵いらず。推理するまでもなく容疑確定だわ。
だがこれでいい。変に取り繕おうとしたら、わたしなんかじゃすぐボロが出る。ましてや幼なじみ相手に、その場凌ぎの演技など通用する訳がないのだ。
だから、これでいい。何故なら――
「ふぅん、そっか」
案の定、都子は気のない反応を示す。まるで聞いたことにさほど興味などなさそうに。
そんな都子は、それでいながら他人への興味はかなり薄い。自分の興味があることにしか興味がない、とも言える。そこは優秀な頭脳関係なく、都子の素の性分ってヤツだろう。
という訳で。たとえどんなに下手くそでも、一度はぐらかしてしまえば都子はじきに興味をなくすだろうと踏んでいた。これまでもそうだったから。誰かの身近な色恋沙汰でも、人気俳優の一大スキャンダルでも、多少触れはすれど自分の琴線に引っかからなければすぐに飽きる。それが高梨都子という女だった。
今回はそれに助けられた安堵を胸に秘める。危なかったぜ……
と、都子はやはり興味が失せたようにわたしから視線を外し、
「よいしょ、っと」
徐に靴下へと手をかけると――一息に脱ぎ去った!!
「なんでっ!?」
「なにが?」
「なんでこのタイミングで脱いだの!?」
「別に靴下脱ぐくらいどうってことなくない?」
「人前ではしたないでしょ!」
「ちょっと何言ってるか分かんない」
なんで分かんねえんだよ! ……まあ分からないでしょうねえ!(自己解決)
そうこう言ってる間に、都子はもう片方の靴下も脱いで、抜け殻になった対の靴下を無造作に床へと捨て置く。もうわたしの視界には、白く輝くその中身しかなかった。
すらりとした脚のその先。まだまだ夏も始まったばかりで、日焼けにはもう少し縁が遠いだろう白い素足は明るい只中で燦然と輝いて見えた。
若干窮屈な靴下に包まれていたせいか、ふくらはぎから足首まで靴下跡が少し残っている。それに、ああ脱いで間もないのだなという感動に似た情動が湧いてくるのはわたしだけだろうか? 誰かに届け、この思い(誰にだ)
足首は健康的な太さであり、踵は硬質化の兆しもなく見るからにすべすべ。足の甲は細い膨らみという一見矛盾した形状を成り立たせ、やはりシミ一つもなく輝いている。骨が浮き上がらない程度に肉付いているのは大変に理想的だ。
そして、その先。それぞれ五本揃った足指は、手のそれと比べて小さく短く、指の腹はぷっくり実るように膨らんでいて、だからこそ魅力的に映る。都子のそれはギリシャ型という、
そこにある一本一本の爪も荒れておらず、綺麗に整っている。小指の爪はちょっと小さめ。都子はペディキュアはしない派のようだが、もし塗ったらそれは一際芸術の域に達することだろう(わたし評)。いつか塗ってほしい。青とか似合いそうだなあ。
全体を見ても、当然バランスのいいその足先。加えて、今の都子は(わたしと同じく)学生制服のままであるため、部屋という空間の中でいわゆる『制服裸足』になっているのがフェチ的にとても目の保養になる。自分のじゃこうはならないのに、どうして他の誰かのだと目が惹かれるのか。足に目覚めて以来の密かな議題だ。
実は都子がこうして足を露わにする機会はそう無い。都子の育ちもあるからだろう、どうってことないとは言いつつ、基本人前で靴下を脱いだりすることはあまりなかったりする。それでも幼なじみであるわたしの前では多少気が緩むのか、ごくたまに脱いでくれるのだ。いつ見ても眼福。
ああ、今日もいい日だ。こんな素敵な足が拝めるなんて。今夜はいい夢見られそう。これだけで滋養強壮に効くだろうが、できれば触れて愛でることもできるとご飯三杯はいけそうな――
「……多々子、多々子? おーい、しっかり」
「ハッ!?」
しまった、つい油断してトリップしてしまっていた……!
危機的状況に何をキモい語りしてんだわたしは!?
「ふむ。その反応だとやっぱり好きなんだね、足」
こ、こいつ、まさかこれを狙って緩急付けたアクションを!?
なんて罠を……! 汚いなさすが都子きたない。……足はキレイだけども!
くっ、こ、こうなっては……!
「……す、」
「す?」
「すみませんでしたーーーーーッ!!」
自分の部屋、幼なじみの前で、完璧な土下座をかますわたし。
もはや言い逃れできない故の完全降伏だった。
「なんで謝るのか分かんないけど」
「友だちをいかがわしい目で見てたのは人によっちゃ罪に問われますから、はい……」
昨今は同性でもセクハラ成立するし。おのれジェンダー平等社会。
土下座するわたしに対し、都子は依然として変わらぬいつもの調子で語り掛ける。
「前からおかしいなとは思ってたんだよね。多々子ってたまに視線が下向くし。そういう時ってほとんど女の子が足出してるからさ、まさかと思って」
「ぐうっ……」
まさか気付かれていたとは。隠し通せてるつもりだったのに。
ああ、認めよう――わたしは足が好きだ。いわゆる足フェチというヤツ。もっと言えば足全体でなく、足首から先の素足に魅力を覚える癖の持ち主である。
靴下を取り払った裸の足。日の下に晒された素のままの足。基本的には人に見せることなく、しかし見せたところで誰が咎めることもない、見せてもいい裸ともいうべき足がわたしは大変好物なのだ。
あ、男はノーサンキューね。可愛い女の子のに限る。
「でも私もそういう趣味の人がいるってあんまり知らなかったし、もし思い違いだったら悪いなって今まで触れてこなかったんだよね。だけどふと気になったから聞いてみたの。正解で良かった」
気紛れに観たクイズ番組で問題の答えを当てたかのような微笑を見せる都子。
直後、その微笑は目を細めて口の端を吊り上げるものに変じる。
「けど残念だなー。多々子が私に隠し事あるなんて。これでも小学校からの付き合いだし、お互い隠してることなんかない仲だと思ってたのに。そう思ってたのは私だけだったのかな~?」
「うぐ、ぐぐぐぐぐ……!?」
「ま、私もあるけどね、まだ言ってないこと(ボソッ)」
都子は意図的な意地悪い笑みと共に、的確に痛いところを突いてきた。
そりゃ、わたしだって都子とはそういう仲のつもりだ。親友だと思ってる。……でも、でもだ。そんな相手がこんな性癖あるなんて知りたくないだろう。ましてやそれをカミングアウトできるはずがなかろう。だからそこわたしはこれまでひた隠しにしていたというのに……!
わたしの親友は本当に意地が悪い。
こうして突いてきてる間も、なんか目の前で素足をぶらぶら振ってるし。あの、個人的ピンチなうなんで足指をそんなクニクニ動かさないでくれません? 目と心がそっちに奪われる。
「あ、すっごい見てる。そんな好きなの?」
釘付けの視線に気付いた都子がからかうように言ってくる。
好きか、だって? そんなの――
「好きだよ」
「え」
「都子……の足が一番好き」
言ってなんだが何の告白してんだわたし?
とはいえ、事実は事実だ。わたしが足に目覚めたのは今から6年前、小学五年生の頃。その時のプール授業で都子の素足を見た瞬間からわたしはそれに目と心を最初に奪われ、以降足フェチを自覚することとなった。ぶっちゃけアホみたいな性の目覚めである。
まあつまるところ、都子の足がわたしの初めてで、それ以来の推しであった。マジで好き。いつまでも眺めてられる最高の足だと思いますね、ええ。
……我ながらマジでキモいな……
「ふーん」
ほら、都子もさすがに引いてるし。引いてる、のかな? どっちかというと求めていた通りの返答じゃなくて不服そうな感じに受け取れるが……
なんにせよ、なんとか弁解しないとまだわたしの首はギロチンの下だ。
「と、とにかく。わたしが女の子の足が好きなことは認めるけど、できることなら見逃していただけないでしょうか。わたしのためを思って。その代わり、今後一切都子をそんないかがわしい目で見ないことを誓いますのでどうか、どうかご容赦を……!」
床に額を擦り付けての全力の謝罪。全身全霊の懇願をする。
ここで許しをもらえなければ今後わたしの人生は終わってしまう。その前提で。
絶交を言い渡されても泣く泣く受けるしかない判決前の大罪人の心境だった。
「んー、どうしよっかなー」
そんなわたしの葛藤など露知らぬように、都子は愉し気な笑顔で視線を宙に巡らせる。どういう処遇を下すべきか思案するようにして。
これはあれか。秘密を握り握られの関係から始まる、バラされたくなかったら言うこと聞いてもらうよクックック的な。求められるのは金銭か、暇潰しの玩具代わりか、はたまた尊厳の放棄か。よりによってそのシチュを都子相手に実体験することになるのか? いやしかしそれで秘密にしてくれるなら……うーんでもなあ……
と、さらなる葛藤に苛まれているところに。
都子は徐に足を持ち上げ――その爪先でもってわたしの顎を持ち上げてきた。
えっ? …………いま、わたしすっごいことされてる???
「別にいいよ。これからもそういう目で見ても」
「え?」
「意外ではあったけどだから嫌だってこともないしねー」
顎下にある都子の爪先に意識の半分行くようなわたしを、笑って許容する口ぶりの都子。
え、ほんとにいいの? マジで? 普通嫌でしょこんな変態。念書書かせて一生そういう目で見ないこと約束させるどころか、明日から赤の他人扱いされたって文句言えないくらいだと思っていたが。
ここに来て高梨都子という女が良く分からん……
「それに、もう顔は見慣れちゃってるっぽいから、新しいアプローチできてラッキーだしねえ」
「え?」
「こっちの話~」
なんか分からんこと言いつつ、顎を持ち上げる方の足を引っ込める。ああっ、もっと味わっていたかった……
「あ、そうだ。今日このあと用事あったんだった」
そう言って、都子は靴下を履き直し、カバンをまた肩に掛ける。
そこそこの家柄なのもあって、色んな習い事をしているから今日もその日なのだろう。放課後も授業以外の学習に時間を使うとかわたしにはとてもマネできんな。それでもこうしてわたしとつるむ時間を作ってくれる幼なじみに心の中で感謝したい。
たった今も罪を許されたし。
「じゃ、また明日ねっ」
「あ、うん。はい」
なんだかいつもより楽しそうな都子。含みが感じられる。
なんか、明日以降わたしの生活変わりそうな予感。
え、まさかやっぱり許されてないのか? そこはかとない不安が過る。
だが、そうしたわたしの心境など気にする風もなく、
都子は去り際に一言言い捨てていく。
「そうそう。私以外にも多々子が女の子の足が好きって気付いてる子いるよ」
「ファっ!???!!?!?!」
「ま、そういうことで~」
手を振り振り、一人去っていく都子。いま言ったことなどどうでもよさそうに。
それを見送るしかないわたしは当然心中穏やかではいられない。
きづ……きづい……え、気付いてる!? 都子以外で!?
ちょ、誰!? 誰かだけ言ってから帰って! 都子? 都子っ! 都子さーんっ!?
こうしてわたしを襲った晴天の霹靂は過ぎ去った。
正直いま思い返しても割と生きた心地がしない。それだけの波乱だった。
けどそれが、これからの日常に夏前の梅雨前線のように立て続くことになるのを、
この時のわたしは知る由もなかった――