「はあぁーーーーーっっっ……」
胸いっぱいのしこりを吐き出すようなクソデカため息。
それが虚空に溶けていくのを感じながら、わたしは学校への道を進んでいた。
正直、学校行きたくない。
こういう感情自体は誰しも一度は抱いたことはあるはず。わたしもそう。
買ったゲームが面白くて早くやりたいから。友だちとケンカして気まずいから。宿題をやってきてないから。勉強がだるいから。はたまた、なんとなく行きたくない気分だから。と、理由は十人十色だろう。
わたしは足フェチがバレたからいま行きたくなかった。
幼なじみに女の子の足が好きと暴かれたのが昨日の放課後のこと。今日はその幼なじみも登校してくるだろう学校に行かなければならない日だ。昨日の今日に秘密を知られた相手と顔を合わせることの気まずさと不安感は、なんとなく理解していただけることだと思いたい。
昨日はなんか許しをもらえて、あまつさえ『別に見てもいい』と謎の許可までもらえたものの、だからといって安心などできようはずもない。長年の秘密を他人に知られ、それがやましいことと自覚してれば。
都子の人格ならまずないとは思うが――場合によってはクラス中の生徒に、酷い時には学校全体にわたしの性癖が知れ渡っていてもおかしくない状況だ。教師からも奇異の目で見られかねない。その可能性を考慮せざるを得ない以上、とても万事問題なしとして通学できないのであった。
ああ、ほんとにそうなっていたらどうしよう……都子だって昨日の様子じゃそんな深刻なことだと見なしてないようだし、話題の一環でバラしてる可能性だってなくはない。
加えて言えば、昨日都子は言っていた――他にもわたしが女の子の足が好きなのを知っている子がいる、と。それが誰であるかは現状まったく把握してないが、そのことが本当だとしたら、そこにどういう感情を持っているかは分からないがいつでもわたしの秘密を明かせる立場にあるということだ。真意は掴めないけど何故か許容してくれた都子はともかく、その子たちがその気になれば今すぐ秘密は暴露されることだろう。
そうなればわたしは一躍、目立たない女生徒の一人から同性の足に性的魅力を覚える変態危険人物にカテゴリー入りされるだろうなあ。下手な不良学生なんか目じゃないくらいヤベーヤツ認定。女生徒からは嫌悪の目で見られ、男子生徒には冷やかされ、先生からやたらカウンセリングでも勧められるんだろうか? 終わった。そうなればわたしの人生ほぼほぼ終わった……
陰で『足フェチの多々子』なんて呼ばれたりしてな。ははは、そうなったらいっそ開き直って、動画投稿サイトでゲーム実況者としてデビューしようかな。最初は顔出ししないで。今の内に喉から急ブレーキ音が出るように練習しておこうか――
「どうしたの、多々子?」
「ぅわっ!?」
と、最悪の未来に現実逃避していたら、後ろから声がかかって過剰に驚いてしまう。
慌てて振り向けば、そこには都子の姿があった。
「都子! どうしてここに!?」
「そりゃ通学中だし。多々子こそどうしたの。出るの遅くなるから先に学校行っててって連絡したのに」
「あ……あー」
言われて思い出す。そういや今日はそうだったっけ……
わたしと都子の家とは徒歩圏内だ。そのため小学校の頃から一緒に学校通うようになっている。高校でもなし崩し的にそうなっていたのだが、都子の家の都合もあって時間が合わなくて時折別々に登校することもあった。今日もそういう連絡をラ〇ンで受けていたのである。
しかしわたしは、先も言ったように学校に行くのを渋っていたため、たまたま都子の登校時間と被ってしまったのだろう。都子の問いはもっともであった。
が、その原因をわざわざ話すのは少しばかり憚られる。めっちゃチキンすぎる話だ。
なので笑って誤魔化すことにした。
「あ、あー、あれだ。朝にゲームしてていいとこで終わらなくてさー!」
「ふーん。そういうとこあるよね多々子」
「そ、そうそう! でもまあ、お陰で都子と一緒に行けるし! 結果オッケーってことで! て訳で、もう急がないと遅刻しちゃうよ! ほらほらハリーアップ!」
「それはお互いさま」
ちょい不自然な誤魔化しであったが、都子は気にした風もなく。話題を流すようにしてわたしたちは学校に向かう。いつもながらの朝の通学風景。
でも、その中でわたしの心はいまだ曇りがちで。隣の都子が若干ルンルン気分なのが羨ましい。こっちは暴かれた性癖のせいで学校生活どうなるか不安しかないと言うのに……わたしの自業自得ではあるが。
都子がいるからには、やはりこの話題は振らなければなるまい。
「ねえ、都子。昨日言ってたことだけど」
「ん? ……なんだっけ」
「いや忘れんな。ほら、わたしの秘密知ってる他の子って話」
「ああ。多々子が女の子の足が好きってヤツ」
「シーッ! 外でそういうのべらべら言わないの! 消されるよ!?」
「誰に?」
正常な社会の正義とかそういうのに! わたしが!
「で……それ誰なの? わたしの知ってる子? できれば教えてほしいんだけど」
「んー、別に知る必要なくない?」
「わたしは十二分にあるが!? ぶっちゃけそれで昨日もあんま眠れなかったし! 誰か把握した上で口止めなりなんなり対処しないとわたしの心身が持たないんだが!?」
声を潜めて声を荒げるという、地味に器用なテクニックで訴えるわたし。すると都子は「そりゃ大変だねえ」と暢気すぎる口ぶりのまま答える。
「ま、大丈夫だって。知ってて悪感情あればもう言ってるだろうし。多々子はいつも通り私と一緒に日々を過ごしてればいいんだよ。悪いようにはならないだろうから」
「何を根拠にぃ……あっ、でもせめて誰なのか名前くらいは……」
「ダメ。プライバシーの侵害だもの」
「わたしは基本的人権が危ぶまれてるのに!」
社会的な死刑もとい私刑が執行されかねないのに!
そんなわたしの訴えも、都子はまるで靡いてない様子で。
「そこまで怖がること? 今どき同性同士なんて珍しくなくなってきてるし、世の中にはもっと変な趣味の人がいるだろうし。それに私は気にしないよ?」
「……そりゃ都子は昔っからそうだろうさ。変に無頓着というか。でも、性癖のマイノリティーは大っぴらにしたら大多数の常人に排除されかねないのが今の世の中でもあるから」
特段わたしが実害被った訳ではないが、ニュースやドラマなどを見ていれば自然理解はできる。マンガやアニメ鑑賞がちょっとした趣味であるから、そういうのを取り上げたものも目にしているのもあって。尽力して認められるようにする未来ある明るい話も、一切受け入れてもらえず孤立していく見ていられない哀しい話も。
だから早い段階で、わたしはその癖がひけらかせるものではないと自覚している。自分の好みは他人が許容していないもので、それを知られれば排除される運命にあると。故にこそ、バレないようこっそりと女の子の裸足、素足姿を覗き見て堪能していたのだ……まあバレてたようだけど。
これが露見してしまう懸念があるとすれば、気にするなという方が無理あるだろう。
「ああ、終わった……マジでわたしの学校生活終わった……ッ!」
朝の往来の真ん中ということを忘れてでもその場に蹲りたい気分だった。一応わたしたち以外にもこの時間に登校している生徒や、一般の通行人などがいるのでやらないが。
秘密を知るのが誰か分からない以上、この先のわたしの学校生活、さらには日常生活にすら平穏は訪れない。いつ全てが一変し、あらゆるものが敵となりえるか分かったものではないのだから。首に絞首刑のロープがかかっている感覚。
一歩、また一歩と進む足の重いこと。気すらも重い。学校行きたくなさすぎて、仮病うんぬんでなく具合が悪くなってきた気がする。
それでも表向きの世界は変わりないのが、いっそ憎らしい……
「学校に隕石でも落ちないかなあ」
「大変だねえ」
あまりに軽々しい心中お察しをしてくる都子。
と、不意に都子は「あ」となにか思い付いたように零す。
それに訝しんでいると。徐に都子は立ち止まり、ローファーを片方だけ脱ぐ。
なんだ、靴の中に小石でも入ったか? と思った矢先、そうして顔を出したソックスに覆われる足の裏をこちらに見せ付けながら、なんとも蠱惑的な笑みを浮かべて都子は囁きかけてくる。
「――大丈夫? 足見る?」
「(今は)いいです!」
そんな『おっぱい揉む?』みたいに!
ほんと、都子のスタンスがてんで分からんのだが……?