夏油inまどマギ世界 作:使い魔
『ほむらちゃん、過去に戻れるんだよね?』
『こんな終わり方にならないように、歴史を変えられるって言ってたよね?』
『だったらさ、キュウべえに騙される前のバカな私を……助けてあげてくれないかな?』
──約束するわ。絶対にあなたを救って見せる。
それは、終わりのない旅路。
たった一人の友達──鹿目まどかを、絶望の運命から救い出すための。
ワルプルギスの夜に幾度となく敗北した。かつては仲間だった魔法少女たちから疑われ、見放された。真実を伝えても、誰も受け止めなかった。
それでも私はこの運命に抗い続ける。
あの子の祈りが未来に繋がれるその日まで。
……なのに。
*
(なのに──この男は、なんなの?)
もう、何度やり直したかも分からないほどに同じ時間を繰り返してきたけれど、これまでの時間軸には存在しなかった明らかな
「なるほどね」
街灯の鋭い光が、夜風に揺れる特徴的な前髪の隙間から、冷たく光る男の瞳をかすめる。秋の冷気が、妙に肌寒く感じられた。
「『
……名前まで聞いているのね。
キュゥべえの始末に失敗し、巴マミやまどかたちとの間に大きな溝を作るだけで終わったあの出来事からの私の印象は最悪だとは思っていたけれど。この得体のしれない男にまで共有されることになるなんて。
──夏油傑。この男のことはすぐに調べた。見滝原高校二年生で、一ヵ月前にこの街に引っ越してきた男。
彼が単なる一般人ならば、さほどその存在について慎重になる必要性はなかった。これまでも、私の知らない人間がまどかの周りに現れることは何度かあったから。魔法少女でないのならば、私の計画の支障になることはなかったから。
……けれど、まどかを追って魔女の結界に入ったとき、夏油傑を見て、その考えを改めさせられた。
「……あなた、何者なの」
「さあね、私にもわからないけれど──便宜上、今日から
呪術師? 軽薄そうに言うけれど……本心からふざけているようには見えない。
それに実際に私はこの男の力の一端も魔女結界の中で目にしている。確かにあれは魔法なんて生易しいものではなかった、けれど……。
「……。その呪術師が……あの子たちに何の目的で近づいたの」
「……結界にいたときにも感じたけれど、随分とあの二人を気にかけているんだね」
……やっぱり、さっきの魔女の結界で既に私の存在には気づいていたみたいね。
しかも、瓦礫に押し潰されそうになっていたまどかたちを助けるために私が魔法を発動させかけたことも、この男は見抜いている。
「あの白い生き物を追い回して攻撃していたというのも、彼女たちが魔法少女にならないようにするためかい?」
全てを見抜くような視線に、私は思わず睨み返す。そうしなければ、本当に全てを見抜かれてしまいそうな気がしたから。
「……やれやれ。私を警戒しているのも同じ理由なんだろう?」
しかしそれに堪える様子もなく、夏油傑はむしろ困ったように溜め息を吐いてみせた。
……一向に敵意を感じられないのは、私がまどかたちを助けようとした事実があるからなのかもしれない。
「心配せずとも、
「……それを、どう信じろというの?」
「今の私の言葉では、君にはそれを立証できないだろうね。なら、君が気に掛けている鹿目さんや美樹さんに聞いてみるなりすればいい」
「詐欺師に騙されている被害者に聞き取りをしたところで、なんの意味もないでしょう」
「キュウべえみたいにかい?」
皮肉を言ったつもりだったけれど、返ってきた思わぬ言葉にドキリとした。
思わず顔を上げて夏油傑を見上げる。
彼はいたって普通の表情だった。そこにからかいだとか疑いの感情があるようには思えない。まるで当たり前の事実を言っただけのような……。
「……あなた、どこまで知っているの……?」
「何も知らないよ、彼女たちに教えてもらったことだけしか。けれど、君の反応を見るに……あの生物が耳障りの良い言葉だけを投げかけて、事実はすべて話さない……詐欺師まがいのことをしているのは合っているみたいだね」
……鎌をかけられた。
だとしても、彼もまたキュウべえの言動に不信感を抱いているからこそ、その目的と本性を知っていると思われる私に探りを入れてきたのだ。
得体のしれない化け物を操り、かと思えば腕っぷしだけで使い魔を易々と撃退し、そして数少ない情報からの状況判断や考察も怜悧で鋭い。呪術師という存在はみんなこうなの? それともこの男の性質によるもの? とにかく、今までの時間軸で会ってきた中でも、厄介極まりないことは確かだわ。
「……だが、分からないね。キュウべえがそういう存在だとして、どうしてそれを彼女たちに話さないんだい?」
……。
そうね、当然の指摘だわ。
けれど──そんなこと、
キュウべえを疑う魔法少女は、
魔法少女は孤立しやすい。その性質上縄張り争いも珍しくはなく、チームを組んで行動することも稀有だ。だからこそ、魔法少女の秘密を共有し信頼することのできる仲間は非常に少ない傾向にある。
そんな魔法少女たちサポートするキュウべえは、魔法少女たちにとってある種の心の拠り所だ。私だって最初の時間軸はキュウべえを信用し切っていたもの。
だからこそ、これまで私がキュウべえが悪いと訴えても誰も信じなかったし、キュウべえを襲撃したことが露見すれば一斉に私に不審の目が向けられた。
特に巴マミは
「話したところで、信じてもらえないわ」
私は、ほとんど吐き捨てるようにつぶやいた。
部外者に八つ当たりしたところでどうなるものでもない──それでも、もう既に試行錯誤したことを、まだ取り組んでもいないのかというように改めて指摘されて──胸の内で燻るやり場のない感情を抑えきれるわけがなかった。
夏油傑は「……そう」と、それ以上は追及はしなかった。
「……まあ少なくとも、君のスタンスは分かった。ひとまずここで騒ぎを起こすことにはならなさそうで、安心したよ」
「自分より年下の女の子をいじめるなんて、気が進まないからね」と肩を竦める夏油傑に、私は気を取り直すように髪を後ろに撫で付けてみせる。
「そう。むしろ私には、残念そうに見えるけれど」
「アハハ、実はそうなんだ。魔女との戦闘経験はあっても、魔法少女とはまだ戦ったことがないからね。君たちの戦い方には興味があるし、私も実戦経験が積めると思ったんだけれど」
悪びれもせず、軽薄な調子でそんなことを言ってみせる夏油傑に私は瞠目した。
……向こうが
「あなたが余計なことをしなければ、こちらから手を出すことはないわ」
「君がそれを言うのかい?」
「……魔法少女でもない
私はそう冷たく吐き捨てて、その場から立ち去った。
これ以上会話しても、あの男から情報を引き出せそうになかったし、まだ巴マミの
あの男が追ってくる様子はないようだけれど、あの男の使い魔が張っている可能性も考えて、遠回りで自宅に戻ることにした。
魔力を使って身体能力を高め、建物から建物へ跳躍して飛び移り、夜風を切りながら夜の見滝原を駆け抜ける。
……たとえ魔法少女ではないとしても。私と同じようにキュウべえに不信感を抱いていたとしても。
(もう私は誰も信じない。そう決めたのよ)
そう、誰に分かってもらう必要はない。
まどか。貴方を、絶望の運命から救い出す道を探し出せるなら、私は……。