夏油inまどマギ世界 作:使い魔
どこかの体育館。
ボムボム、と乾いた音が空間を揺らす。
人気のないそこはほぼ貸し切り状態で、オレンジ色のバスケットボールが床を叩く音だけが、やたらと遠くまでよく響いていた。
「そもそもさぁ、
背後から、気だるげな声が聞こえた。
振り返れば、床に胡座をかいた白髪の男が、こちらに背を向けたままぽつんと座り込んでいる。
「別に一般人に見られたってよくねぇ? 呪霊も呪術もみえねーんだし」
不満気に愚痴をこぼす男は、時折、頭にできたばかりの真新しいタンコぶをうっとうしそうに撫でていた。直前、彼の不真面目な対応が招いた訓育──誰かからの鉄拳制裁の結果なのだろうが、本人は反省の色すらない。
「ダメに決まってるだろ。呪霊の発生を抑制するのは、何より人々の心の平穏だ」
呆れつつも、私は理路整然とその理由を説こうとした。だが、白髪の男は背を向けたまま「分かった分かった」と片手を軽くひらひらと振って、鬱陶しそうな仕草を見せた。
私は呆れながらも、ゴールに向かい直ってシュートフォームを作る。
綺麗な弧を描いて放たれたボールは、しかし無情にもリングの縁を弾き、ガコンと音を立てて床へ転がり落ちた。
ややあって、深々と大げさな溜め息が聞こえる。それは私のものではない。
「──弱い奴らに気を使うのは疲れるよ、ほんっと」
軽薄、傲慢そのものでしかないそれだが、私はそれを当然のように享受していた。
それだけの実力がこの男に備わっていると理解しているからだ。
「『弱者生存』、それがあるべき社会の姿さ」
先ほどシュートを外し損ねたバスケットボールがこちらに転がってきて、私は静かに視線を落とす。
「弱きを助け、強きを挫く」
「いいかい
──呪術は、非術師を守るためにあるんだ
*
「……」
ここにきて新たな夢を見ることになるとは思わず、夏油は起きてからしばらく動けずにいた。
夢の中の光景は妙に生々しく、胸の奥がざわめく。
(……やはりこれは、私の記憶なのだろう。ここにきて新しい記憶が掘り起こされたのは、昨日の出来事がきっかけなのかもしれない)
昨日は色々なことがありすぎた。
それがある意味夏油にとっての刺激となり、この肉体に眠るいつかの
(魔法少女、そして魔女か……)
暁美ほむらの言い分を考えても、まだ何かを隠しているキュウべえは警戒するに越したことはないが……夏油は呪術師であり、魔法少女でもなんでもない。
契約する気もないし、キュウべえもまた素質があると言いつつ、呪術師という素性の知れない夏油との契約には懐疑的だ。
だからこそ、巴マミたちとの関わりを絶てば、それ以上どうにかなることもないだろう。この妙な夢を見ることもないかもしれない。
しかし──
(呪術は、非術師を守るためにある、か……)
夢の中の自分の言葉が、奇妙な響きを伴って脳裏を過ぎる。
夏油は布団の上でゆっくりと両手を広げ、そして、ぐっと強く握りしめた。
宙で鮮やかに身を翻す、黄色の少女。
その両手に、ひときわ眩い黄金の光を帯びた巨大なマスケット銃が顕現する。少女の魔力は限界まで高まり、周囲の空気がピリピリと帯電したように震えた。
「ティロ・フィナーレ!!」
放たれた超大威力の砲撃が、閃光となって直進した。
凄まじい熱量と魔力の奔流が魔女の巨体を真正面から捉え、文字通り世界を焼き払うように魔女もろとも空間ごと吹き飛ばす。
そうして戻ってきた夜の公園。
そこに漂うのは、役目を終えた光の粒子と、静けさを取り戻した夜風だけだった。
巴マミは魔法少女の出で立ちを制服に戻し、街灯から公園の地面へと軽やかに着地した。
「それにしても──
マミが振り返った先で、夏油はニコリと愛想よく笑う。
「謙遜だな、巴さん一人でも十分になんとかなったと思うけれど」
「本当のことよ。夏油さんと使い魔のサポートが的確だったから、魔女の使い魔に時間を取られずに済んだし、魔力の消耗もほとんどなかったのよ。それに、
「ありがとう。これなら魔女の結界におびき寄せられる一般人の被害も減るかと思ってね」
新たに見た夢をきっかけに、夏油は帳の降ろし方も思い出していた。
外から中への侵入を防ぎ、内部を視認できないようにする術。これを魔女の結界の周囲に展開することで、魔女の結界を視認できないまま迷い込んだりおびき寄せられがちな一般人の被害を減らすことができる。
「あのカッコいい詠唱も、夏油さんが考えたの?」
「カ、ッコいい……? いや、そういうわけではないんだけれど……」
夏油の呪霊や結界術よりも、なぜか帳を降ろすさいの詠唱に興味を示しているマミに夏油がややたじろいでいると、二人分の足音が聞こえてきた。
マミの魔法で強化された金属バットを手にしているさやかと、その後ろに寄り添っているまどかだ。
「いやあ、相変わらずすごいねーマミさん」
「もう、遊びじゃないのよ?」
いつもの軽い調子のさやかを、マミがたしなめる。
「夏油先輩も、カッコよかったです……! ね、キュウべえ」
「そうだね。その手数の多さはもちろんだけど、キミ自身の動きも完成されているよ。実力でいえば、並みの魔法少女なんて目じゃないね」
「……おほめにあずかり光栄だよ」
まどかの肩に乗ったキュウべえの淡々とした言葉に、夏油はひとまずニコリと微笑んだ。
「けどびっくりしたー、夏油先輩が魔法少女体験コースについてくるって言ったとき、ついに魔法少年になる覚悟をしたのかと」
「まさか。……たとえ在り方は違っても、人を助けるために力をふるう志は同じだ。だからこそ、後学もかねて魔法少女である巴さんの戦い方を見ておきたいと思ったんだ。それに、今まで私は一人で戦ってきたから、連携の練習にもなるし」
尤もらしいことを言うと、まどかもさやかも納得と尊敬を含んだような反応を返す。
まだ魔女に対して恐怖感はあるようだが、日によって彼女たちの緊張感は薄れてきている気がする。
(二人からすれば、不思議な力を意のままに手繰り、動き、敵を倒す私たちはある意味、アニメや漫画のヒーローに見えているのだろうな。……魔法少女の素養があるとはいえ、彼女たちはまだ一般人だ、無理もない。私たちが特に苦戦していないのも、それに輪をかけているだろうし)
いわゆる「死」と隣り合わせの生活。魔法少女の過酷さを知らない彼女たちが、このまま半端な覚悟や願いで魔法少女になることはあまりにも危険だ。
暁美ほむらを助けるわけではないが……彼女たちに同行しつつ、どこかで釘を差しておくのもいいだろう。キュウべえが二人の傍にいる限り、難しいかもしれないが。
(……魔法少女の契約もだが、魔女に関しても謎が多い。夢の私の言い分からして、呪霊は恐らく一般人の感情に基づいて発生するものだと推測できた。だからこそ、魔女の発生にも何か因果関係があるはずだ。……その正体が分かれば、今度こそ
夏油は柔らかく微笑んだまま、その瞳の奥で、静かに思考を巡らせる。
あーあ、とさやかが頭に手を組む。
「グリーフシードのこと抜きにしても、魔法少女同士も協力ってできないのかなー。つっても、あの転校生みたいな魔法少女ばっかりだと、あたしちょっと気が滅入っちゃうかも」
「……そういえば、例の危険な魔法少女だって言っていたあの暁美ほむらさんから、魔法少女になることを止められてるんだっけ?」
「そー。特にまどかなんて、『今とは違う自分になろうだなんて、絶対に思わないで。でないと、全てを失うことになるわ、キリッ』とまで言われたらしいから」
「キリッ、までは言われてないよ……?」
「そりゃそーでしょ! 言葉の綾ってやつ~」
「全てを失うことになる、ね……」
夏油は呟いた。
(単なるグリーフシード目当てに魔法少女になることを阻止しようとしているなら、もっとやり方があるはずだ。やはりこの二人を……特に鹿目さんを魔法少女にしたくない、という強い意思が見えるな)
この少女たちと共にいれば、暁美ほむらと邂逅する機会もあるだろう。
真実を知れる機会も遠くはないはずだ。
そうしていると、話は魔法少女の願いとそれを取り巻く巴マミや美樹さやかの話になっていた。
夏油が黙って話を聞いていると、さやかは幼馴染である上条恭介の身を案じていること、それに伴う願いを考えているらしいこと……そして巴マミは、幼いころの交通事故に関連して「生きたい」という願いで魔法少女になったが、対象に家族らを含めず自分自身のみにしてしまったことを悔い続けていることが分かった。
これまでは表面上の付き合いだったからこそ──夏油は少女たちが目に見えない部分で悩み、苦しんでいる事実に、切ない感傷が胸の奥に冷たく澱む。
「あれ、夏油先輩って家そっちだっけ?」
別れ道の分岐点で、さやかから投げかけられた言葉に、夏油は首を横に振る。
「いや、私の家はそっちの方向じゃないよ。ただ……」
言葉を区切り、夏油は隣の巴マミへと視線を向けた。
「──この先の道は少し暗いし、女性を一人で帰らせるわけにはいかないからね。巴さんを近くまで送り届けようと思ってさ」
「え……? そんな、夏油さん、気を使わなくても大丈夫よ。私は魔法少女だし、それにこの街の治安はそこまで悪くないわ」
「確かに君は魔法少女としての経歴もあるし、まして並の不審者なんて簡単にやっつけられるだろうね。でも、年下の女の子を夜道に一人で歩かせるのは魔法少女に関係なく感心しないし、見過ごせないな」
「お~、さすが塩顔ジェントルマン!」
「それって褒めてるんだよね?」
「マミさん。私とさやかちゃんは、ここから近いですから。キュウべえもいるし。夏油先輩の言う通り、やっぱり夜は危ないかも……」
茶化すように言うさやかと夏油、そして夏油の提案に頷くまどかを見てから、マミはくすりと笑った。
「そうね、じゃあせっかくのエスコートに甘えさせてもらおうかしら」
まどかとさやかと別れの挨拶を交わし、二人が明るく手を振ってそれぞれの家路へと駆けていくのを見送る。
やがて、夜の住宅街には夏油とマミ、二人分の足音だけが静かに響くようになった。
「……私、あなたが羨ましいわ」
不意に、マミがぽつりとこぼした。
「それは、どうしてだい?」
「その、……あなたは呪術師だけれど、正体を明かす前から、鹿目さんたちと仲がいいでしょう? 昔、私の知り合いの魔法少女が……「魔法少女じゃない奴らとつるんでも、話が合わないから面白くない」みたいなことを言っていて。──あっ、私はそうは思ってはいないのよ? ……いえ、でも、似たようなものかも。私も、心のどこかで魔法少女と魔法少女じゃない人は、違うって……」
守る者と守られる者としての意識と線引きが、彼女を無意識にそう行動させているのだろうと夏油は考えた。彼女との付き合いは浅いが、彼女は正義的模範の魔法少女であろうとしている素振りが見えるからだ。
「だから鹿目さんたちを見ていると、時々ひどく眩しく思えるの。あの子たちは普通の女の子で、魔法少女にならなくても、当たり前の幸せと日常がある……。魔法少女として、守る側でいようとすればするほど、私とは違うって、思ってしまうの。だから、あの子たちの本当の輪に入れない寂しさを、つい感じてしまうのね」
街灯のオレンジ色の光が、マミの横顔を柔らかく照らし出す。
ベテランの魔法少女としての衣装と仮面を脱ぎ捨てたその表情は、年相応のどこかあどけなさを残した少女そのものだ。
「……だから巴さんは、あの二人が魔法少女になることに肯定的なんだね」
「……。この前ここで日課のパトロールをしているときに、暁美さんと出会ったの。そこで言われたわ」
あなたは無関係な一般人を危険に巻き込んでいるばかりか、危険と隣り合わせの魔法少女に誘導している。
「最初はそれこそ、彼女はグリーフシードを狙っているからそんな言い方をしているのだと思っていたわ。それに、彼女たちはキュウべえに選ばれたのだから無関係じゃないって。……そう、言い聞かせてたの」
「暁美さんの言葉に、思うところがあったわけかい」
「ええ。私は……今まで、ひとりぼっちで。一緒に戦ってくれる仲間はこの街にはいなかったから……だから、その……やっぱり、寂しかったのだと思う。その感情に揺られて、鹿目さんたちを積極的に魔法少女に誘っていたかもしれないって……。……改めて考えると、私って自分勝手ね」
「……一人で戦うことの孤独の重さは、私にも理解できるよ」
夏油はつぶやく。
強者であることは、孤独だ。
夏油は自分自身を最強だと思ったことはないが、
「だから、在り方は違っても同じように戦っている人たちを……巴さんや魔法少女の存在を知れた時は、純粋に嬉しかったよ」
「ええ。……不謹慎なことを言ってしまうと、私、今日はいつもより楽しかったの。誰かと肩を並べて戦うなんて、とても久々だったから」
「私も、久しぶりの感覚だったよ」
今まで魔法少女の存在を知らなかった夏油は、誰かと肩を並べて戦ったことなどない。しかし自然とそう言えたのはなぜなのか。脳裏に過るのは──夢の中の白髪の男。
「だからこそ、巴さんはもう一人じゃないだろう?」
夏油の言葉に、蕾から花が開くように、マミはふわりとほほ笑んだ。
「ありがとう、夏油さん。なんだか、胸のつかえが少し軽くなった気がするわ」
「礼には及ばないさ。仲間同士、支え合うのは当然のことだからね」
「仲間……うん、そうね。そうよね」
巴マミは「仲間」という単語を久しぶりに口にしたように噛みしめて、それから力強くうなずいた。
その姿を微笑ましく思いつつ、一歩引いたところでは夏油は痛々しくも感じていた。
魔法少女になろうと、なるまいと──彼女たちはまだ14歳、15歳の少女なのだ。
「……ここからはすぐだから、大丈夫。送ってくれてありがとう。本当に助かったわ」
「どういたしまして。私が好きにやったことだから気にしないでくれ」
夏油が穏やかに微笑むと、マミは少しだけ気まずそうに、けれどどこかすっきりとした笑顔を浮かべていた。
「あの、夏油さん。……もしよかったら、その……また鹿目さんたちと一緒に、お茶に誘ってもいいかしら。あ、魔法とか呪術のことじゃなくて──学校の話とか、美味しいケーキ屋さんの話とか……、なんでもないお話ができたらって思ったの。もちろん、迷惑じゃなければ、だけど」
「もってのほか、大歓迎だよ。私にとっても、巴さんと語り合う時間はとても新鮮だからね。美樹さんなんて、きっと君のオススメのケーキがあると聞けば喜んで駆けつけてくれるさ」
「本当? ……よかった」
マミは安堵したように微笑み、マンションのエントランスへと軽やかに歩き出す。
途中で振り返り、名残惜しそうに、けれど小さく手を振ってくれた。
夏油も穏やかに手を振り返し、彼女の姿が完全に建物の中へと消えるのを見届ける。
やがて踵を返して、夏油は再び歩き始めた。
静けさを取り戻した夜の住宅街に、夏油一人の足音がコツコツと響く。
夜風が冷たく頬を撫でる。
ふと空を見上げれば、澄んだ夜空に星々が瞬いていた。
呪術は、非術師を守るためにある。
夢の中で、夏油自身が告げた信条。
それはきっと、
「……いや、そうあるべきだ」
夏油の決意にも、足取りにも、まだ迷いがあった。
まだ見ぬ記憶が、その決意や信条を揺るがすかもしれない、と。この肉体に刻まれた呪いが、そうさせないかもしれないと。心のどこかで感じているのかもしれなかった。
それでも夏油は真っすぐに、自分の日常が待つ世界へ──家路へと、歩き出した。
呪アニオリで二人がバスケしてたシーン、凄く高校生らしさあっていいよね…。
説明諸々が多くなっており夏油の戦闘シーンとかぜんぜん書けてないですが、ようやく次回からまどマギ例の3話回に入れます!夏油の戦闘もあるよ!やったね。