誰も真っ直ぐ家に帰れる状態ではなかったため、夏油は、ほむらも含めた彼女らをマンションの自室に呼んだ。単純に、夏油の家が一番現場から近かったというのもあるし、この状況で悠長に少女ら誰かしらの家だとか、他の場所を選ぶ余裕などなかったのもある。
一般的な男子高校生であれば、複数の女の子が家に遊びに来るのは喜ばしい状況なのだろうが……死の恐怖に怯える少女たちの空気はお通夜そのもの。
(両親ともども、仕事で不在なのが助かったな……)
とはいえ──。
キッチンで来客用のカップに紅茶を淹れながら、夏油は先ほどの魔女結界での自分の行動を振り返る。
(迅速に終わらせたかったからスピード重視で立ち回ったつもりだったけれど……)
夏油はいわゆる使い魔を使役する召喚士のようなものだが──戦闘スタイル自体は、呪力で強化した近接体術と、その補佐を従える呪霊で行うというものだ。それは
(巴さんとの協力体制の時は、呪霊で巴さんを補佐するのが主だったから、私が動くこともほとんどなかったし……)
ただでさえ巴マミは時間差で死の恐怖を実感しており、そして鹿目まどかや美樹さやかは自身に近しい人物、しかも強者だと安心していた魔法少女の先輩が死にかけた状況を目の前で見て、同様に恐怖を感じていたはずだ。
そこに──たとえ相手が魔女であろうと、一方的な暴力が繰り広げられる光景は、さらなる恐怖を呼び起こす材料にしかならなかっただろう。
(やれやれ、私も反省だな)
「──あの使い魔を操った戦い方がメインかと思っていたけれど、あなた、かなり乱暴な戦い方をするのね」
「……君ね、空気が読めないってよく言われないかい?」
いつの間にか視界に現れた暁美ほむらに、夏油は溜め息を吐いた。
「……手伝いに来ただけなのだけれど、そんなにタイミングが悪かったかしら」
夏油の心中などいざ知らず、ほむらが呟く。
リビングで待たせていたつもりだったが……居心地の悪さにこちらを手伝いにきたのかもしれない。内心で心配はしていても、健気に場をフォローできる性格でもないだろう。
客に手伝わせるつもりはなかったが、意図を汲んでそれ以上は何も聞かず、とりあえずミルクと砂糖の入った器の載ったトレイを渡した。
二人でリビングに戻る。
部屋を包み込む重苦しい静寂は、誰も死んでいなくともまさにお通夜そのものだった。
ソファに身を寄せ合うように腰掛けているマミ、まどか、さやかの三人は、固く口を閉ざしたまま視線を床の一点に落としている。
夏油は静かに、目の前のテーブルへ順番に湯気の立つカップを置いていく。ほむらも無言のまま、手元にあったミルクと砂糖のカップをその横へと並べた。
「……あら、この香り……」
思い出された死の悪夢に身体を小さく震わせていたマミが、芳しい紅茶の香りにふっと視線を持ち上げる。
視線を受けた夏油は穏やかに微笑んだ。
「巴さんの家で飲んだ紅茶が美味しかったからね、実はあのあと同じ茶葉を買ってみたんだ。巴さんのように、上手に淹れられてるか自信はないけれど……」
夏油はそう言って、対面のソファに着席する。ほむらもまた同じように隣に座った。
「……いただきます」
やがてマミが、まだ微かに震える指先で温かい陶器のカップを包み込んだ。
かすれた声で呟き、一口。
それに引きずられるようにして、さやかとまどかも小さく口をつけ、温かい液体を喉へと流し込んでいく。
「……美味しい」
喉元を通り、胃へと落ちていく熱。舌に残る心地よい渋みと、ほのかな甘み。
『温かいものを飲み、味わう』という、生者としてのあまりにも当たり前な日常の動作──それが、つい先ほどまで死の淵を彷徨っていた彼女たちの意識を、冷え切った恐怖の底から少しずつ現実の「生」へと引き戻していく。
「ありがとう、夏油さん。……少し、落ち着いたわ」
「そうかい、よかった」
緊張で青白かった彼女の頬にようやく僅かな血色が戻り、こわばっていた肩の力がふっと抜ける。まどかとさやかもまた、手元のカップの温もりにすがるようにしながら、大きく胸を上下させて、ようやく一息をついていた。
「……これでわかったでしょう? 魔法少女になるということが、どういうことか」
緩く停滞していた空気を引き裂くように、ほむらが告げる。
「暁美さん……」
「一歩間違えば、みんな死んでいた。……いいえ、私たちが駆けつけていなければ、あなたは二人を死なせていたのよ」
もう少し時間を置いてほしかったなと夏油は思ったが、ほむらの言葉は正論そのものなので黙っておく。
いつかは誰かが言わなければならない事実であり、ほむらが言わなければ、遠回しながら夏油が投げかけようとした言葉でもあった。夏油が戦った感触からして、あの程度の魔女であればいつもの巴マミなら難なく倒していた相手だったと思える。そうならなかったのは、ひとえに巴マミが油断していたほかにならない。
「ほむらちゃん……」
「転校生……! そんな言い方って!」
思わず立ち上がろうとするさやかを、夏油が静かに制止する。
「そうね……間違って、いないわ……。私は、あなた達をみすみす死なせてしまうところだった……」
ぎゅっ、と手元のカップを握る手に力がこもる。
「浮かれて、油断して……それで、大事な後輩を危険な目に合わせて……」
揺れる紅茶の水面に、マミの不安げな顔が映り込む。その表情は、さらにぎゅっと崩れ去った。
「私、駄目な先輩だ……」
「マミさん……」
「ごめんなさい……本当にごめんなさい……」
ぽろぽろと、大粒の涙がマミの瞳から零れ落ちる。
張りつめていた緊張と恐怖の糸は完全に切れ、溢れ出す涙を止められなくなっている。
まどかとさやかは、かけるべき言葉も見つからず、震えるその肩を見つめることしかできないでいた。
「……さっきの戦闘で、ソウルジェムが濁っているでしょう。これを使いなさい」
ほむらは静かに身を乗り出し、制服のポケットからグリーフシードを取り出す。
驚きに濡れた目を上げるマミに対し、ほむらはカップを持ったままのマミの指──その指に指輪として装着されたままのソウルジェムへと添えた。ほむらの言う通り、マミのソウルジェムに溜まっていた濁りと澱みがグリーフシードに吸い上げられ、指輪の輝きは瞬く間に元の澄み切った黄色へと戻っていく。
「暁美さん……ありがとう」
「お礼なんていらないわ。……ただ、忘れないで。私たち魔法少女は、常に死と隣り合わせの運命にあるってことを」
「そう、ね……肝に銘じておくわ」
突き放すような冷酷な言葉を投げかけておきながら、貴重なグリーフシードを当然のように分け与えてくれた少女。矛盾しながらも本質的なほむらの優しさに触れたマミは、溢れ出る涙を拭った。
赤くなった鼻をすすりながら、潤んだままの視線をまどかとさやかに向ける。
「二人とも、ごめんね、危ない目に合わせて……」
「ううん、大丈夫です。むしろ、あたし……マミさんが食べられちゃったかと思って……、そっちのほうが、怖くって……」
「うん……ほんとうに、無事でよかったです……」
「……ねぇ、鹿目さん。今も、魔法少女になりたいって思ってる……?」
言葉を受けて、まどかが肩を震わせる。
巴マミが油断するほど浮かれていたのは、まどかがマミにとって喜ばしいと思えることを言ったのだろうと夏油は察する。
「マミさん……わたし、さっきからずっと震えが止まらなくって……。魔法少女になることも、今は……その、なにも……分からなくなっちゃって……」
ごめんなさい、と呟くまどかに、「いいのよ、無理もないわ」とマミが首を横に振った。
「私も考えが甘かったわ。……魔法少女体験は、これっきりにしましょう」
「そうだね、その方がいい」
話のタイミングを見計らって、夏油も頷いた。
「今回は何とかなったけれど、万が一って事もある。……今後、魔女退治に行くときは私にも連絡してくれ。最悪呪霊も派遣できるから、巴さんも、一人で戦うのはしばらくよしたほうがいい。──君もそれで構わないな? キュウべえ」
夏油がその視線をキュウべえに向ける。
「仕方ないね、ボクも無理強いはできないし」
まどかの膝の上でゆったりとくつろいでいたキュウべえはそう言った。感情が一切伺えないはずのその声音だが、なんとなく、至極残念そうな色合いが見えた気がした。
「ありがとう、夏油さん……。私、今までずっと一人だったから……。夏油さんや鹿目さんが一緒に戦ってくれるって、仲間って言葉に、舞い上がっちゃってたのかも。……本当に、ごめんなさい」
「マミさん!」
重い空気を振り払うようにさやかが立ち上がり、自分の胸にどんと手を当てる。
「もう、謝んないでください。……それに、魔法少女だろーとなかろーと……あたしたち、マミさんの味方で、仲間ですから! それだけは、忘れないで」
「……うん! マミさんは私たちにとって、ずっと、憧れの先輩です」
まどかがマミの手をぎゅっと握る。
「美樹さん、鹿目さん……。ありがとう……」
マミの小さな震えはようやく止まり、彼女は初めて穏やかな笑顔を見せた。
(彼女のような魔法少女は、見滝原以外にも多くいるだろう)
中にはマミのように、自分から望まずして魔法少女になり、そうして孤独に戦っている少女もいるはずだ。一度魔女と戦ってしまえば、もはや元の日常に戻るという選択肢もできないはず。
そんな境遇の少女が、見滝原だけではなく、世界中にいるとしたら──
(……救えないな)
身を寄せ合う三人を見て、夏油はそう思った。
隣のほむらもまた、何か複雑そうな表情で、その三人のやり取りを無言で見守っていた。
「さて、と」
三人を先に帰らせて、リビングにはほむらと夏油だけが残った。
流石にそのまま帰宅させるには心配なので、それぞれに夏油の呪霊(あまり見た目が怖くなさそうなものを選んだ)を付き添わせている。夏油は呪霊と視覚共有はできないが、それでも何かあればすぐに駆け付けられるだろう。
夏油は改めて、ほむらの対面のソファに座った。
「改めて、時間を取ってくれてありがとう、暁美さん。──しかし意外だよ、三人を見送っているあいだにいなくなっているかと思っていたからね」
冷めてしまった紅茶に口をつける。
「……私は約束は破らない主義よ」
「そう、それはありがたい。まどろっこしい話をしても仕方ないから、単刀直入に聞くよ」
カップをテーブルに置く。
「君は、未来を知っているな?」
「……!」
「君と彼女たちとの接点は、同じ学校という以外には特にないはず。転校生でもあり警戒もされている君は、彼女たちと仲が良いわけでもない。……けれど、君は他人のグリーフシードを狙っているわけでもないのに鹿目さんたちを魔法少女から遠ざけようとしたり、巴さんが死んでしまうというさっきの言い草や、わざわざ巴さんに希少なグリーフシードを使うほどの用意のよさも含め……まるで
「……」
「沈黙は肯定と受け取るけれど?」
ほむらはしばらく逡巡したのち、意を決したように口を開いた。
「……まだあなたを信用したわけじゃない。だから、全ては話せない、けれど……私の魔法に関しては、おおむね合っているわ。私は、時を遡ることができる魔法が使えるの」
「へえ……つまり、君は未来から来たのか」
「……驚かないのね」
「もともと呪術なんていうものを扱ってる上に、魔法少女や魔法の存在もあるくらいだ。未来や過去を越えられる魔法少女がいてもおかしくはない。君が頑なに口を割らなかったのも、未来の話をしても信用してもらえないっていう部分で納得できるし」
それにしても、と夏油は膝の上で手を組む。
「未来から来たのであれば、私のことを知っているかとも思ったけど──君と初めて相対した反応からして、私は、君のいた未来にはいなかったみたいだね」
「……そうね。あなたの存在は完全に、私も認知していなかった『イレギュラー』よ」
ほむらは静かに夏油を見据え、その瞳の奥に潜むかすかな困惑を隠そうともせずに告げた。
「本来なら、巴マミは今日この場所で……あの魔女に殺されて命を落とす可能性が高かった。けれど……」
静寂が部屋を支配する。ほむらは指先で空になったカップの縁をなぞった。
「けれど、あなたがいたことでそうはならなかった」
ほむらはふっと短く息を吐き、夏油を真っ直ぐに見つめ直した。
「結果的に、あの子たちも危険な目に合って契約は考え直すはず。あなたの存在が良い方向に転がっているのかは、今は分からないけれど……それでも、最悪の未来は回避できた。……礼を、言うわ」
「お礼なんていいよ。私だって、巴さんが死ぬかもしれないのは見過ごせなかったしね」
お礼を言えるなら十分だろう。彼女の人間性の部分は信用できそうだと、夏油は頷いた。
「君が未来からきたその目的とか、色々聞きたいことはあるけれど……とはいえ今は、あそこで君が敵じゃないと分かったことが何よりの収穫だ。あんな顔で「マミさんが死んでしまう」と言える人間を容赦なく切り捨てるほど、私は人の心がないわけじゃない」
「……あなた、本当に高校生なの? それとも、呪術を扱う人間はそういう思考回路なの?」
「さあね。私にも分からないんだよ。どうしてこんな能力に目覚めたのかとか。自分が何者だとかが」
けれど、と夏油は続ける。
「私はただ……正しくあろうとしているだけさ。弱きを助け、強きを挫く。それが、力を持つ者の責務だと、そう信じているからね」
夏油は微笑み、静かに自分の手のひらを見つめた。
「そう……。確かに、少なくとも、あなたはキュウべえのように、あの子たちを都合よく利用しようとする存在じゃない。それは、よく分かったわ」
「光栄だね」
「もう一つ聞きたいことがあるんだけど」と夏油は人差し指を持ち上げる。
「暁美さんは……魔女の正体を知っているのかい?」
「……なぜ、そんなことを聞くの?」
「……私が抱える呪霊という存在は、人の恐怖といった負の感情から生まれたものだ。君にも説明した『口裂け女』が良い例だろう。……鶏が先か卵が先か、とはまた違うかもしれないけれど──呪霊の理から見れば、あれほど強い呪いを撒き散らす魔女という存在も、何らかの発生原因があるように見える」
ほむらの身体が、かすかに強張った。
膝の上に置いた彼女の手先が、目立たないよう固く握り締められる。その黒い瞳の奥に、一瞬だけ生々しい痛悪の色が過ったのを、夏油は見逃さなかった。
「……それを知ったところで、あなたにできることはないわ」
「そうかな。もし根源的な原因があるのだとすれば、それを取り除くことこそが本当の意味での解決になるんじゃないかい? 魔法少女である君たちが戦う必要性もなくなる」
夏油がそう問いかけると、ほむらの唇が微かに震えた。その眼差しに宿るのは、絶望、微かな怒り、そして
「……甘いわね」
静かな、だが刺すような冷たさを孕んだ声でほむらは吐き捨てた。
「原因を取り除くなんて、そんな簡単な話じゃないのよ。これは」
「……だとしても、だ。私は魔法少女ではない、呪術師だ。君たち魔法少女のルールの外側にいる人間だ。──だからこそ、案外、違うアプローチができるかもしれない。そのためにも……情報が今は足りないんだ。もし知っているなら、教えてくれ、暁美さん」
「……本当に、知りたいのね」
ほむらは静かに息を吐いた。
「なら、教えてあげる。けれど──このことは、あの子たちには黙ってほしい。そして、聞いたことを後悔しても、私は知らないわ」
「ああ、分かった」
夏油は頷き、無言でほむらの言葉を待つ。
ほむらは、意を決したように口を開いた。
「魔女の、正体は──」
暁美ほむらがマンションを去ってから、薄暗いリビングで夏油は一人座っていた。
「そう、か……」
夏油は呟く。
「……そうだとしたら、暁美さんが彼女たちを魔法少女から遠ざけるのも、納得できる……」
おもむろに、ポケットから黒い球体を取り出す。
先ほど呪力で取り込んだばかりの──。
魔女の──。
「……」
実体があるようでないような、異様な物質。こうして玉という物質にしたところで、そのあと都合よく自分の中に吸収されていくわけでもない。
記憶を失う前の自分が、呪霊を取り込んだこの玉をどう扱っていたのかは分からない。
だからこそ。
夏油は深く息を吐き、静かに球体を
「っ……!」
唇に触れた瞬間、吐き気を催すほどの強烈な味が夏油の口内に広がった。
だが、『
それよりも衝撃だったのは──脳に直接流れてきた「魔女」の──いや、「
「ぐ、あ……ッ!!」
嘔吐感と激痛が同時に襲いかかり、夏油は膝を折って床に両手をついた。
喉を通る黒い球体は、まるで生き物のように激しく蠢きながら彼の食道を焼き払っていく。
そして視界を覆い尽くしたのは、溢れ出す光と、あまりにも残酷な光景。
(──ひとつきりのチーズケーキが欲しいのです)
(──お母さんが、心の底から美味しいと思える──)
脳裏に直接焼き付けられるのは、見知らぬ少女の願い。
そして、希望、絶望の日々と記憶。
(なぎさの気持ちが足りていないから、なぎさの気持ちが伝わっていないのです)
(なぎさは、ただお母さんと、お母さんの──)
『チーズ チーズ チーズはどこだ』
(チーズがもっといっぱいあればいい? 愛されていると感じられる?)
『お母さんの大好きは なぎさの大好き』
(お母さんがなぎさを無視するから! お母さんがなぎさに押し付けるから! お母さんがなぎさを嫌うから!)
『お腹がすいた チーズはどこだ』
『持ちきれないほど チーズが欲しい』
(……どうして? お母さん)
『持ちきれないほど愛が欲しい』
澄み切っていた小さな宝石は濁り、やがてドス黒い澱みで満たされていく。
最後の一滴が溢れ出た瞬間、少女の胸を満たしたのは、世界に対する激しい憎悪と、自分を置き去りにした、すべてへの絶望だった。
パリィン、と
「はっ……ぁ、ぐっ……!」
他者の残した猛烈な悔恨。満たされることのない願い。そして執着。自己への、世界への呪い。それが夏油の精神を激しく汚染していく。
喉の奥を滑り落ちた球体は、胃の腑へと落ちると同時に、冷たくドロリとした
ハァ、ハァ、と荒い息を吐きながら、夏油は冷たい床の上で震える手を固く握りしめた。
額から滴り落ちる汗が、フローリングに小さな水滴を作る。
砂糖で包まれた甘いお菓子などではなく、まるで腐ってカビの生えた、酸味や苦み──食べ頃をとうにすぎたチーズのような──強烈な不快感が、舌の根にへばりついて離れない。
だが──それ以上に夏油の胸を深く抉ったのは、病気の母親を想い、その先の悲劇に絶望して壊れていった幼い少女の最期だ。
(これが……魔女)
ほむらが語った残酷な真実。
魔法少女の行き着く無残な末路。
その重みに耐えるように、夏油はそっと自らの顔を覆った。
(いや、まだ確かめたいことがある……)
夏油は息を整えながら、ゆっくりと顔を上げた。
本来であれば、己の内に屈服させた呪霊──いや、魔女は、あのメルヘンチックながらも、奇怪で醜悪な姿として喚び出されるはずだろう。
だが、その根本的な正体が──魔法少女だとするならば。
(取り込んだこの力の本質が、彼女の残滓だというのなら──)
夏油は床に膝をついたまま、眼前の空間へそっと手を伸ばした。
己の体内に溶けた冷たい呪力を引き出し、意識を集中させる。
描くのは、あの怪物ではない。
母の愛を望み、チーズを願い、そうして魔法少女になりながら、何も救われないまま砕け散った小さな少女の面影。
「……おいで」
低く静かな声とともに、夏油の掌から黒い呪力が溢れ出した。
それは床を滑り、渦を巻きながら、一箇所へと集束していく。
通常の呪霊を喚び出す時のような禍々しい気配とは異なり、そこにはどこか儚く、不確かに揺れる光の粒が混じり合っていた。
黒いモヤが次第に輪郭を帯びていく。
小柄な体躯。風に揺れる白い髪。そして、幼い少女のシルエット。
「……ここ、は……」
やがて呪力の渦が収まると、そこには一人の少女がぽつんと立っていた。