『残念なスカウト』は勝ち筋を作る ~索敵・罠・毒。笑われた地味な技術で仲間を勝たせる~ 作:久瀬ヤスノリ
「狙われている。どういうことですか?」
私が聞くと、後藤は考えるように視線を落とした。
しばらく黙ったあと、小さく首を横に振る。
「わかりません。ただ、少し前から俺たちの方に向かってくる音があるんです。……四足歩行。かなり大きい個体です。遠すぎて、最初はよくわからなかったんですけど」
先ほどケイプボアを倒した投擲具を、崩れ始めた身体から回収しながら、後藤は言った。
鎖の先に、丸い重りがついただけの簡単な作り。
あれを前脚に絡ませて、突進の勢いごと転ばせたのだろう。
「間違いないんですか?」
後藤は顔を上げ、今度はまっすぐ私を見て頷いた。
真剣な顔つきだった。
嫌な予感がする。
「ずっと一直線に来てるわけじゃないです。止まったり、少し逸れたりしてる。でも、またこっちに向かってくる」
「完全にこっちの位置がわかってるわけじゃない?」
「はい。探りながら近づいてきてる感じです。ただ――」
後藤は一度言葉を切った。
「俺たちを追ってるのは、間違いないと思います」
「それで急いでケイプボアを倒したの?」
「はい。ちょうど昨日、ここで魔物に挟まれる失敗をしたんで」
そういうことだったのか。
それなら、勝手に前へ出た理由にも一応は筋が通る。
腹が立っていた気持ちが少しだけ引いた。
後藤は仕事をした。今度は私たちが早く判断しなければならない。
おそらく、追ってきているのはさっきケイプボアが走ってきた方角からだ。
パニックになって、逃げ出すほどの強敵。
「逃げられる?」
私が聞くと、後藤は一度視線を外した。
「……可能です」
歯切れが悪い。
賛成していないのが、露骨に態度に出ている。
「なんで、私達を狙ってるんですか」
日和が聞いてきた。
「……たぶん、匂いです」
「匂い?」
「前に襲われた時、皆さんの匂いを覚えたんじゃないかと思います」
カンナが眉を寄せた。
「私たちの?」
「はい。正確な位置がわかってるなら、もっと一直線に来るはずです。でも、さっきから何度か止まってる。多分、匂いを探し直してるんだと思います」
言われて、背筋が冷えた。
前回襲われた時から。
つまり、今日たまたま見つかったわけではない。
あの時の獲物を覚えていて、それを追っている。
「追ってきてる魔物って、ダイアウルフってことだよね?」
私が口にすると、日和とカンナが同時に目を見開いた。
「え? でも、ダイアウルフって今朝倒されたんだよね?」
日和が首をかしげる。
「千紗、ギルドで会った人たちが倒したって言ってなかった?」
カンナも私を見る。
「言ったわよ」
「じゃあ、動画が偽物だったってこと?」
二人の視線が、今度は後藤へ集まった。
途端に後藤の肩が固まる。
「……それは、ないと思います」
さっきまで私とは普通に話していたくせに、二人に見られた途端これだ。
視線を下げ、明らかに挙動がおかしくなる。
少し苛立つ。
私とはさっきまで普通に喋れてたではないか。
「稀にだけど、複数個体の階層主はいるのよ。徘徊型で、それも複数個体なんて相当珍しいけど」
「じゃあ、今朝倒されたのとは別?」
「後藤さんの索敵が合ってるなら、その可能性が高いわね」
「じゃあ、早く逃げましょう」
カンナが言った。
「そうよ、前みたいな戦闘はさすがキツイよ」
日和も言った。
私も頷いて後藤を見る。
後藤は下を向いたまま返事をしない。
「まだ、何があるんですか?」
「匂いを追って来てるなら、逃げたら上までついてくる可能性があります」
そうか、それで逃げると言った時歯切れが悪かったのか。
「……上層進出」
上は一般開放区、運悪く今日は日曜日。
初心者達が多い。
最悪、ツアーなんて組まれていたら、探索者以外の人間も入ってきてる可能性がある。
「でも、普通、魔物は階層移動しないんでしょう?」
カンナが聞いてきた。
「普通はね、魔物は自分の身体に合う魔素濃度の場所に留まるものなの。でも、絶対じゃない」
言葉を失うカンナと日和。
当然だ。私達はダイアウルフの強さを嫌というほど知ってる。
「前は、どうやって逃げたんですか?」
後藤が聞いて来た。
そうだ、その手があった。
「前は、運良く目に矢が当たって、そのすきに臭気煙幕弾を使ったんです。後藤さん、臭気煙幕もってませんか?」
僅かに見えた光明に思わず声が大きくなったが、後藤は申し訳なさそうに首を横に振った。
仕方ない。
「取り敢えず、ギルドに異常事態報告を送るわ。上の探索者だけでも退避させてもらわないと。後藤さんは索敵に集中してください。マップとの照合をお願いします」
前回はギルドの塔に報告する間もなく戦闘に入ったが、今回は後藤のおかげで時間がある。
初めてのことだが、私は今まで勉強したマニュアルに従い、ギルドアプリを開いた。「異常事態報告」のメッセージを送り、アプリの指示に従って、一番近いギルドに連絡を取った。
すぐに現場に向かえる高ランクのウォーデンはいないとのことを伝えられた。
しかし応援要請をかけるとのこと。そして、現在3階層にも高ランク探索者は存在していないという事実を告げられた。
運が悪い。今朝のダイアウルフ討伐の動画が流れていたのなら、第四階層へ向かう階段を探しに高ランク探索者が入ってきても良さそうだったのに、当てが外れた。
ギルドアプリの通知による避難勧告によって、上の探索者だけ避難させられれば良いが、全員が素直に従うとは限らない。
私たちができるのは、上の探索者が避難できるための時間稼ぎ。
いや、私たちではない。これは私の考えだ。そんな役回りを、親友たちに押し付けるわけにはいかない。
カンナたちを逃がして、どうにかダイアウルフを足止めする方法を考えなくては……。
「それで私は何をすればいいの、千紗」
「今度は勝っちゃうかもよ~、千紗ちゃん」
カンナは真面目な顔で、日和は笑いながら言った。
「いや、あなた達は逃げてくれなきゃ…」
「私たちが逃げたら、あなたはどうするつもりなの?」
彼女がまっすぐ私の目を見て言う。
「…それは」
見透かされている。でも、今回は臭気煙幕がない。
せめてあなた達だけでも逃げてくれたら。
「もう一度聞くわ。私は何をすればいいの、千紗」
篠宮カンナは、私とは違う世界から私を見返してくる。
私が考えてる世界を小さくして、枠組みを変えてくる。
「死ぬかもしれないのよ」
「かもしれない程度のことでしょ。でも、死ぬのは嫌だからね」
そう言って日和は笑った。
「やるわよ」
そう言って、カンナは勝手にストレッチをはじめた。
「しょうがないわね。取り敢えずダイアウルフの位置を確認して……」
後藤にダイアウルフの位置を聞こうとしたが、さっきまでいたはずの姿が見えない。
ギルドアプリに後藤からメッセージ通知があった。
ダイアウルフの今の推定位置情報が、画像付きで送られてきた。
メッセージは「ここです」とだけ記された、端的なものだ。