『残念なスカウト』は勝ち筋を作る ~索敵・罠・毒。笑われた地味な技術で仲間を勝たせる~ 作:久瀬ヤスノリ
今回は十分準備ができた。
前回は長い幅広の直線通路でダイアウルフに発見され、こっちの取る行動はすべて後手に回った。
今回は先手を取れる。
有利な地形で戦えば、私たちにだって勝機はある。
「なかなか来ないね」
日和がその場にしゃがみ込んでいた。
ダイアウルフに備えて手早く準備し、ポジション取りまでして待ち構えていたが、現れない。
「このまま来なかったりして。だとしたらラッキーだよね」
日和の言葉に、先ほどまで硬い表情だったカンナの顔が緩む。
多分私も緩んでるのだろう。
私たちの顔を見る日和の表情が明るい。
後藤の情報が間違いだったという可能性はある。
でも可能性があるというだけの話で、実際は低いだろう。
なぜなら後藤がいないから。
一緒に行動して、少しは見直していた。
見直していたからこそ悔しい。
私たちでは勝てないと思ったのだろう。
だから、後藤はいなくなった。
せめて私たちの方から「巻き込んでしまって悪かったから、あなただけでも逃げて」くらいのことは言って、格好つけたかった。
後藤のことは誰も口にしていない。
「帰ったら何食べようか?」
「肉」
日和の言葉にカンナがすぐ反応した。
「焼肉いいね。でも今月厳しいかな」
「じゃあ、ハンバーグ」
「いいねー。千紗ちゃんは何が食べたい」
「私もハンバーグでいいけど、ダイアウルフ倒したら、焼肉ぐらいは食べれるかもよ」
「あっ、そうか。それなら思い切って焼肉にしようか。ねっ、カンナ」
カンナは笑顔でうなずく。この子は何かに集中すると口数が極端に少なくなる。
話しながらも、目の前のL字になった通路をじっと見ている。
もしかしたら来ないのかもしれない。
そんなふうに思っていた時、かすかに足音が聞こえた。
「来たよ」
カンナが言って剣を構える。
少し遅れて私は自分のポジションにつき、カンナの後ろで日和もメイスを構える。
私のポジションからは相手が見えない。
それは同時に、相手からも私のポジションは見えないということだ。
L字の通路。
その角から細い通路が続き、その後動きやすい広めの戦闘スペースになっている。
もちろん奥に退路を用意してある。
私は細い通路から戦闘スペースに入る入口の横で弓を構える。
相手からはカンナと日和しか見えない、そういう位置取りをしている。
私はカンナと日和のリアクションでしか、相手の様子を確認できない。
リカーブボウを構えるが、弦はまだしっかりと引いていない。
日和が合図をしてくれる算段になっている。
足音の質が変わった。L字の通路を抜けて、カンナたちの視界に入ったようだ。
しかし、カンナの表情が緩んだ。
日和も合図をせずに笑顔になっている。
「後藤さん」
カンナがつぶやき、構えていた剣を下ろした。
「急にいなくなっちゃうから、逃げたかと思ってましたよ。どこに行ってたんですか?」
日和も笑顔になって手を振っている。
後藤が戻ってきた……。何故。
私は構えていたリカーブボウを下げ、後藤の姿を確認すべく、カンナの方に歩いていった。
カンナの横に行った瞬間、後藤の足元に魔法陣が光った。
あ、しまった。
魔法陣から勢いよく数本の黒い触手が伸び、後藤の足に絡みつく。バランスを崩した後藤は、そのまま前のめりに地面に倒れた。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
私がしゃがみ込んで、転んだ後藤の顔を覗き込む。
顔を上げた後藤は、私との顔の距離が近いことに驚き、慌てて後ろにのけぞる。
「あ、あ、ごめんなさい。せっかく仕掛けた罠を」
「大丈夫ですよ。これくらいの罠は、すぐまた作れますから」
そう言って、後藤が離れると、その場に手をかざし、詠唱する。
先ほど後藤が踏んだ時と同じ魔法陣が現れ、消える。
「そんなことよりどこ行ってたんですか? まさか逃げたのにダイアウルフにばったり会ってまた戻ってきたとか?」
日和はからかうような笑顔を作り、後藤に言った。
「説明したら止められるかもしれなかったので…その、…ダイアウルフに毒を2発入れてきました」
はい? ダイアウルフに毒を2発入れてきた!?
どういうこと?
「もし毒耐性があったら効かないかもしれないので意味はないのですが、耐性がないのであれば多少の効果はあると思いまして。一応、基本的にダイアウルフに強い毒耐性があるという公開情報はないので、効果があると思います。でも、効果がなかったらごめんなさい」
下を向きながらいつになくスラスラと説明する後藤。
ダイアウルフに毒を二発入れてきたと聞こえたが、どうやって?
「すごいじゃないですか!そんなこと本当にできたならすごいと思いますよ」
日和本人でも自覚してないのかもしれないが、内心で疑ってることが台詞に滲み出ている。ただ悪気はないのだと思う。
「それで、なんで帰ってきたんですか? 後藤さん」
今度はさらりとカンナが言った。
ダイアウルフがいつ来てもおかしくない状況だ。
三人で迎え撃つ体制できている。
「邪魔にならない程度にサポートできればと」
この答えはさらっと出てきた。カンナの圧を感じているようでもない。
「大歓迎です。よろしくお願いします」
カンナはさらりと笑顔を返した。
「いえ~い、プラス一人力」
日和も片手を挙げてすぐに歓迎した。
「百人力じゃなくて一人力かよ」と突っ込みたくなるが、日和らしい。
様子を伺うように、後藤がこちらの方に視線を向けてきた。
「ありがとうございます。助かります」
月並みの言葉しか出てこなかった。それが私だ。
後藤はぺこりと頭を下げ、立ち上がった。
で、毒を2発入れてきたとは何なんだ。
この人は、私の理解をいろいろと超えてきている。今回帰ってきたことにしたって、そうだ。
私たちなんて見捨てて逃げればいい。
それなのに、この人は帰ってきた。
そして、ダイアウルフに毒を2発入れてきて、どうやって私たちに合流できるんだ?
聞きたいことはいろいろあるが、この人は説明が苦手なタイプだ。
そこら辺はカンナと日和に似ている。ある意味、天才と呼ばれる人なんだろう。
私とは違う……。
ふー。負の感情を吐き出すように息を吐く。
やめよう。私の悪い癖だ。
自分の努力の枠に収まらない、目に見えない努力を、「天才」という一括りの言葉で片付けてしまう。
わからないという自分の至らなさを、きちんと認めよう。
でもそれはまた後の話。ダイアウルフを倒した後でいい。
「後藤さん、索敵でダイアウルフの位置が分かりますか?」
これが私にできなくて、後藤さんにできる能力の一つ。
後藤はすぐさま目を閉じ、索敵を開始した。
「近くまで来ています。匂いを辿ってきているので、ゆっくりとした歩みですが、こちらに向かっています。距離は40メートル」
そこまでわかるのか。スカウトの索敵スキルというのは。
情報が混在しすぎていて、扱いづらいという話を聞いたことがあるのだが。
ダイアウルフが1分はあるだろうか。
取り敢えず私たちの作戦を後藤に説明した。
「わかりました。ダイアウルフが角まで来たら伝えます」
「そこまでわかるんですか?」
「今日は調子がいいので、多分」
「じゃあ、接敵のタイミングはお願いします」
後藤が頷いて目を閉じる。
私も自分の位置に戻り、弓を構えた。
「20メートル」
カンナが剣を握り直す。
「15メートル」
まだ私には何も聞こえない。
「10メートル。……もうすぐ角です」
少し遅れて、私にも足音が聞こえ始めた。
「曲がりました」
私の位置ではダイアウルフを見ることができない。
しかし、硬い表情のカンナと日和を見ればそこにいるのがわかる。
来た。
細い通路の奥から、ダイアウルフの顔が現れた。
弓を引き絞る。
もう少し。
あと一歩、前に出れば――
ダイアウルフが止まった。
鼻先がわずかに動く。
そして耳を立てて、私のいる方へ顔を向けた。