『残念なスカウト』は勝ち筋を作る ~索敵・罠・毒。笑われた地味な技術で仲間を勝たせる~ 作:久瀬ヤスノリ
緊張の糸が切れ、私はその場でへたり込んでしまった。
終わったんだ。
後藤の方を見ると、さっきの笑顔が消えていた。カンナの方を見ている。
そういえば怪我をしていたんだった。
「日和、ヒール大丈夫?」
日和も、はっとしてすぐさまカンナの元に駆け寄る。
《治癒(ヒール)》
カンナの肩に手をかざし、ヒールを唱える。
かざされた手の前に緑色の光が現れたが、それがすぐに消えた。
「まただ、ごめん。カンナ」
ヒールは魔力消費が大きいスキルだ。
あれだけウォードを使えば魔力切れは仕方がない。むしろ戦闘中に魔力切れにならなかったのは幸運なことだ。
「浅いから大丈夫。それより、証拠写真撮っとこう」
そう言って、カンナはにっこり笑っていた。
確かに前より傷は浅い。
肩当てが守ってくれたおかげで、上腕は裂けているが軽症だ。
私たちはギルドに渡す証拠写真を撮ってから、ダイアウルフの体が朽ちるのを待つ。
改めて横たわるダイアウルフの体を見ると、やはり大きい。
この巨体を倒したのは、未だに信じられない。
でも、一番大きな傷はカンナが最後に加えた一撃だった。
しかし、3本のボルトと1本の投げナイフ、さらに軽く浅く入った一筋の切り傷。
すべて後藤が加えた攻撃によるものだ。
私がしたのは、最後に動きを封じただけだ。
時間が来てダイアウルフの体が朽ち果てると、そこから魔石が出現する。
「すごい大きいわね」
今まで回収したどの魔石よりも大きかった。達成感を覚え、皆の口角があがる。
「あとはカンナのペンダントだけだね」
そうだった。もともとそれが目的で、3階層に入ったんだった。
しかし今回は……。
「今日はこのまま帰りましょう。日和の魔力も切れてるしね」
言ったのはカンナだった。その判断は正しい。でも…。
「いいの?」
「うん、大丈夫。私自身ちょっと休みたいしね」
そう言ってカンナは笑った。
私はちらりと日和を見たが、日和はカンナの様子を見て、小さくうなずいた。
素直に言うことを聞く方がいいだろう。どうせあの子は引かない。
「あ、かわいい」
日和が、帰る途中で脇道にいる小さな影を指さして言った。
グリントラットだ。
猫より少し小さいくらいの鼠型の魔物で、灰褐色の短い毛に覆われている。
「可愛くても魔物よ。攻撃力が低いけど、追い込まれたらしっかり攻撃はしてくるし、すばしっこくてなかなか捕まえられないから。追いかける価値もないし」
日和は何でもすぐ可愛いという。女の子らしい感覚なのだろうが、私にはよくわからない。
グリントラットは2階層にも出る魔物だが、ほとんどの探索者は放置するような魔物だ。
「あの……先に行っておいてくれますか?」
後藤がそう言って、私たちの返事を待たずにそそくさとグリントラットの後を追った。
「ちょっと、そういう訳にはいかないでしょ」
そう言って私たちが後をついていこうとすると、後藤は私の方に手をかざしてストップのジェスチャーをし、人差し指を立てて「しっ」と静かにするよう無言で訴えた。
大分見直したのに、またこの人は勝手な行動をする。
さすがに一人にするわけにはいかないと思った。だが、後藤のことだ。何かしら理由があるのだろうと割り切って、私たちはそこで待つことにした。
しばらくして、後藤が帰ってきた。手に何かを握っている。
「これでしたよね?」
手に持っていたそれを、カンナの前に差し出す。
羅針盤の模様が刻まれたペンダントだ。
「そうです!どうやって見つけたんですか?」
急に大きな声を上げたカンナにビクッとしながらも、後藤はペンダントをカンナに渡す。
「カラスが珍しい物を拾って持ち帰るように、グリントラットには光る物を巣へ集める習性があるんです。」
「そうなんですか?そんなお話初めて聞きました」
「前に追跡した時に知ったんです。もしかしたらと思って」
追跡して巣を探り当てたのだろうか。
マナ・トレイルを使えるレンジャーならまだしも、スカウトのこの男がそこまでのことができるのだろうか?
後藤ならそれも可能なのかもしれない。
「ありがとうございます。本当によかったです」
満面の笑みで、カンナは後藤にお礼を言った。
詳しい方法を聞いてみたいが、まあ今日はいいか。
そう思えるような笑顔だった。
「それと、ちょっと見てもらいたいものがあるんですが」
カンナは怪我をしているし、できるだけ早く帰りたい。だが、後藤の言うものには興味が湧いた。
私たちは素直に後藤の後をついていった。
脇道に入って少し進むと階段があった。
4階層へ続く階段だ。
階段の先には、3階層の青みがかった色とは違う、赤みを帯びた色をした4階層の床が見える。
「これって」
後藤がうなずく。
やはりダイアウルフは複数個体の階層主だったんだ。
それを倒したから、4階層へ続く階段が現れた。
「とりあえず証拠写真を撮って、階層主の討伐報告を送るわ。えっと、でも、後藤さんが送った方がいいですよね?発見したのも後藤さんだし」
後藤は慌てて首を横に振る。
「階段を見つけたのはたまたまですし、ダイアウルフはみんなで倒したものですから。それに、今回はたまたまパーティーに入っただけなので、そちらでお願いします」
後藤は急におどおどし、早口でそう言った。目立つのが苦手なのだろうか。
そういえば、救援要請を出したまま、そのままになっていた。ギルドに連絡をしなくちゃいけない。
私は「わかりました」とだけ伝えて、一連の作業をすました。
次階層への階段を見つけた場合もギルドから報酬が出る。それを後藤に渡せばいいだろう。
階層主を私たちで倒したんだ。
下に続く階段を見つめながら、改めて実感する。
カンナのペンダントも見つかったし、本当に良かった。
それから2階層に上がるまで、運良く魔物は出現しなかった。
◇◇◇
傷口から熱を感じる。
多少ズキズキするが、前回ほど痛みは強くない。
千紗と後藤さんのお陰で最後の一撃を決められたが、反省点が多い戦いだった。
前衛としての役割は、ほとんど日和のウォードに支えられたし、手数は後藤さんの方が多かった。
もっと強くならなければ。
父さんみたいに。
「残念だな、一緒に焼肉食べて祝おうと思ったのに」
「あんまり無理言えないよ。これまで付き合ってくれただけでも十分なんだから」
残念そうにする日和に、千紗が言う。
焼肉に誘ったのだが、弟さんが待っていて、晩ご飯を作ってくれているのでごめんなさいと断られた。
二日目のカレーらしい。
カレーと聞くと、カレーもいいかなぁと浮気心を抱いてしまう。
「でもカレーって聞くとカレーもいいかな。この前、駅前に新しいカレー屋できてたでしょ? 気になってたんだよね」
日和が私の心を覗いたかのように言ってきた。
「あそこ気になるよね。通るたびすっごいカレーの匂いするからね。でもちょっとね、店のデザインが独特で入りづらいんだよね」
「わかるわかる」
「えーそうかな、あのゾウさんの絵とか可愛いと思うけどな」
「どこが?あんたいつもそればっかりね」
「後藤さんは駅前のカレー屋知ってます?新しくできた」
私が話を振ると、後藤は何も言わず、うんうんと頷いた。
「食べに行ったことありますか?」
千紗が聞くと、首を横にブンブンと振った。
「あのゾウさん、なんか可愛いですよね」
日和が聞くと、何も言わずに苦笑いをした。
「『さん』付けするような可愛さなんてないでしょ。目がなんか妙にリアルだしね」
「千紗だって、たぬきさん好きだったじゃん」
「……何の話?」
「近所のおばあちゃん家の玄関にいたやつ」
「日和」
「毎朝『たぬきさん、おはよう』って――」
「それ何歳の話よ!」
楽しそうに笑う日和を千紗が軽く押す。
その手を避けるように動いた日和が、私の肩に当たる。
「あっ」
千紗が気づいて声を上げる。さっき傷を負った肩に当たったからだ。
「ごめん、痛かった?」
「ごめん、大丈夫?」
二人がすかさず謝ってきた。
「大丈夫。……痛くない?」
自分で言って不思議だった。本当に痛くなかったからだ。
「そんなことないよ。ごめんね、日和もごめん」
千紗が大げさに謝るのは、日和の服に血がべったりついていたからだ。
「本当に大丈夫なの。本当に」
私は二人を安心させるため、ティッシュを取り出して傷口の血を拭ってみる。
痛くない。
ゴシゴシと強めに拭うが、それでも大丈夫だ。
血を拭った部分は傷口すらない。
答えを探すように、私は日和と千紗を見て、後藤さんを見た。
目が合った。
後藤さんは少しだけ視線を逸らした。