『残念なスカウト』は勝ち筋を作る ~索敵・罠・毒。笑われた地味な技術で仲間を勝たせる~ 作:久瀬ヤスノリ
「また、私たちと一緒に潜りませんか?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
水野さんは、俺と一緒に潜ることを嫌がっていたはずだ。
「……俺でいいんですか?」
「都合のいい日でいいので、お願いします」
水野さんがまっすぐ俺のことを見て言ってきた。
思わず視線を逸らしてしまう。
こういう真っ直ぐな視線は苦手だ。
苦手だが、悪い気はしない。
強気な圧で抑え込んでくる視線ではなく、単純に嘘のない視線だった。
こういう時に何と言えばいいのか分からない。
了承のつもりで、こくりとうなずいた。
「じゃあ、連絡先も交換しましょう」
水野さんがそう言った次の瞬間、目の前に三台のスマホが差し出された。
画面には、どれも連絡先交換用のQRコードが表示されている。
……早い。
いや、俺が出した方が早くないか?
そうツッコみたくて顔を上げると、三人とも笑顔をこちらに向けている。
可愛くて見てられない。
俺は視線から逃げるように自分のスマホを取り出して、一つずつQRコードを読み込んだ。
アパートに帰った朔を出迎えたのはカレーの香りだった。
よく2日目のカレーがいいと言うが、香りに関して言えばやはり1日目の方がいい。
カレーの匂いはするが、湊はいない。
帰る前に連絡をした。風呂場からシャワーの音がするから、風呂に入ってるのだろう。
荷物の片付けをしているときにパンフレットを手に取る。
さすがに全く見ないというのも失礼だろうか。
ピコン、ピコン、ピコン、ピコン。
連続してスマホの通知音が鳴る。
開くと、水野さんたちと作ったグループLINEに通知が来ていた。
楽しそうに焼肉を食べている写真と、その後に3人分のメッセージが届いている。
『今日はありがとうございました』
『次は焼肉来てくださいね』
『今から来てくれてもオッケイだよ』
自分が笑顔になっているのがわかる。
パーティーか……。
一人でトロルを倒した時とはまた違う感覚がある。
うまく説明できないが、みんなの笑顔が嬉しい。
そのことだけは言葉にできる。
もう一度、手にしたパンフレットに目が行く。
「ギルド認定――夜間探索者育成課程」
夜間学校、と真琴姉さんは言っていた。
今さら行く必要があるんだろうか。
水野さんたちは、また一緒に潜ろうと言ってくれた。
でも、水野さんも斥候職だ。
俺まで加われば役割が重なる。
悠人と一緒にいた頃、ヒーラーが二人いることを気にして《サイレント・ヒール》を隠していた俺には、その感覚を味わった記憶がある。
毎回、あの三人に混ぜてもらえばいい、という話でもない。
パンフレットを開いてみた。
「兄ちゃん学校行くの?」
しばらく中身を見ていたら、急に後ろから声が掛かった。
風呂から出てきた湊だった。
「あー。どうだろう。お金もかかるし」
パンフレットに書かれた価格にもう一度目を通す。
入学登録料:20,000円
初月受講料:20,000円
教材・実習登録料:5,000円
初期費用合計:45,000円程度
以後の月額受講料:20,000円前後
湊は「ふーん」と言いながら冷蔵庫に行って麦茶を飲み出した。
「いったら」
さらっと言ってくる。
「だから、お金かかるし」
「昨日トロル倒したんだよね、他にも魔物倒したから、結構稼いでるよね。今日の分もあるし」
湊は食材の買い出しもしてくれているから、うちの懐事情は俺より把握している。
「やけに勧めるな。真琴姉ちゃんに何か言われたのか?」
「そんなんじゃないよ。迷ってるってことは、行きたいんだろう?兄ちゃん」
湊はそう言い、温めたカレーをよそって晩飯の準備をはじめた。
「なんだよそれ」
「兄ちゃんは自分で思ってる以上に頑固ってことだよ」
湊はそう言って自分の分もカレーをよそって、俺の前に座った。
「必要がない、行きたくない、そういう場合は、真琴姉ちゃんが何と言おうが、兄ちゃんはパンフレットの中身なんて見ないでしょ」
そんなことはないと思っていた。
俺よりよく喋り、自分の意見をはっきり言う湊の方が、よほど頑固だと思っていたぐらいだ。
湊がカレーを一口食べる。
「それとも、俺の誕生日のせい?」
スプーンを持つ手が止まった。
「なんでそうなる」
「イヤホン」
「…………」
「Amazonのカートに入ってたよ」
「見るなよ」
「共用のパソコンでログインしたままにしてる兄ちゃんが悪い」
何も言い返せない。
反論できないことよりも、驚かせようと思ったのがバレてしまったことがショックだった。
「ありがとう」
「いるのかよ」
「割と良いチョイスだったけど、色は変えといた」
湊は何でもないことのようにカレーを食べ続ける。
大胆な工作をしておきながら、弟ながら図太い奴だ。
「足りないんだったら誕生日に合わせることないよ。先に学校行って」
「簡単に言うな。初期費用四万五千円で、月額二万円だぞ」
「足りないの?」
「今回は、お釣りがでるくらい稼げた」
それを聞いて、湊はカレーを食べる手を止めて、目を丸くして俺を見つめた。
ちょっと驚いたようだ。
この反応は嬉しい。
「ふ~ん。そうなんだ」
改めて平静を装おうとするが、もう遅い。
「今日、楽しかったんでしょ?」
「……なんで」
「なんか、ずっと機嫌いいから」
流れで否定しようとして、やめた。
既にスリープモードになっているスマホを見る。
一人でトロルを倒した昨日とは違う感覚がある。
3人の笑顔を見て嬉しかったことも間違いない。
「……まあ」
「じゃあ行けば?」
湊は、それだけ言ってまたカレーを食べ始めた。
その後、湊は学校のことは何も言わなかった。
食事を終えて、もう一度パンフレットを開いた。
四万五千円は、安くはない。
でも、払えない額でもない。
スマホには、今日増えた三人の名前がある。
また一緒に潜りたいと言われた。
パンフレットのQRコードを読み込む。
入学申込。
少し迷ってから――
俺は、そのボタンを押した。