『残念なスカウト』は勝ち筋を作る ~索敵・罠・毒。笑われた地味な技術で仲間を勝たせる~ 作:久瀬ヤスノリ
18時8分。
これならいける。朔はスマホの画面に表示された時刻を見て、そう思った。
定時で仕事を上がれて会社を出たのは、17時を少し回った頃だった。
着替えを済ませ、工場を出る。スマートフォンに表示させた経路案内を確認して、いつもとは違う方向へ歩き出した。
入学日はまだ先だが一応確認。
授業開始時間は18時30分。これなら仕事帰りに、ちょっとコンビニでおにぎりでも買って授業を受けることができる。
コンビニのおにぎりも最近高いから、できたらスーパーで買いたい。
後でルート内で立ち寄るスーパーの目星をつけようと決めて、スマホをポケットの中にしまって、目の前の建物を見つめた。
三階建ての、灰色がかったコンクリート造り。
正面玄関だけは大きくガラス張りになっていて、中には明かりが灯っている。
学校というより、職業訓練施設か塾に近い。
玄関からは、ギアバッグや細長い装備ケースを手にした若者たちが、何人か連れ立って出てきていた。服装はどれも普通の私服だ。
その一方で、駅の方からは年齢も格好もばらばらな人間が、一人、また一人と校舎へ向かってくる。スーツ姿の会社員もいれば、パーカーにジーンズの若者もいる。
共通しているのは、肩や手に提げた大きなギアバッグくらいだった。
他の人はどう思うかわからないが、街中でギアバッグを持っている人を見るだけで、「ダンジョンで頑張ってるんだな」というような親しみを覚える。
とりあえず今日はこれまででいい。
あとは近くにスーパーがあったら、惣菜コーナーでも見て帰ろう。
そう思って、建物に背を向けようとしたその時。
「兄ちゃん」
突然、横から声がした。
自分ではないと思って、そのまま歩き出そうとすると。
「自分や、兄ちゃん」
今度は肩を軽く叩かれた。
でかい。
振り向くと、朔より頭一つ近く背の高い男が立っていた。
年齢は四十代半ばくらいだろうか。がっしりした体格に、大きなスポーツバッグを肩から提げている。
「じっと見てたけど、夜間のやつやろ?」
「……え?」
「ここがダンジョンの探索者の夜間学校っていうのを知って見てたんやろ?」
そう言って、大きい男が上半身をぐいっと自分の方に寄せて聞いてきた。
「……ええ…まあ」
寄せてきた分の半分くらい、後ろに仰け反った。
言ってから少し後悔した。
適当に嘘をつけばよかったのだと。多分苦手なタイプだ。
「入学するんか?それとも、もうしたんか」
「いや、まだです。入学日は先で」
「なんや、下見か?真面目やな!えらいな兄ちゃん」
声が大きい。
玄関へ向かっていた何人かがこちらを振り返った。
そんな人たちの視線など気にも留めずに、おじさんは続ける。
「堂本。堂本智久や」
聞いていない。
「後藤です」
「後藤君な。芸人にもおったなぁ、後藤って。ええやんか」
なにがいいのかわからない。
「クラスは何なんや?固定パーティーはおるんか?」
「スカウトで、固定パーティーはいません」
二つのパーティーが浮かんだが、固定と言われたら違う。
「スカウトか。聞いたことあるわ。けど知らん。なんやゲームで言うたらシーフみたいな奴やな、クラスチェンジとかせんかったら、地味で火力出えへんやつやろ?」
大きな声で堂本さんがそう言うと、何人かがこちらをにらみつけた。
たぶん、斥候職の人間なのだろう。
こんな夜間学校の入り口で、そんなことよく言える。
多分、俺もあの人たちの立場なら同じ行動を取る。
「俺はな、戦士や。カッコええやろ」
そう言って堂本さんはニカッと笑った。
「でもな、戦士の前に『重』がつくねん。重いって書いて『重』や。何やよう分からんけど、そのせいで色々めんどくさいわ。わかるか後藤君」
重戦士ということか。敵を受け止め、味方のために前線を維持する役割。
……この人が?
初対面なのに、なぜか少し不安になった。
「少しなら…」
失礼がないように端的に答えたつもりだった。
共感を見せずに、会話を終わらせる。
あからさまに拒絶反応を示す勇気はない。
「わかるか!そんなわかってくれる奴珍しいわ」
少しときちんと言ったのだが、伝わらない。
「ちょっと待て」
急に堂本さんがそう言って腕時計を見る。
「あ、あかん。授業始まるから行くわ。今日はめんどくさい座学やけどな、でもしゃあない、大人やからやってくるわ」
自分より年下の人間に対して「大人やから」なんていうのは、逆効果なのではないかと思うのだが。
「また学校来たら声かけるわ」
そう言って、堂本さんは無理やり俺の手を握った。
なんで握手?
「ほな!」
こちらが思考を整理する暇もなく、堂本さんは屈託のない笑顔で校舎へ駆けていった。
……なんだったんだ、あの人。