『残念なスカウト』は勝ち筋を作る ~索敵・罠・毒。笑われた地味な技術で仲間を勝たせる~ 作:久瀬ヤスノリ
18時16分。
朔は、三日前にも見上げた建物の前に立っていた。
ここまで来るルートにあったスーパーでお茶とおにぎりを買い、学校に着いたのがその時刻だった。
節約のために水筒は持ってきていたのだが、ほとんどなくなっていた。
もう少し大きい水筒を持ってくれば事足りるのだろうが、あまり大きな水筒を教室内で使うのは少し気が引けるし、重い。
正面のガラス扉を抜ける。
入学の手続きで一度来てはいたのだが、通い慣れていない建物の扉を開けるのはアウェイ感があって少し抵抗がある。
予約している美容院の扉を開けるときと、なんとなく似ている。
受付の位置も、教室の場所も、事前に送られてきた案内で確認してある。
二階。
二〇四教室。
スマートフォンを見なくても覚えていた。
廊下には、すでに何人もの人間が行き来していた。
制服姿はいない。スーツ姿の会社員。作業着らしいズボンを履いた男。
大学生くらいに見える若者など多種多様な面々だ。
50を超えているような人もいる。
19歳で学校に入り直すとなると抵抗があったのだが、制服ではない不揃いな服装を見ると少し安心する。
二〇四。
扉は開けられていて、すでに十人ほどがいた。
教室は、大学の講義室に近かった。
前方にはホワイトボードと大型モニター。
段差のついた床に、横長の机と椅子が何列か並んでいる。
夜間学校なので空席が多い。
先に来ている人たちの多くは、自分の隣の空いた席にバッグを置いていた。
できるだけ後ろの方の席に座ろうと足を進めると、声がした。
「おっ!後藤くんやんけ!こっちや、こっち」
堂本智久。
手前の席から、大きく手を振っている。
手前の席には行きたくないし、できたら堂本の近くも行きたくなかった。しかし、断る理由がないし、避ける勇気もなかった。
軽く会釈してそちらの方に向かう。
堂本も皆と同じようにギアバッグを横に置いていた。自分も隣にギアバッグを置き、堂本の荷物と合わせて2席分の間を空けて座ったつもりだった。
しかし、堂本は自分の荷物を移動させて、こっちの方に近寄ってきた。
「まさか会うと思わんかったわ。ここ実技2の教室やで、間違いないんか?まだ入学したてやろ」
1席分こっちに寄ってきた上に、上半身までグッと近づけてきている。
「入学時の判定で実技と座学が一部免除になったみたいで…」
「そんなんあるんか、俺は実技一回落ちたから羨ましいわ。でも、ちゅうことは自分すごいんやな」
「たまたまここに入る前に、評価ポイントが上がることがあったので」
「ちゅうことは、もしかしてギルドランク、Dか?」
「いえ違います、色々失敗しまして」
ここに入学を決めてから、真琴さんからギルドポイントの説明を受けた。
本来ならばダイアウルフを倒し、次の階層に向かう階段を見つけた時点で、俺のランクはDになるほどのポイントがあったそうだ。
しかしその前に、保険適用外で第3階層へソロで入ったことと、Eランクのまま逃げずにソロで戦ったことがマイナス査定となり、ランクアップにはならなかったそうだ。
その他にも、過去の動画に残っている索敵ミスなどが、安全面の再確認材料になっているらしい。
一つ一つ説明するのは少し面倒だなと思っていた時、堂本は俺との会話もそこそこで、入ってくる人、入ってくる人に手を挙げていた。
「おっ!成瀬くん」
そう言って、名前を呼んだが、成瀬と呼ばれた青年はこちらの方を見て、軽く会釈してすぐさま視線を外して離れた席に座った。
「あの子は魔術師やね。俺のパーティー候補やねん。あとヒーラーも欲しいけどな。人気高いから、なかなかやわ。もちろん後藤くんもパーティー候補やで」
と言ってニカッと笑った。
「あっ、樫村さんもこんばんは、実技くるなんてめずらしいな」
少し離れた席に座ろうとした女性にそう言った。30代後半から40代だろうか。スーツ姿だから仕事帰りだろう。
「座学を先に終わらせてただけです。暗記ものは一気に終わらせたほうがいいので」
本当に手当たり次第声をかけていたようだ。
教室に、少し雰囲気の違う男が入ってきて、教卓の前に立った。
五十半ばだろうか。
教師というより、現場の探索者に近い印象だった。
襟付きのシャツに、動きやすそうな黒いパンツ。
その隣には、もう一人、教官らしい男が立っている。
18時30分。
教室の話し声が、少しずつ止んでいった。
「黒瀬遼一。実技を担当する」
「石井博です。実技を担当します」
二人は簡単に頭を下げた。
「今回、実技二を受けるのは十六人。四班に分ける」
教室の空気が少し変わった。
「班分けはこちらだ」
何人かが周囲を見渡す。
固定パーティーを持っている人間もいるのだろうか。
黒瀬先生が端末を操作すると、前方の大型モニターに名前が表示された。
「A班とB班は俺が担当する。C班とD班は石井先生が見る」
《A班》
一番上に、自分の名前があった。
後藤朔。
堂本智久。
樫村朋美。
成瀬伊織。
さっき見た二人だ。
続いて他の班の名前が表示される。
「頼むで、後藤君」
堂本が、にっこりと笑って小声で言ってきた。
樫村と成瀬は小さくため息をつき、視線を向けてくる堂本をあえて見ないようにしていた。
黒瀬先生が画面を消す。
「班分けは以上。金曜からダンジョンでの実技に入る」
何人かが少し姿勢を正した。
「最初は一般開放区の巡回だ」
黒瀬先生が端末を操作し、二つのダンジョン名を画面に表示した。
「A班とB班は第63号ダンジョン。C班とD班は第64号ダンジョンを使う」
63号ダンジョンなら、距離的に遠くない。
いつも行っているダンジョンだし、何度も通うなら近い方がいい。
「指定された一般開放区を巡回して、魔物や通路の異常を記録し、時間内に戻る。それが最初の実技だ」
黒瀬先生はそこで一度言葉を切った。
「巡回の後は、救助や護衛などの課題実習に入る」
「また、救助かいな」
堂本がポツリとつぶやいた。
「金曜からこの四人で潜る。今から、互いに何ができるか確認しておけ」
そう言って黒瀬先生は班ごとに席を分け、担当ダンジョンの簡単な情報が書かれた紙を配った。
「それでは各々、始めてくれ」
黒瀬先生がそう言った後、最初に口を開いたのはやはり堂本だった。
「俺は堂本。堂本智久や。クラスは重戦士や。頼むで、皆」
「私は樫村朋美といいます。一応エンチャンター(付与術士)ですが、ヒールも使えます」
「ホンマか!なんか小難しいクラスやったから、がっつり勧誘せんかったけど、ヒール使えるなら話は別や、ええこと聞いたわ」
そういって堂本は目を大きく開けて、樫村の方に少し近寄るが、樫村が圧に押されて1歩引いたのでとまった。
「エンチャンターにヒール使える人多いのは常識ですよ」
成瀬がさらりと言った。
「常識とデリカシー足らん言われるから、しゃあないわ。でもえーこと聞いたわ、ありがとう成瀬君」
「自分は、成瀬伊織です。クラスは魔術師です」
そういって成瀬は少しだけ頭を下げた。
3人の視線が俺にあつまる。
「後藤朔です。スカウトです」
そういって頭を下げる。
「編入ですか?見かけたことなかったですが」
「いえ、今日からです。一部免除があったみたいで」
「そやねん。俺なんて実技1追試やったのに、羨ましいわ」
悪気はないんだろうが、2度も言われると何だか悪い気がする。
「斥候職は元々独学で勉強してる人が多いですからね。その点は学校では有利ですよね」
確かにそうかも知れない。
というか、斥候職は勉強してなかったら他の職業よりどうしても見劣りしてしまう。
「そうなんか、学校いかんでも勉強してるなんてえらいな」
そう言って堂本は朔の肩を笑顔でポンポンと叩く。
何故か悪い気はしない。
大樹も同じように朔の肩を叩く癖があった。
パーティーか……。
金曜は、一般開放区の巡回。
指定されたルートを回って、時間内に戻ってくる。
朔はもう一度、同じ班になった三人を見る。
重戦士。
魔法使い。
それにヒールが使えるエンチャンター。
戦力だけを考えれば、悪くない。
少なくとも、この四人で普通に潜るだけなら、困ることはなさそうだった。