『残念なスカウト』は勝ち筋を作る ~索敵・罠・毒。笑われた地味な技術で仲間を勝たせる~ 作:久瀬ヤスノリ
役所一階の迷宮探索課、通称ダンジョンギルドは、今日も混み合っていた。
壁際のディスプレイには、『素材・魔石換金 209番』と表示されている。
朔はスマートフォンに表示された受付番号を確かめた。217番。まだ八組も前にいる。
小さく息を吐き、硬い椅子に座り直す。薄い座面と垂直に近い背もたれは、どう座っても身体になじまなかった。
ほかの窓口から聞こえてくるのは、職員の事務的な声と、ときおり鳴る呼び出し音くらいだ。
迷宮窓口の周りでは、身振りを交えて魔物との戦闘を説明する者もいれば、別のパーティーと立ち話をしながら、今日見つけた通路や魔物の出現場所を教え合っている者たちもいる。
帰還整備区間でシャワーを浴びてきたはずなのに、まだ探索の興奮が収まっていないようだった。
ああいう人たちなら、待ち時間なんてすぐに過ぎるんだろうな。
朔は足元のギアバッグに視線を落とした。
今日、一般開放区から持ち帰れたのは、魔石が六つ、ゴブリンの短刀が一本、それから甲虫型の魔物が残した、加工に回せそうな外殻が二枚だった。
魔物の身体は死後、ほどなく崩れて消えてしまう。残ったものだけを拾い、ギアバッグへ入れて持ち帰ってきた。
容量には、まだ余裕がある。
もっと持ち帰れるはずだったが、今日は土曜日だ。一般開放区には探索者が多く、見つけた魔物の数も少なかった。
もう一度、壁の表示を見る。209番のままだった。
背中に当たる硬い感触が、また気になった。周囲ではいくつもの会話が飛び交っているのに、朔の隣は誰もいない。
「ダイアウルフが出たんですけど、どういうことですか」
揉め事だろうか、特に気にすることなく朔は聞き流す。
「三階の階層主を倒したって、配信してたじゃないですか」
三階層の階層主を倒したというフレーズが引っかかった。
男3人組と女性3人組が何やら揉めている。
周りにも、不穏な空気を感じてそちらを見ている者がちらほらいる。
女の人たちの近くの椅子には、太ももの部分が引き裂かれ、血の跡が残っている探索服を着たままの女性が座っている。
女性3人組は、先ほど朔が出くわしたパーティー。残りの男性3人組は、つい最近まで朔と行動を共にしていたパーティーメンバーだ。
相澤兄弟と柾木信二。
朔は着ていたパーカーのフードを頭に被せて、顔を背けて視線だけ向けた。
「すみません。こちらの勘違いだったようで、申し訳ありません」
すぐさま頭を下げて謝ったのは、リーダーの相澤大樹だった。
それに少し遅れて、弟の悠斗が後ろで頭を下げた。
嫌みの一つでもぶつけそうな勢いで身構えていたショートヘアの女性は、あまりにも素直な対応に少し戸惑いを見せたが、不満そうに眉をひそめ、隣の女性と顔を見合わせた。
「すみません。ヒルジャイアントはギルド情報にない魔物やったし、めっちゃ強かったから倒せたのが嬉しくてつい早とちりしてしまいました」
そう言ってちょっと大げさに頭を下げたのは、柾木信二だった。
相変わらずだなと朔は思った。
言ってる内容は、探索者なら共感できなくもない。
ヒルジャイアントはダイアウルフと同等か、それよりも少し強い魔物だ。
「4階層に続く階段は見つけたんですか?」
「すいません。ヒルジャイアントが強かったんで、さすがに下に行くのは諦めて、そのまま帰還したんですよ」
「それなら、動画で階層主を倒したっていうのは早すぎるんじゃないんですか? 倒した後は安定期に入るし、4階層へ向かう探索者だって増えるじゃないですか」
ショートヘアの女性は強い口調で柾木に言った。
大樹は「すいません」と小さく言い、申し訳なさそうに頭を下げた。
もっともらしい正論をきれいに言ってくる。多分、柾木の苦手なタイプだ。
いつもの柾木なら冗談を交えて上手くはぐらかすが、今回のような場合は分が悪い。
リーダーの大樹の手前、そういうことはしないだろうと柾木の様子を眺めていると、朔の視線に気づいた柾木と目が合った。
「あっ、朔ちゃんやないか」
柾木の、さも親しげな喋り方に、思わず体がびくりと反応する。
「朔ちゃんも動画みてくれたよな。スカウトとしてどう思った? やっぱ動画あげるのは早すぎたと反省してるんやけど」
失敗した。やはり、すぐ他の場所へ移動すべきだった。
「朔は今回の探索には参加してないよ」
フードをかぶった朔の姿を確認すると、すかさず悠斗は柾木に言った。
「大樹さんはちゃんと投稿前に動画を送ったんやろ? 俺はその返事きいてないから、聞きたいんや。俺等その手のことは専門外やし、同じパーティーのスカウトの意見を聞くくらいええやないか」
朔は周りからの視線を感じて、立ち上がった。
こんなことならフードを被らなければよかった。
カンナ達は、隠れるようにフードをかぶった朔の姿を見て怪訝な顔をしている。
第一印象は最悪だ。
朔は呼ばれるまま、柾木たちのところに近づきフードを外した。
不穏な空気の中で、階層主やダイアウルフ、ヒルジャイアントなどの名前が聞こえたら、さすがに注目は集まる。
「朔ちゃん。あのダンジョンの三階層の魔物の中で、ヒルジャイアントって頭1つ分強いやんか、大樹さんの送った動画みてどう返したん」
柾木が朔に向けて聞いてきた。
確かに動画は見た。
自分がいないパーティーが強敵のヒルジャイアントを倒す動画。
「おめでとうってだけ、返したと思います」
「それって、スカウトの朔ちゃんもヒルジャイアントが階層主だと思った、ってことやろ」
確かに思った。
本来のスカウトという立場なら、動画と戦闘前後の変化などの詳細を聞き出し、ヒルジャイアントが本当に階層主なのか検証すべきだった。
しかし、しなかった。
自分のいないパーティーが、知らないところで強敵を倒してた。
お互いを称え合うように笑ってた。
その光景は、思っていたよりずっと……。
「私も斥候系のクラスだからわかるけど、動画配信する前に忠告すべきじゃなかったんですか」
ショートヘアの女性が朔に向かって言った。
この子はダンジョンでも見かけた。レンジャーの装備をしていた女性だ。
まっすぐ向けられる視線を受け止めきれず、朔は思わず目を逸らした。
その先には、カンナが座っていた。
カンナはこちらの動向など気にしていないようで、自身の太腿をじっと見て手で押さえている。
怪我をしていた太腿だ。
表情が硬い。
完全には治せておらず、ここへ来る途中で傷が開いたのかもしれない。
他の子達は知らないのだろうか?
「聞いてるんですか」
カンナの様子に気をとられていると、ショートヘアの女性が眉をひそめてそう言ってきた。
「いや、この子は前回の……」
大樹がフォローしようとしたので、朔は慌てて一歩前に出た。
ショートヘアの女性だけでなく、カンナにも向く角度で頭を下げる。
「すみませんでした」
カンナ達への謝罪というより、大樹を止める為の行動だった。
最近一緒に活動してなかったとはいえ、自分の役割を果たしていなかったのも事実だ。それを大樹に穴埋めして欲しくない。
《無詠唱治癒(サイレント・ヒール)》
謝罪の意味をこめて頭の中で詠唱し、温もりを帯びた手のひらを僅かにカンナへ向ける。
怖くて周りの様子は見られないが、多分注目を集めているのだろう。
「ヒルジャイアントって、この前、動画あがってたやつだよな」
「ダイアウルフがでたって言ってなかったか」
周りのざわつきが聞こえる。
「誤った情報を伝えることは、他の探索者を危険に晒す。それって、斥候系の基本ですよね」
朔は言葉を返せなかった。
正論だからという理由もあるが、サイレント・ヒールを使用中は話せない制約がある。
頭を下げたままの朔に、ショートヘアの女性は怪訝な顔を浮かべる。
「こちらにも被害がでてるんで、ギルドにはダイアウルフ出現の件も含めて報告させてもらいます」
不格好な朔の謝罪に呆れたように言った。
「あのパーティーなんか見たことない?」
ざわつきの中から、そんな言葉が聞こえてきて、嫌な予感に朔の身体が強張る。
「だから、この前のヒルジャイアントの…」
「違う、違う。ほら、ちょっと前によく流れてた、残念なスカウトの……」
その言葉に思わず「あっ」と声をあげたのは、ロングヘアの子だった。
その反応を見てショートヘアの女性も、何かを思い出し、目を大きく見開いた後、朔に侮蔑と反感が滲む視線を向けてきた。
『残念なスカウト』
朔達のパーティーは、その名前のついたサムネイルで何個も動画をあげている。
「あ~、あのスカウトがまたやらかしたのか」
どこかから、そんな声が聞こえた。
……違う。
朔は心の中で届かぬ反論をしたが、その気持ちをすぐに胸の奥に押し込む。
周りが納得しやすいシナリオが出来ている。
そしてその再生回数稼ぎの為のシナリオを受け入れたのは朔自身だ。
その場から早く立ち去りたい気持ちはあるが、カンナの足が治っているかわからない。
前回よりは長めに治療しているとは思う。
「ダイアウルフは俺達で責任もって討伐します」
そう言ったのは大樹だった。
柾木と悠斗も頷く。
俺達の中に自分は入っているのだろうか。
いなくても3人のレベルなら十分倒せるだろう。
「まあ、公式データが更新される前に三階層へ入った私達も悪いんだけど……。でも、私は嫌いです。斥候系の職業を馬鹿にするような配信。そういう人間もいるんで」
そう言って、ショートヘアの女性はカンナに「行こう」と声をかけ、カンナが立つのを待って歩きだした。
カンナは椅子から立ち上がるのを、一瞬ためらったように見えた。
立ち上がる反動でくる痛みに身構えたのだろう。
しかし、予想していた痛みはなかったらしく、不思議そうに傷口をみてから歩きだした。
「朔、変なことに巻き込んですまない」
カンナ達がいなくなってから大樹が頭をさげてきた。
感情の整理が追いつかない。
大樹自身は嫌いではないが、少し時間を置いてほしい。
ちょうどポケットに入れていたスマホが振動して、朔の順番が来たことを伝えてくれた。
「順番が来たので行きます」
朔はそう言って、軽く会釈だけして大樹達から離れた。
換金手続きを済ませた後、朔のスマホがもう一度振動した。
弟の湊からのメッセージだ。
「カレー出来てるよ。卵切れてるから買って来て、何時くらいに帰ってくる?」
今日は湊がつくるカレーの日だ。
湊は辛口好きの朔に合わせて辛口にしてくれる。
辛いのが苦手な湊は、スライスしたゆで卵をカレーに乗せることで辛さを調整して食べる。
この後用事もないので「すぐ帰る」とメッセージを打った。
後は、送信ボタンを押すだけなのだが、素直に押せない。
今日の稼ぎは少なかった。
大樹達はダイアウルフを倒すと言っていた。
残念なスカウト……。
朔は送信予定だったメッセージを消してポケットにしまった。