『残念なスカウト』は勝ち筋を作る ~索敵・罠・毒。笑われた地味な技術で仲間を勝たせる~ 作:久瀬ヤスノリ
「そうです」
朔は、短くそう言った。
この人も柾木と同じようなタイプなら、あまり情報を与えたくないが、配信済みの動画のせいで既に多くの情報を与えてしまってる。
「あの企画、いい企画ですよね。バズったススダマの動画なんて、再生回数すごかったですもんね」
久賀がそう言って、朔の方に少し近づいた。
ススダマの動画は最初にバズったもので、これを境にヤラセ動画を作るようになった。きっかけは、朔が宝箱の罠解除に失敗したことだった。罠が発動した途端、宝箱の周囲から大量のススダマが飛び出してきたのだ。
ススダマは、真っ黒な毛玉のような姿をした希少な魔物で、その愛らしい見た目から探索者以外にも人気がある。ところが、驚くと大量の煤をまき散らす厄介な習性を持っていた。
突然の事態に慌てた朔たちは、逃げ回るススダマに翻弄され、あっという間に全身煤だらけになってしまった。その一部始終を収めた動画が、思いがけず大バズりしたのだ。
珍しいススダマの大量出現に加え、探索者たちが次々と真っ黒になっていく滑稽な光景。そして何より、失敗して落ち込む朔を、同じく煤だらけになった大樹が笑って励ます姿が視聴者の心をつかんだ。
その成功に目をつけたのが、柾木真司だった。
朔が失敗し、大樹がそれを笑って励ます。この構図を意図的に再現すれば、もっと再生数を稼げるのではないか。それが、後に朔を苦しめることになる「残念なスカウト」企画の始まりだった。
「ちょっとパクって、同じような企画をやったことがあるんですよ、実は。あなた達ほど、上手くいかなかったんですけどね」
そう言って、久賀は目を細め、うっすらと笑みを浮かべた。朔は、その笑みがさっきまでのものとは少し違うことに気づいていた。
こちらの反応を見ながら、いつでも嫌なところを突いてこられる。柾木がよく見せていた笑顔だ。柾木と同じような企画を考えるのが上手い人間なら、あの動画がやらせだということに気づいている可能性が高い。
「なんや企画、企画って。俺も動画見たけど、後藤君一生懸命頑張っとったやないか。それに今は凄い成長しとるんや。今回もごっつ活躍してたで」
堂本が少し険しい顔をして、久賀に言った。
それを聞いて、久賀は目を見開き、隣にいる瀬川に視線を送った。瀬川も何かを悟ったように少しだけ眉を持ち上げたが、何も言わず口を閉じた。
堂本は久賀を見た後、朔の方へちらりと視線を向けた。朔はそれを受け、たまらず堂本から目をそらした。
久賀の皮肉よりも、堂本の言葉の方が、なぜか朔の気持ちを重くさせた。
「なるほど。今の後藤さんは、昔とはそんなに違うのですね。それなら、現在の後藤君を紹介する企画なんて面白そうじゃないですか」
久賀はそう言って、朔の方を向いた。
「どうですか、朔ちゃん?」
その呼び方に、思わず顔がこわばった。妙に親しげな口調。語尾の上げ方まで似ている。動画の中で柾木が俺を呼ぶときのイントネーションだ。
「なんや兄ちゃん、いきなりその呼び方」
堂本さんが横から口を挟んだ。
「俺かて、いまだに君づけやで。今日一緒にえらい目に遭うた仲やのに」
「いやあ、動画でそう呼んでましたから。親しくなりたくて、つい」
久賀は笑いながらそう答えた。
「俺より早いのはあかん。まあ、俺は男のことちゃん付けで呼ぶなんて失礼なことせんけどな」
そう言って、堂本は腕組みをし、久賀に強い視線を向けた。
「あの朔ちゃんが、こんなに成長したっていう企画は面白いと思いません」
久賀は再び朔の方を向いた。
「配信とかそういうのは、もうやりたくないです」
朔は意識してハッキリ言った。曖昧な言葉で返しても畳み掛けてくることが予想できる。
「そう言わずに、検討だけでもしてみませんか? 昔の動画と並べて編集するだけでも、相当面白くなると思うんですよね」
やはり諦めてくれない。
「おい、ちょっと待てや」
堂本の声が低くなった。
「さっきから聞いとったら、お前、また企画、企画って、後藤君を笑いもんにしたいんか?」
「いやいや、違いますよ。今の実力を知ってもらうためですよ」
「ほな、昔の失敗なんか並べんでええやろ」
「でも、そこが企画として面白いところなんですよ。以前の朔ちゃんを知っている人なら、なおさら……」
「もうええ! 企画いうな、いうてるやろ!」
堂本さんが久賀の話を遮った。
「朔はな、今日、前衛でもないのに俺がおらん間、後衛の二人を守って戦っとったんや。お前、そんなことできるんか?」
……朔?
思わず朔は堂本の方を見た。堂本は、久賀を睨んだまま話を続けている。
「動画に出るかどうかは、本人が決めることやろ。お前が面白いかどうかなんて、どうでもええねん」
「いや、もちろん本人の意思は尊重しますよ」
久賀は、相変わらず笑顔だった。
「それで、どうですか? 興味ありません?」
まだ押してくる。凄いメンタルの持ち主だと朔は思った。
「……すみません。遠慮します」
言った後、朔は否定の言葉が弱かったと後悔した。
「そうですか。それは残念です」
朔の後悔をよそに、久賀はあっさりと引き下がった。
そして今までのやり取りがなかったかのように、「次の課題もお互い頑張りましょう」といつもの笑顔をつくり、久賀達はその場を後にした。
「なんや、ようわからん奴やったな。はじめはええ奴やと思うたけど、途中から笑顔が気持ちわるなってきたわ」
「ありがとうございました。助かりました」
朔が堂本にそう言って頭を下げると、堂本はいつもの笑顔をみせた。
「かまへん。気分悪かったから言いたいことゆうただけや」
そう言って、堂本は見えなくなった久賀の方を睨みつけた。
「そういや、さっき勝手に朔って呼んでもうたけど、かまへんか? あいつ、俺が注意した後もちゃん付けで呼んどったから、俺が後藤君のままやったら、あいつの方が仲ええみたいやんか」
「……別に、いいですよ」
「ほんまか! ほな、これから朔やな!」
堂本は声のボリュームをあげて、満足そうに笑った。
「成瀬くんも下の名前で呼んでええか?」
「なんで俺まで巻き込むんですか」
成瀬が面倒くさそうにそう言った。
「そら、先手必勝や。さっき朔のこと、下の名前で先に呼ばれたからな。成瀬君は俺が先手を打たんと。成瀬くん、下の名前なんやった?」
「なんなんですか、そのバカげた理由は。伊織です。好きに呼んでください」
成瀬はそう言って、スマホをいじりだした。
「決まりやな。樫村さんは樫村さんのままでいくわ。あいつが樫村さんのこと下の名前で呼んできたらセクハラいうて騒いでやるわ」
それを聞いていた樫村さんは、苦笑いを返した。
「それで、反省会はどこでしますか? 今日は堂本さんの奢りですよ」
成瀬がさらりと言った。
「ご馳走様です」
樫村も笑いながら言った。
そして二人は朔に視線を投げかける。
「お願いします」
二人に押されるように朔が遠慮がちに言った。
「しっかりしてるな、みんな。俺も今日はいろいろ迷惑かけたからな。これからも迷惑かけるかもしれんけど、頼むわ」
堂本はいつもの屈託のない笑顔でそう言った。