『残念なスカウト』は勝ち筋を作る ~索敵・罠・毒。笑われた地味な技術で仲間を勝たせる~ 作:久瀬ヤスノリ
「朔!ちょっと待て」
堂本が止めようとするが、トロルが堂本に向かって棍棒を振り下ろしてきた。それを盾で防ぐ堂本。
朔は制止を聞かずに無傷のトロルに向かってゆっくりと距離を詰める。トロルは鼻息を荒くして興奮している。
それを見ても足がすくむことはなかった、むしろ近づきたくて足が進む。
棍棒を持つ手と逆を通り抜けたいが、反対側は突き抜けるほどスペースがない。棍棒を持つ方を通り抜けるしかないが、意識しすぎてそちらに移動して、道を塞がれたら一巻の終わりだ。
まっすぐ向かって方向転換をして、横に通り抜ける
いや、ヘイストがかかっている状態で急な方向転換をできる自信がない。
なら、斜めに切り抜ける。
トロルに近づくまでの数秒で答えがでた。
冷静な頭が妙に心地いい。
耐えられず、朔は地面を蹴った。フォースタップをトロルの目に向かって放つ。しかし、トロルは先ほどの様子を見ていたかのように棍棒を顔の前に突き出し、それを弾く。
上がった手をナイフで切りつけて通り過ぎる。距離を取ってから速度を緩め、ブレーキをかけて止まって、振り返る。
「グルルル……」
トロルも向きを変えて低い唸り声を漏らしながら朔を睨みつける。
今度はトロルの動きがよく見えた。堂本がいない分、初手に気を使うが、その緊張感も悪くない。
地面を蹴った朔は、試しにもう一度同じ方法を使う。目に向かってフォースタップを放つ。だが、今度は棍棒ではなく、棍棒を持つ手と逆の手で顔をガードし、空いている手で棍棒を振り上げた。
止まらない。そう判断していた朔は、強く地面を蹴った。
宙に飛んだ朔は2メートル以上あるトロルの身長より高く飛んでいた。経験したことのない高さに一瞬戸惑った朔だったが、棍棒を空振りしたトロルの肩をナイフで切りつけながら飛び越える。目まぐるしく変わる視界の中でかろうじて着地した朔は振り返ってトロルの方に体を向ける。
「グオオオオッ!」
トロルは傷にひるむことなく、棍棒を振り上げ、襲いかかってくる。
朔がフォースタップを打つ手をかざすと、再び手を上げ、顔をガードしてくるトロル。しかし朔は、フォースタップを放つことなく、顔をガードする手の横をすり抜け、脇腹を斬りつける。
顔をガードする手で朔を横薙ぎに攻撃してくるが、朔は上半身だけ捻って下げたガードにフォースタップを放つ。それがトロルの目にあたり、痛みで目を手で覆うトロル。
朔は無理な体勢で体を捻って、慣れてきていたはずのブレーキも上手くできず、土煙を上げながらスライディングをするように滑って転ける。土煙の中で転がりながらも、朔はすぐに体を起こした。
危なかった……でも、見える。見えてきているではなく、ちゃんと見えてる。足はまだ追いついてないが、目は追いついた。
感覚が消えないように、朔はすぐ動いた。距離を詰めて左手をかざす。案の定、トロルは左手を顔の前へ持ち上げた。
打たずに距離を詰めた後、トロルの懐に入ってからトロルの左手の肘に下からフォースタップを3発放つ。当たった衝撃で、トロルの肘が上に持ち上がる。
上がった左腕の、その付け根。すれ違いざまにナイフを深く走らせる。
「グオッ!」
トロルの悲鳴を背中で聞きながら通り抜けてブレーキをかける。今度はブレーキをかけながら体を捻って方向転換してみた。土煙を上げて滑りながらも止まる。
方向転換もできている。
「よし」
口角を引き上げる筋肉の感触を感じながら、朔の口からそんな言葉が漏れる。
トロルを見ると左手がだらんと垂れ下がっている。それを見て朔は深く息を吐く。
自分の胸が大きく上下していることに気づく。思っているより息が上がっている。
《無詠唱治癒(サイレント・ヒール)》
頭の中で唱えて息を整える。足に意識を向けてみると、足にも痛みを感じる。滑って転けたせいもあるが、ヘイストのスピードについていけていないようだ。
トロルは警戒して近寄ってこない。
息が整ったのを確認してから、朔は再びトロルに歩みよる。腕を持ち上げてガードしようとするトロルだが、指先が動くだけで、腕があがらない。
これでいい。顔を守る手がなくなった。
近づいた朔を払う手もない。
近づいてくる朔に向かってトロルが棍棒を振り上げて威嚇する。そこにゆっくりと近づく朔、トロルの間合いに入った時、棍棒が朔をめがけて振り下ろされる。横に飛んでそれを避け、再び懐に入り、左足を切りつける。
「グオッ!」
悲鳴を上げたトロルが、朔に棍棒を振り下ろす。しかし、それも朔はステップだけでかわす。
ズガンッ!
棍棒は大きな音を立てて地面を叩く。
地面を蹴った朔が、その振り下ろされた棍棒の根元の手首に向かって、切りつける。骨に当たって弾かれたナイフだが、その攻撃でトロルが棍棒を地面に落とした。
パニックになったトロルは今度は巨体を捻って前蹴りを放つ。
それを飛び越えて、突き出された前脚にそのままナイフを突き刺し体重を乗せる。
「グオオオオッ!」
トロルはそのまま膝をついて崩れるが、棍棒を持っていた右手を振り回してフックを食らわそうとする。朔は先ほど切りつけた手首の傷口にフォースタップを放つ。
痛みで右手が大きく逸れ、朔はそのまま懐の奥深く入りトロルの首を狙おうとした。
その瞬間、トロルが頭を振り上げる。
ゴッ!
避ける間もなく、額に頭突きをまともに受けた。視界が一瞬白くなり、朔の体が後ろによろめく。
頭の奥が揺れて、足元の感覚が一瞬なくなる。
それでもトロルは止まらない。
膝をついたまま、朔に掴みかかろうと右手を伸ばしてくる。
避けようと足を動かすが、一歩遅かった。胸元を掴まれる。
「ぐっ」
そのまま引き寄せられ、もう一度頭を振りかぶるトロル。
また来る。そう思った瞬間、朔の体は動いていた。
朔は自分の胸元を掴んでいる手首に左手を当てる。
《フォースタップ》
「グオオオオッ!」
傷口に当たった瞬間、トロルが大きな口を開けて叫ぶのと同時に指が緩んだ。唾混じりの臭い息が朔に降りかかる。
トロルの首が眼の前にある。朔はそこにナイフを横に走らせ引き抜き、その後ナイフを握り直して首に突き刺した。
「グガッ……」
先ほどまで朔を見ていたトロルの目の焦点がずれる。そして、そのまま前に倒れ込んできたので、朔は慌てて横にずれる。
ズンッ、と重い音を立てて巨体が地面に落ちた。
しばらく動けなかった。朔は額を押さえながら、その場で大きく息を吐く。
「……危な」
口に出した後、口角が少し持ち上がる。本当に危なかった。頭突きをもう一発まともに食らっていたら、どうなっていたかわからない。
それなのに……。
倒れたトロルを見ても、収まらない胸の動悸が心地よく、それが静まっていくことに寂しさを感じていた。