『残念なスカウト』は勝ち筋を作る ~索敵・罠・毒。笑われた地味な技術で仲間を勝たせる~ 作:久瀬ヤスノリ
ケイプボアを倒した後、コボルト2体とケーブリザード2体を倒した。
単独で動いていたコボルトの一体目を倒し、二体目には奇襲をかけて、今倒したところだ。
ここまでドロップしたアイテムは、コボルトの短刀が1本とケーブリザードの鱗皮が一個。
十分な稼ぎだ。
朔はバッグから水筒を取り出し、冷たく冷やした麦茶を喉の奥に流し込む。
そして、額に浮かぶ玉のような汗を服の袖で拭い、大きな息を吐く。
一人でやれた。
一般開放区の魔物ではなく、条件付き開放区の魔物を相手にしてだ。
しかも階層主が討伐される前の活性期の魔物。
スカウトにしてはよくやれてる方だ。
朔は床に転がるコボルトの魔石を拾い、軽く宙へ放って掴み直す。
二階層のものより一回り大きい感触を確かめてから、ギアバッグに入れる。
ピコン。
ポケットにしまってあったスマホから通知音が聞こえた。
「お腹すいた」
湊からのメッセージが届いていた。食べずに待っているようだ。
ゆで卵がないから辛くて食べられないのだろうか。
以前から別に辛くしなくてもいいと言っているのだが、湊はそこは絶対に妥協しない。
「今から帰る。八時前には着く」と返した。
すぐに湊から「だったら、卵買っとくから、そのまま帰って来て」と返信があった。
さすがに待ちきれないかと、朔はクスリと笑って「了解」とだけ打った。
帰ったらカレーか、今日は奮発して、とんかつでも買って帰ろうか。
お弁当用の小さい冷凍カツじゃなくて、お肉屋さんのトンカツがいいな。
朔は今日の収穫物が入ったギアバッグをトントンと叩いた。
スマホのアプリで、現在位置から上へ登る階段までが遠くないことを確認してから、目を閉じて《索敵》を使う。
階段に向かう道の方には、不穏な音は存在しない。
しかし、それとは逆の方向から、気になる音が聞こえた。
この階特有の音は何パターンか記憶していたが、どれとも異なる音がしている。
大きい足音、二足歩行、単独個体。
ギルドの登録情報にある、この階層の魔物のうち、足音が一番近いのは、大樹たちが倒したヒルジャイアント。
柾木はヒルジャイアントを「この階層で出る魔物にしては頭一つ分強い」と言っていた。
だが、ギルドの分類では、この階層の通常個体よりランク2つ上の特殊個体だ。
ヒルジャイアントが階層主でないなら、階層主以外の特殊個体が複数いるとは考えにくい。
ギルドが測定した魔素の濃度はそれほど高くないし、この階層の魔物はそれほど強くない。
だとすると、この階層でまだ確認されていない上位個体の可能性が高い。
運がいい。
第3階層の上位個体は、まだ1体も発見されていない。
倒さなくても、その情報を持って帰るだけで情報料がもらえる。
アプネア・ハイドを使えば動画を撮って帰るくらいは簡単に出来る。
朔は地図をもう一度確認してから、その音源の方に向かった。
相手の死角になるL字通路の角で立ち止まり、もう一度索敵を行う。
こちらに向かって歩いてはきているが、歩くスピードは遅い。
しかし、コボルトよりも足音が大きいため、音だけではいまいち距離がわからない。
スマホのカメラを起動し、動画モードに切り替える。
《無息隠形(アプネア・ハイド)》
頭の中で詠唱してスキルを発動し、通路へ顔を出す。
トロルだ。
2メートルを超える身長に、でっぷりとした体。
かぶり物のような大きな頭には、大きな鼻がついていて気だるそうな表情をしている。
まだ20mほど距離はあるが、その巨体のせいで、それより近く感じる。
カメラをズームインしてしっかりと顔を撮り、三階層だとわかるようにズームアウトして周りの風景も映してから、姿を隠す。
得物は太い棍棒。
盾で防いでも、戦士系の能力補正がない自分など、体ごと持っていかれそうだと朔は思った。
戦うべきではない。
でも…。
戦士の大樹なら単独でも戦えるだろう。
魔槍士(スペルランサー)の柾木でも、器用に立ち回って勝つだろう。
斥候職の自分と比べること自体が間違っている。
戦う必要はない。
撮影した情報を持ち帰れば、それで十分だ。
……でも。
トロルは、ヒルジャイアントより弱い。
朔はスマホで地図を確認する。
後ろに回り込める通路が近くにある。
朔はギアバッグに手を突っ込み、クロスボウを取り出し準備した。
《無息隠形(アプネア・ハイド)》
スコープを覗き、照準をトロルの棍棒を持つ側の肩に合わせて、引き金を引いた。
「グォッ!?」
肩にボルトを受け、トロルが身体を仰け反らせる。
「グルルルル……」
トロルがボルトを乱暴に引き抜こうとするが、ボルトは矢尻を体に残して途中で折れる。
トロルは折れた矢を地面に叩きつけ、周りを見回す。
朔はその様子を確認することもなく、すでに走っていた。
走りながらクロスボウに新しいボルトを装填する。
誰も見ていないところで、何度も練習した動作だ。
トロルのちょうど後ろ側の通路の角に回り込み、目を閉じて《索敵》を使う。
距離は十分あるようだ。
アプリの地図では近い距離に思えたが、実際走ってみるとそれなりの距離があった。
息が乱れる。
アプネア・ハイドはもう使わない方がいいだろう。
呼吸ができないのは戦闘では大きなハンデになる。
深く息を吐き、呼吸を整える。
口を閉じても苦しくない程度まで落ち着いたところで、朔は曲がり角から上体を出してスコープを覗く。
トロルは後ろを向いている。
膝の裏側に照準を合わせて引き金を引く。
ボルトは狙った膝裏を外れ、ふくらはぎに突き刺さる。
「グガッ」
トロルはそれを見た後、険しい表情で朔を睨みつけ、雄叫びをあげながら向かってくる。
《魔鋲(カルトロップ)》
手に出現した撒菱をトロルの方へ放り投げる。
念のため、もう一度《魔鋲》を作って足元に撒き、来た道を引き返す。
距離をとりながらならもう一発いける。
朔は走りながら再びボルト装填作業を始める。
背後でトロルが声を上げた。
魔鋲の効果を確認したいが、それは装填してからだ。
だが今度は練習の時のようにはいかない。
ボルトレールに乗せるが、うまく奥まで入らない。
一度引き戻し、角度を直す。
カチ、と小さな感触が指に返った。
装填完了。
「くそ、遅い」
朔は足を止め、振り返ってスコープを覗く。
トロルとの距離はそれほど変わっていない。トロルの大きな足には魔鋲の効果が薄いようだ。
できれば今度は目を狙いたかったが、トロルが棍棒で顔をガードしている。
照準を太ももの付け根に合わせてボルトを撃つが、太ももの中央付近にボルトが当たる。
トロルは一瞬動きを止めただけだった。
大きな鼻の下にある口を開き、咆哮を上げながらこちらへ向かってくる。
接近戦は無理だ。距離がいる。
朔は腰のベルトに手を伸ばした。
緊急用にギアバッグへ入れず、専用ホルダーに差してある閃光球を引き抜き、ボタンを押してトロルへ投げた。
そして朔は目を手で覆い、トロルに背を向けて走り出す。
指の隙間から強い光が入ってくる。
「グギャァッ!」
トロルがこれまでで一番大きな声を上げた。
背後で大きな音が聞こえる。トロルが棍棒を振り回して壁や床を叩いているようだ。
走りながらクロスボウのボルトを装填する。
今度は早くできた。
引き金に指をかけ、振り向く。
トロルは目を押さえながら棍棒をブンブンと振り回し、壁や床に八つ当たりをしている。
冷静でないトロルの姿を見ていると、不思議と気持ちが落ち着いてきた。
《熱知覚(サーマル・センス)》
最初に当てた肩の傷周辺は熱い。
だが、棍棒を反対の手に持ち替えてるし、指先の温度がわずかに落ちている。脚も同じだ。
傷口そのものは熱を持っているのに、足先は冷え始めている。
毒は回っている。
それなら……。
朔は今度こそ付け根を狙わず、矢の刺さっていない反対側の太腿、その中央に照準を合わせた。
引き金を引く。
狙い通り、ボルトが突き刺さった。
朔は効果が薄いと分かっていながら、魔鋲を作り出して床に撒き、トロルに背を向けて走り出した。
大丈夫。距離さえ取れば、やれる。
わずかな勝機を感じながら曲がり角を曲がったとき、沸き立つ気持ちが一気に凍りついた。
コボルトだ。