『残念なスカウト』は勝ち筋を作る ~索敵・罠・毒。笑われた地味な技術で仲間を勝たせる~   作:久瀬ヤスノリ

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第5話 『残念なスカウト』、トロルを一人で倒す

 失敗した。

 しかも、奥にもう一体いる。

 

 朔はクロスボウを放り投げ、コンバットナイフに握り替える。

 先手を取る。

 だが、狙いが甘い。

 コボルトの肩を浅く切っただけ。

 

 逸る気持ちが朔を間合いの奥へと踏み込ませる。

 

 返す刀で、さらに横薙ぎの一閃を入れようとする。

 コボルトも棍棒を振りかざして迎え撃つが、その手に朔のフォースタップが直撃した。

 大きく脇があくコボルト。

 そこに、コンバットナイフが入る。

 ガツン、と重い衝撃がナイフ越しに朔の手へ伝わる。刃は弾かれるように浅くずれ、傷口をなぞるように抜けた。

 

 骨を断てない。

 

 自分の非力さに舌打ちしながらも、体勢を崩したコボルトの首にナイフを突き立てる。

 

 もう一体。

 

 朔は残ったコボルトの姿を確認して、そちらに向かう。早く倒さなければ、後ろにトロルがいる。

 だが、間合いをすぐ詰められない。

 その得物が槍だったからだ。

 時間がない。躊躇していられない。

 

 まっすぐこちらへ向いた穂先を前に、朔は間合いを詰める。

 横方向へフォースタップを二発放つ。二発目だけ、ワンテンポ遅らせた。

 長い得物には梃子が効く。一発目で、槍の穂先が予想以上に横へぶれた。そこへ二発目が追い打ちをかける。不可解な槍の動きにコボルトは動揺し、その意識が穂先へそれた。

 朔は、槍の柄の中央付近を掴み、ナイフで槍を持つ手を横薙ぎに切り裂く。

 

 またゴツンと、骨を打った強い衝撃が朔の手に返る。

 浅い。

 

 朔が不甲斐なさに舌打ちするより先に、つかんでいた槍の柄が軽くなった。

 コボルトが槍を放し、大きく後ろにジャンプしたのだ。

 

 その視線は朔を見ていない。見ているのは後ろ。

 ヤバい。

 

 咄嗟にコボルトとは逆側の斜め前へ飛ぶ。直後、何かが背中をえぐるようにかすめ、強い痛みが走った。

 痛みに表情を歪めながらも、そのまま前に転がり、後ろを振り返る。

 

 トロルだ。

 

 条件反射でブーツにつけていた投げナイフを抜き、トロルへ放つが、大きな棍棒で軽くいなされる。

 

 コボルト。

 朔が視線を向けると、コボルトは奥の通路へ向かって逃げ出していた。

 ラッキー……。ではない。

 

 コボルトが逃げた方に向かえば、またトロルとの挟み撃ちに遭う。

 最悪、コボルトが仲間を呼んでいるかもしれない。

 

 逃げ道はトロルの後ろ。

 道幅は五メートルほど。やれない仕事ではない。だが、まずは距離を取る。

 

 閃光球……いや。

 朔は探索者用のカーゴパンツの横ポケットに手を突っ込む。

 そこから、自作の簡易着火具付きの爆竹を引き抜く。

 テープで固定しただけの粗末な工作だ。キャップを抜く。チャッと火花が散り、導火線へ火が走った。朔は着火した爆竹をトロルへ放り投げる。

 

 パパンッ、パンパンッ!

 乾いた破裂音が、狭い通路にけたたましく反響した。

 

 大して効果はない。トロルが動揺し、こちらへの攻撃が一瞬でも止まればいい。それだけだ。

 

 困惑するトロルをよそに、朔は取り乱すことなく次の準備へ移る。

 

 ギアバッグからガスマスクを取り出し、隙間ができないようきつく装着する。

 朔は腰のベルトから、閃光球とは形の違う煙幕弾を手探りで外す。ボタンを押し、トロルへ投げる。

 

 勢いよく噴き出す黒い煙。

「ブゴォッ!? ン゛ギャァァッ!! グェッ、フゴォォッ!!」

 

 あのでかい鼻なら、目よりも嗅覚が利くはずだ。黒煙には追跡を妨げる強烈な臭気と、目を潰す刺激剤が仕込まれている。

 

 その分値段が高いのであまり使いたくないのだが。

 

 今日は十分仕事をした。

 

 朔は黒煙の届いていない場所へ寄り、倒したコボルトの魔石を拾う。ギアバッグにしまいながら、自分に言い聞かせた。

 

《熱知覚(サーマル・センス)》

 真っ暗な視界の中、トロルの熱源を見ながら、その横を通り過ぎる。

 先ほどよりも、手足の指先から発する熱が明らかに弱い。

 毒が回っているのだろう。

 これなら、楽に逃げられる。

 

 だが、朔は足を止めた。

 

 頭に浮かんだ『逃げる』という言葉に、抵抗を覚えた。

 

 ああ……面倒くさい。

 

 何なんだ、この気持ちは。

 弱者を連想させる言葉に妙に反応する。

 

 コンバットナイフの柄に手が伸びる。

 握ると、少し落ち着く。

 イカれてる……。

 

 朔は奥歯を噛み締めてから向きを変える。

 

 まず、アキレス腱を狙った。

 だがまた骨に当たり、思うような深さまでナイフを差し込めない。

 

 暴れるトロルから距離をとり、タイミングを見る。

 

 次は棍棒を持つ手の脇の下を狙った。

 狙い通りナイフが入る。

 

 距離を取るべきだ。もう一撃、と思った瞬間。

 

 痛みに悶え苦しむトロルの大きな足が朔の体を吹っ飛ばす。

 強い痛みが走り、息が詰まる。

 反射的に、止めようのない咳がゴホゴホと肺から漏れる。

 

 その音を捉えたトロルの動きが止まる。

 朔は息を整えて静かに場所を移動する。

 案の定、トロルは移動を追えず、先ほどまで朔のいた場所へ向いたまま、じっと立っている。

 熱源だけでもそれくらいはわかる。

 

 骨は折れていない。

 朔は体を動かしながら確認した。

 蹴りの威力が弱かったのは、先ほどアキレス腱を傷つけていたからだろう。

 

 そうでなかったら……。

 

 煙幕が切れかかってきている。

 その前に、あと一撃。

 

 背中に回り込んで、先ほど傷つけた側とは反対の脇を狙う。

 ナイフが狙い通りのところに突き刺さる。

 トロルは振り返り、今刺された側とは反対の腕で殴りかかろうとする。だが、そちらも先ほど脇を裂かれており、腕が上がらない。

 朔が一度後ろに飛んで距離を取る。

 

 黒煙がほとんど晴れ、トロルの姿があらわになる。

 トロルは棍棒を地面に落としていた。腕はだらりと垂れ、左右の脇から血が流れている。

 

 やれる。

 

 朔は胸ポケットからペーパーウエスを取り出す。

 手で刃こぼれの感触を確認しながら、願掛けをするような思いで、刃についた血と油を拭う。

 きめる。

 

 余分なノイズが頭の中に湧き上がらないうちに、朔は地面を蹴った。

「グルルル……ヴォオオオオオオオオッ!!!」

 トロルは大口を開け、咆哮だけで朔に対抗する。

 

 朔は距離を詰めながらフォースタップを放つ。

 タイミングをずらし、同じ場所へ二発。

 横面に受けた衝撃でトロルの顔が弾かれ、首がガラ空きになる。

 そこに朔がナイフを突き立てる。

 

「グォ゛……ア゛ァッ……! ガ、ァ゛……グゥ゛ゥ゛ッ……!」

 潰れたうめきがトロルの口から漏れる。朔はナイフを引き抜き、念のために距離を取る。

 トロルは立つ力を失い、地面に倒れ込む。

 

 終わった。

 

 黒煙の臭気が残っている。まだマスクを外せず、勝ったという実感も薄い。

 

 一人でやれた。

 でも、本来は戦うべきでないほど危うい状況だった。

 

 朔はポケットからスマホを出し、トロルの死体が消え始める前に証拠の写真を撮った。

 

 少し遅れて、トロルの指先が黒く崩れ始めた。

 乾いた土を握り潰したように、身体の端から細かな塵になっていく。

 腕。脚。膨れた腹。

 あれだけ大きかった身体が、見る間に形を失っていった。

 床に積もった塵も、すぐに薄くなって消えていく。

 

 後には魔石だけが残った。

 

 残された魔石は、コボルトのものより一回り大きい。朔はそれを拾い、手の中で確かめる。

 重みも手触りも明らかに違い、透明度もわずかに高かった。

 さすがに気持ちが高鳴る。

 

 やったんだ。

 

 さっき咄嗟に放ったフォースタップの2連打もなかなか良かった。

 魔石をギアバッグに入れ、朔は戦闘の感覚を体に刻むように、先ほどの動きをもう一度なぞった。

 

 ピコン。

 スマホの通知音が鳴る。湊だろう。

「スーパーで真琴姉ちゃんに会った。なんかすごく怒ってたよ」

 

 あ~。忘れていた。

 怒られる。

 朔は先ほどの勝利の余韻など忘れて、その場にしゃがみ込んだ。

 

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