『残念なスカウト』は勝ち筋を作る ~索敵・罠・毒。笑われた地味な技術で仲間を勝たせる~ 作:久瀬ヤスノリ
朔が玄関のドアを開けると、カレーのいい匂いがした。
早く食べたいという気持ちを萎えさせる靴が玄関にあった。
女性用の靴がきれいに並べてある。
やっぱりきてたか。
今日は湊が作るカレーの日。
カレーに対する強いこだわりがある湊が、真琴を誘わないはずがない。
「おかえりなさい」
朔を先に出迎えたのは真琴の方だった。
湊はカレーを温め直してくれている。
「遅かったわね。どこに行っていたのかしら」
硬い笑顔だ。
真琴は口角を上げて筋肉で笑顔を作っているようにみえる。
やっぱり怒ってる。
「ちょっとダンジョンで素材採取してました」
嘘ではない。
「換金手続きしたのにまた入ったんだ」
やっぱり、知っている。
監視のドローンでもつけられているのかと思うほど、ギルド職員である真琴に朔の活動状況を把握されている。
「真琴姉ちゃんがとんかつ買ってくれたんだよ」
「あ、ありがとう真琴姉さん」
「どういたしまして、今日はいつもより大変だったでしょうからね」
「荷物置いてきます」
笑顔のままプレッシャーだけかけてくる真琴に耐えきれず、お辞儀をして、朔は部屋に入った。
朔は所定の場所にギアバッグと荷物を置いた。
洗濯物を洗濯機まで持って行かなければいけないが、ちょっとだけ気持ちを整える時間が欲しい。
「兄ちゃん、椅子足りないから椅子持ってきてね」
湊の何気ない一声に、ビクッと朔の肩が震える。
自分が思っている以上に、真琴の圧を感じている。
もしかしたら、トロル以上の圧があるかもしれない。
素直に謝ろう。
朔は、ダンジョンの時とは違い、負け戦が確定しているので早めに諦めた。とりあえず洗濯物を洗濯機まで持って行き、その後、自分の部屋の椅子をダイニングキッチンに持って入った。
湊は食べられるよう準備してくれており、3人分のカツカレーとサラダがテーブルの上に並べられている。
「食べてなかったのか?」
「先に食べておいてくれ」というメッセージをすでに送っていた。
「カレーの日だからね。今日は真琴姉ちゃんが買ってくれたカツもあるし」
湊は、さも当然だというように言う。
「冷めるから食べましょうか」
真琴に促され、朔も席についた。
「いただきます」
三人の声が重なる。
まず、朔はカツより先にカレーを食べた。湊がこちらの方を見てるからだ。
多分新しい味付けを試してみたのだろう。
予想通り、味はいいが何をしたのか朔にはわからなかった。
「美味しいね。鶏肉ちゃんと焼いてから入れた?」
朔が口を開く前に、真琴が先に感想を言った。
湊がそれを聞くと、自然と笑顔が溢れ出し、照れくさそうに「皮から焼いた」とボソッと言った。
「やっぱり、香ばしくて美味しい」
そうだったのか。朔が改めて鶏肉を食べてみると、確かに香ばしい。
「しっかり手間かけてて偉いわね」
「とんかつも美味しい。こんな厚いカツ久しぶり」
湊は自慢のカレーを褒められて凄く満足しているようだ。
その後、湊と真琴は、朔の知らないカレーのスパイスの話で少しの間、盛り上がっていた。
怒られない。
もしかして、このまま何も言われないのでは。
そんな淡い期待を抱いたところで、真琴が口を開いた。
「それで朔」
スプーンを持つ手が止まる。
「今日、第三階層で何を倒したの?」
やっぱり駄目だった。
「……素材採取を」
「何を倒したの?」
逃がしてくれる気はないらしい。
「コボルトと、ケーブリザードと、ケイプボアです」
「一人で、そんなに?」
「……はい」
「すごいじゃん。兄ちゃん」
朔を問い詰めるように険しい視線を向ける真琴とは逆に、湊は素直に驚いて、朔を褒めた。
ざわざわと嬉しさが湧き上がってくるが、真琴の視線があるので、さすがに喜べない。
「……あと、トロルも一体」
「すげぇー、マジで!」
湊が目を丸くし、身を乗り出して朔に言った。
真琴の手が止まった。
「一人で?」
「はい」
朔の返事の後、真琴は少し間を置き、しっかりと朔の方を見つめながら言った。
「保険適用外だよね?」
「……はい」
真琴は何も言わなかった。
怒鳴られるより怖い。
「朔」
「はい」
「私が何に怒ってるか、分かってる?」
分かっている。と、……思う。
ただ何を言えば地雷を踏まないかわからない。
「……保険適用外で危ないことをしたから、ですよね」
真琴はスプーンを置いた。
「あなたが第三階層で戦えるかどうかを疑ってるんじゃないの。今日ちゃんと帰ってきたんだから、戦えたのも分かる」
そこで一度言葉を切る。
「でも、戦えることと、一人で保険まで外して潜ることは別でしょう」
返事ができなかった。
正論だ。
ただ。
今日一日の稼ぎを思い出す。
まだ換金はしていないが、一般開放区で素材を集めていた時とは、まるで違った。
危険だった。
それでも、一人だからこそ全部自分の取り分になる。
その事実も、朔には無視できなかった。
「すみません……」
朔は素直に謝った。
「謝ってほしくて言ってるんじゃないの」
真琴は小さく息を吐いた。
「でも、また行きたいんでしょ?」
「…………」
否定できなかった。
「また行くんでしょう」と聞かれたら、少なくともこの場では「行かない」と答えていたかもしれない。
でも、行きたいかと聞かれれば――。
「はい」
朔は申し訳なさそうに少しうつむきながら言った。
「だったら、夜間学校に行ったら?」
「……学校?」
「探索者向けの認定校。仕事しながら通えるところもあるわ」
「今さら学校に行って、何をするんですか?」
正直、朔自身、スカウトという立場でもあったので、ダンジョンのことに関しては、独学でかなり勉強してきたつもりだ。今さら学校に行く意味なんてない。
「ランクを上げるの」
真琴は当然のように言った。
「認定校の実習や試験もギルドの評価になるから、普通に実績を積むよりDランクには上がりやすいわよ。正直、ソロでギルドランクを上げるのはかなり難しいわよ」
「Dランク……」
「Dになれば、条件付き開放区の臨時パーティー募集にも入りやすくなる。固定パーティーを組めって、言ってるわけじゃないのよ」
朔は少し考えた。
必要な時だけ募集に入る。
それなら、ずっと誰かと組む必要はない。
「今日みたいに一人で保険を切って潜るより、ずっとましでしょう?」
条件付き開放区は稼げる。
Dランクになれば、その稼ぎ方をもっと安定させられる。
ただ、パーティーを組むのは少し抵抗がある。
「……ちょっと考えてみます」
「そうして」
真琴はそれ以上押してこなかった。
「兄ちゃん、学校行くの?」
湊がカツを頬張りながら聞いてくる。
「まだ決めてない」
そう答えながらも、さっきまで自分には関係ないと思っていた夜間学校のことが、頭から離れなくなっていた。